07 冒険者登録
馬車が通れるように開けた道。都市の名にふさわしく、平らな石で舗装されている。そのため歩きにくいということもなく、多くの人が行きかっていた。
森から南側の位置にある都市、カメーネ。もう一つの候補であった都市ヴァースキと比べ、商人都市と呼ばれ、治安も少し良い。冒険者ギルドへの依頼数を考えれば、ヴァースキの方が良いのだが、荒事を好む冒険者が集まり、少々治安が悪い。それに、アオ達の目的としては、ある程度アオの鍛錬を積み、慣れてきたらダンジョンに行きたいのだ。ダンジョンならカメーネから西にあるダンジョン都市アーパスまで徒歩で30日ほど。定期馬車で15日。うまく腕が上がっていれば馬車の護衛の仕事を受け、無料で馬車に乗る、若しくは馬にのり、給料が出るパターンもある。そう考えたギルが、此方の都市を選択した。
カメーネに辿り着くまでにLv3になっていたアオは、治癒Lv1、斬撃、状態異常治癒Lv1を覚えていたので、パーティメンバーとして申し分ない。
情報どおり3人で銀貨3枚の通行料を支払い、中へと踏み込んだ。そのまま寄り道もせず、ギルが門兵から聞いた冒険者ギルドへと赴く。
中央通りから少し東へとそれた広い敷地。木造2階建ての立派な建物。それが冒険者ギルドだった。
分厚い扉を開き、中へ踏み込めば、予想以上の賑わい。入ってすぐ右手には広いイスやテーブルが置かれ、食事のできるようになったスペース。右奥にあるカウンターにいる女性におそらく注文をするのだろう。そこで食事をする人々。左側には長椅子が数個。そこに腰掛ける人々、その周りに立つ人々。正面には三つの窓口。その上にある看板。左から順に【換金】【登録】【依頼】となっていた。【依頼】と書かれた窓口のすぐ右隣には大きな掲示板。そこに所狭しと貼られた紙。掲示板の隣には二階へ上がる階段。冒険者の誰一人上がっていかないところを見ると、関係者専用かもしれない。
アオ達はギルを先頭に、真っすぐに【登録】と書かれたカウンターへと向かった。
「いらっしゃいませ。カメーネの冒険者ギルドへようこそ。本日はどのような御用でしょうか?」
カウンターに座った青年がにこりと微笑んだ。人好きする穏やかな笑みを浮かべた顔。短く切りそろえられた茶色の髪。ゆったりとしたローブのような服を着た彼は、このギルドで恐れられる存在。カウフスマン。笑顔で毒をはき、人を精神的に追いやることになんら戸惑いもない悪魔。しかも、なかなかの魔法の使い手なくせに、見た目にそぐわず細剣の使い手。もしも彼の前で、このギルド内で問題を起こしたら、その瞬間には体の一部を失う恐れがある。そう囁かれる、このギルドのNo2。
「冒険者登録をしたい」
「かしこまりました。それでは、こちらの魔法陣に手を置いてください」
差し出される紙。大男であるギルの両手を置いてもまだ広い。そこに描かれた魔法陣。ギルはなんの戸惑いもなく左手を置いた。右利きのギルはいつでも利き腕が使える状態にしている。今も、右手は腰の剣の近くに添えられていた。
魔法陣が光り、ギルのステータスを見たらしいカウフスマンが少し驚いた表情を浮かべる。
「Lv20、ですか……」
呟きに、聞き耳立てていた冒険者達がざわめく。それも当然だ。Lv20はかなり高位レベルなのだから。今までもルーキーでそれなりにレベルがある者は来たが、それでもカウフスマンがカウンターについて10年。最高レベルは10だった。その倍ある者が来たのだから、驚くのも無理ない。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
騒ぎの渦中のギルは平然とした態度を崩さない。堂々としたその姿に、気を取り直したカウフスマンは微笑みを浮かべ、いいえ、と首を振った。
冒険者登録をしに来るものの多くが色々な事情を抱えた者。暗黙のルールとして、相手が望まない以上、詮索しない、深入りしない、というものがある。それは職員とて同じこと。ステータス欄に犯罪者の履歴がない以上、何も問う事は許されないのだ。
表示されたステータスをもとに、書類に必要事項を記入していく。そしてそれが終わると、ギルの後ろに並んだ二人をみた。
「後ろの二人とパーティを組まれるのですか?」
「ああ」
「かしこまりました。それでは三名様全員を一度に登録いたします。次の方と変わってください」
ギルが退き、グズが手をかざす。またしても驚きだ。
グズは複数の属性魔法を習得し、Lv12だ。どう見てもまだ子供に見えるというのに。
とんだ化け物達がきた、とカウフスマンは瞠目しそうになるのをこらえ、アオを見た。次に立つアオがどんなステータスだったとしても驚かないだろう、と思う。もうすでに規格外を二人見た。当然アオだって規格外だろう。ならば当然の顔をして受け入れてやろうと気持ちを落ち着かせ、アオに声をかける。しかし、彼の努力は無に帰した。アオの職業に、おもわず声を上げてしまったのだ。
「ク、クレリック!?」
顎が外れそうなほどかぱっと口を開け、アオを見る。当然、衝撃はカウフスマンだけではない。後ろで規格外パーティを見ていた冒険者たちもだ。カウフスマンの声に、全員が信じられないものを見るような目でアオを見た。
目の前に立つ、白に近い灰色の髪を後ろになでつけた、年のころ20に満たなそうな、そう、1、2年前に成人したばかりのような人物が、クレリック。ヒーラーでさえ十万人に一人とも百万人に一人とも言われる職業。その上位であるクレリックにいたっては百万人に一人とも一千万に一人とも言われている。カウフスマンも30余年生きたが初めて見た。
規格外チームでも特に規格外。
カウフスマンは何とか自分を取り戻すも、心中で初めにコイツを見せろよ、と毒づいた。そうすれば他の二人なんて驚く必要もなく素通りできたのに、と理不尽に怒鳴りたいのをぐっと我慢する。
「大変失礼いたしました。それでは冒険者カードの発行手続きをいたします」
軽く咳払いし、業務に戻る。
カウフスマンの業務は、この冒険者ギルドで新規で登録をするルーキーにルール等を説明すること。
冒険者にはランクがある。
F、冒険者ギルドに登録し、まだ何も依頼をこなしていない冒険者。
E、5つ以上の依頼をこなしたもの。配達でも、採取でも構わない。
D、3つ以上の依頼をこなし、一つ以上の討伐依頼をこなしたもの。
C、5つ以上の討伐依頼をこなし、試験に合格した者
B、10以上の討伐依頼をこなし、試験に合格した者
A、20以上の討伐依頼をこなし、試験に合格した者
S、一つでも偉業をこなし、Aランク以上の冒険者3名(チームの場合、一チームで1名とする)以上の推薦があったもの。
SS、三つ以上の偉業をこなし、Sランク以上の冒険者5名以上の推薦があったもの
原則として冒険者は自分のランクの依頼しか受けられない。ただし、あまりに長期間放置されたもの、また、ギルドから依頼があったものはどのランクの依頼でも受けることができる。ただし、自分のランク以外の依頼は、試験を受けるための依頼数としてはカウントされない。
F~Dランクの間は、1年以内に一つも依頼を受けていないと資格剥奪となる。剥奪者は各ギルドにリストが渡り、3回剥奪されたものは二度と登録できない。
ダンジョンや遺跡への挑戦はCランク以上を推奨するが、自己責任の下、いつでも、何ランクでも参加してよい。
冒険者カードは紛失した場合、再発行料がかかる。F~Dは銀貨6枚。C~Bは金貨1枚。A金貨10枚。Sランク以上大金貨100枚。
冒険者カードはどの国でも使用できる身分証となるのでなくさないこと。
淡々と、事務的に、慣れた説明を口にしているうちに、カウフスマンの心は穏やかになっていく。多少動揺してしまったが、大したことはない。自分は自分の職務をまっとうするだけだ、と思えるようになった頃には余裕さえ戻った。そう、目の前にいるのはステータスが少々ルーキーではありえないが、所詮はただのルーキー。なんてことはない。今まで通りだ、と次に来る質問に身構える。
「冒険者カードの発行はいつになる?」
「今からですと明日の正午になります。ところで、カードに名前を書かねばなりませんが、こちらで書きましょうか? そうすると一文字銀貨1枚です」
「いらない。私が書ける」
「かしこまりました。それでは明日、名無しのカードをお渡しするので、間違いがないよう、ここで名前の記入をお願いいたします」
速攻で拒否され、おや、と瞬いた。通常、最初の登録時に字が書けるものは少ない。名が売れ始めると署名が必要な場面が増え、必死になって覚えるのだ。それ以外は代筆が基本。まさかここで断られるとは思わなかったが、時折いるのだ。教会で習った。貴族の出身で字を覚えている。といった具合に字の書ける者が。
基本的に冒険者は、売れるまでは節約できるところはとことん節約しなくては厳しい職業。夢見てやってきた田舎者の多くが、最初の一年で挫折するほどである。
頷くアオを見るが、どう見ても平民。おそらく教会で少し習って名前が書ける程度だろう、と勝手に判断する。実際にはアオのスキル・翻訳により、文字の読み書きができるだけなのだが、偽装されたステータスに乗っていないそれを、カウフスマンが知る由はない。
「依頼はあちらの掲示板にあります。自分のランクの依頼の中から気に入った依頼の紙を破り、隣のカウンターまで持ってきてください。ただし、紙を破った時点で依頼を受けたことになりますので、ご注意を。依頼に関して質問がある際は、破らずに、どの依頼のなんの質問かを口頭で仰ってください」
「わかった。……依頼はいつから受けられる?」
「本日、この説明の後からでしたらいつでも。依頼を受ける際は此方の板を提示してください。此方は冒険者カードの受け取りの際も必要となります。ただし、冒険者カードは発行日より三日以内に受け取りに来ないと破棄されます。そうなると再発行となりますのでお気を付けください」
わかった、と頷き、差し出された三枚の板切れを受け取るアオ達から特に質問は上がらない。そこでようやく、青年は言いなれた最後の言葉を口にした。
「他に質問がなければ説明は以上となります。……では、冒険者登録おめでとうございます。今後、皆様が冒険者として栄光の日々を手に入れられますことを、心よりお祈りしております」




