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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
一章
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06 初めてのLvUp



 木々の生い茂った森の中。響く金属がぶつかる音。


 グズは木に上半身をもたれかからせながら横目でちらりと見た。


 打ち合うのはギルとアオ。いや、右手に剣を握ったまま、布でぐるぐる巻きにしたアオが、ギルに向かって剣をふるう。それをギルが受け、正確にその一撃を評価しつつ、より良い攻撃を説明していた。


 アオが弱音を吐くことはないので、ギルがアオの疲労状態を確認し、訓練終了を告げる。その後、立っているのがやっとのアオに、グズが魔法を教える。と言っても、Lv0のアオはまだなんの魔法も覚えていない。だから体内を流れる魔力の循環について教える。人族は知らないが、実はこの魔力の循環こそが魔法を使う上で最も重要な事。


 体内を巡る魔力。その量。体を巡る際の最適なルート、方法。それらを把握する事により、魔法を使う際に必要な魔力を抑えつつ、より高い効果を出せる。ギルの情報からすると、アオの魔法は治癒関係ばかり。治癒術の使用回数、効果が高いのはギル達にとっても旅の安全、難易度に大きく影響する。したがって、いかにこれが人族の技術でなかろうとも、覚えてもらうことにした。


 剣術より、魔術のほうが相性が良いのか、アオの覚えはよかった。


 森にこもって5日。未だ剣の握りがうまくいかず、ギルに握らせてもらった上から布を巻き、固定している。そうしなければ、たった一振りで剣が手から抜けるのだ。


 もともと引きこもりだったアオ。体力は当然ながら、力もあるわけない。小説を書くためにキーボードを叩いているだけで「自分は毎日運動している」という残念な運動不足現代人。剣の重みに体がついていかず、たいした一撃も放てない。聖剣は、正当な使い手にとっては紙よりも軽く、斬れないものがないほど鋭い。だからこそ巫女の首を容易く刎ねることができた。しかし、一般的な剣では、その重さにさえ振り回されてしまう。今アオが手にしているのは銅でできた短剣。刃渡り15㎝程の極々一般的な初心者用の短剣。それが今のアオが持てる精いっぱいの剣。それでさえ、握った手を布で幾重にも固定しなければならない。だが、魔法は違った。


 グズと手をつなぎ、グズからアオへと魔力を流す。それを数度。それだけでアオは自分の中の魔力、魔力の循環路を理解した。言葉でグズが説明せずとも、ただ流しただけで。今では自分からグズへと魔術を流すことができ、繰り返すたび、その速さと精度は上がっている。


 そろそろ流すだけではなく、その量を調節させようかと考えていた時だった。グズの耳が音を拾う。ちらりとギルへと視線を送れば、ギルも気づいていたらしく、視線がまじりあった。小さく頷くと立ち上がり、素早く木の上へ上る。枝から枝へと飛び移り、音を確かめに。


 キャンプ地に選んだ場所から南西に十数メートル。枝の上で目を凝らす。グズの視線の先には一匹の魔物。ヘドロマッド。腐った土がうねる。異形の魔物。スライムの一種と言われているが、違う。悪意の塊から生まれた瘴気が淀み、溜まり、ヘドロに取り憑いた化け物。因みに、アオは勘違いしているが、魔物と魔族は違うものである。魔物は魔族人族両方の敵。多生物を見たらとりあえず襲い掛かってくるようなそんな存在。理性も知性も持ち合わせていない。魔物は理性、知性を持ち、自ら人族と争ったりはしない。人族は魔族の事も魔物と認識しているが、これは大きな誤りで、魔族は魔物と呼ばれるのを忌避する。


悪食、貪食。


その体は自身の何倍もの獲物を取り込み、窒息させ、ゆっくりと溶かして食べる。瘴気の核を破壊しない限りほぼ不死身。しかし、そんなこと、人族はしらない。力の限り攻撃し、たまたま核に当てて倒している。


 なかなか倒れないうえ、下手をすると自分が取り込まれ、殺されてしまう。その為、そこそこ高難易度モンスター扱い。だが、倒し方さえ知っていればただの雑魚。したがって得られる経験値は少なく、ドロップアイテムもない。冒険者達には嫌われ者。


 うん、とグズは一つ頷き、指を一本立てる。ポと小さな炎が灯る。指を振ると炎はふよふよ飛んでいき、ヘドロマッドにぶつかった。途端、ポンっと小さな爆発。しかし、その程度、ヘドロマッドには蚊に刺された程度もない。ただ、自分を害した者を探すように移動を止め、辺りを見渡すようにさざめいた。


 枝から飛び降り、姿を見せたグズがもう一度炎を飛ばす。体に触れ、ポンっと爆発したそれに、先程の攻撃の主を見つけたヘドロマッドがざわりと蠢き、グズを追いかける。グズは逃げる。一定の距離を保ち、時折戯れのように炎を投げつけ。そして案内する。


「ギルー! 丁度イイの連れてきたっすよ~! ヘドロマッドっす~!」

「ふむ。アオ、アレを倒すぞ。それでLv1になるはずだ」

「わかった」

「アレは中に核を持っている。その核を破壊しない限り倒れない。逆を言えば、核さえ破壊できればいい。ただし、油断はするな。アレは自分の体積の何倍もの相手を取り込み、窒息させ、喰らう」


 ギルからの指示と説明にアオはこくりと頷く。


「注意は基本俺がとるから大丈夫っすよ! アオは核だけ狙うっす!」

「わかった。……核はどこにある?」

「魔力の流れを意識しろ。自分のではない。アレのだ。アレの体内を循環し、一か所に辿り着く先。それが核だ」


 言われ、真っすぐにヘドロマッドを見る。ギルとの訓練で乱れた呼吸を整え、静かに魔力の流れをたどる。グズの教えのおかげで、世界を巡る魔力の流れさえ見えるようになっていたアオに、ヘドロマッドの魔力の流れを見るなど容易い事。


 核の位置を隠すためか、1mほどの身体を右に左に、上に下に、奥に手前に、と複雑な流れを見せているが、アオは誤魔化されない。


 ギルが完全にターゲットを取っているため、アオがじりじりと近づいてもヘドロマッドは気づかない。15㎝の短い刃が届く、その位置まで移動すると、素早く突き刺した。


 突然の攻撃に、ヘドロマッドは驚き、しかし、見事に核を貫かれ、為す術もなく崩れた。どろりと広がるヘドロの塊。消化途中だったのか、その中からヘドロ以上の異臭を放ちながら何かの死体が現れる。その臭いに顔をしかめ、アオは少し離れた。


 足についたヘドロを土にこすりつけて取る。


「きったねぇ……」

「あーあっちに川あったすよ。洗いに行くっすか?」

「行く」


 グズの提案に一も二もなく頷く。


「その前に、ステータスを見ろ。治癒魔法を覚えているか?」


 早速移動しようとするアオの肩を掴み、押しとどめるギル。そうだった、とステータスを確認したアオは頷く。


「治癒Lv1を覚えた」

「わかった。今後、レベルが上がったときは俺に教えてくれ。覚えたスキル)がクレリックに必要ないものは偽装するから」

「わかった。ありがとう、助かる」


 こくりと頷くと、話は終わった、とグズに案内され、川の方へ移動する。


 キャンプ地から東へ500m。さらさらと流れる川に辿り着いた。


 深さは足首程度。底がはっきりと見えるほど澄んだ水に瞠目する。こんな綺麗な川、アオは画面の中にしか知らない。この世界に来てからは自然に対して驚きどおしだな、と苦笑さえこみあげてきた。


 時折小さな魚が泳いでいくのを片眼で追いつつ、手に巻いた布を外し、短剣を手から外して洗うと鞘にしまう。次いで、靴に付いたヘドロを手でこすり、洗いとる。


「そういや……この世界の風呂の概念はどうなっている?」

「魔族領には、昔の勇者が広めた風呂があるが、人族領にはないな。あっても高位貴族や王族のものだな」

「あれ気持ちいいんすけどね~。人族ってなんであれ広めないんすかね?」

「道楽に金を使う暇があったら働け、ということだろう。高いからな。普通は川や井戸の水を浴びられたらかなりいい方だな」


 ギルの説明になるほどなるほど、と頷く。


 度々のギルの説明で、この世界の事は大体把握してきた。ファンタジー世界にありがちな、娯楽の少ない世界。殆どの平民は日々生きるのが精いっぱいで、物価の殆どは銅貨と銅銭貨、銀銭貨が主流。都市と呼べる町の、城壁より中央寄りのあたりから銀貨が見られる。金貨は更に中央、若しくは、特殊な店。魔法の呪文を教える魔法屋。ポーションを扱う薬屋。この世界に印刷の技術はない。そして紙も高価なため、本屋も高級店に数えられる。その他、武器防具屋も高級店だが、ダンジョン下層の低確率ドロップ品の方が遥かに優れた品なので、ある程度までの装備しか扱いはない。本来ファンタジーの王道、武器防具装飾品と言えばドワーフだが、彼らは女神達の美意識には叶わず、迫害対象。故に魔物領にいるので、その武器防具をアオ達はもってこられなかった。魔物の装備はドワーフ製という認識が人族にあるために。


 ちなみに、通貨の価値を確認したアオは、だいたいこんなものか、と納得した。


 銅銭貨……最も安価な通貨。

 銅貨……銅銭貨10枚分。

 銀銭貨……銅貨50枚分。

 銀貨……銀銭貨100枚分。

 金貨……銀貨1000枚分

 大金貨……金貨100枚分

 白金貨……大金貨100枚(金貨10000枚)分


 そして、教えられた価値で行くと、自分達の持っている銀貨20枚というのが、如何に少ないものなのか理解できた。ギルのできるだけ使わない、という方針にはアオは賛成だ。


 欲を言えば、食にうるさく、風呂好き日本人のアオは、調味料の塩や胡椒。風呂用に石鹸くらいは買いたい。しかし、アオにとって安価そうなそれらは、この世界では嗜好品に分類され、高価だということで、断念した。


「ダンジョンとか、旅の時の風呂はどうするんだ?」

「ああ、ステータス画面には乗らないが、生活魔法という、少し他とは違う魔法があり、それで汚れを取り除く。トイレはその辺でするな」


 ギルの説明に、あからさまに嫌そうな顔をするアオ。当然千年前の勇者により、トイレや風呂といった文化をもたらされ、それに慣れ親しんでいるギルには、アオの表情の理由が理解できる。正直な事を言うと、ギルだって嫌だが、そうも言っていられないのだからしかたがない。


「その辺ならまだ、納得する……。一応、自然の肥やしになるってことで……」

「安心しろ。人族領にも人族に狩られない魔族がいる。スライムだ。緑色で、子供の掌大だ。彼らは汚物の溶解、吸収分解等をし、大地に還元する。だから森は豊かになり、ダンジョンや遺跡は常に清潔に保たれる。因みに、トイレの穴の下はスライムたちの巣となっているから臭いもなく、常に清潔なんだ」


 ギルの説明に、スライムには絶対触れない、と心に誓うアオ。おおよそアオが何を決意しているか理解しているが、ギルは何も言わない。


「大体の不安はぬぐえたか?」

「ああ。すまん」

「かまわない。では、覚えた治癒魔法の練習をしてみろ」


 言うなり、剣で自分の腕を斬る。丸太のように逞しい腕。5㎝にも満たない切り傷。そこから溢れる血に、少しだけ驚き、戸惑うようにグズを見た。


「人族は呪文とかいってなんかごにょごにょ言ってるんすけど、魔力の流れが解るアオなら、魔力の流れを意識しながら、使いたい魔法を思い浮かべるだけっす。それで自分が覚えてるスキルが使えるっすよ」

「唱えたほうが目立たない?」

「まぁ、そうっすね」

「呪文は?」

「え? えーっと、正直人によって違うらしいんで俺にはなんとも……」


 呪文はあくまでも精神統一の一環。それにより、魔力の流れを作っているのだが、人族は知らない。イメージや感覚という曖昧なものこそ、魔法を使ううえで大切なものだと思っている。


 説明を聞いたアオは頷き、ギルの傷に集中した。ぽわぽわとした小さな光が傷口に集まり、覆った。光が消えた時には傷は跡形もない。


「……光、光、光か……癒しの光よ、彼の者を癒し給えヒール……とか?」

「ああ、そういえば、似たような呪文を唱えてるやつがいたな。5年前にしかけてきた部隊のヒーラーが言っていたのに似ている気がする」

「覚えてるか?」

「いや……どうかな……確か、癒しの光の加護がどうとか言っていた気がするんだが、すまん。回復手段は先に潰すから、あまり覚えていないんだ」

「そうか。仕方ない。回復手段を先に潰すのは当然のことだからな」

「ああ。さ、続けよう」


 再び剣で斬られる腕。すぐにアオが先程の詠唱を唱えつつ治癒魔法を使う。またすぐにギルが腕を斬り、アオは詠唱と発動の差がなくなるようにタイミングをとりながら治癒魔法を使う。


 その日は魔力切れでアオが気絶するまで続けられ、ギルの無茶苦茶な特訓にグズが盛大なため息とともに、呆れたのだった。


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