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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
三章
40/51

40 ただいま、水の国



 アオは指折り数える。


 アオがこの世界に召還され、早2年。風の国、光の国、木の国、土の国、闇の国、と順に回り、遺跡を踏破した。そのついでに、モンスタートレインを収束させる。というか、遺跡に潜るのにモンスタートレインを収束させる必要があったからやっているだけ。それで勝手に英雄に祭り上げられ、いつの間にかSSランクの冒険者。英雄の中の英雄と呼ばれた。だがその肩書はもうすぐ不要になる。水の国に戻り、遺跡を踏破する。そうすれば後は女神を殺すだけ。


 随分時間がかかったな、と眉根を寄せた。


 基本的に移動に時間がかかりすぎる。徒歩か馬車しかない。こう、旅の終盤にもなれば、空を駆ける系の移動方法が手に入り、日数がかからなくなるのだと思っていただけに苛立ちが募る。そこでハッとする。もしかして、まだ中盤にさえさしかかっていなかったのか、と。


 アオの計画は、①水の女神を殺す。②帰還方法を探す。以上。①が終わってようやく中盤だったらどうしよう、と一瞬考える。しかし、ゆっくりと首を左右に振った。②はおまけのようなものだ。大本命ではあるが、神にさえ不可能な事を、人間であるアオが可能かと言えば、不可能だとしか答えられない。もし、創造神とかいう大ボス的な存在が現れたらわからないが、魔王の話だと、この世界を見限り、よそでせっせと世界を創造しているのだとか。現状を訴えても、そっちの事はそっちでどうにかしろと、丸投げ状態。


 役立たずめ、と悪態つく。所詮、蛙の子は蛙なら、その逆も又然り。そういうことか、と。


「いやぁ、それにしても圧巻すねぇ」


 あっけらかんと響く声に、アオは己の思考から浮上した。


 隣でグズが笑っている。その隣には、呆れたようなギル。


「圧巻で済ますな。しかし、よくもってるな」


 眼下に広がる光景に、どこか呆れたように、感心したように呟く。


 アオ達は今、小高い丘の上から見ていた。水の国の王都を。これまでも何度かみた光景が広がっている。周りを埋め尽くすような魔物達。モンスタートレイン発生から2年。爆発的に増え続ける魔物達。多くの人間を、人間の住む場所を飲み込み、なお迫りくる暴威。Sランク冒険者チームがある国はよかった。彼らにより、一進一退状態で抑えられていた。その為、数が暴力になるほど増えたりはしていなかった。しかし、Sランク冒険者チームがいない国は、数の暴威に壊滅寸前だった。いや、闇の国は壊滅していた。際立った冒険者チームもなく、最初のモンスタートレイン発生の際に国王が死亡していたので、どうしようもなかったといえばどうしようもなかったのだろう。それでも放っておけば土の国と水の国に魔物達が溢れる。だから、というわけではないが、目についた魔物は難易度関係なく、片っ端から退治した。


「正義の味方、勇者の再来、ね……」

「あーそれ、ホント笑えるっすよね。アオは本当に勇者なのにねぇ」

「ふん。なりたくてなったわけじゃない。人族の大陸が落ちたら、魔族領にも押し寄せるんだろ? そしたら、ジンギルフが困るんだろ? だったら世話になってるんだから片付けてやるくらいする。もしかしたら今後、死ぬまで面倒になるかもしれない国なんだからな」

「あっと……ごめんっす。そういうつもりじゃ……」


 冷たい視線に慌てる。それにアオは首を傾げた。


「うん? ごめん? なんでだ? 家主に賃金払うようなもんだろう?」

「え? そういう?」


 一応気を遣ったつもりだったのに、本人はただただ言葉の意味しかないことを言っていた事実にがっくりと肩を落とす。そして、視線は単に本人の目つきが悪いだけで、アオ達の事情を知っている自分が深読みしてしまっただけだったことに。対してアオは不思議そうに首を傾げていた。それに肩を竦め、苦笑いで何でもない事をアピールする。そうすればアオは興味なさげに眼下の景色へと視線を向けた。


 蠢く魔物達が王都の壁へと迫っていた。城壁でそれを撃退する者達。ひときわ目立つ4人。目を細め、確認したアオは首を傾げる。そのまま「んんー」と声を上げる様子にギルが首を傾げた。


「どうした?」

「あれ。あそこにいるの『金糸雀』だと思うんだけど……人数4人だったか? なんか足りない気がする」


 アオの言葉にギルとグズがそちらを見た。城壁は随分遠いが、アオでも視認できる距離だ。ギル達ならばなんなく見える。確認し、それが「金糸雀」であることを確認した2人も首を傾げた。


 前衛に立つ騎士。そのすぐ後ろに緑髪のエルフ。少し離れた位置にピンク髪のピクシーと、金髪の青年。確かに1人足りない気がする。2人の記憶だと「金糸雀」は5人。しかし、誰が足りないのかわからない。3人の記憶にある顔は揃っている気がする。


「あー……確かに足りないが……」

「足りないっすけど……誰でしたっけ……?」


 アオのように2人も首を傾げる。


「仕方ない。なんか気持ち悪いし、聞きに行こう」

「そっすね。なぁんか気持ち悪いっすもんね」

「いや、別にどうでもよくないか?」


 ギルが呆れたように否定するが、グズとアオが「え?!」という顔で振り返り、わからない気持ち悪さを訴え、結局本当ならば殲滅だけして、王都には立ち寄らずに遺跡を目指すはずが、王都に寄り、「金糸雀」に挨拶をしていくことになった。


 水の国はアオを呼び出した国。あの時の騎士がいたらバレるかもしれない。アオが勇者で、巫女を殺し、前王を殺した当人だと。そうなると大騒ぎになる可能性がある。ギルとしては立ち寄りたくない。魔王から命じられた『アオの本懐を遂げる手助けをする』という事に関して、大きく後退する可能性がある行為は遠慮したいというのに。お子様が2人もいるとそのパワーに負けてしまう。年は取りたくないものだと溜息を零しつつ、グズを見た。


「とりあえず、グズの大魔法の連射で一帯を掃除。堂々と正門から中に入ろう」

「りょーかいっす。いやぁ、こう先陣を切れるんだったら、自然トレインもいいもんっすねぇ」


 にこにこと笑いながら前に出ると全身の魔力へと意識を向けた。


「んじゃ、超広範囲のゴッドブレスいくっすよ。ダンナ、アオの事お願いっす! それじゃ、いくっすよ~」

「おまっまてぇええええっ」

「あ、そ~れっ!」


 絶叫を上げるも僅かに遅く、のんきな掛け声。途端、天から雨のように風の槍が降り注ぐ。その槍が地上に、魔物に、触れると同時に、槍を中心に、敵を切り刻む爆風が吹き荒れた。グズ達がいる場所も、普通の人間ならば立っているのも難しいほどの強風が吹きつける。よろけるアオを、ギルが素早く抱きかかえ、そのまま地面に伏せる。


 ドガンドガンと音をたてながら落ちてくる風の槍。その度舞い上がる石が飛んできては、ギルの身体に当たる。そんなことで傷つくギルではない。だが、痛いものは痛い。そのことをグズは忘れているのだろうか、と考え、有り得そうだ、と奥歯をかみしめる。


 腕の中にすっぽり収まったアオは暑苦しいのと、振動と、音だけ我慢すれば特に問題もなく、早く終わらないかなー、とぼんやり考えていた。


「そ~れ、それっぬはははっす! いやぁ~楽しいっすねぇ~~」


 機嫌よく連発し続け、地形を吹っ飛ばすグズがあまりに楽し気で、無駄にかすり傷を負うギルは、とりあえず終わったらアイツ殴ろう、と心に固く誓った。


 やがて魔法が止んだ後は、綺麗に残った城壁より先、王都と、大変見晴らしの良くなった荒野。あの中でも、城壁にしっかりと結界を張ったうえでの魔法の連発に、その範囲に、驚愕すべきだろう。だが、グズの後方で砂と石が積もったギルは無言で立ち上がると、アオを離し、振り返りざまにグズを殴り飛ばした。


「げふぅっっす!」

「覚悟はいいな? グズ?」


 凶悪な面に無理矢理張り付けた笑顔。怒りを抑えるあまり、妙に低くなった声。ごきり、となる拳に、「あ、これはあかんヤツや。怒ってる」とグズは青ざめる。


 尻餅ついたまま後ずさろうとするが、ここは小高い丘の上。後ろは落ちたら大変な高さ。人型をとっているグズには逃げ場がない。


「おう、まず、王都にはしっかり結界張ったのは褒めてやるぞ? で、何故、お前自身には結界張っときながら、俺達には張ってないんだ? ん?」

「い、いやぁ、魔力が勿体なくて……」

「ほぉ……?」

「そ、それに! ダンナならアオ守りながらでも大丈夫じゃないっすか!」

「ほぉ……?」


 ごきり、ともう一度拳が音をたてる。「あかん、俺、死んだ」実際は超高速なのだが、スローモーションのようにゆっくりと迫りくるように見える拳に、グズはそう悟った。


 めきょっと音をたて、頬にめり込む分厚い拳。本来なら、グズのような子供は軽やかに飛んでいくだろうが、生憎グズの本当の姿はグリフォン。実はギルより重いグズ――人族の前ではフライの魔法で体重を感じないように工夫してある――。それでも僅かに宙に浮いた。


「久しぶりに肉弾戦の稽古でもつけてやろうか? ん?」

「か、勘弁っす! ダンナにその指導されたら、俺、死んじゃうっす!」


 慌てて逃げ出す首根っこを掴み、無理矢理引き寄せる。ぐぇえ、と苦しそうに呻きつつも、グズは逃げる事を諦めない。必死にじたじたと手足を暴れさせた。助けを求め、視界を彷徨わせばアオ。立ち上がり、騒がしいギル達には目もくれず、衣服についた埃を払っている。


「アオ! 助けてっす~~!」

「……頑張れ」


 軽いサムズアップ。アオ的にはじゃれている2人をそのままに、丘を下りていく。そのまま真っすぐ王都へ向かった。


「ほ、ほらダンナ! アオが行っちゃうっす! 追いかけないとまずいっす!」

「チッ……、後で覚えとけよ、このイカレ戦闘狂が……」

「悪かったっす……ほら、俺獣なんでつい……」

「その言い訳は聞き飽きた。俺の部隊で戦うなら、本能を抑えろ。常に理性的であれ。お前はまだまだ未熟だ。今回の任務の内容如何によっては、別な部隊に移動させるぞ。そもそもお前は魔法使いで、俺の部隊とは系統が違う。本来在るべき場所の方が動きやすかろうが」

「だ、ダメっす! 俺はダンナの部隊以外はダメっすよ!」


 アオを追って歩き出すギルに、グズは慌てて否定を紡ぎ、その腰に縋り付いた。それでもギルの歩みに何ら変化はない。腰に張り付く重量級をものともせず、慣れたように歩く。


「ダンナの部隊以外はお断りっす~! ダンナは俺の命の恩人なんすから~!」

「何度も言うが、俺はグリフォンを助けたことがない。人違いだ」

「違わないっす! 絶対に違わないっす~! ダンナ以外、オーガの中でも凶悪な面のオーガなんていないっす! それに、この、女にモテなさそうな雰囲気! 絶対ダンナっす!」

「お前、今すぐ殴り殺されるのと、後で肉弾戦の稽古つけられるのと、どっちがいいか?」


 額に青筋浮かべながらじろりと睨むが、必死に喚くグズには通じない。ギルの腰にしっかりと抱き着き、顔をうずめていやいやと首を振っている。


「俺はダンナがいいんす~! ダンナ以外は嫌っス~~!!」

「人の腰に縋り付いて奇妙なセリフを叫ぶな!!!」


 ごつり、と拳を落とすが、身体に近すぎるせいなのか、グズがめげる気配はない。アオに追いつく頃になってもグズが離れることなく、グズの喚く言葉に、アオが非常に冷たい視線をギルに向けることとなった。それにギルが慌てて、違うぞ、とよくわからない否定をする。とても王都周辺一帯を埋め尽くす魔物を跡形もなく吹き飛ばし、挙句、荒野に変えてしまった者達には見えない。


 賑やかな3人に、城壁から見ていた「金糸雀」のメンバーが、呆れたように溜息を零すのだった。


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