05 偽装工作
人間領の森の中で二人と一匹は焚火を囲んでいた。
蒼達は魔王により、人間領の水の神が守護する王国、アーパス。その要塞都市よりも中央南側にある、都市ヴァースキとカメーネの中間にある森に送り届けられた。現在、その森でキャンプ中である。
キャンプの仕方なんて知らないうえ、現在Lv0で何の能力がないため、ギ達から離れて一人で戦うことのできない蒼は、邪魔にならないように大人しく座っていた。
ギが手ごろなサイズの石を円状に並べ、乾いた木を積む。そこにグリフォンが火をつけた。嘴がかぱっと開いたらそこから小さな炎が飛び出したのだ。炎は意思があるようにゆっくりと動き、枝に火をつけた。
火の準備ができた後、グリフォンが周囲に結界をはる。その間にギが一度その場を離れた。暫くして戻ったギの手には子供ぐらいのサイズの、ニワトリの尾が蛇になった謎の生き物を持って帰ってきた。それを目の前でさばかれ、見慣れていない蒼が興味津々に近寄ってきたのに、ギが困惑する、という場面があったが、それ以外は特に問題もなく、一口大にカットされた肉は枝に刺され、火の周りにかざされる。
人生初の味付けもなく、ただ焼いただけの肉。そのまずさに驚愕と感動をした。自分は実に素晴らしい世界、国に生きていたのだ、と。
食事も済み、一息ついたところで、ギにこれからについて話を聞く。
まずはギとグリフォンは技能 擬態で人間に擬態し、三人のステータスを偽装で偽装する。その後、ヴァースキかカメーネの都市で冒険者登録をする。これが現在の目標。これが済めば、冒険者としての偽装工作とレベル上げを兼ねて、依頼をこなし、ある程度蒼のレベルがあがり、此方の文化等々に慣れてきたら、軍資金稼ぎと、装備を整える為にダンジョンの攻略を目指す。その後、遺跡の攻略に向かうのが妥当な流れだとか。
「すぐには遺跡にはいけないのか?」
「俺やグならば問題ないが、お前のレベルでは無理だ。俺達が露払いをして攻略してもいいが、神界には魔族はついていけない。女神と戦うなら、お前自身が強くならなければならない」
「成程。わかった」
「他に質問はあるか?」
問われ、少し考える。異世界人の蒼には聞きたいことは多すぎる。しかし、優先順位を設け、先に解決すべき疑問を投げかけた。それは、これからする偽装行為において重要な質問。ステータスについて尋ねた。
この世界では幼年期に職業を授かる。ある日突然。そして、その職業に合わせて様々なスキルが手に入るのだ。基本的には職業は本人の性格や、生まれ持った体、体質に合わせたものになる。しかし、それでも納得がいかない場合は、神殿に赴き、神に願いを捧げ、別な適性のある職業へ変更する。その際は折角上げたレベルや、得たスキルは全て失い、レベルアップに合わせて上がったステータス値もなくなる。その上、自分がなりたい職業がなくても、神に祈りをささげた時点でレベル等の消失がおこるので、基本的には職業を変更するものはいない。それでも変更する事を希望するのは、それなりに訳ありの者達だ。ただし、犯罪者は神殿に張られた結界により、訪れることができないので、変更したくてもできない。
スキルは職業固有のものと、フリーと二種類。固有は当然その職業でないと覚えることはない。しかし、フリーとは才能があれば誰でも覚えることができる。例えば、職業剣士でも、魔力を持っていて尚且つ、火属性と相性が良ければファイヤーボールが撃てる。ただし、これは職業魔法使い、火属性持ちのファイヤーボールには遠く及ばない。あとは本人がどれだけ努力するか、だ。
この世界では普通の人族の最終平均レベルは5~10。特殊な職業、主に戦闘系であれば平均15~20。上位ランクの者であれば25~30くらいまであがる。そして、最高位と呼ばれるもので、最高到達レベルは50だった。だが、それは200年ほど前に現れた最高位冒険者ただ一人しか到達しておらず、その冒険者は千年昔の勇者の子孫だとか、冒険者組合が勝手に吹聴している嘘だとか、その真偽は不明となっている。
蒼はちらりとギと、人間に擬態したグリフォンのグを見た。二人のレベルはギがLv72。グがLv45。
「……二人は人間としては規格外?」
「ああ。だからステータスを偽装する。俺はとりあえず職業剣士、Lv20だな」
「俺は魔法が得意なんで、職業魔法使い、Lv12ってとこっすね~」
「……私は? 何にすればいい?」
蒼の問いにギとグが顔を見合わせる。
「そう、だな……確か勇者はLv1で治癒魔法を覚える、と魔王様が仰っていたから……治癒師もしくは、Lv5で蘇生を覚えるらしいからヒーラーの上位職、治癒術師のどちらかがいいと思う」
「どっちもレア職なんで、レベル差があっても問題なくパーティ組めるっすよ」
回復は簡単な事ではない。
癒しの術が使える魔力持ちは、この世界にはほとんどおらず、そのほとんどが王族や高位貴族、貴族をも黙らせるほどの力を持つ大商人が囲ってしまうのだとか。冒険者達の間でも、取り合いになるらしい。よそのパーティにいる、ヒーラー達を勧誘するのはごく当たり前にある。最も、よほど人間性、関係が優れたチームか、より上位のランクのチームでない限り、ヒーラー達が移籍することはない。あとは、よっぽどの事情があるか、だ。そうでない限り、「あのヒーラーは裏切る」というレッテルを貼られるからだ。
人間レッテルを貼られると人生に響いてしまう。それはどこの世界でも同じことか、と蒼は納得する。
ギが魔王から聞いた話によると、勇者が覚えるスキルは次の通り。
Lv1 治癒Lv1(低位ポーションと同等)
Lv2 斬撃(剣による攻撃。上段から下段へ振り下ろす痛恨の一撃)
Lv3 状態異常治癒Lv1(毒治癒)
Lv4 状態異常治癒Lv2(麻痺の治癒) 投擲(何でも投げられる)
Lv5 蘇生(死亡して一時間以内の死者の復活) 火炎斬り(剣に炎を纏わせて攻撃する)
Lv6 状態異常治癒Lv3(混乱の治癒) 能力向上Lv1(攻撃力UP)
Lv7 状態異常治癒Lv4(石化の治癒) 能力向上Lv2(防御力UP)
Lv8 状態異常治癒Lv5(呪いの治癒) 能力向上Lv3(速度UP)
Lv9 治癒Lv2(中位ポーションと同等)
Lv10 風の刃(剣を水平に振り抜き、剣風で敵を切断する。横は剣が降られた幅。縦は10m)
Lv11 高速剣(一振りに見えるが、実際には10振りもの攻撃を繰り出す剣技)
Lv12 治癒Lv3(高位ポーションと同じ)
勇者固有スキルは「鑑定」「宝物庫」「翻訳」「聖遺物装備」
それ以外で蒼が持っているのはフリーと呼ばれる、どの職業でも手に入れることのできるもの。
宝物庫は無限にアイテムを収納可能な異空間能力。アイテムの大きさに制限はない。この異空間は時間の経過がなく、入れたアイテムはいつ取り出しても入れた時と同じ状態。ただし、生物は入れられない。死体はアイテムとして認識される。
翻訳は勇者が言語に困らない能力。
「……。随分、回復系に偏っているんだな」
「まぁ、魔王様も昔の勇者から聞いたと仰っていたんだが、おそらく、回復手段が異様に少ない世界だからじゃないか、と」
成程、と納得した。
この世界の一般的な治療は薬草。煎じて飲むが、人間が持つ回復力を少し上げる程度。その薬草でさえ、平民には高価。主な消費者は低ランクの冒険者。
次が低位ポーション。ちょっとした傷や軽い風邪程度なら回復可能。主な消費者は中堅冒険者。低位貴族。
中位ポーション。重症、そこそこの病の治癒が可能。主な消費者は上位冒険者。
高位ポーション。新しい傷口ならば、欠損した箇所も立ちどころに治癒。主な消費者は高位冒険者。高位貴族。王族。
エリクサー。別名神の涙。どんな傷や病も立ちどころに回復するという伝説の回復薬。存在そのものが伝説。
薬草でさえ、高価なものなのに、ポーションになれば低位と言えども非常に高価になる。そう、平民では死ぬまでに働いた賃金合わせても買えるか買えないか、いや、殆どが買えないだろう、といったところだ。
「とりあえずクレリックに偽装して、町に着く前にLv1までは上げよう」
「それがいいと思う。俺たちは治癒魔法を使えない。人族の通貨も魔王様が持たせてくれた銀貨20枚だけだ。人族の街に入るのに俺達3人で銀貨3枚。冒険者登録には銀貨6枚かかるらしい。ただ、これも昔の勇者から聞いたという情報のみ。今では変わっているかもしれないからな。通貨は使わないで済むならその方がいいだろう」
「俺達戦争はしてるっすけど、向こうから来ない限り、こっちからいかないっすからね~。基本はあっちに引きこもりしてるっす」
「メタモルゼの能力自体が伝説とはいわないが、レアスキルだからな……。フェイクはもっとレアだし。俺が一度に使えるのは5人まで。しかも、自分から半径50m以内にいないと、発動できないし、発動されていたものは解除されてしまう」
ギの言葉に、グが、それでもギの効果範囲は恐ろしく広いのだ、と付け足す。普通ならば10mもあればよい方なのだとか。つくづくギは規格外だという。
「さて、とりあえず、俺達はまず名前を人族風にかえねば・・・」
「ああ~人族の名前って面倒っすね~。なんであんな長いんすか? 俺達みたいに基本名無しか、じゃなきゃ一文字ならいいのに!」
「ななし??」
は? と思わず眉根を寄せた蒼に、ギが答える。
魔族は基本的に名前を持たない。個人の名前という概念がない。名乗るとか、名前を呼ぶという概念がそもそもない。もしも名乗る必要があるときは、種族名とその部族名を名乗るのが基本。ギだと部族名がウ。種族名が人喰い鬼なので「オーガのウ」となる。だが、それだと固体識別が面倒だ、と魔王が魔王城にいるものに限り、名を与えた。なので、名前を持っているのは魔王城で魔王に従事する者、それも魔王と接点の多い者のみ。それでもなかなかの数がいるので、面倒だった魔王が、一文字の名前にしたのだとか。
人族は名前を持っているのが当たり前。名前で個体識別をとるのが基本。ただし、ファミリーネームを持つのは貴族、または大商人。ミドルネームを持つのは高位貴族以上なのだとか。名前は2文字以上が基本。最も多いのが4文字の名前。これは親の見栄らしい。
この世界では基本的に文字が書ける人間は少ない。村人程度にはまずいない。しかし、産まれたときに教会へ洗礼に行くのだが、洗礼の儀式用の書類に名前を書くのが有料なのだ。洗礼の儀式は無料なのにも拘わらず。そして、その料金は1字毎にかかるという、蒼からしたらぼったくり行為。なので、名前の長さは基本、その家の財力を示す。2文字は村人。3文字で町人。4文字以上は街人。という認識が一般的。
名前はあくまで実家の裕福さの目安という事で、ギとグは二文字の名前にしていた。ギがギル。グがグズ。ついでに蒼も偽名を使うことにした。アオ。安直かと思い、やめようかと思っていたが、二人の話を聞き、どうでもよくなったのだ。
改めてステータスを確認する。
アオ
職業:治癒術師
Lv:0
状態:冷静
技能:道具袋
ギル
職業:剣士
Lv:20
状態:冷静
技能:気配探知 斬鉄 音速剣 守護乃剣 不退転乃意思 鋼乃盾 全力斬 剣風 剣技
グズ
職業:魔法使い
Lv:12
状態:冷静
技能:ファイヤーボール ウォーターポッド アイスニードル ウインドカッター トルネード テンペスト アースサージ ライトニング フライ マス・フライ
確かに蒼の鑑定でも偽装したステータスが見えた。ただし、自分のステータスだけ(偽装)というのがついており、タッチパネルをスライドするようにイメージすると、すいっとステータスが入れ替わり、本来のステータスが表示された。これについてはギから初めに説明があった。自分のステータスは偽装したものと、本来の両方が見れるのだ。このアナライズは他人のステータスを見ることができる能力。自分で自分のステータスを確認するのには特に能力は必要ないので、気にすることはないのだそうだ。なので、蒼は特に気にせずもう一度ステータス画面をスライドし、偽装したステータスを確認する。
「《道具袋》?」
「ストレージは勇者固有なので、ストレージの下位になるアイテムボックスにしてみた。こちらはフリーだからな。問題があったか?」
「……性能は?」
「たしか……入れられるアイテム数に限りがあり、中のアイテムは時間経過による劣化がある、だったか?」
「なんか人族はこのスキル持ちを重宝するって聞いたことがあるっすよ」
二人からの説明に暫く考えこみ、それからゆるく首を左右に振った。
レア職業にレアスキル。なかなか目立ちそうで、隠そうかとは思ったが、代案が思い浮かばなかったのだ。カバンを買い、そこから出しているように見せようかとか思ったが、ドロップアイテムを大量に入れたら? 長物をドロップされたら? などという疑問に適切な解を導き出せなかった以上、蒼ができることはない。ただ黙ってそのステータスを受け入れた。