#119:朝起こされるのは羨ましい
「渉―。えへへ」
目が覚めると、俺は抱きつかれている感触があった。恐る恐る、見ると、俺に抱きついている楓と目が合った。
「あ。おはよう、渉」
「あ、うん。おはよう、楓。それでここはどこだっけ」
「ここ?柚香ちゃんの家だよ。私と由衣ちゃんで柚香ちゃんの家に泊まりに来たんだよ」
楓に言われて、だんだんと昨日のことを思い出してきた。昨日はお城を色々と見せてもらったり、庭園で鬼ごっこをして皆で遊んだりとか、とにかく色々な楽しいことをした気がする。
「あ。おはようございます。渉様」
「あ、うん。おはよう、柚香」
部屋の扉が開かれて、柚香が入ってきた。その隣には美柚ちゃんもいた。
「ぶぅー。私もお兄様と一緒に寝たかったです」
美柚ちゃんは少し不機嫌そうに言った。俺はそんな彼女の頭を優しくなでてあげた。
「ごめんね。恋人じゃないと一緒に寝られないかな」
「むー。絶対お兄様の恋人になるんだから―!」
「そういえば、由衣さんは何処に?」
俺たちは由衣のいる方へ目を向けた。どうやら彼女はまだ眠っているらしい。一応同じベッドで寝ていたんだけど、俺たちが先に目覚めたらしく起こさないようにそっとベッドから出ていた。
「そろそろ朝ごはんの準備ができるみたいなので、起こした方がいいですかね?」
「そうだな。起こそうかな」
「私に任せて。由衣、ご飯だって」
楓はそう言うと、由衣の体を揺らして、起こしていた。
「う、うーん?」
「由衣、そろそろ起きて」
「う、うん」
由衣は楓に起こされて、渋々といった様子で体を起こした。しかし目をこすっており、まだ眠そうだ。
「おはよう、由衣」
「!?お、おはよう」
俺がおはようと言うと、彼女はパッと急に眼を開けた。そしてプルプルと体を震わせた。そんな彼女の様子に皆が驚いていた。
「ど、どうしたの由衣?」
俺は少し気になったので、由衣にどうしたのかを聞いた。すると、由衣は目を輝かせた。
「だって、彼氏にやってもらいたいことランキングトップだよー」
「え?」
「カッコイイ彼氏に、朝起こしてもらうっていうシチュエーション、最高ー」
起こしたのは楓だと思うんだけど、そこは言わないであげたほうがいいのだろうか。もしくは、楓が起こしたことはノーカウントで、俺がおはようと言ったことで初めて、彼女は本当の意味で目覚めたのかもしれない。
「た、確かに。それは羨ましいですね。私も起こしてもらえばよかったです」
「美柚も。起こしてもらいたい」
「そういうものなのかな?」
柚香と美柚ちゃんも由衣の言葉に納得していた。一方で楓はよく分からないといった感じだった。
「え?楓ちゃん分からないのー?」
「う、うん。そもそも渉のことを起こしたり、逆に起こされたりは結構あるか……ら?」
楓がそう言うと、他の三人が徐々に彼女に近づいていった。そしてジッと見つめると、一斉に羨ましいと言いながら、彼女の体を掴んで前後させていた。
「ちょっ、ちょっと!?」
「ずるい。姉妹の特権は卑怯ー」
「由衣さんだって、今してもらったじゃないですか?私は起こしてもらったことありませんよ!?」
「私だってないよ!」
三人が羨ましいと言いながら、その感情を楓にぶつけていた。すると、突然誰かに後ろから抱きつかれた。そして、その人物は耳に顔を近づけた。
「ふふっ。私も渉君に起こしてもらえたら、一日の公務がとても楽に感じられると思うわぁ」
「ゆ、柚穂さん!?」
「あ、お母様。な、なんでここに!?」
柚穂さんが来たことで、さらに大変なことになった。結局、食事の準備ができたとメイドさんが伝えに来るまで、この騒動は続いた。