44 クズは所詮クズ
集まる人々の目。目。目。兎に角目。
民衆から向けられた目は全て、何かアオ達が望まない方面に輝いていた。まるで、神を見るような。尊敬と敬愛のこもった眼差しが向けられ、だいぶ居心地が悪い。
正門から真っすぐに城へ向かって伸びる、人々が作り出す花道。そこをやたらと輝く得意げな表情で先陣きるエドワード。馬の背にアオをのせ、後ろから抱き込むようにしている。そのアオは死んだような表情でぼんやりと前を見ていた。後ろに続くグズとギルもアオと同様。にもかかわらず、その後ろから続く男2人はエドワードのように得意げだ。まともな人間――火の国のトヒルに住む、アオに惚れてはいるが割と常識人なデグリス辺りだろうか――が見れば、その感情の温度差に苦笑いしただろう。しかし、残念なことに、今この場にまともな思考を持った者はいなかった。
自然発生のモンスタートレインから2年。今日死ぬか、それとも明日死ぬか。そんな状況。それをたった1日程度で救った英雄の凱旋。しかも数十名の蘇生というおまけつき。何故彼らだけが、という者も多少は居ただろうが、それでも、脅威が去ったという奇跡に、生きていた事への感謝に、アオ達を見る目は好意の塊ばかり。
ああああ、と声を上げ、のたうち回りながら逃げ出したい衝動に駆られる。だが、後ろから抱え込むきらきらした存在のせいでそれもままならない。何故、あの時自分はこの男を殴り倒して逃げなかったのか、という思いがアオの中を駆け巡る。しかし理由は明白。
振り返ろうとし、僅かに身じろぐだけで済ませる。そうしないと自分の目が焼ききれそうだった。
輝く笑顔という凶悪な攻撃を放つ男。エドワード。直視でもしようものなら、どこかの大佐のように目を押さえ「目が、目が~~」と叫ばなくてはならないだろう。そんな恐怖、お断りである。
冷や汗をかきながら、ただひたすらに前を見つめる。
「あー……エドワード、だったか?」
「はい! 何でしょうか?!」
名前を呼んでもらえたのがよほど嬉しかったのか、後ろの気配が増大した。主に歓喜に。
内心「げふっ」と吐血しながら、中空を見つめたまま、声をかけなければよかったと深く後悔する。
「え、えと……な、なんで、こん、な、事に……?」
「皆、絶望の淵からお救いくださったアオ様たちを一目見たいと集まったのです」
「いや……えっと、別に、君たち救ったわけじゃ……」
自分の目的の為なんですが、と訴えるが、エドワードはさわやかな笑みを浮かべ、大きく頷く。勿論アオは振り向かないので見ていないが。
「わかっておりますとも。アオ様たちが己の偉業をひけらかすような俗人でないことは! しかし、我々の感謝を受け取って欲しいのです! 危機的状況を覆す真の神への感謝を忘れるような恩知らず、この国にはおりません!」
あ、はい。としか返せず黙り込む。
何故神と言われるのか理解できない。アオ達としては何もしていない。魔王の為にいらない魔物を殲滅し、自分の目的のために遺跡の魔物を殲滅しただけだ。それで偶々救われただけだろうに、それだけで神扱い。余程精神的に追い詰められていたのか、と首を傾げるほかない、アオ達。
遠くを見ながら、極度の緊張でぷっつんいったんだろうなーと不謹慎な事を考える。
ふと気づけば、いつの間にか城へ続く門が見えていた。
「まて。城に行くのか?」
「はい。神であるアオ様たちを呼びつける不遜な王です。お許しください。アオ様たちを呼びつけることがどれほど愚かしい行為か理解できていないのです。突然前王が崩御され、王に立たれてすぐ、女神を名乗る悪魔共に惑わされ、このような事になりました。王になる器ではなかったのでしょう」
自国の王に対する流れるような酷評。そもそも原因の一つとしてはアオだが、女神がアオを召還しなければこのような事にならなかったのだから、やはり原因は女神でいいのか、と頷く。それにしても、水の女神は、まさかの女神から悪魔へとシフトチェンジしていたのか、と民衆の熱い掌返しに一種の尊敬の念さえ感じる。
「ご安心ください! たとえ王と対峙する事になろうとも、この、エドワード・クライム! 絶対にアオ様たちをお守りいたします!」
ああ、と納得した。それで「金糸雀」の外のメンバーを連れずにいたのか、と。いかに夢幻王国の民といっても、王族にたてつくのは大罪。Aランク程度では、国との友好関係を天秤にかけたギルドから見捨てられるかもしれない。エドワード自身はアオ達を神と信じ、アオ達の為ならその身を投げ出す覚悟だが、大切な仲間に火の粉がとびかかるのは遠慮したいのだ。つくづく仲間が好きなんだな、と妙に感心する。
頭のねじは吹っ飛んでいるが、良い奴だな、と初めて出会ったときにこっそり下していた『なんかきらきらした変な奴』から評価を改めた。そして、今までは料理上手な騎士ディグルしか覚えていなかったし、覚える気もなかったが、エドワードの名前をしっかり認識する。嫌いじゃない、と。
「エドワード。エドワード・クライム、か。うん。覚えたぞ」
「おぉ……!」
うんうん、と頷き、名前を口にすれば、感極まった声が後ろからする。これさえなければ面白いやつなんだろうなぁ、と思いつつ、馬が城門をくぐるのを見た。
王城へ入るというのに、馬に乗ったままのエドワード達。しかし、甲冑に身を包んだ兵士は止めない。当然のような表情をしていた。いいのか、それ、と思いつつも口にはしない。城の入り口でようやく馬を下り、まさかのその場で手足を床につき、それ、額も地面についてね? と尋ねたくなるほど低頭した男に、挨拶される。
「わたくしは水の国アープの宰相を務めております、ルーゼエルファと申します! 『暁』の皆様におかれましては……!」
ご機嫌伺いから始まり、感謝の言葉と、自分ごときが王の下まで案内する事への詫びを延々小難しい言葉で伝える。それを面倒そうに眺め、なんで自分が一番前に立たされているのだ、と少し後方で素知らぬ顔をしているギル達を軽く睨んだ。さっとそらされる視線。2人がこの状態を歓迎していないのが解る。くそう、と歯噛みしながら宰相――ルーゼエルファの口上が終わるのを待った。
「ルーゼエルファ様、『暁』の皆さまはお戻りになられたばかりでお疲れです。その辺りにしていただいてもよろしいでしょうか?」
「こ、これは失礼いたしました!」
嫌そうな表情を浮かべるアオに気づいたエドワードが、すぐに間に入る。そうすれば慌てふためくルーゼエルファ。声の感じから壮年の男性のようだが、エドワードの方が落ち着いてるようだ。
「そ、それでは皆様、こちらへどうぞ!」
立ち上がり、完全に恐縮したようにぺこぺこと頭を下げながら案内するルーゼエルファ。声のとおり、50~60といったところだろうか。落ち着いていればダンディな紳士風の見た目。白髪混じりの茶色の髪は綺麗に整えられている。
うむ、イケメン。と頷きながらその後ろに続くアオ。緊張にがくがくと震えていなければ、イイ感じに渋メン。まさに宰相に相応しい知的な雰囲気の男性。自分を神と勘違いしているせいでこれほど緊張しているのだとは露ほども気づかず、残念イケメンという評価を下しつつ後に続く。
アオの召還の時に見なかった顔。とりあえずグレーゾーンに分類した。
「……噂話をいいか?」
「はっはいっ?!」
突然声をかけられ、ルーゼエルファがびくりと跳ね上がる。その場でぽん、と跳ね上がるような姿に、こんな猫の動画見たことあるな、と呆れつつ、言葉を続けた。
「水の国は、女神にそそのかされ、勇者を召還した、と聞いた」
「そっそれはっ……」
明らかな動揺。初めて聞いたエドワードは驚き、アオとルーゼエルファを交互に見る。ギルとグズも、アオの危険な行為に息をのみかけ、ぐっとこらえた。質問をした側が動揺してはならない。堂々と、当たり前のような姿勢を貫く。
ルーゼエルファは歩みを止め、そっと振り返る。そして、アオ達が神だと思い出し、苦々しい表情で、気づかれないように小さく溜息を零した。神の前に虚偽の発言をして何になるというのか。どれだけ隠したところで、神ならば全てを知っている。もしかしたら、だからこそ自分達は最後まで放っておかれたのかもしれないと気づき、戦慄いた。この絶望は、自分達が犯した過ちへの罰だったのではないのか、と。
「仰る通り、わたくしたち水の国は、いえ、前国王陛下は、女神を名乗る悪魔にそそのかされ、異世界より勇者を召還いたしました……」
「そんな馬鹿な?! ではその勇者はどこにいるというのですか?! 勇者がいるなら、何故その話を誰も知らないのですか? 魔王は疾うに滅ぼされたとでも言うのですか?!」
驚きのあまり割って入るエドワードに、ルーゼエルファはゆるりと首を左右に振る。
「わたくしたちが呼び出したのは悪魔だった、とあの場にいた者達から報告を受けております」
「悪魔……? どういうことですか? 勇者召還をされたのではないのですか?」
困惑するエドワード。ルーゼエルファも困ったように眉根を寄せる。
「わたくしは、全てにおいて事後報告しか受けておりません……」
ほとほと疲れ果てた男の声。ルーゼエルファは勇者召還の裏話を語った。その内容によると、ルーゼエルファが勇者召還の事実を知ったのは事後。出かけたはずの王と巫女の死、という事実と共に知らされたのだ。
ある日国王が恒例の巫女の巡業に、自分も神へ祈りを捧げる、と護衛の騎士や魔法使いを連れて出かけて行った。普段から自分の権威を誇示する王は、突然方々へと無駄に騎士や魔法使いを連れて行くので、ルーゼエルファは特に気にすることもなかった。いや、気にはしていたが、王の行動というより、その果てにかかる無駄な出費、そちらの方が気になっていた。国庫を使い果たさんばかりに贅沢を繰り返す王。息子であり、現国王とルーゼエルファが何度忠言をしようが聞き入れてもらった試しはない。国庫がないなら国民から搾り取れと言わんばかりに、いつの間にか税を上げていることもしばしば。王に気づかれないようこっそり税を下げる苦労の日々。そんな中もたらされた国王の死。正直ルーゼエルファは喜んだ。これで王子の職業が国王へと変化し、水の国は再び豊かに、美しい国になる、と。しかし、次にもたらされた言葉に愕然とした。
勇者召還をしたが、失敗したのか悪魔を3体召還してしまった。悪魔が国王と巫女を殺し、魔王の庇護下に入った、と。
あのクソ国王、死の間際までふざけやがって、とルーゼエルファが怒り狂ったのもの仕方がないことかもしれない。
兎に角、情報がなければはじまらない、とその場にいたとされる、国王が連れて行った騎士、魔法使い、全てに一人一人聞き込み調査を行った。その結果わかったことがある。
国王は、巫女に憑依した女神に神託を受け、秘密裏に勇者召還を行った。連れて行った騎士たちは、特別見目の良い者たちばかり。勇者が気に入ったものを側仕えとし、ハニートラップをしかける。勇者が騎士相手に隙を見せたら従属のサークレットを装備させ、意識を奪い、意のままに操る予定だった。その非道かつ、不遜な計画に、我が主はこれほど愚かだったか、とルーゼエルファは嘆いたものだ。
そして、そこで召還されてきた異世界人3人に聖剣を渡した。自分達は魔王に無慈悲に蹂躙され、苦難に遭っているという嘘を吹き込みながら。しかし、異世界人は突然巫女を殺し、国王を殺した。その姿は悪鬼のごとし。更に、異世界人が逃げようとしたところで魔王を名乗る魔族が現れ、3人と共に残った者達を蹂躙した。そこで巫女の体から飛び出した女神が神の力を使い、撃退したのだ、という。
現在、女神を名乗っていた者達は、人族を滅ぼすためにモンスタートレインを発生させようとした悪魔、と判明している。そのため、巫女は悪魔に取りつかれ、前国王はそれに気づかず、悪魔の言を聞き、悪魔召還をしたのだろうと結論付けられていた。
その場にいたアオは、あまりに都合よく捻じ曲げられた話に、うんざりした表情になる。やはり水の国は滅んだ方が良かったのでは、と考え、ひっそり溜息を零した。
「それで? そこに居合わせた者達はどうした?」
「魔法使い達は既に処刑されました。知らなかったとはいえ、悪魔を呼び出すのは重罪です。それに、国王の死の原因ともなりましたし、魔王の手先を増やしたことも問題です。騎士は貴族の者達だったので大っぴらには処分できず、謹慎処分としていましたが、この度のモンスタートレインによる防衛の最前線に立ってもらいました」
冷たく言い切られた言葉。初めてこの残念イケメンが一国の宰相なのだと認識した。罪を犯したとはいえ同じ国の人間を、平然と処刑する怖さ。事実上処刑にもかかわらず、誰からも文句の出ない方法で処刑した。国民を守る為、勇敢に戦う騎士として、名誉を与えまでして。
「しかし、随分と勝手な言い分なのだな」
呆れたようなアオの声。ギルとグズからも冷たい視線が投げかけられている。ルーゼエルファは困惑したように身じろいだ。
「え……?」
「お前は、異世界人を呼び出した。それは悪魔だった。そう、言ったな?」
「は、はい」
「そうか。国王も同じ考えか?」
「い、いえ。陛下がどのようにお考えになっているかは……」
流石に今のは、あくまでも自分の聞いた話と考え。王の考えと同じかどうかははっきりとは言えない。慌てて否定するが、アオはそうか、と一つ頷くと、それっきり黙ってしまった。
どうやらアオ達の機嫌を損ねてしまった様子に、エドワードがルーゼエルファをきつく睨みつける。無言で腰に下げたリュートに手を伸ばした。
「エドワード・クライム。別にかまわない。話は国王とやらに会ってからにする」
「ははーっ!」
アオがゆるく首を左右に振れば、フルネームで呼ばれた感動に、頬を紅潮させたエドワードが深々と頭を下げる。
本当にこれさえなければ面白い奴かもしれないのに、残念イケメンの多い国だ、とアオは心底呆れた表情で溜息を零した。




