おかえりの花束(1)
ヤヌアールの父は現役魔王軍所属の軍人。母は元医務官。
ヤヌアールは父の厳しい剣の指導を受けながら、母に家事や植物に関する知識を教えてもらうという日々を送っていた。
しかしヤヌアールが七歳の頃。学校に通う為、そして母が花屋を営む事になった為、それまで住んでいた故郷を離れ、街の方へと出てきたのだ。
それまで同年代の者達と話す事も遊ぶ事も無かったヤヌアールにとって、それは未知の世界とも言える。友人の作り方も分からないヤヌアールに紹介してくれた、年齢の近い男の子。それがシュトラントだった。
元は元気溌剌で勇ましい性格だったヤヌアールは、シュトラントと気が合う事が多かったので、今でも交友関係が続いているのだろう。
しかし彼は現在、魔王軍の訓練学校に通っているので、昔のように時間を忘れて遊んだり話したりする機会は少なくなってしまった。
共に遊びに行く程の友人はいない為、ヤヌアールは母の店を手伝う事にしているのだ。それでも準備や接客以外は暇なので、処分する予定の花を使って花かんむりや小さな花束を拵える。
売り物にならなかった花とはいえ、まだ色鮮やかで瑞々しい花だ。処分するのは勿体無いので使いたいと言ったら、母が承諾してくれた。
店が暇な間に作った花かんむりや花束は、近所の公園で遊んでいる子供達にプレゼントしたり、無料で配ったりしている。
店の宣伝にもなるので丁度いいだろう。我ながらいい事を思い付いた、と若干自慢気になりながらせっせと手を動かしていると、店の外から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ん、シュウも帰ってきたのか……」
シュトラントはかなりの人気者だ。明るく優しい青年で通っている彼は、訓練帰りに近所に住む人々に話し掛けられる事も少なくない。
完成したばかりの花束を片手に、ヤヌアールは店の外へと出る。案の定、近所に住む女性と話し込んでいるシュトラントの姿が見えた。
ヤヌアールの姿に気付いたシュトラントは、それまで話していた女性に軽く会釈して小走りで此方にやって来る。
「よっ! お疲れさん」
「お疲れ。今日は早かったんだな」
「おう。久々に父さんも帰ってくるからな」
シュトラントの父は雇われの庭師をしていると聞いている。各地を転々としている彼の父は、数週間に一度か、数ヶ月に一度しか帰ってこない。
「成程な。あ、じゃあ折角だからこれ貰ってくれ」
そう言って手にしていた花束をシュトラントに差し出す。
「おぉ……いいのか? それ……」
「処分する予定の物を使ったんだ。もしそれでも良ければだが……」
「良いも何も、貰える物は貰っとくぜ。ありがとな。父さんも母さんも喜んでくれるだろう」
「だと嬉しいな。おじさんによろしく言っといてくれ」
「おう。そんじゃ、またな!」
ヤヌアールに手を振って、シュトラントは駆け足で人波の中へと消えていった。
あの慌てぶりだと、もうシュトラントの父は帰ってきているらしい。
「…………っと、そろそろ店仕舞いしないとな」
壁に掛けられた時計で時間を確認して、ヤヌアールは閉店作業に取り掛かるのだった。