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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
二章
38/51

38 転がり落ちた石



 火の国の遺跡を皮切りに、全ての国の遺跡で、自然発生のモンスタートレインが発生した。


 火の国は、遺跡を領地に持つ領主の先見の目がよく、高い城壁があった。そのうえ、偶々腕の良いSランク冒険者チームが近くにおり、事なきを得た。しかし、他の国ではそうもいかなかった。


 水の国にSランク冒険者はいない。ダンジョン宿場町として栄えたセベクは、一番に自然発生のモンスタートレインに飲み込まれ、滅んだ。国王が崩御したばかりなうえ、巫女も未だ幼く、内政もままならない水の国。ギルドの大半は見限り、冒険者を他国へと逃がしていた。その為、水の国は荒れた。もともと水の国出身の冒険者達が残り、必死に奮闘するも、魔物は減らない。じりじりと追い詰められつつある状態だった。


 光の国、木の国、土の国にはSランク冒険者チームがいたが、既にモンスタートレインが発生している状態では、遺跡に近づけない。狩っても狩っても溢れる魔物達。状況は膠着状態となっている。


 闇の国は討伐に訪れた国王が死亡し、国民は散り散りに逃亡。ほぼ、壊滅状態。


 火の国の左隣にある風の国は、現在、火の国でモンスタートレインを潰したSランク冒険者が対応中。


 ここにきて、女神達は己の失策にようやく気付いた。己の身の可愛さのあまり、人族――女神にとっては都合の良い玩具達――を全て食い潰されそうになっているのだ、と。玩具達が居なければ、弟である男神――魔王――を討伐するための勇者を、召還できないというのに。玩具達が全て滅んでしまっては元も子もない。しかし、女神達は自らの力で地上に降臨する事はできない。巫女に神託を授け、憑依しなくてはならない。憑依しても、地上に居られる時間は僅か1時間。その時間で湧き出た魔物を殲滅できるかというと、無理であるとしか言えない。


 女神達は一様に己の司る自然を魔法で操ることができる。水の女神なら水の魔法、火の女神なら火の魔法、といった具合に。しかし、巫女は人間。神の力全てを使う事はできない。人間の身体が、神の力に耐えきれないのだ。もしも、憑依している女神が自分の持ちうる最高の力を使いたい、と思った場合、巫女の体から出る必要がある。しかし、巫女の体から出た女神は、崩壊を始める。女神は神界の清浄な空気の中でしか存在できない。地上の空気は女神にとっては猛毒。即座に女神の身体を蝕み、崩壊させてゆく。完全に消滅するのに必要な時間は、およそ30分といったところだろうか。


 女神達では遺跡から溢れた魔物を止めることができない。


 女神達の神託により遺跡を封鎖した王たち。神託を伝えた巫女達は、このような事態になり、女神達に助勢を求めたが、何もできない女神達は沈黙した。そして、それは王と巫女達に不信を抱かせた。いう事を聞いたのに、都合が悪くなれば放り出す。そんな相手が信頼できると思ったのか、それとも、今までさんざん可愛がってきた――女神達基準で――自分達相手に、逆らうと思っていなかったのか。


 水面下で王たちは接触を図り、各国の王たちと協定を結ぶ。対女神共同戦線の為の。


 女神達は知らない。人は、思いの外賢いということを。


「と、現状そういう方面に動きつつあるな」

「ふぅん」


 魔王からの通信を聞くも、気のない返事を返す。


 世界が、人族たちがどう動こうとも、アオにとってはどうでもいい話だった。アオのやることは変わらない。神殿を全て制覇し、神界に行き、水の女神をぶっ殺すだけ。何も変わらないし、変えることもない。


「今更人族がどう動こうと関係ない。私は私の思うとおりに動く」

「そうか」

「……姉の命乞いか?」

「……。そう、なのかもな」


 悲しげな声。そっと視線をそらす。そんな魔王を、アオはまるで興味なさげに見た。


 既にアオの中の結論は出ている。そしてその結論を出させたのは水の女神だ。例え神だろうと、否、神だからこそ、己の言動に責任を持つべきだろう。己の言動の果ての結果は、受け入れるべきだ。受け入れがたいのならば、必死に抗えばいい。勿論、抗った際の言動にも責任はついてくる。それを投げ出すことはならない。


「ジンギルフ。もしも本当に姉を思うなら、私を殺せ。私は、死なない限り、諦めない。いや。もしかしたら、死んでも諦めないかもしれないな」

「……勇者の定義を知っているか?」

「? いや?」


 突然の話題転換に、けれどもアオは、軽く首を傾げ、魔王を見た。対する魔王は、どこか疲れたような、諦めたような微笑みを浮かべている。そう、まるで、強すぎる嫁相手に、全てを諦めた旦那のような、そんな達観した笑み。


「勇者というものはな、自分勝手で、己の信条をけして曲げない者だ。他人に言われたからといって変えることはない。だから、人族は勇者を信用させ、心に隙ができたら隷属の魔法をかけ、支配する。あいつも……ユヅルも、そうやって支配されていた……」


 ユヅル。それは千年前の勇者。魔王が隷属の魔法を解き、和解し、最後は魔王領で魔王の友人として過ごしたと聞いた。魔王城にあるとても巨大な霊廟には、魔王に貢献した者達が祀られている。その中で、一際大きく、美しい、まるで庭園か、そうでなければ王の伴侶の墓のようなそこに、墓石をたてられている勇者。毎日毎日、どんなに忙しくても、魔王が自ら手入れしていると聞いた。千年経っても褪せることなく、魔王にとって大切な友人の地位を守り続ける存在。


 どこか遠くを眺める魔王に浮かぶ、諦めと、呆れの色の中に、昔を懐かしむような光。何か色々あったらしい、と解るが、アオはそれについて特に聞いたりはしない。


「つまりお前は私が曲げない事をわかっていて、あえて言ったのか。バカなのか? Mなのか?」

「そうだな。それでも言わずにはいられないんだ。あれでも、私の姉だからな」

「お前を殺そうとしているのにか?」

「ああ。それでも、私からしたら大切な家族なんだ」

「……」


 苦笑する魔王に、思わず黙る。


 家族。そういわれては言葉が出なかった。


 アオは家族が大好きだ。大切な、大切な存在。自分の全てと言っても過言ではない。そんな家族から突然引き離され、もう二度と会えないかもしれない。だというのに、勝手な事を言い出す女神と水の国。だからこそアオは怒った。烈火のごとく。そして、彼らを敵と認定し、そのことごとくを滅ぼすと決めたのだ。例えなんと言われようと、この決定を覆す気はない。とりあえず、あの召還現場にいた騎士、魔法使いも一人とて逃がすつもりはない。女神の次はあの騎士、魔法使い達を探し、一人一人始末すると決めている。


 彼らにとって勇者召還なんて、この世界のモノではない、異世界の、自分達とはなんら関係のない、なんだったら魔物や魔族並みにどうでもよい存在を一体――今回は三人だったが――呼び出した。その程度の考えだろうが、そんなわけない。呼び出された存在にだって家族が居り、大切な存在が居り、生活がある。誰かの勝手で人生を狂わされて良いわけがない。そんな単純な事さえ失念しているのだから、生きる価値なんてない。そう思われても文句は言えない、とアオは認識した。


 召還術なんて安易な気持ちで執り行うべきではないのだ。自分達が絶対に優位だなんて、誰が決めたのか。恐ろしい悪魔を召還することだってあるのに。


「お前から温情がもらえるとは思っていない。これは、私が自己満足の為に口にしているだけだ」

「そうか。では私は気に留めない。私は私が決めたことをやる」

「そうだろうとも。お前が勇者であるかぎり、お前は自分を曲げずに進むだろう。その先に、何があるのだろうね?」

「さぁ? 話は終わりか?」

「ああ。時間を取らせてすまなかったな。……それと、くだらない事を言ってすまなかった」


 始終表情を変えず、淡々と話すアオに、苦笑を浮かべる魔王。


 魔王とて理解している。結末は変わらない、と。アオが理由もなく、考えを改めることはない。その信条に触れる何かがない限り。そして、その何かは、愚かで浅はかな水の女神と、水の前国王の企みによって全て潰された。


 坂を転がる石のように、全ては結末に向かって動き出している。辿り着くまで止まらない。その結末が、どういった結末に至るか。傍観を決めたのなら、創造神より与えられた神としての在り方を貫くのなら、魔王が人族のなすことに、積極的に関わることはしない。してはならない。魔王の庇護がなければ滅んでしまう魔族ならまだしも、既に神――女神達――の加護を得、その上で行動しているのだから。彼らが選んだ結末だ。彼らに謹んで受け入れてもらうほかない。


 通信をきり、窓の外を見上げる。


 青い空。白い雲。美しい魔王領がそこにはあった。


 緑が溢れ、水が涼やかな音を奏でる。楽し気に駆け抜けていく風。豊かな恵みをもたらす大地。人々を導く光。安らぎを与える闇がある。煌めく炎は魔族達に繁栄を与えた。


 魔王一人で与えた全て。


 何故、自分は全ての力を持っているのか。何故、姉たちは自分の持っている力の一つしかもっていなかったのか。何万年も考えた。どうやったら姉たちは納得するのか。創造神はどうしてこんな風に世界を創ったのか。そして今、見限ったのか。よりよい未来はどこにあるのか、魔王にすらわからない。自分はただ、この世界に生きとし生ける全ての命が自然で、幸せであれば良いと願っただけだったのに。この世界の在り様は自然のままなのか。


 何一つわからずここまで来た。所詮神は無力だとかみしめ、そう思う事で逃げている自分を知りながら、目を背け。


 その結果が勇者召還という異世界への干渉と、迷惑行為。


 自分達の罪深さを嘆くことなど、きっと許されない。


 そう知りながらも、嘆いた。


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