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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
二章
37/51

37 ブレイクハート



 右を見ても左手を見てももふもふ。毛皮毛皮。もふもふ毛皮。


 ここはトヒルのデグリス宅。


 もふもふの塊の中に白っぽい物体。もふもふに埋もれるアオの姿があった。ひどく幸せそうな表情を浮かべ、埋まっている。両手をわきわきと動かし、その手触りを全力で堪能していた。


 もふもふの塊にアオが埋まって早一週間。その部屋から殆ど出てこない。食事もこの部屋でしていた。


 現在部屋に入ることができるのはデグリスだけ。ギルとグズは隣の部屋で待機している。目覚めた時にたまたま看病していたのがデグリスだったのだが、その時、今はもふもふしか見たくない、と宣言されたせいだ。一応二人を呼ぼうとしたデグリスだったが、アオがひどく嫌がり、もふもふ以外を視界に収めたくない、と自分の方さえ向かないのであきらめた。


「アオー? 飯だぞー」

「ん。感謝する、デグリス」


 食器の乗った盆を手に部屋に入れば、もぞもぞと毛玉が動く。ぶは、と息を吐き出し、顔を出すアオ。最近ようやく自分の顔を見るようになったことに、デグリスはほっと胸をなでおろした。好きな相手に顔を見てもらえないのは辛い。僅か半月程度の時間の間に、何があったのかは知らないが、自分が何かして嫌われたのならまだしも、そうでないのなら辛すぎる。


 盆を受け取ると、その場に座り込み、食べる。あまり行儀のよい姿とは言えないが、デグリスは気にしない。冒険者としてはわりと普通の姿なので気にならない、と言った方が正しいかもしれない。


 隣にしゃがみ、よしよし、と頭を撫でれば、以前のように気持ちよさそうに目を細め、こて、と頭を倒して近づける。こういう仕草が無意識だと解っているが、可愛くて仕方がない。アオはまるで人になつかない野良猫。同じ野良猫仲間のギル達とは触れあい、会話もするが、それ以外である自分にもこうして触れることを許してくれるのが嬉しいのだ。こう、警戒しまくりの野生動物を手懐けた感がいい。


 けして嫌われてはいないと思う。好かれているとも思わないが。警戒はされていないので十分である。


「アオは可愛いなぁ」


 よしよし、といつもどおり両手で頭を撫でると、じ、と見つめられた。


 凶悪な三白眼も、デグリスの視界には、ちょっと目つきの悪い灰色猫、くらいにしか映らない。もっとも、仮にも好きな女を、目つきの悪い猫、と評する時点で最早どうか、という話なのだが、デグリスは気づいていない。


「どうした、アオ?」

「お前は私を好きだと言ったが、何がよくてそんな事を言ったんだ? 自分でいうのもなんだが、私は見目も良くなければ、性格も女らしくない。お前の頭の中身が心配になるぞ」

「んん?!」


 突然言われた言葉にぎょっとする。


 可愛い、と可愛がった覚えはあるが、告白をした覚えはない。動物的なカンでばれたのだろうか、とアオを見た。


「この前、ここで飲んだ時、お前、酔っ払って、私をホールドした挙句、可愛いと好きだと愛しているを連呼していたぞ」

「!?」


 記憶にない話。


 まさかの泥酔しての告白だったことに驚き、そしてアオの態度に、自分はフラれているのだ、と理解した。アオにそんなつもりはなく、ただの純粋な好奇心だったのだが。


 困ったように頬をかき、アオを見る。


 真っすぐに見つめ返す凶悪な三白眼。自分がほんの僅かでも身じろげば、それに合わせて動く目。この、まさに警戒している野良猫のような姿が可愛いのだ。初めて見た時もそうだった。


 いつもどおり、依頼の達成報告の為に立ち寄ったギルド。そこにアオはいた。


 大男の背に隠れるように立つ少年少女。噂は聞いていた。異例の速さでSランクになったチーム「暁」。大男と、少年2人の3人チーム。近々トヒルにやってくる、と。


 なんだ、少年2人ではなく、少年と少女の間違いじゃないか、と噂の間違いに呆れた。しかし、周りの誰もが少年2人、と認識していたので、どうやらアオは少年に見えるらしい、と驚く。どうみても女の子なのに、と。それに気づけたのはおそらく、普段から動物ばかり相手にしていたためである。男女の違いが分かりにくい動物たちも、一目見ただけで性別がわかる。そんなデグリスだからアオが女だと気づいただけなのだ。


 ギルドから依頼を受けている大男。その佇まいは実に堂々とし、強者に相応しい雰囲気があった。そこそこの腕はもっているという自負のあるデグリス――実際はかなりの腕――でも、勝てないだろうとわかる。その陰にいる少年は、子供らしく、きょろきょろとあちこち見ているが、7属性の使い手と聞いている。けして油断して良い相手ではない。


 しかし、とデグリスは首を傾げた。チームの中で極端に弱者の気配がする少女。噂ではクレリックとのことなので、弱いのは仕方ないだろう。それにしても、視線が気になる。無表情を貫いているが、ギルド内全員の動きに視線を送っていた。デグリスがギルドに入った時も、誰よりも早く視線をよこし、デグリスを値踏みする。ほんの僅かな時間で、しっかりと上から下まで確認し、力量を測っていた。そして、興味深そうに腰に下げた麻袋――スライムが常駐している場所――を見た。僅かな時間に変わりはないだろうが、どの人間相手よりも長い時間、麻袋を見ていた。そして、不意に突然視線を外す。その仕草が、まるで気まぐれな猫のようだと思ったのが始まり。


 【換金】カウンターで依頼料を受け取り、ふと視線に気づく。振り返ればアオ。じ、とデグリスの手元を見ていた。どうやらデグリスがどんな依頼を受けたのか確認していたようだ。


 不躾な視線だが、ふむ、と頷くと近寄る。そうすればわずかだが硬くなる表情。すす、と大男の陰になるように動く足。野生の獣らしい動きだ、と感心する。


「よ、どうした? 俺の力量が気になるのか?」


 ぽん、と頭を撫でる。


 びくっと肩を跳ねさせ、硬直する姿に、初めて人間に触れられた野良猫のようだと思った。これは撫でられるのは気持ちの良い事だと教えねばならない、とそのままわしわしと頭を撫でる。


「ははは、暴れないなんていい子だな」


 う、う、と小さく声を上げるが、それはすぐに消え、引きはがそうと上げかけていた手も、ぱたりと落ちた。


 デグリスは、自分が撫で上手だと自負している。今まで何度も野生動物を撫でて交友を深めてきた。このよしよしには自信がある。案の定、気持ちよさそうに目を細め、頭を預けるように軽く、傾げるアオ。


 これはあれだ、野良猫みたいだな、と思った。周りにいる驚きに固まる大男と少年の姿も又、野良猫のようだと思った。野良猫3匹に和んでいたせいで、周りがざわついているのには気づかなかった。


「俺はデグリス。この街でAランク冒険者をしている」

「ぅ……アオ。『暁』のアオ……」

「そうかそうか、アオ。飴くうか?」

「くう」


 非常食用に持っていた棒付きのべっ甲飴を差し出せば、即伸ばされる手。アオが受け取ると同時に腰に衝撃。


「アオばっかずるいっす~!」

「お? 欲しいか? 欲しいならちゃんと名前を名乗りな」

「『暁』のグズっす~!」

「そうかそうか、グズ。ほれ、食え食え」

「やったっす! ありがとうっす!」


 ぱぁああと顔を輝かせ、受け取る少年。子供は元気が一番だ、と頷くが、次の瞬間子供たちに落とされる拳に驚く。


「仲間が失礼した。俺はギル」

「ギルさん、ね。よろしく。そんじゃ、俺は次の依頼受けるんで」


 一瞬だけ握手し、直ぐに離れようとした。だが、服がひかれ、足を止める。見やればべっ甲飴を咥えたアオが、デグリスの服の裾を掴んでいた。


「いくのか?」

「おお。ウチで待ってるやつらの為に稼がにゃならんからな」

「そうか……」


 残念そうに離される手。おお、と思わず声があがりそうになった。


 しゅん、と垂れた猫耳が見えた気がしたのだ。周りから見れば、デグリスが入ってきた時から、一度足りとも変化のない表情にしか見えないが、デグリスには解る。これは残念がっているのだ、と。長く動物の顔を見続けたデグリスだからこそ解る表情の変化。


 なんて可愛い生き物だ、と本気で感動した。


 理想的としか言いようがなかった。


 そこからはもう完全にフィルターがかかり、アオがどんな事をしていても可愛い、としか思わなくなった。こうして残念な頭の中身の青年ができたのだ。


「まぁ、アオは俺にとっては可愛い女の子だったってだけだ。別にしつこくする気もないし、あまり俺の事は気にしないで欲しい」

「そうか、わかった」


 あっさりと頷かれる頭。それは、それだけアオがデグリスに興味を持っていない、ということ。がっかりと肩を落とす。押してダメなら引いてみろのつもりだっただけに、アオの興味のなさに、望みが見えない。実際は、そういった考えのないアオが、言葉をそのまま受け取ってしまっただけなのだが。


「体調はどうだ?」

「もう大丈夫だ。デグリスには迷惑をかけた。皆にも」


 ぐるりと部屋を見渡す。そこここに転がったり、くつろいだりしている毛玉達。とくにアオの存在を気に留めてはいない。


「役に立てたならなによりだ。もう、発つのか?」

「ん。近日中に。火の国を出て、次はどこにいこうかな」

「火の国から出るのか?!」


 てっきりこのまま火の国中を旅するのだと思っていただけに驚く。それに、なんてことのないようにアオは頷いた。


「ん。全部の国を旅する予定だ」

「そ、そうか……。ついていきたいが……俺にはこいつらがいるからなぁ……また、会えるよな?」

「勿論だ。デグリスは友人だ。また会いに来る」

「そ、そうか……」


 好きな人からの友人発言。ヒビの入った恋心を、全力で粉砕する一言。強烈な一撃に、無意識のうちに胸の辺りを抑えつつ、何とか笑顔を浮かべる。


「なら、また、な」

「ん。また」


 ひらひらとひられる小さな手を、ぼんやりと眺め、この手を掴みたかったなぁ、と未練がましい事を思った。


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