表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
三章
46/51

46 帰る理由



 呆れたような、少し困ったような、そして、どこか嬉しそうな、複雑な表情を浮かべた魔王がいた。120㎝の鏡に映った魔王ではなく、本人。


 現在、アオ達は魔王領に戻ってきていた。


 全ての遺跡は攻略済み。後は起動させるだけ。その前にしっかり身体を休め、装備の確認をするためだ。ドワーフ並みに腕の良い鍛冶師さえいれば、人族領のどこかでも良かったのだが、既に英雄以上の存在として崇められているせいで、ゆっくりと休むなど不可能だった。どこに行っても英雄以上の存在を見る目で見られる。ちょっと街中を移動すればどこまでも人々がついてくる。宿に入れば引っ切り無しに来客がある。まったく気の休まらない場所。それがアオにとっての人族領だった。


 うんざりし、人族領に用はない。魔王領に戻ろう、となっても仕方がない。


 最早正体を隠す必要もないだろう、と街を出てすぐに、グリフォンに戻ったグズの背に乗り、空から魔王領へと戻る。そして、驚きつつも、嬉しそうに出迎えた魔王に、先日の水の国での話をした。


 複雑な表情を浮かべる魔王は、それでも嬉しそうだ。


「友好関係になりたいなら、食料とか送ってみたらどうだ?」

「そうだな。そうしてみよう」


 提案に、ふ、と笑いながら頷く。その様子に、やはり人族と友好関係を築くのを諦めていなかったのだ、と理解した。


「自分の事だけでなく、我らのことまで考えてくれた事、心より感謝するぞ」


 大きな手が、アオの頭を撫でる。


「我はお前には謝ることしかできないというのに、お前は我らの事も考えてくれている。本当に、いくら感謝してもしたりない」

「気にするな。お前には世話になっている。これからも世話になるからな。これくらい当然だ」

 相変わらず表情の変化に乏しいアオだが、この2年、不定期報告という名の通信で会話を続けたためか、魔王は今アオが穏やかに笑っているのだと理解している。この、どうみても無表情が笑っていると理解できる程にはアオと会話してきた、と自負している。

「そういえば、水の女神を倒したのち、人族領にはいかないのか?」

「む? 出ていけということか?」

「違う違う。あー……なんといったか? ええっと……ああ、そうそう、デグリスだデグリス。確かお前に惚れているとかなんとか、ギルから報告を受けたが……」

「らしいな」


 どこか他人事のように返る返事。あ、これは脈はないな、と瞬時に理解する。なんでもない、と話を濁し、アオの頭を撫でて誤魔化した。


「ではシズカ達と暮らすのか?」

「うむ。コウスケと帰還方法を探そうと思ってる」


 そうか、と頷く。


 大分馴染んだとはいえ、アオ達は異世界人。この世界の人間ではない。そして、向こうの世界に大切な存在を残してきたのだと知っている。帰りたい。その願いを持つことを、誰が咎められようか。魔王とて、必要とあれば全力でバックアップするつもりだ。


 1,000年前には勇者を帰還させることは成し得なかった。あの時の勇者は死の間際、嘆く魔王を笑って許した。そもそも、責めてなどいなかった。あれから1,000年。再び姉たちが暴挙に出た時の為、と魔王も必死に帰還方法の樹立を目指した。来られたのなら帰れるはず、と。しかし、見つからなかったのだ。どれほど望んでも。神の力を用いても。ランダムに異世界へ飛ばすことはできても、世界を指定し、望んだ場所に送ることは不可能。しかも、ランダムに飛ばした際、飛ばしたものの安否は問えない。そんな不完全な魔法しか作り出せなかった。


 アオ達が戻れる可能性は限りなく低い。


「我にできることがあれば、何でも言って欲しい」

「ありがとう。ジンギルフ」


 感謝に軽く頷き、にこりと微笑む。


「この後はどうする予定だ?」

「シズカのご飯を食べて、風呂に入る。それでベッドで寝る」

「ははは。ゆっくり休んでくれ」

「うん。その後準備をしていく」

「そうか。気をつけてな。流石に自分の家族を殺すのは手伝えない……すまんな」

「別にいい。十分手伝ってもらった。直接手を下せとは言わない」


 ゆるく左右に振られる首。


 魔王は姉である女神を殺す方法を教えてくれた。その方法を実行するため、チートな仲間を与えてくれた。様々な方法であれやこれやと手助けをしてくれた。それだけで十分。それ以上は求めない。求めてはならない。


 家族を大切だと思う気持ちはアオにも理解できる。それでも、魔王は手助けしてくれたのだから、十分誠意は伝わっている。


 ゆっくりと踵を返した。


「じゃ、また」

「うむ。次に会うのは神界からの帰還後だな」

「ん」


 ひらひらと手を振り、魔王城を後にする。仕事を終え、アオが魔王と会話を終えるのを待っていたシズカと共に、城下町で借りている屋敷に辿り着く。待っていたように出迎える男。ひょろりと背が高い。


「やぁお帰り」

「ただいま、コウスケさん」

「もどったぞー」


 軽く手を上げるアオに、2人がほほえましそうに笑う。


「お疲れ様、日下さん」

「コウスケもおつかれ。でも少し早いかな。明日女神をりに行くから」

「そうか。明日行くんだね。……僕たちは何も出来なけど……けして無理はしないと約束してほしいな」

「むり」

「だよね」


 即答で返る答え。わかってる、とコウスケもシズカも苦笑した。


 アオの話は魔王からずっと聞いていた。そして、何度か通信魔法で報告を受けているのを見ていた。その度、無茶苦茶だ! と驚愕をしていたのだ。心配するこちらの事など、一切興味ない様子で突き進んでいく。その姿はある意味小気味よくて、同じ日本人だよね? と問いかけたかった。


「ところで、もう少し前線から遠い場所にいるんじゃなかったのか?」


 確か、戦争の音が聞こえない場所に家を借り、静かに暮らすんだと、2年前、旅に出る前に魔王から聞いたような、と首を傾げる。それにああ、とコウスケ達は頷いた。


「ええ、初めはそのつもりだったんですけど……」

「便利さからこっちになったんだ」


 曰く、様々な書物は城にある図書館のものが最も揃えも、状態も良いのだとか。2人にも翻訳のスキルがあるので言葉の壁はない。魔法や勇者召還等の知識を得るのに本より良いものはない、と魔王が図書室を開放してくれた。いつでも魔王城勤務の者が持ってきてくれるという事だったが、自分で行った方が早いし効率も良い。その為、コウスケは城下町にとどまる決心をした。シズカは/それに追従した形だ。


 バラバラに分かれるより、同郷同士側に固まっていたいと思うのは悪い事ではない。むしろ自然な事だろう。


 初めはコウスケと共に帰還方法を探していたが、あまりこういった事に耐性がなかったせいで、現実逃避のように趣味の料理をしだした。これがまたコウスケにウケた。調子に乗ったわけではないが、ついでに自分達にこの世界の常識を教える係の者達にふるまったところ感激され、噂を聞いた魔王がやってきて、そして気が付けば魔王城の料理長になっていた。


 思ったより天然だな、とシズカのテンプレのような流れにあきれる。


「これで美形の王子と恋愛に発展したら完璧」

「だ、ダメよ! 私には雄一郎さんという婚約者がいますから」

「おお、流石お嬢様。婚約者ときたか」


 思わぬ新情報に瞬く。


「そうですよ。本当だったらもうお嫁さんになってる予定だったんですけどね……」


 苦笑。


 シズカがこちらに来たのは婚約したその日だった。大企業の跡取り息子である雄一郎との婚約。某議員の一人娘であるシズカは、政治的なそれを当然だと思った。しかし、少し寂しいとも思ったのは事実だ。まだ少女だったころに読んだ漫画のように、素敵な恋でもしてみたかったとは思うが、全寮制エスカレーター式の学校は女子校。教師にさえ若い男はいなかった。恋をする機会に恵まれず、見合いの席についた。


 少し会話をして、冷たい人なのかな? と不安を覚えていたが、自分の趣味であり、周りが顔をしかめる料理の話になったとき、シズカは雄一郎に恋をした。彼は、彼だけは否定をしなかった。令嬢であるシズカが台所に立つことを。


「私は良い事だと思いますよ。仕事から帰ったら妻の手料理が食べられる。幸せな事だと思います」


 そう言ってくれたのだ。それが本心かどうかはわからなかったが、それだけで先の不安はなくなった。この人なら大丈夫、とこの結婚を心待ちにさえ思った。婚約した日から1年後には結婚する予定で、1日も早く1年後が来ればいい。そう思ったのに、なんの因果か。その夜、パンフレットやインターネットで、熱心に結婚式の予定をあれこれ立てていたシズカは、光に飲まれて気が付けば、この世界にきていたのだ。


 突然失踪した自分を、婚約者は待っていないかもしれない。それでも、シズカは初めての恋を諦められないし、諦めたくない。彼以外は考えられない。どうしても日本に帰りたかった。


「私だって翌月には子供が生まれる予定だったんだ……」


 苦しそうにつぶやくコウスケ。


 初めての子が生まれる予定日を来月に控え、妻は近くの実家の母親のところにいた。そんな妻と、これから生まれてくる自分の子供の為に毎日毎日遅くまで働き、へろへろになって帰っては、実家だからだろうか。安心したように眠る妻の寝顔に癒された。


 お腹の中の子が男女どちらかは知らない。あえて聞かない方針にしたのだ。それで指折り数え、休日には子供のグッズを買いに行ったりもした。小学生ぐらいのものまで見に行き、妻と、妻の母親に随分と呆れられた。


 朝から晩まで働き、なかなか顔を合わせないコウスケが、休日はこうして未来のために、本人が子供のように顔を輝かせ買い物に行くせいか、普段なかなか会えなくても妻は笑って許してくれていた。来月の予定日周辺は溜めに溜めた有給で、がっつり休みを取ったと言ったときも笑って許してくれた。そして、愛していると言ってくれたのだ。


 可愛い、愛しい妻。これから生まれてくる予定だった我が子。帰りたいと思って何が悪い。既に2年たった。2人は無事だろうか。どうなっているだろうか。眠れない日もあった。もしも帰れなかったらと思うと、それだけで体中から力が抜けていくような気がする。


「帰る。私達は必ず帰る。心配ない」


 淡々と紡がれる言葉。それは異様に力強く、俯きかけていた2人はハッとして顔を上げた。


 そこには、自らの望みを叶える為だけに、死ぬかもしれない場所で堂々と無理をするアオがいた。そして、望みの一つに手をかけている。その実績からか、それともゆるぎない意志をもっているからか、アオができる、と言えばできる気がしてくる。


 2人はアオに向かって微笑む。


「ええ、私達は帰ります」

「絶対にね」

「ん」


 こくりと頷くアオに、頷き返した。


 今はまだ何も未来への道筋は何もなく、日々不安と絶望に襲われるばかり。しかし、それが希望だと久しぶりに思い出す。何しろ、まだ何も結果は決まっていない、のだから。未来を掴むのは己の強い信念。意思。それらを思い出した2人は、アオへ深い感謝を一つ。そして、自分達は帰る、その思いを、決意を新たにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ