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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
三章
48/51

48 こっちはお仕置きです



 死体は物である。生きている人間はThe body。それが死んだらA body。物である。それがもとの世界の常識。それはこの世界でも同じ。生き物は受け付けないストレージも、死体ならばアイテムとして受け入れる。


 女神の死体、胴体部分をストレージに投げ込み、血や飛び散った歯も回収する。既に血抜き済みの生首は、長い髪を掴んで引きずる。持って帰ろうと思ったのは特に理由はない。なんとなく、そうした方が良いような気がしたから。


 ずりずりと引きずり、魔王城に戻った。丁度図書室に本を狩りに来ていたコウスケと、料理長で食堂にいたシズカがやってくる。


「蒼ちゃん! 無事だったのね?!」

「日下さん! 無事かい?!」


 駆け寄る2人は、血塗れのアオに悲鳴を上げた。大けがをしていると勘違いをしたのだ。しかし、アオはゆるりと首を左右に振る。


「怪我はない。汚れているのは気にしないでくれ」


 こくこくと頷き、空いている手でVサインを見せればほっとする。そして、ようやくもう片方の手に何かを持っているのに気づいた。茶黒いそれを視界に収め、ひ、と息をのむ。


 ソレは何か判断する事の出来ない塊だった。しかし、茶黒いそれが乾いた血であることは明白だが、アオが手に掴んでいる汚い布のようなそれが髪の毛だとは判断できない。したがって、ぐちゃぐちゃにつぶれ、腫れあがったソレがなんなのか、判断はつかないが、グロテスクなナニカだとは理解した。


「ああ、2人には刺激が強いな。すまん」


 手の中のモノを思い出したように見、Vサインを降ろす。と、窓の外、晴天の空に稲妻が走り抜けた。


 まるで爆発音のように轟く音。なんの警戒もしていなかったアオ達はびくりと身を震わせた。その中で唯一、魔王が窓へと駆け寄る。遅れてアオとギルも駆け寄った。因みに、女神の生首は相変わらず引きずられている。


 窓の外、バルコニーへと現れる人影。ガンガンとなり続ける稲妻。晴天なのになりつづけ、アオの脳内にフラッシュライトにお気を付けください、という文字が流れていく。


 ピカピカと光る稲妻に目をやられないよう、窓辺から大きく離れた。


 人影がはっきりとした輪郭をとり、その姿をはっきりと現す。


 60過ぎのしわくちゃな老人。それが現れた人物だった。


 魔王が驚愕に目を見開く。そのままよろよろと数歩、後退った。それから慌てたように跪く。


「創造神様!」


 ですよね、というアオの心の声はさておき、魔王の言葉を聞いたギルも慌てて魔王の後ろまで下がり、跪いた。


 窓がひとりでに開き、老人が入ってくる。


「ジンギルフよ」

「は、はいっ」


 低くしわがれた声に、魔王が緊張した様子で返事を返す。


「イルマの気配が消えた。どういうことだ?」

「そ、それは……」

「私が殺したからだ。証拠はこれだな」


 魔王が答えるよりも早く、アオが手にしていた生首を掲げる。老人が創造神と知ってなお、普段と変わらないアオ。


 軽くしか引き上げられなかったせいで、女神の頭は床すれすれでぶらぶらと揺れている。それに老人が目を細めた。睨んでいると言っても過言ではない。


「人間よ。その頭をもってまいれ」

「断る」


 尊大な物言いに、こいつは敵だな、と判断し、生首をストレージへと投げ込んだ。それに老人が顔をしかめる。


 ストレージは無制限でアイテムを収納できる。更にストレージ内では時間が止まっており、そこに入れた物の状態が変化する事はない。そして、アオ達は知らなかったが、もう一つ、最大の利点があった。アイテムドロップがないのだ。アイテムボックスの場合、スキルを持った者が死亡した場合、中に入れた物を数点、ドロップする。そして、ドロップしなかったものは消えてなくなる。しかし、ストレージの場合、一切のドロップがない。そこに入れた物は、勇者以外に取り出し不可能。勇者が死んだ際、中に入れた物は丸ごと消えてなくなる。


 創造神は無から有を産み出すことができるが、新しく創ったモノは、以前のモノとは別なモノである。もしも水の女神イルマを創りたいのなら、その肉片でもいいから何かが必要なのだ。しかし、アオはイルマの全てをストレージに回収してきた。飛び散った歯も、血の一滴も。そうした方が良いと告げる何かに従って。つまり、創造神はどうにかアオに何か一つでも取り出してもらわないと女神を復活させられない。


 0からの創造と、元ある物からの創造。その難易度の差が歴然なのは誰の目にも明らか。さらに、創造神はこの世界を1人の男神と、7人の女神で構成した。その8柱を変えるには、世界の理から創り直さなければならないのだ。他の世界を創っている最中なのでそういった面倒は断りたい。


 もともと創造神が魔王の懇願を無視していたのは、女神達と男神が争ったところで絶対に死者がでないように設定していたからである。何があっても女神と男神だけで争う限り、けして双方に死者はでない。それを知っていた女神達は、人族をそそのかした。自分達で殺せないなら、他の誰かにさせよう、と。しかし創造神もその辺も織り込み済み。この世界の生物には、女神も男神も殺せないように創っていた。それに気づいた女神達が思いついたのが勇者召還。この世界の理から離れた者を使う、ということだった。しかし、それでも創造神は慢心していた。神として創ったものと、所詮以下として創ったものの差。けしてその差は埋まらない、と。実際、普通に考えればその差は埋まらないはずだった。今回は偶々、アオが神界へと到達でき、且つ、水の女神の愚かさががアオに味方しただけ。


 水の女神が巫女の身体から飛び出してしまい、その身体が崩壊しかけていた。その傷が癒えていなかった。


 水の女神がアオの事を覚えていなかった。


 水の女神がアオが近寄ることを見逃してしまった。


 水の女神は以前崩壊しかけたせいで、自らの死に畏怖し、パニックになり反撃できなかった。


 だから、アオは水の女神を殴り殺せた。


 もしも、水の女神が冷静だったら。戦う意思を持っていたら? アオは勝てなかったと断言できる。水の女神の得意戦術は魔法による遠距離攻撃。圧倒的な水の魔法で、近寄ることなく、その姿を視認する前に溺れ死んだかもしれない。神界でなら、水の女神は神としての力を、全力で行使できるのだから。魔法による戦いを得意としない、魔法を防ぐ術を持たないアオでは、抗うことなどできなかっただろう。


 本当に、水の女神が愚かで、アオが有り得ないほど幸運だったとしか言いようがない。


 しかし、創造神はそれらを知らない。


 たかがその世界で生きることを許された程度の下等な人間ふぜいが、自分が神として創ったモノに害をなすなど許される事ではない。そんな苛立ちのまま、女神の欠片を出すようアオに迫る。しかし、アオが応えるわけがない。


「イルマがしでかした愚かな行為はすまなかった。とりあえずお前は元の世界に返してやろう。それでよいだろう?」

「良いわけあるか! このゴミ野郎!!!!」


 アオの怒声が響き渡る。それは、先程の爆音のような稲妻よりも大きく、シズカたちが驚いたように肩を跳ねさせた。


 ずかずかと近寄ったアオが、怪訝そうに見る創造神の顔面を殴り飛ばした。


「ぐぉ?!」


 突然の事に驚き、よろめく。その一瞬のすきに、かつて名を馳せ、現在は商売の神様になった美髯公の白バージョンのような髭を掴み、引きずり倒した。そして、頭を踏みつける。仮にも神に対する行動ではないが、既に女神を一人殴り殺しているようなアオには関係ない。


「子が子なら親も親だな。まずは『うちの娘が大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません』だろうが! あれか? お前は一昔前にはやったモンスターペアレントとかいうやつか? ん? 謝り方も知らないと?」


 ごす、ごす、と上げては落とされる足。その度、足の下で呻く創造神。見た目が老人なので、シズカたちの目には、老人に理不尽な暴力を振るう若者のように見える。この子、ずっとこんな感じだったの?! 怖い! という思いで、震えながら目の前の光景を見ていた。


「しっかり謝ったら『お詫びにもならないでしょうが、貴方達を元の時間、元の場所にお送りいたします』だろうが!!!!!! そっちの勝手で迷惑こうむってんだぞ、こっちは!!! 不出来な娘の後始末くらい、ちゃんとやってみろ! それでも神か!!」


 どご、と音がして、つま先が創造神の顔面にめり込んだ。


 創造神の鼻から鼻血が出たのか、それとも、何度も落とされた足に踏みにじられ、どこか怪我をしたのか、おそらくその両方だろう。床に赤い液体が広がる。


「大体、一方通行とはいえ、簡単に穴をあけられるとか、お前の創造、精度低すぎだろう?! 無能か?!」


 胸座をつかみ、無理矢理立たせると、血塗れのその顔に頭突きを一撃。


 神である自分への攻撃として有り得ない攻撃の数々。最低限の礼儀も節度もない。おのれ、と怒りに顔を赤くするが、思考がまとまる前に、罵声と共に何かしらの一撃が飛んでくる。神の力を使うに至らない。いや、使った場合、女神の首を回収できずに死なせてしまう可能性がある以上、無闇に力を振るえない。


「貴様ぁっ」

「うるさいハゲ!!」

「がぁっ」


 顎に入る一撃。脳がぐらりと揺れた気がした。その状態でがくがくと揺さぶられ、意識が混濁してくる。


「い、い、か?! 私達はお前のバカ娘の被害者だ!!! 私達にはきちんと生きる場所があって、生きていた! それこそがお前が創った世界の在り方だろうが?! それを歪めたのは、自分勝手な意見で理を捻じ曲げようとしていたお前のバカ娘だろう?! 親なら娘の教育ちゃんとしろよ! 娘のやらかした責任をとれ!!! それができないような奴が偉そうに神を名乗るな! 世の中の親の殆どがお前よりまともだ!!! このゴミクズ神!!」

「ぐ、ぅぉえ、げふっ」


 血と涙と鼻水と鼻血と涎で創造神の顔が散々な事になっていく。しかし、アオは動きを止めない。今は胸座をつかみ、腹に膝を入れていた。最早どちらに正義があるのかわからない混沌とした現状。圧倒され魔王もシズカもコウスケも動けない。この戦い方を教えたギルだけは、気まずそうにそっと視線をそらしていた。


 アオの気が済むまで一方的な攻撃と罵声は続いた。というか、創造神が虫の息になり、ようやくアオが動きを止めたのだ。


「で? 言う事はあるか?」

「ず、ずびばぜんでじだ……」


 間近で睨むアオに、創造神が恐怖のあまり、まさかの泣きながら謝罪をした。しかし、傲慢老人が泣いたところでアオは気にしない。さらに剣呑な光を瞳に宿らせた。


「それだけか?」

「も、もうじわげ、ありまぜん……あ、貴方達の望むとおりに、召還された時、場所へとお送りじまず……だからお許しぐだざいっ」


 最早威厳もなにもない、ボロボロの老人だった。いっそ憐れな程しゃくりあげながら、言葉を紡ぐ。


「おーそうかそうか。それならお前がちゃぁああんとできたら、許してやるよ。だがもし、送ると見せかけてなんかしたら……絶対にお前を殺しに行くからな?」

「ひぃっ」


 にたぁああと凶悪な笑みを浮かべられ、それを間近で見せられた創造神の動揺はひどい。仮にも女性の笑みに恐怖のあまり動揺するなど失礼な話だが、アオの笑顔ならそれもまた、仕方のない事だろう。


 必死にがくがくと頷く。もはや言葉は紡げなかった。


あぁー……

終わらなかった終わらなかった……

あとちょっとなのに……

明日終わらせます……

おやすみなさい。

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