43 思い込んだら一直線=迷惑
最後の遺跡にスライムを分裂させて置く。すぐに神界に行こうかとも思ったが、体を休め、しっかりと体力と魔力を回復する。それから、装備を整えたい。一度魔王領に戻り、ダンジョンで見つけた装備をドワーフ達に確認してもらおう、そういう話になった。ギルからの意見だが、それは正しい事だろう、とアオも納得する。
スライムさえも食い尽くされたせいで、転がる夥しい数の魔物の残骸も、浮いているアオ達には関係ない。あえて言うなら、酷い臭いが充満している。それだけだ。その臭いのせいで、この場で積極的に呼吸をしたくないアオが、走るよりも速い速度で宙を滑る。それでもその速さはギルやグズが実際に走る速度よりも遅いのだが。ついでに言えば、遺跡を出たところで、その周りはグズの魔法により、ぺしゃんこに潰された死骸が転がっているので、この場と大した差はない。
真っすぐに、迅速に外を目指し、出たアオ達。其処に広がる凄惨な光景に、しかし目もくれない。ふと、アオが不思議そうに首を巡らせた。それから、警戒したように顔をしかめる。
「どうした?」
「何か、こっちに来てる。その中に、『金糸雀』の金髪がいる」
アオの気配探知にひっかる集団。その数の多さにアオは警戒していた。しかし、その中に「金糸雀」のエドワードが含まれ、困惑している。先日の事があり、アオ達に負の感情を持っていないはずのエドワードが何故、集団でこの遺跡に向かっているのか。
集団=面倒事の気配、という方程式は世の常。ちらり、と3人は顔を見合わせ、頷いた。
「よし」
「逃げるか」
「っす!」
満場一致で気配とは反対方向へと足を向ける。しかし、それは叶わなかった。突然、集団からエドワードだけが飛び出すように急接近してきたのだ。その聞こえてくる足音に、ギル達は、人の足ならば逃げられない理由を悟る。大地を蹴る蹄の音。それは、エドワードが馬に乗っているということ。しかも、何故だかわからないが、集団から一人、突出してきたのだ。後ろの集団が困惑したように足を乱している。
「『暁』の皆さま~!」
やたらと通る美声がアオ達を呼びつける。何度も何度も。何故か、やたらと丁寧に様付で。きもい、と鳥肌をたてながら、顔をしかめるが、アオ達の足は止まらない。できる限り遺跡から離れようとする。
アオ達が向かったのが遺跡だと知っているはずなのに、エドワードは迷いなく、遺跡を離れるアオ達を追っていた。フライでは馬の全速力には勝てない。あっという間に追いつかれ、呼び止められる。聞こえないふりをするにも限界で、仕方なしに足を止め、振り返ったアオ達は、思わず数歩後ろに下がった。
全力の笑顔。
何故だかわからないが、エドワードは、その綺麗な顔に満面の笑みを浮かべていた。きらきらとした星が飛んでいる。そう断言できる程に、全力の。目は興奮と尊敬に輝き、頬は恋する乙女のように薄っすらと染まっている。口元に浮かぶ笑みは恍惚とさえしていた。
貴族の嗜みなのか何なのか、未だにアオには乗れない馬を華麗に操り、見事に立ち止まった。
「流石は『暁』の皆さま! 遺跡のトレインをこれほど早く抑え、その上で残った魔物を蹴散らさんと移動を開始されるとは!」
いえ、違います。貴方達から逃げようとしていただけです。その言葉は何とか飲み込み、すっかり態度の変わったエドワードを見た。
きらきらとした子供のように純粋に、尊敬するモノを見る目。それを大の男が、以前からんでいた自分達に向けている。その事実に恐怖する。何がこいつを変えた、と。当然先日の蘇生の件だが、アオとしては今まで一度たりとも使ったことのない魔法の実験のつもりだったので、思い当たらない。そして、まさか実験の結果、神だと思われているなど露ほども思わない。
え、どうしよう。何か言った方が良いの? と3人は肩を寄せ合い、チラチラと互いを見る。その姿にさえ、きらきらとした眼差しを向けられ続け、いたたまれない。非常に気持ちの悪い思いをしながら、エドワードの相手を押し付けあう。普段なら迷いなくグズだ。グズも自らその役をする。それなのに、押し付け合うのだ。それほどエドワードの姿は気持ち悪かった。
しかし、3人が何を考えているのか知らないエドワードは、馬を下り、3人の前に跪いた。
「皆様! 王都の方で皆様の凱旋を祝しまして、ささやかではありますが、祝賀の用意ができております!」
「い、いや、まだ、魔物の数が多いから、我々は、それを……」
「流石は『暁』の皆さま! 最後まで人々を守る為に戦ってくださるとは! しかし、問題ありません! 皆様のおかげで、我々冒険者や騎士でも退治できる程魔物の数は減っています! 私は皆さまを王都へご案内するために参りましたが、私と共に来た者達が各地にスライムを放ちつつ、残りを掃討するので問題ありません!」
必死にギルが言葉を紡ぐが、笑顔のエドワードに潰される。
ああああ、と声を上げたいのを我慢しながら3人は引き攣った表情を浮かべた。完全に逃げ道はない。遺跡から出た時点でグズにグリフォンに戻ってもらい、魔王領へと逃げてもらえばよかった、と頭を抱える。
後ろから誰も乗っていない馬を3頭引き連れた男が2人、ようやく姿を見せた。
「さあ『暁』の皆さま! どうぞこの馬にお乗りください!」
「い、いや、俺達は……」
「今は物資も少なく、本当にささやかなのですが、幸いにも国王陛下並びに宰相様はご健在! 水の国の再建の目途が立ち次第、皆さまは英雄として公表されます! 私としては神の如き皆さまをたかだか英雄などという枠に当てはめるのはもってのほかだと思いますが!」
えええ、と思わずエドワードを見るが、エドワードは鼻息も荒く、自分の考えは間違っていないと言わんばかりの表情。馬を連れてきた男たちも、エドワードの言葉に深く頷いている。
あかん、味方がいない。話が通じる味方がいない、と思わず頭を抱える3人。本当に、何故このような状況になっているのか、全く理解ができない。しかし、実は馬を連れてきた2人の男も、アオの蘇生の恩恵を受けた者達。あまり似ていないのだが双子の兄弟で、兄の方があの広場にいたのだ。死体として。
死後24時間以内だったため運よく生き返った。両親は魔物に殺され、既になく、たった2人で冒険者として生きていた兄弟。弟の喜びは尋常ではなかった。「金糸雀」から、立ち去る姿を見た兄から、話を聞き、3人の態度を高貴だと勘違いした。そして、あれこそ神の化身だ! と思い込んだ。だからこそ、エドワードが3人を迎えに行くといったとき、志願した。馬を明け渡し、もし魔物に襲われ、敗退した場合、逃げる足を失うというのに。
「さぁ、皆さま!」
「い、いや、私は馬は乗れないから……」
けっこうです、と逃げ出そうとするが、エドワードが許さない。いや、許さないとかそういう話ではない。全力の好意で阻む。
「それでしたらどうぞ私と一緒にお乗りください! 私は幼いころから乗馬をたしなんでおります。アオ様を安全にお送りいたします!」
さぁ、さぁ、と善意の瞳が訴える。普段は性格も根性も悪いアオだが、強すぎる押しに押された。この強さは、日本にいた頃経験したな、と思い出す。担当の田中。あれはしつこいうえに押しが強かった。アオがそれを跳ねのけられたのは、田中の顔が欲に塗れていたからだ。小汚い想いには嫌悪しかない。跳ねのけるのも容易い。しかし今は、全力の好意。
なんてこった! と思わず遠い目をする。悪意よりも好意の方が神経すり減るとは思いもしなかった。ギルとグズも既にあきらめの目だ。死んだようにうつろな目で中空を見ている。
「た、のん、だ……」
かすれた声で何とかそれだけを伝えれば、これ以上のない笑顔。先程も十分に全力の笑顔だったというのに、その笑顔が更に輝いた。きらきらした星が肌に刺さるようで、アオの目から光が消えていく。でろりと死体のように濁った視線を遠くへ向け、恭しく差し出された手を取った。
エドワードにとって神であるアオの手をとれたことに歓喜しつつ、手慣れた様子で馬上へとアオをいざなうと、その後ろに跨る。アオを後ろから抱きかかえるようにしながら手綱を握った。ギルとグズも馬に乗り、馬が一頭余ったので、馬に跨る男2人を確認し、軽く馬の腹を蹴る。ぶるる、と軽く声を上げ、馬がゆっくりと歩を進めた。
アオが不快感を感じないように丁寧に手綱を操る。かつて、令嬢達と出かけた時も、これほど気を遣っただろうかと思う程丁寧に。
馬独特の揺れ自体は大分慣れたアオ。それでも、今までで一番揺れない馬だなぁと現実逃避をする。エドワードがどれほど丁寧に馬を走らせているのか、全く理解はしていない。だがそんな事、エドワードからしたらどうでもよい。この腕の中に奇跡をもたらす神がいて、その神が不自由なさげにしている。それだけで天にも昇る思いなのだから。
最早彼には、ダンジョンで見た食い意地のはった子供の姿は記憶にない。全てが美化され、素晴らしい思い出の数々に代わっていた。




