#30:渉と桜
30話目です。
「こんにちは~」
学校から帰って、家でのんびりしていると、家のインターフォンが鳴った。楓が確認すると走って、玄関まで桜を迎えに行った。一通りの荷物を持ってきたみたいだ。俺は桜の荷物を持つと彼女の部屋へと運んだ。
部屋に荷物を置いたりするのを手伝おうかと言ったのだが、何やら乙女の秘密があるらしく参加させてもらえなかった。荷ほどきとはいっても、ある程度の物は運んだらしいのだが、小さなものしか運んでいないためそれほど時間はかからなかった。冷蔵庫とか、洗濯機みたいな大きなものはうちで生活するなら不要だしね。
1時間半ぐらい経つと全て終わったのか、俺の部屋に遊びに来た。そして、色々話していたのだが俺はふと思ったことを聞いた。
「そういえば、1人暮らししてたって言ってたけど、桜は家事出来るのか?」
「うーん、人並みには出来るよ?……というかこの世界じゃ出来ないとつらい」
「まぁ、あっちの世界みたいにパートナーに家事を任せることは出来ないものね。結婚できなかったら、勿論……できたとしても家事をしなかったら、他の妻たちに変な目で見られるものね」
「そうそう、それが嫌で私は一生懸命勉強したんだけど……」
うわぁ、この世界の女の人ってやっぱり辛いよなぁ。かくいう俺も楓に叩き込まれてある程度なら出来るけど。この世界の人はかなりの人が中学生、高校生のうちにマスターしてしまうのだとか。確か光沙先輩と由衣以外のメンツは全員家事は出来ると言っていた。光沙先輩はそういうのをあまりしようとしてこなかったらしい。由衣はまぁ……持ち前の天然が邪魔してうまく出来ないんじゃないかな。
「私的には誰とも付き合う気はなかったんだけね、アイドルやってるとどうしてもそういうお誘いは来るんだよね」
「確かにアイドルをやっていればそんな話は嫌でも聞くのでしょうね」
楓がそう言った。この世界における男性の恋愛の基準というものは俺もよく分かっていないけど、珍しさは重要なのかもしれない。
「断るつもりだったけど、いつまで断りつづけることができたか分からなかったからね」
「まぁ、そうだろうな」
本人が嫌と言っても、どうしようも出来なくなる可能性はある。桜の話は、結婚したくてもできない世界で、結婚をしないようにするというのだから。普通に生活している分には問題ないのだが。
「けど、今は渉君も居てくれるし、楓ちゃんだって傍にいるんだから怖いものなしだよ」
笑顔でそう俺に言う彼女に対して、俺は恥ずかしくなってしまい言葉を返すことは出来なかった。
「そうだ、楓ちゃん。今日は……渉君を独り占めしていい?」
えっ。少し不安そうにそう言う彼女の声に俺はドキリとしてしまった。楓は俺の方を見てむっとした表情になったが、やがて表情を柔らかいものにした。
「いいわよ。あの時以来ずっと私が独り占めだったから」
「ありがとう、楓ちゃん」
「それじゃあ、私は部屋に戻るわね」
そう言うと、楓は部屋から出て行ってしまった。すると突然桜が俺の裾を掴んだ。その手は少し震えているようにも見える。
「私ね、今でも時々不安なんだ。いつ、この夢が覚めちゃうんだろうって。渉君が隣に居て、楓ちゃんと一緒に笑いあっていられるこの関係が壊れるのかって」
「……だからね」
俺は黙って彼女を抱きしめた。そして彼女の頭を優しくなでてあげた。楓の前では隠してたんだな、桜は。桜は昔から明るい性格で、よく俺たちのことを引っ張てくれたり、悩みを聞いてくれたりしてたけど、自分の悩みを人に話すことはしないタイプだった。桜も成長してないな。そんな彼女を懐かしく思い、それと同時に絶対に守る、幸せにして見せる――愛おしさもより一層深まった気がする。
「ありがと、渉君。……。それじゃあ、一緒に遊ぼっか!」
「そうだな」
俺たちはその後、昔を懐かしむかのように、2人で無邪気にテレビゲームをして遊んだ。
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