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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
三章
45/51

45 洗脳は怖いよね



 英雄を歓迎するための場は凍り付き、誰も言葉を発せない。英雄であり、真なる神と言われている3人が、一様に感情の抜け落ちたような表情で、冷たく見つめているせいだ。


 今、歓迎の場は、断罪の場へと変わっていた。


 国王ヘイゼリック・フォン・リンドブルグは、その身に3人の視線を浴び、全身に冷や汗をかきながらこれまでの流れを思い出す。


 急遽巫女へと変わった幼い巫女見習いが持ってきた、女神を名乗る者からの神託。それに従い遺跡を封鎖したのが2年前。ヘイゼリックが国王になって初めての仕事だったと思う。その後、同士であり、この国の宰相ルーゼエルファと共に、父である前国王が乱した法律や、国――主に王都とその近郊――を整え、父に媚を売るだけの無能な臣下の粛清を進めた。


 ヘイゼリックは知らなかった。遺跡を封鎖する、という事がどういことか。それはルーゼエルファも同じだった。立て直しの最中に何度か、ギルドマスターを名乗る男が謁見を申し立てたが、忙しさのあまり無下にした。その結果、遺跡から魔物が溢れだし、すぐ近くにあるという遺跡宿場町セベクが滅んだ、と報告を受けることになった。


 あの時の愕然とした思いは、今でもよく覚えている。


 この国を長く豊かにしているという女神。その啓示に従ったというのに、何故、自国の民が魔物に食い荒らされ、町が一つ滅んだのか。必死に考えるが理解ができない。巫女に頼み、女神に神託を求めたが、返ってきたのは沈黙。女神は、巫女のその身に降臨してはくれなかった。女神への不信がヘイゼリックの心を支配していく。その時、脳裏に閃く、ギルドマスターの存在。無下にしてきたのは自分。呼びつけたりはせず、自らギルドへと赴き、頭を下げ、知識を求めた。


 散々無視し、困ったときだけ頼るヘイゼリックへの、ギルドマスターからの心証は最悪。まるでゴミでも見るような冷たい視線を今でも覚えている。それでも頭を下げ、必死に頼んだ。いかにも不承不承といった様子で、ギルドマスターは自然発生のモンスタートレインが起きたのだと説明をしてくれた。そして、何故ギルドが遺跡への調査を推奨しているのか、その説明も。全てのからくりを知ったヘイゼリックは、全身に冷や水を浴びせられたような気持ちになった。女神の啓示だから、と行った自らの愚かさを呪う。何故封鎖へと至ったのかという経緯を説明し、助力を懇願した。しかし、既にギルドマスターは水の国を見限り、他の国へと多くの冒険者を逃がした後だった。


 己の愚かさを呪いつつ、城へ戻ったヘイゼリックは、留守を任せていたルーゼエルファに、ギルドで聞いてきた話を伝え、対策を考える。しかし、城にいる兵士程度でどうこうできそうな話ではない。仕方なく、勇者召還を行った騎士たちの謹慎をとき、遺跡へと向かわせた。ただし、大規模なモンスタートレインの制圧ではなく、ただのよくある魔物討伐として。小規模魔物討伐ならば度々あった。本当に、その程度で偉そうにするな、と。ギルドで依頼を受ける冒険者達を見習え、と何度も言いたくなるような、本当に小規模な魔物討伐なら。それだ、と言えば、それで罪を帳消しにしてやる、と言えば、騎士達は喜び勇んで遺跡へと向かった。しかし、誰一人戻った者はいない。斥候能力に優れた者から、為す術もなく大群に飲み込まれ、生きたまま食われたという報告を受けた時は、こちらが何とか準備を整える時間さえつくれないのか、と怒りがわいた。


 時間がない。とりあえず、遺跡から遠い場所にいる国民達には逃げるよう、各領主たちに通達を出す以外、何もできてはいない。他国領へ遠く、今逃げてもモンスタートレインに飲み込まれる可能性しかない者達は、王都へと迎え入れた。馬も馬車も全て吐き出し、可能な限り受け入れた。城の一部も開放し、兎に角受け入れた。それでも、多くの国民を見捨てた。


 水の国出身で、この国に残ってくれた冒険者達と、兵士の全てを城壁周りの警備へと当てる。国庫は全て開いた。武器も食料も、何もかも。今王都にいるものだけは何としても守りたい、と。


 手紙用専用の小さな転移魔法陣を使い、どうにか他の国から支援をもらえないかも頼んだが、結果は否だった。というか、他の国も同じような状況だった。国王は一様に女神からの啓示で遺跡を封鎖し、モンスタートレインを発生させた。そこで、国王達は一つの結論へと至る。女神は悪魔だったのではないのだろうか、と。甘い蜜で信用させ、完全に自分達が信じた後、絶望の底へと叩き落す。その様を見て楽しむ悪魔ではないだろうか、と。そして、この状況を乗り切ったあかつきには、女神を名乗る悪魔への共同戦線を展開しようと固く誓い合った。


 モンスタートレイン発生から2年。状況は最悪。溢れた魔物達が城壁を越えてくるのも時間の問題だった。それでもヘイゼリックには一つの希望があった。土の国からもたらされた希望。このモンスタートレインを収拾してまわる英雄達。闇の国のトレイン収拾後、水の国へ向かうと聞いた。そう手紙に記されていた。あと少し。後ほんの少し耐え抜けば、この絶望は終わる。そう信じ、ギルドマスターと唯一のAランク冒険者『金糸雀』のリーダーであるエドワードには、英雄の情報を伝え、彼らの到着まで、と頭を下げた。


 果たして奇跡は起きた。


 見たこともない暴威の魔法。城壁の外で吹き荒れる嵐。止んだ時には城壁の外の景色は一変していた。あれだけいた魔物は勿論、自慢の美しい森や草原はどこにもなくなっていた。それができる人間。これが英雄の力、と呆然と景色を眺めたが、急いで城へと戻る。当然、城に来るであろう英雄を迎えるために。もう残り少ない食料をふんだんに使い、食事をふるまい、王族ように、ととっていた水を全て出し切り、風呂に入って疲れを癒してもらおう、と。しかし、英雄は城を訪れなかった。代わりに奇跡を一つ。死んだはずの者達を蘇らせ、名乗ることもなく、遺跡へと向かった。


 なんと気高き存在か、と感動に震えるヘイゼリック。エドワードから、あれこそ真なる神。そう言われ、納得した。すぐにエドワードに頼み、遺跡へと彼らを迎えに行ってもらう。その間、自分は再び歓迎の準備をした。その前に計画していたものよりはるかに豪華になるように。ない食料を、水を、酒をかき集め、民に広く真なる神の歓迎を伝えた。そうすれば、奇跡を見た者、受けた者、感謝を伝えたくて仕方のない者達がこぞって城へ物資をかき集め、持参した。それでなんとか準備をしたのだ。しかし、城へきた3人は何も求めなかった。その代わり問うたのだ。勇者召還の事実について。


 ヘイゼリックは答えた。自分が知りうる限りの全てを。


 父であり前国王がいつの間にか神託を受け、秘密裏に勇者召還を行った事実。3人の人族によく似た者が召還され、巫女に憑りついていた女神を名乗る悪魔が、そのうちの1人を勇者と言い、聖剣を渡した。その結果、巫女と王は聖剣で首を刎ねられた。その後魔王を名乗る魔族が現れ、3人を連れて行った。そして、自分達は逃げ帰ってきた騎士や魔法使い達から事後報告を受けた。


 父が何をやっていたのか知らなかったうえ、大問題を起こしていた事実に、己の不甲斐なさを嘆く。しかし、嘆いたところで時間は戻らない。


「大体は理解した。お前達を責める前に聞きたい。お前達は勇者召還をどう考える?」


 ヘイゼリックの懺悔のような告白に、しかしアオは僅かも表情を緩めることなく、尋ねた。問われた意味を理解できず、ヘイゼリックは思わずルーゼエルフを見る。しかし、ルーゼエルフもまた、困惑した表情を浮かべていた。


「申し訳ございません、アオ様。どう、とはどういった意味でしょうか?」

「そのままだ。神が言ったから勇者召還をした、そういったな?」

「はい」

「お前達は、そんな安易に行えるものだと思っているのか?」


 問いかけに首を傾げる。


 神の啓示に従い行う秘術。それになんの問題があるのか。いや、神を語る悪魔にそそのかされたこと自体を責めているのだろうか。必死に考えるが、何の感情も浮かべていないアオに、何かを読み取ることは不可能。結局困ったように曖昧に呻いただけだった。


 それを答えと受け取ったのか、アオの視線が一段階冷えた。


「お前達は異世界人をどう考える?」

「異世界人、ですか?」

「無駄な問いかけは必要ない。答えろ」

「は、はい」


 先程から何を問いかけたいのか理解できず、思わずぼんやりと問い返せば、嫌悪を隠しもしない刺々しい声が命令する。びくりと肩を跳ねさせ、必死に考える。


 異世界人。


 勇者召還で呼び出された者。それ以上でもそれ以下でもない。1,000年昔にも勇者召還がなされ、魔王と戦ったが、帰っては来なかったと聞く。その話を聞いても特に何も思う事はなかった。勇者とは魔王と戦うための存在なのだから。


 正直にそう答える。控える城仕えの者たちも、エドワードも、その考えに異論はないようで、特にこれといった感情の変化はない。ただ、アオ達3人はあからさまに嫌悪の表情を浮かべた。


 まるで信じられない者を見るような、人ではない何かに向けるような視線。それをヘイゼリック以下、この部屋にいるものは皆知っている。自分達が魔物や魔族に向ける視線。それと同じ視線を向けられたのだと、即座に理解した。しかし、理由がわからない。何故、と困惑する。


「……お前達は、業の深い種族なんだな」

「思考がおかしいとしか言えないな」

「クズっすね」


 三者三様の非難に、ますます困惑する。これは、人族共通の考え方のはず、と思わずヘイゼリックとルーゼエルフは顔を見合わせた。


 理解していない様子に、アオは深々とため息を零す。


「お前達は、異世界人に、お前たち同様、家族が、大切なものが、生活が、生きる場所が、在るのだと、考えた事があるか?」

「え……?」

「ないんだな。わかった」


 蔑みの視線。


 対してヘイゼリックたちは雷に打たれたような衝撃を覚えていた。異世界人が自分達のように『生きている』などと考えた事がなかったのだ。


「いつも通り生きていたのに、突然、見知らぬ世界に無理矢理召還される。そして、帰る方法もないまま、自分とは全く関係のない戦争に、無理矢理役目を押し付けられて投じられ、死ねと言われる。それがお前達が行う勇者召還だ。そこに、人としての道理はあるのか?」

「そ、それは……」


 戦慄く。


 考えた事があるわけがなかった。勇者召還で呼び出されるのは勇者。勇者は魔王を屠る者。その考えに、なんら疑問を持ったことはなかった。持たないことが異常だと思ったこともなかった。しかし、今、目の前でその考えが異常だと詰る者達がいる。


 言われて気づいた。自分達が逆の立場になったとき、勇者と言われ納得し、戦うかと問われれば、NOだ。勝手に呼び出して、何を言ってやがる。そう言うだろう。それは当然のことのはずだ。


 勇者召還とはなんて罪深いことなのか、と戦慄するしかない。


「お前達が長らくクソ共に洗脳され、人として持つべき感情がなかったことは同情に値するかもしれない。しかし、それは許される事にはならない。お前達は自ら疑問に思う事さえしなかったんだからな」


 静かな声に、ぼんやりとアオを見る。


 自分達は女神、神を名乗る者に妄信的に従い、その教えは絶対だと思ってきた。しかしそれが自ら考え、疑問を思う事をしなかった言い訳になるかと言えば、確かにならない。自分達には頭がある。頭は考える為にあるはずだ。


 ああ、と思わず頭を抱える。


「ならば、私達がしていた魔族との戦争はなんだったのでしょうか?!」


 女神が強く推していた魔族との争い。数千年に渡る戦争。その被害の数々に、ルーゼエルファが声をあげた。


 魔族が悪だと説いたのは女神だと言われている。魔族を滅ぼすべきと唱えるのも女神。そして、自分達はそれを信じ、争いを続けていた。勇者召還は魔族を滅ぼせない人族に、業を煮やした女神達が伝えた秘術。自分達は、何をしてきたのだ、と頭を掻きむしった。


「ただの身勝手な侵略行為だろう?」


 冷たく、静かな声が答える。


 その場の時が止まった。


 嘘だと喚きたいが、それはできない。エドワードでさえ、信じていた者に裏切られたような気持ちでいっぱいだった。


 静かになってしまった部屋に、深々と零されるアオの溜息の音が、やけに大きく聞こえる。


「考えることを放棄しすぎじゃないか? 魔族側から人族側へ侵攻があったか? 魔王は魔族と人族が争わないように新しい大陸を創り、そちらへ引き籠ったんじゃなかったのか? それを無理矢理責めたのは女神と人族側だろう? わざわざ引き離した大陸をくっつけてまで侵攻した理由はなんだったんだ?」


 魔王が今までなかった大陸を創り、魔族を連れて移住した歴史は知っている。女神率いる人族達の猛攻に敗戦した魔王が、逃げ込むために創った大陸だと歴史書には載っている。そこで終わればよかったはずなのに、女神達は力を蓄えるつもりだ、と攻める手を弛めることを許さなかった。奇跡の力で大陸をつなぎ、そこから侵攻するよう啓示した。世界は人族たちの為だけに在り、それ以外のモノは人族の繁栄につながらない限り、滅ぶべし、と。


「なぁ、何故世界が人族のモノだとか、傲慢な考えをしたんだ? 世界は誰のモノでもないに決まっているだろう?」


 神が問う。自分達の傲慢な思い上がりを正すように。誰も答えられず、震えながらその場に膝をつき、涙を零し、頭を下げた。


「滅ぶべきは人族だったんじゃね?」


 冷たい視線と共に呟かれた言葉に、誰も言葉はなかった。


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