42 子は成長するもの
ゴッドブレスでは自然破壊がひどすぎる、という指摘のため、範囲は狭くなるが、生物にしか反応しないグラビティクラッシュを連発するグズ。彼らが通ったルートを中心に、無理矢理押しつぶされたかのような魔物の死骸が連なる。
重力の塊である黒い球を投げるだけの地味な作業。黒い球に飲み込まれた魔物達は、声を上げることもできず、押しつぶされて死ぬ。派手な術で吹き飛ばすのが好きなグズは大変つまらないのだが、それでも自然破壊が趣味なわけではない。大人しく地味な術を繰り返す。
遺跡へ至るまで、蛇行するように水の国中を歩き、溢れた魔物を殲滅し、その数を大幅に減らす。数の暴力なだけで、Cランク以上の冒険者チームなら、狩れる魔物が多い。数さえ減らせば、他国の冒険者チームが派遣され、残った魔物くらいは退治すると各国のギルドが確約してくれている。だから完全な殲滅はしない。大幅に数を減らすだけ。
それもこれも全て、世話になっている魔王の為。今後、自分が暮らすかもしれない場所が騒がしいのは困る。というのがアオの本音かもしれない。
「闇の国とそう変わらないな」
「仕方ない。ここに来るのに時間がかかっているからな」
うぞうぞと遺跡入り口から溢れ続ける魔物に、呆れたように溜息を零す。
あれだけの数を潰してきたのに、次々と溢れ、なんだかアリの巣を見ているようだ、と顔をしかめるアオ。粟立つ腕をがりがりと爪でひっかく。
「うぉーきめー。グズ、一発ドカンとよろしく」
「えぇー……この魔法、地味だからドカンなんてないっすよぉ」
肩を叩かれるが、唇を尖らせ、つまらなさそうにつぶやく。それでも仕事だから、と重力の塊である黒い球を産み出し、入り口に向けて投げた。グチャ、ベコ、と嫌な音をたて、一瞬で辺りがつぶれたぐちゃぐちゃ死体の山となる。体中のものを飛び散らしたグロテスクな死体の山。吐き気をもよおす臭いも、この2年で随分となれたはずだが、アオはそっと鼻と口元を覆うように布を巻く。
「スライムまで食い尽くすとか、まじで厄介なもんだな。自然発生って」
「ああ。だから、こういったことがおこらないように、遺跡には常に冒険者達が潜っているのだがな。長い年月で女神も忘れたのかもしれんな」
「馬鹿っすよね! こんなの、魔族や冒険者達には常識なのに! 言う事きいた王族ってのも、所詮戦に出ても、ダンジョンや遺跡の恐怖は知らないっす。なら専門の機関が言ってることはちゃんと考慮すればいいのにっす!」
「と言いつつ、グズはご機嫌だな。モントレ、魔物多すぎるからずっと先陣きってるし」
小馬鹿にしたように、肩を竦め、やれやれと首を左右に振っていたグズが、アオの指摘にぎくり、と肩を跳ねさせた。慌てたようにきょときょとと辺りを見渡し、にぱっと笑う。
「そ、そんな事より、ほら、行くっすよ!」
全体にフライの魔法がかかるマス・フライをかけ、全員が宙に浮く。
ふよふよと宙を浮くのも、死体を、死体から溢れたモノを踏まないようにするため。何度も遺跡に潜るのに使い、いい加減慣れた感覚。自分の意識次第で、歩くような速度から、走るよりも早い速度で移動できるので、なかなか便利なのだが、実は非常に魔力の消費が大きい。遺跡内を歩く間、マス・フライとライトの魔法以外、グズは殆ど魔法を使わなくなる。無駄な魔力消費を抑えるためだ。
便利なんだか不便なんだかわからない、と首を傾げつつ、自分が身に着けるペンダントに、服の上から触れた。フライの魔法を使うためのペンダント。これにはさほど魔力は必要としない。マス・フライは全体化だから消費魔力が大きく、フライは単独だから少ない、とグズが教えてくれた。同じ魔法の人数違いなら、人数分の消費かと思ったが、違うらしい。マス・フライで飛べるのは最大10人。対象が何人だろうが10人分の魔力を消費される。そしてそれはフライにくらべ、一人当たりの消費魔力は割高な設定になっているらしい。やはり便利なんだか不便なんだかわからないな、と溜息を零し、ライトの光に照らされた遺跡の中を歩く。
8つ目ともなれば、遺跡の法則性のようなものを理解している。慣れたように移動しつつ、魔物をなぎ倒す。この2年で、いつの間にかLv42になっていた。雑魚ばかりとは言え、その量はアオがアリの巣という程。どこかの大佐のように「見ろ、魔物がゴミのようだ」と思わず遠い目でアオが呟くほど、わらわらと沸いて出るのをなぎ倒した。塵も積もればなんとやら。じりじりと溜まった経験値、気が付けばLv42。だが、覚えたスキルは1つだけ。それが、先日「金糸雀」に見せた魔法。
蘇生Lv2
その効果はそこそこ広く、ぎゅうぎゅうに詰めれば、大人50人くらいを一度の範囲内に収めることができる。そして、蘇生Lv1とは違い、死後24時間以内の者ならば蘇生できる。ただし、当然だが死体がなければ蘇生は不可能。
20近く上がって覚えたスキルがただ一つ。レベルを上げる喜びがない、とがっかりするアオ。しかし、ステータスは着実に上がっているのだから、とギルに慰められ、不承不承納得する。
最近の楽しみはカンストレベルの確認。ギルもグズもLv50を超えているので、MAX50ということはないだろう。ではRPGの基本99?それとも100?はたまた999?誰か知らないかな、と思うが、魔王でさえ知らなかったので、興味が尽きない。やはりゲームを愛する者としてカンストは基本だろう、という謎の持論の下、遺跡内ではすすんで魔物狩りをする。高レベルになるにつれ、レベルが上がらなくなればなるほどキャラクターに愛着もわくはず、と己を励まし、チラチラステータスを確認しながら剣を振るう。
「あがんねぇなぁ」
「そうそう上がることはない。そう急くな」
「そっすよ~! 俺だって、このトレインの殲滅で久しぶりに上がってるんすから!」
何年振りだろう、と指折り数えるグズに、そんなものなのか? と首を傾げつつも頷き、次の魔物を斬り倒す。すっかり慣れたように剣を振るう姿に、ギルはたった2年、されど2年か、と頷いた。
剣どころかナイフも持ったことがなかったアオ。旅を始めた当初はひょろっひょろもひょろっひょろで、ギルがほんの僅かでも力を込めて掴めば、小枝のように容易く粉々に粉砕されるのでは、と心配した。15㎝の小さなナイフ一本の重さ程度で振り回され、握った手を布でぐるぐる巻きにしなくては持つこともできなかった。つい先日、腕まくりをしたアオが、ひじを曲げ、力こぶを見せた時には驚いたものだ。あの子供のように細いアオに筋肉がついていたことに。今でも大食らいの割に細いことに変わりはないが、それでもしっかりと筋肉がついた身体は、ローブさえ着ていなければ戦士と言える。
子供はいつの間にか成長するんだなぁ、と明らかに父親の心境で感動した。
レベルも上がり、ステータスも見られるようになったのか、力も素早さも格段にあがった。それでもギルとグズによる戦闘訓練では、軽やかに手足が宙を舞うので、2人から言わせてもらえばまだまだ。しかし、それでも平和な世界からやってきた者が2年で到達するレベルではない。むしろ、この戦いだらけの世界で生きるものでさえ、到達するのは困難なレベルだ。称賛に値するのだろう。
以前のように考えなしにではなく、効率よく振るわれる剣。無駄な大振りはない。思わず、低いところにあるアオの頭を撫でた。突然の事に、けれど驚くことはなく、足を止めないアオ。
「合格点か?」
「うむ。悪くない。欲を言うのなら、人数が多いのであるならば通常攻撃にこだわらず、スキルを織り交ぜた方がいいな。折角この場に都合の良いスキルを持っているのだから」
「それも考えたんだが、2人との訓練用に、一対多数を沢山経験しときたいからな」
「悪くないっすねぇ。でも、ここじゃそんなに経験できるほどの攻撃はないんじゃないっすか?」
アオはゆるりと首を左右に振る。視線は正面の魔物達からそらされない。
「そうでもない。私の攻撃実験の役にはたっている」
「あ、そっちっすか」
なるほど、と頷くグズに、アオは軽く頷き、剣を振るった。まるで豆腐かなにかのように軽やかに飛んでいく頭半分。真っ青な肌。ぎらぎらと輝く黄色の目。赤い血がまるで帯か何かのようにたなびく様は、異様というのにふさわしい。鼻から下の半分を残した頭部をのせた体が、不思議そうに二、三歩前へ進み、どちゃりと倒れる。それに見向きもせず、アオは剣を振るった。
つぎつぎと首が、胴が、断たれ、臓物をはみ出させ、異様な皮膚の下に隠された、赤い肉を、白い骨を見せつけ、倒れる魔物達。広がる血で、肉で、飛び散る臓物で、脳髄で、汚れていく廊下。しかし、アオは気にしない。手にした魔剣の切れ味に、すごいなーとぼんやり考えるだけ。
すっかり逞しくなって、ともともとわりと逞しかった事実はすっかり忘れたギルが、後ろで男泣きしそうなのを、グズが慰める。
「あーぁあ……女からはますます遠ざかってるっすねぇ……」
苦笑と共に呟かれる言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。




