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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
三章
41/51

41 知らないうちに神になった



 きゃっきゃと騒ぐ子供と、それをどうにかしようとする大人。緊張感のない、変わらない姿に、「金糸雀」のリーダー、エドワードは苦笑を浮かべた。城門を下り、アオ達が真っすぐ目指している正門前で彼らの到着を待つ。


 近づいてくる凶悪な面構えの3人。変わらないなぁ、と独り言ちた。


 2年前、ダンジョン都市アーパスでは随分鮮やかに出し抜かれた。あの時は荒れに荒れたが、今となっては懐かしい。そして、そんな気持ちはもうどこにもない。彼らの偉業を聞いて、なお嫉妬するほど愚かではないつもりだ。


 たった2年。それだけで伝説のSSランクの冒険者チームとなったアオ達。こんな時でも聞こえてくる偉業の噂。反時計回りで各国を回り、この、災害ともいえる自然発生のモンスタートレインを鎮圧していると聞いた。少し前に土の国の王都にある冒険者ギルドから、水の国の王都にある冒険者ギルドへ、手紙用の転移魔法陣から知らせが届いた。英雄たちは闇の国のトレインを鎮圧したら水の国へ向かう、と。少数で数多の敵を屠るその姿は、伝説の勇者のごとし、と。


 伝説の英雄、勇者と言われるチーム相手に、何を挑もうとしていたのか。そう過去の自分に何度も呆れ、そして同時に、そんなチームと一晩とはいえ、キャンプをしたのだ、と自慢したかった。だが、自分がダンジョンで彼らにした行為は誇れることではない。とりあえず、彼らが気づいていなかったとしても謝ろう、そう心に決めていた。


 城門を守る兵士に、アオ達の素性を伝え、門を開けさせる。ついてきた仲間たちと、アオ達を出迎えた。


「やぁ、久しぶりだね、『暁』の皆」

「久しぶりっす~!」

「ん」

「久しいな」


 にこにこと手を振るグズ。無表情のまま軽く頷くように挨拶をするアオ。相変わらず冷静に観察しているギル。


 変わらないな、と安堵する。2年。それだけだが、その間にこなした偉業ば、人族を絶望から救う偉業。そんな英雄となっても、何一つ変わらない3人。だからこそ、英雄だったのだろうな、と納得する。自分のように、名声を求める俗人では届かないのだ、と。


「なぁ、お前達5人じゃなかったか?」


 気を抜いていたエドワードは、前触れもなくアオから言われた言葉に、ぎくり、と硬直した。エドワードの後ろに立つ3人もまた、硬直する。


 理解している。アオは何も知らないのだ。今日、ようやくこの王都にきたアオが、知っているわけがない。だが、それでも、その質問だけは、してほしくなかった。


 エドワードは拳を握り、視線を落とす。


「ゼンシは、今朝の防衛で……」

「ほらな、やっぱり5人だ」

「そうっすよねぇ。顔覚えてないんすけど、やっぱ5人っすよね」

「お前ら少しは気をつかわないか!」


 ごつり、と落ちる拳。アオとグズが頭を押さえる。


 いくら変わらないからとはいえ、仲間の死を、明確にではないが、態度で表しているのにこの態度。エドワードの中に、久しぶりにどろりとした汚い感情が湧き上がった。


 もし「暁」が時計回りで来ていれば被害はここまでならなかった。何故、火の国から反時計回りに行ったのか。もし既に滅んでいる闇の国を後回しにし、水の国へ来ていたのなら、ゼンシが死ぬことはなった。闇の国は水の国からだって行ける。何故、未だ自分達が奮戦し、必死に防衛している水の国ではなく、既に亡びた闇の国が先だったのか。お前達は英雄なら、勇者の再来と呼ばれるのなら、何故、ゼンシが死ぬ前にここまでこなかった。そう、怒鳴りたいのをぐっと我慢する。


 握りしめた拳が痛んだ。きっと皮膚に爪が食い込み、血が滲んだのだと理解する。それでも、拳の力は抜けない。後ろから、仲間たちの不穏な気配を感じる。彼らとて、大切な仲間であるゼンシの死を軽く流され、笑って受け止められるはずがないのだ。


「で? そいつ、死体あるのか?」

「え?」

「死体だよ、死体。死んだんだろう?」

「な、何よその言い方!! いくらあんた達のチームの人間じゃないからって……!」


 目に涙を溜め、食ってかかるマリア。ピクシー族独特の、12歳で止まった幼い子供の顔を歪め、全身を震わす姿は彼女の怒りと悲しみを表している。しかし、アオはゆっくりと首を傾げた。


「ダンジョンで、自分のチームじゃないからって散々魔物をけしかけたような奴らが何を言ってるんだ? それで私達が死んだところで、お前達だって気に留めたりしなかっただろう?」


 不思議そうに尋ねるその言葉。それは、2年前に「金糸雀」が「暁」に対して行ったこと。別段それは、ダンジョンに潜る際の、国とギルドが定めたルールには触れていない。だが、やったことは非道に違いない。


 思わずマリアは押し黙る。それがエドワードの案だとはいえ、彼女達もまた、その案に賛同した者達なのだ。実際、ダンジョン内で冒険者が死ぬことなんて当たり前なのだから、アオ達に何かあったとしても、特に何も思わなかったかもしれない。いや、もしかしたら、自分達に何もなければ、そのことに感謝さえしたかもしれない。身代わりご苦労様、と。さらに、上手く出し抜かれてしまったが、51階からは咬ませ犬にしようとしていた。斥候として使い、アオ達だけ危険にさらし、自分達は安全に進もう、と。


 全てを見抜かれていた気まずさに、思わず視線を逸らす。


「で? 死体はどこだ?」


 そんなエドワード達を気にすることなく、アオは再度問う。その気遣う様子のない言葉に、しかしエドワード達は最早何も言えない。苦い気持ちを隠しながら、アオを案内した。死者を集める場所へ。


 王都の片隅。墓地の近くに作られた空き地。そこに並ぶ死体。まだ新しいものばかり。これから火葬し、アンデットとして復活しないよう、司祭たちが祈りを捧げる。その中に横たわる一人の獣人。その名はゼンシ。「金糸雀」の前衛の一人。灰色の髪はところどころ赤黒く汚れている。それが乾いた血なのは一目瞭然だった。顔を汚す血も、汚れも、何も処理されていない。どうせ火葬するのだ。そして、夜までの間に、その人数は増える。そういった理由で、現在死者はただ空き地に運ばれ、積み上げられるだけ。


 ゼンシの前でエドワード達は涙を零すが、アオとグズはその顔を覗き込み、こんな顔だったな、と納得する。


「おい、この辺は死んでから24時間以内か?」

「え? あ、えっと……多分そうだよ。今は火葬に魔力や、物資を使う余裕がないから……でもそれがどうしたんだい?」

「なら大丈夫だ。下がってろ」


 しっしっ、と手を振り、追いやるアオ。その時、エドワードはようやく思い出した。アオの職業を。




 治癒術師クレリック




 目の前の、どう贔屓目に見ても犯罪者――それも殺人系の――にしか見えない、極悪な顔をした少年は、人々を癒す治癒術の使い手。ヒーラーではなく、クレリック。クレリックは、ヒーラーが持たない、蘇生の魔法を持っていると聞いたことがある。だが、と持ち掛けた希望を捨てる。エドワードが聞いたことのある蘇生魔法は、死後1時間以内のものしか復活できない。ゼンシが死んだのは朝だ。もう5時間は経過している。


 死後の祈りでも捧げてくれるのだろうか、とぼんやりと眺めていたエドワードは、突然の光に、思わず目を閉じかけた。咄嗟に手をかざし、目元に影をつくり、薄目を開けて見た。


 神々しい光。ひらひらと舞い落ちるような羽根。その羽根は、横たわる死者に降り注ぐ。するとどうした事か、傷が癒え、死んだはずだった者達が、ゆっくりと起き上がったのだ。せき込みながら、困惑しながら、辺りを見渡し、自分の身体を見下ろす。


 やがて光は少しずつ細くなり、消えた。後には、復活した者達が何やら不思議なものを見るような、信じられないような、複雑な表情を浮かべ、アオを見ている。


「き、せきだ……」


 知らず知らずエドワードは呻いた。今朝、マリアを庇い、心臓を一突きされて絶命したはずのゼンシが立っている。致命傷だった傷は完全には癒えていない。しかしそれも、薄っすらと痕を残す程度。つまり、ほぼ癒えていると言っても過言ではない。他の傷は完全に癒えている。そして、自分の足で問題なく立っていた。


「ゼンシ!!!!」


 名前を呼んで、駆け寄る。自分より背が高く、体格の良い男をきつくきつく抱きしめ、恥も外聞もなく、声をあげて泣いた。何度も何度も良かったと繰り返す。自分以外の3人も同じだ。一番に抱き着いたせいでエドワードは潰され、苦しい思いをするが、気にもならない。


 温かい身体に、聞こえる鼓動に、間違いなくゼンシが生きているのだと理解すると、顔を離し、アオ達を振り返る。


「『暁』のアオ!! ありがとう!! 本当に、本当にありがとう! 僕の大切な仲間を、家族の一人を生き返らせてくれて!」

「感謝するわ!」

「ありがとう!」


 エドワードの言葉に、思い出したように顔を上げた「金糸雀」のメンバーが口々に礼を言う。その言葉を聞き、生き返った他の者達も、自分達の身に何が起こったのか理解した。そして、その奇跡をもたらした相手を知る。しかし、その相手は、既に踵を返し、立ち去りかけていた。慌ててすがろうにも、歩みを止めない。エドワード達の感謝にさえ、特に反応は見せなかった。


 クールな姿に、笑ってしまう。自分達の行動の果ての噂に興味のなかったアオ達。当然、それも変わっていない。死者をよみがえらせたことも、その事で受ける恩も、何も興味がない。ただ、歩いていくだけだ。


 英雄というには人々に寄り添わない彼らは、一体何なのだろうか、とふと思う。そして、大切な、家族同然の仲間の体温に、きっと、神の如き者なのだろう、と理解した。


 突然現れ、罪を暴き、けれども裁きはせず、気紛れのように奇跡を見せる。自分達では近寄ることも適わず、その力の一端を垣間見、ただただ驚愕するだけ。あれこそ、神の化身と言われても納得できる。この世に永遠に終わらない戦争と、絶望をもたらすだけの、女神を名乗るモノではなく、彼らこそが本物なのだろう、と思った。


 いつかきっと、彼らの像をたて、教会に祀る。そして、この日の奇跡を語り継ぎ、感謝を捧げよう。そう、心に誓った。


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