04 パーティ結成
白亜の美しい城。それが魔王城だった。RPGにありがちな、薄暗く、何かおどろおどろしいモノではなく、緑あふれ、光りもたっぷりと取り入れた普通に美しい城。壁にかかる絵画やところどころ置かれた調度品。それらも実に上品で美しい。城の責任者の趣味なのか、兎に角嫌味なく内外共に美しい城。
働くものは当然異形の者が多く、扉とかはロココ時代の貴婦人の頭がつっかえる、なんてこともないほど高く幅広い。これは、小さなタイプの住人には大変だろうな、と何となく考えつつ、自分より小さい異形の何かがあっさり扉を開く様子に、ああ、あれが魔物か、と納得した。そして、なんでこんなのに戦争しかけてるんだあの国は、とあきれる。
魔族の見た目は多種多様だ。人に近いモノから、大きくかけ離れた者。虫に似た者。獣に似た者。最早何に似ているとも言えない異形のもの。二足歩行や四足歩行。様々で、けれど一つだけ共通点。
醜い。
そう、魔族は皆一様に醜い見た目をしていた。RPGでありがちな美しい魔物はいなかった。
理由を尋ねれば、あきれた答え。
美しいもの――代表はエルフやマーメードだろうか――は人間側に数えられるらしい。
この世界には創造神と、その下に8人の神がいる。7人は女。1人は男。
7人の女神達は美しいモノだけを庇護し、醜いものすべてを排除しようとした。迫害された者たちを憐れんだ男神は、それら全てを取りまとめ、彼らの為の大陸をつくり、そこで全ての醜いものたちを庇護した。それが気に食わなかったのが女神達。醜いモノには生きる価値さえない、と幾度となく人間達を先導し、攻め込んできた。それが長い戦争の事実。
魔王は男神。醜いものを守護する男神に、神が庇護するモノを滅ぼす理由として、女神たちが尤もらしい理由として呼称した。あれは悪しき魔のモノを統べる王、魔王、と。
余計な争いを避けようと大陸を切り離してみたが、女神全員で力を合わせ、一部、陸続きにされてしまった。男神は陸路を断ち切る。そうすれば再び女神達が別な場所を陸続きにする。幾度もそれを繰り返し、世界から海が消えそうだったので、以来やめた。女神の執念深さに男神があきれた、ともいう。
女神と男神で戦えよ、という蒼の意見に、女神全員と男神という構図だと力が拮抗しているのだとか。つまり、男神はそれだけずば抜けて強い。そして女神達は女神達で覇権争いを水面下でしている。なんて罪深く、欲深いくだらない神だろうかと蒼はあきれ果てた。
男神は男神で、創造神の意向どおり、全員で平等にこの世界を治めるべきだと考えているのだとか。しかし数千年の争いで、それは不可能だと思い知った。創造神も最早この地に興味はなく、別な世界でせっせと新しい世界を造り続けている。伺いを立てても勝手にしろ、とのこと。
それを聞いた蒼は吐き捨てた。どいつもこいつも勝手か、と。
「で? アンタは結局どうしたい?」
人間サイズのソファーにゆったりと腰かけ、出された紅茶に口をつけつつ、問う。それに魔王は軽く肩をすくめた。なお、現在魔王に角はあるが、禍々しいオーラはない。あれも角も演出で、自在に出し入れできると聞いたときは、この男はアホなのか、と本気で殴りそうになった。勿論できないのでやらなかったが。
「そうだな。できることなら本来ある姿に戻りたいな。地上は地上に住む者だけに。我は神界で自然の調和が乱れぬよう、時折力を送る程度で……」
返った言葉にやはりこいつも自己中だな、と魔王の評価を一段階下げる。というか、蒼の中で神々に対する評価は既に地の底まで落ちている。唯一、男神である魔王だけはぎりぎり普通くらいに保たれているだけだ。
一応魔王城についてすでに7日。城も国も見、そこにいる魔物とも会話をしてみた。その上での評価だ。
「私はとりあえずあのクソ自称神を殺れればいいんで、さくっと方法を教えてくれ」
「……面倒だぞ?」
「いい」
意思は固そうだと判断した魔王はぱちりと指を鳴らした。中空に地図が現れる。蒼から見て、右側の端にある、ひし形凧のように途中で一度膨らみ。下に行くにつれ、細くなるっていて、左右の何箇所かが、かかった橋が落ちたような奇妙な形をした部分が光った。一か所だけつながった場所は光ってはいない。
「此処が我が創った大地。そして此処が今いる場所だ」
中央付近の橋が架かった場所すぐ近くが光る。この美しい場所が前線の要塞都市だとは最初に説明があったが、前線も前線、最前線だったことに、少々瞠目した。
「此処から先は全て女神たちの領土だ。そして、この場所全てにある遺跡の試練をクリアし、全ての装置を作動させれば神界への扉が開く。そうしたら本体とご対面できるから、剣で斬ることも可能だ」
「神界にいったらこっちに逃げられる可能性は?」
「ないな。あったら憑依ではなく、降臨する。あいつらは神界の清浄な空気の中でしか存在できない」
「あんたは?」
「我はこの世界で降臨できないところはない」
唯一の男神。おそらく、創造神はもともとこの魔王を絶対神か、最高神かにして、その下に女神たちがいる、という構図をとりたかったのだろう、と勝手に想像する。力関係的にもそれが間違いではないだろうという確信があった。それがまた、女神たちの嫉妬心を育てたのか。
そこまで考え、蒼はため息を零す。創造神とやらは随分と人間臭い神を造ったものだ、と。人間が神に似たのか、この神が人間を模して造られたのか。しかし、それは今悩むことではないだろう、と思考を切り替えた。
地図の中には8か所光が点滅している。それがどうやら遺跡の場所。
「地図はこれだけか?」
「ああ。もしお前が本当に行くのなら、地図の技能持ちをつけてやる。あと、足替わりに騎獣、若しくは魔獣くらいだな」
「破格」
「まぁ、お前達にはなんの罪もないからな。できるだけ便宜を図ってやるのが弟としてできることだな」
ため息交じりに零す姿に、成程、と頷く。今まで読んできた多くの本に書いてあった。姉と弟の力関係は基本、姉に傾く。弟は姉の尻拭いをするのが当然の関係だとか。あれか、と蒼は感心した。小説や漫画は意外と本当なんだな、と。まさかそれが神にまで当てはまるとは思いもよらなかったが。というか何よりも、お前、弟なのか、と思った。
つまり、姉たちの言い分。
自分達より後に生まれた8番目の存在、弟が最も力を有しているのが悔しい。自分達は美しいモノだけで世界を作りたいのに弟は拒否する。アイツは敵。滅ぼしていいだろう。
弟の言い分。
創造神(父? 母?)の言う通り、神は神界で世界を見守り、地上は地上のものだけで。皆仲良くしましょう。
といったところだろうか、と想像し、あまりのくだらなさに蒼は、顔が歪みそうになる、必死に堪えた。
蒼がそんな事を考えているとは気づいていない魔王が、不意に気づかわし気な視線をよこした。
「コウスケとシズカは平穏な暮らしを選んだが、お前は本当にそれでいいのか?」
コウスケとシズカとは蒼と一緒に来た二人。
一応この城に着てすぐに、魔王は全員にこれからどうするかを尋ねた。帰れない代わりに最大限の支援をする、と。コウスケとシズカは当然のように戦いのない場所での暮らしを希望した。魔王はそれが普通だ、と受け入れ、魔王領で使える通貨を金貨にして100枚渡し、不便の無いよう屋敷と使用人を、と言い出し、拒否された。当然だろう。一般人は広い家や、常に寄り添う使用人など気持ち悪いだけだ。だが、それでは生活もままならない。故に、教師の派遣という形で落ち着いた。この世界について、文字や通貨、此方では当たり前の種族別の思考等についてをゆっくりと学び、どうせ帰れないのなら、自分達だけで生活できるようになろう、とのこと。
二人の考えに、蒼は日本人だな、と納得した。
真面目、勤勉、そして、最もファンタジーに馴染みやすい。
だが、それでも二人はあまりに冷静に、迅速に馴染みすぎだとも思った。しかし、その回答は魔王からあった。
二人が大賢者だから。
大賢者とは「冷静」「最善の選択」「知識」「熟考」それら全てを瞬時にこなせる者の事。当然条件は厳しく、なり手がなく、魔王でさえ初めて見たレア中のレア職業だとか。その手前の賢者はぎりぎり数名ほど見たことがあるらしい。できれば宰相として国に仕えてほしいくらいだ、とかなんとか言っていたが、その辺は蒼の記憶には残っていない。
さらに大賢者は、魔力の総量がずば抜けており、女神一人と匹敵する。使える魔法も全属性。回復も攻撃も防御も支援もこなす魔法のエキスパート。つまりチートキャラ。その二人は早々に戦線を離脱するらしい。
昨今人気のチート勇者パーティではなかったことを少し残念に思うが、蒼がLv0だったように、二人もLv0だった。チートになるまでは時間がかかるし、自分がしたいだけの事に巻き込もうとも思わない。なので、二人が城を去る時も特別引き留めもしなかった。二人は蒼に散々同じ日本人として戦うのは止めて、一緒に来ないか、と同じ境遇仲間的な意識の下、説得に来たが。
「私は、あのクソ女にこの怒りを全力でたたきつけたいだけ」
「ああ、まぁ、勇者は一度言ったら絶対やるから止めはしないが……おい!」
あきれたように魔王がため息零し、別な誰かに声をかけた。途端、魔王の後ろに控える大男。当然、蒼は気配探知で居る事は知っていた。視認はできなかったが。なので驚きはない。
浅黒い肌。短く刈り上げられた緑の髪。頭に生えた4本の角。少し尖った耳。精悍を通り越し、厳つすぎる強面。一般的に言うと残念な部類に入るだろう。鋭い金の目。騎馬の生えた口。ゆうに2mは、もしかしたら3m以上ありそうな男が更に大きく見える要因となっている筋骨隆々な体躯。
「暗殺者のギ・ウだ」
魔王からの紹介に、こんなどう見ても武闘家とか、重騎士系の暗殺者がいてたまるか、という言葉が脳裏をよぎるが、蒼は黙って紹介された大男を見た。
「本来なら守りに優れた者をよこすべきだろうが、生憎いつまた戦闘が起きるかわからない現状で、お前にあれこれ貸し出せる部下がいない。だが、アサシンは旅をするなら便利なスキルを持っている。なので、暗殺者の中でも最も優れたコイツにしてみた」
その後暗殺者について軽く説明を受ける。
アサシンはその名の通り、陰に潜み、相手を殺すことに長けた職業。そして、この世界で唯一、偽装というスキルを持っているのだとか。このフェイクは非常に優れたスキルで、見た目は勿論、鑑定で見るステータスも偽装でき、神でさえ簡単には看破できない。
説明を受けた蒼は、一も二もなく、大男を受け入れた。
当たり前だ。これから蒼達は人間領で旅をするのだ。勇者とバレては困る。絶対に女神が余計なちょっかいをかけてくる。
「……見た目が変わったからといって、遺跡に潜ればすぐバレるんじゃ?」
「ないな。遺跡は冒険者達がしょっちゅう潜り込んでいる。というか、ダンジョンと遺跡は冒険者や、身分がしっかりした者以外入れない」
それは冒険者なのか、遺跡荒らしの盗賊なのか、という疑問が一瞬脳内をよぎったが、口にはださない。それよりも何よりも、ファンタジーにありがちな職業名に、一瞬ため息がこぼれた。
冒険者。
戦争しているのに呑気な職業があったものだ、と心の中でぼやきつつ、詳しく内容を聞く。
冒険者ギルドに登録した者の総称をいうらしい。遺跡の探索、人間領にいる魔物の討伐といった仕事を行い、宝や報酬で生計をたてるのだとか。実に一般的な冒険者像に安堵した。また、冒険者ギルドでは毎日新米冒険者が登録にくるため、いつでも登録にいけるのだとか。
いい隠れ蓑だ、と蒼は頷く。
「登録の際、ステータスを表示するとかいう特殊な魔法陣で調べられるんだが、フェイクを使っておけば問題ない。あとは擬態が使える魔獣が外にいる。ギに案内してもらえ。その魔獣は当然だが人間にもなれる。魔法が使えるから助けになるはずだ」
「感謝する。必ずあのクソ女殺ってくる」
どうやら中々チートな仲間を用意してくれていたのだ、と知り、素直に感謝し、決意表明した蒼に、一瞬だけ微妙そうな表情を浮かべる魔王。彼にとっては姉なのだから仕方ないのだろう。しかし、何かを言うことはない。ただ、一つ頷いた。
「お前が選んだ道だ。できるだけ死なないようにサポートするが……本当にその道でいいんだな?」
「いい」
「平穏な道だってあるんだぞ?」
心配そうな声音。気遣うような視線は母親に近い。しかし、蒼はゆるりと首を左右に振った。
「必要ない」
「……そうか。なら、旅の準備をある程度整えたら声をかけてくれ。女神たちにみつからないように人間領に送ろう」
「わかった。ありがとう、ジンギルフ」
この地に来て7日。一度も読んだことのない魔王の名を呼び、感謝すると、さっと立ち上がり、部屋を出た。突然の事に驚き、返事も返せなかった魔王は苦笑いを浮かべ、後ろを振り返る。控えていた大男は魔王と視線をからませると、深々と頭を下げ、す、と消えた。文字通り、消えたのだ。
暗殺者の特殊技能の一つ。影渡り。暗殺者は影の中に潜り、自由に行き来できる。その技能で蒼を追いかけたのだ。
「……異世界の勇者、か……。やれやれ……本当に罪な魔法を創ったものだ……」
ぼやき、無理矢理人生を変えられ、新しい生き方を決めざるを得なかった三人を脳裏に浮かべる。そして、千年前に出会った初代勇者も同時に思い出す。そして、強く願った。彼らが彼らとして、この場所で望む生き方ができることを。