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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
二章
35/51

35 レッツ恐怖体験



 人は、見たくない物、聞きたくない事、知りたくない事を目の前にすると、とりあえず顔を背け、目を閉じ、耳を塞ぎ、現実を逃避するのだな、と初めて知った。


 何度か深呼吸をし、そぉっと目を開ける。といっても薄眼で、片方はまだ瞑っている。それでも僅かに周りが見えるほどは目を開け、ちらりと視線を動かした。そして、ああ、と再び目を閉じた。


 今視界に映った暴力を、記憶の中から消そうと躍起になる。しかし、アオをしても現実逃避を決め込みたくなるそれは、瞼の裏に焼き付き、けして消えることはない。


「アオ、いい加減こっちみるっすよ!」

「大丈夫か、アオ?」


 不思議そうな声。


 ギルもグズも大切な仲間だ。仲間だと思っている。こんな態度は失礼だろう。親しき仲にも礼儀あり、だ。意を決し、カッと目を見開いた。


 いつもどおりに低い鼻とそばかすだらけの残念な顔。顔だけならなんの問題もない。いつもどおりだ。例え、後ろに二本のおさげがあったところで、そう普段と変わらないから問題はない。しかし、一度視線を下へと向けると、そこには……幼い見た目に反してやたらと発育の良いバニーガールがいた。


 おっふ、と零れそうになる声を堪える。そして、なんとか視線をその隣へと向けた。


 筋骨隆々。2m超えの身長。精悍を通り越して厳つすぎるギル。首から上だけは。首から下は……ああ、これこそ視界の暴力だろう。筋肉バッキバキのグラマラスなメイドがいた。ご丁寧にミニスカートで。


「げふっっっ」


 堪えきれず、顔を両手でおおう。


 美しくない。全く以て美しくない。丸太のように太く、筋肉が盛り上がった白のニーハイも。絶対領域も。何もかも美しくない。そのうえ、メイド服のミニスカからちらちら覗くイチゴ柄のパンツが最凶の視界の暴力と化していた。


 これほど男性にとっての萌えをつめた服が、一瞬で精神崩壊させてくれそうな凶器になるなど、日本にいた時は考えつかなかった。二次元の女の子たちが魅せるメイド服は、本当に、本当に可愛かったのだ。男性の下半身へは暴力かもしれないが、それでも幸せを運ぶ暴力だったはず。それが何故こんなことになったのか。


 現在アオは、遺跡の最下層にいた。溢れる魔物達を蹴散らし、盗賊でも見つけられなさそうな、巧妙に隠された試練の階へと進む階段を、偶然見つけ、意気揚々と試練に乗り込んだ結果、精神崩壊の危機に瀕したのだった。


 試練内容は非常に単純。幻覚に打ち勝って先へ進むこと、だ。幻覚内容は、自分にとって最悪なものが見える、というような説明だったように思う。そしてその幻覚に耐え、奥の部屋まで辿り着けば試練はクリアだというのだ。


「ふ、二人は、何が見えているんだ?」

「俺は、アオとダンナが大好物の肉と、この世で最も苦手なメスに見えてるっす。もー食欲押さえるのと、全力で俺の魔法叩きこみたくなる衝動を堪えるの大変っす」


 それのどこが大変な人間の声だ、と思わず突っ込みたくなるほど軽い声が返ってきた。本当にそんなものが見えているのか疑わしくて、ちらりとグズを見たアオは、驚く。いつもにこにこと楽し気な笑みを浮かべているグズの顔。その眼が、剣呑な光を帯びていた。背筋に冷たいものが走る。今のアオではけして勝てない強者が、自分を殺したくてウズウズしているのだ。それが瞬時にわかり、思わず唾をのんだ。


 アオの恐怖に気づいたグズが、慌てたように顔の前で手を振る。


「安心してほしいっす! 俺、アオだってちゃんとわかってるっすよ!」

「お、おう……うん。大丈夫。グズの事は信頼してる」

「良かったっすよ~! ただ、睨むのだけは許してほしいっすよ。俺、本当にあいつだけはダメなんす」


 ふーっとため息つく様子に、そのメスとの間に何があったのかとは思うが、聞かない。おそらくグズの地雷だと、コミュニケーション能力が極端に低い、人間嫌いの引き込もりであるアオでもわかる。


 話題を変える為にも、そっと薄目でギルを見上げる。


「ギルは?」

「俺には普段のお前達が見える、と言っておく」

「えー!? それって俺達が欲望をぶつける相手ってことっすか?!」


 げげっと大仰に身を引くグズ。その言葉にあれ? とアオは首を傾げた。


 試練内容は最悪なものが見える、ではなかっただろうかと思い、自分の記憶をたどった。


 最下層到着と同時に、無機質な声が告げた。これより先は神々の試練である、と。そして、試練を受けるものは進み、興味のないものは帰るように促してきた。ここから先は神の眼鏡に叶うかどうかのなんとかかんとか、と下らない口上のようなものを長々と言っていたような気がするが、その辺は右から左へと聞き流し、先へ進んだ。


 広くも狭くもない部屋の中央辺りに到着すると、無機質な声が試験内容を告げた。


「神に相応しい精神を有しているかの試練を受けていただきます。この試練は、幻覚に惑わされることなく、先へと進めば合格となります。幻覚は様々ですが、総じて内なる欲を刺激するものとなります。欲望に打ち勝ち、心の強さを証明してください」


 思い出し、成程、と頷く。


 グズは最高の好物と、最悪に嫌いなメスが見えると言っていた。欲は食欲と、殺意、辺りだろうか。


 アオはあの無機質な声が告げた後、二人の姿がああ見えたので、最悪なものがみえる幻覚だと誤認したのだ。しかし、とアオは頭を抱える。だとしたら、自分はいったいどのような欲で二人がこう見えるのか。


 先ず、何故二人が共に女性になったのか。元の顔が変わらない状態で、二人が女性に見えるだけでも拷問に近い。そのうえ、精神崩壊を起こしそうな視界の暴力とも言える衣装は何事か。自分はいったい二人に何を求めているのか。これに打ち勝つのは色んな意味で心の強さの証明にはなるだろうが、欲に打ち勝つ心の強さの証明に、果たしてなるのだろうか。


 頭を抱え、考え込む。


「アオは何がみえるんだ?」


 グズに、お前達の教育が自分の今最も重要な事だと認識しているから、お前達が見えるのだ、と懇々と説明していたギルが、不意に振り返り、アオを見た。


 思わず左手で自分の視界を覆い、右手を突き出す。ちょっと待ってくれ、と懇願し、呼吸を整えた。呼吸と言うより、気持ちを整えた。不意に見るギル達の姿は、それほどアオの精神を蝕む。まだ不細工なバニーはいいが、ごつすぎる筋肉メイドは、アオの中の何かに触れる。アオのアイデンティティを崩壊させてしまう何かに。


 アオは自分の事をオタクだと思っている。もしかしたら違うかもしれないが。


 ゲームも漫画もアニメも好きだ。小説も勿論好きだ。フィギュアもポスターもグッズも集めてはいない。薄い本を買ったり読んだりもしない。しかし、オタクとは大好きな何かを自分なりにつきつめた者の称号だと思っている。その自分勝手な理論から言えば、アオはオタクなのだ。


 沢山のゲームや漫画、アニメや小説の中で、可愛らしい女の子が、男の子が、メイド服を着る姿は好きだ。もちろん美女や美青年が着ているのも好きだし、何やら無駄な設定で潜入捜査とか言って、似合わないのを承知でくたびれた中年おっさんがメイド服を着る、とかいう内容だって気持ちよく受け入れてきた。それでも、アレは許されない。


 筋肉が嫌いなわけではない。どちらかと言えば、筋肉は好きだ。某ロングセラーゲームに出てくる、左右にお団子をつくり、両サイドにスリットがある水色のチャイナドレスを身に纏った女警察官設定な女性の、あの足の、盛り上がった筋肉は芸術だと、わりかし本気で思っている。


 強面が嫌いなわけでもない。ヤクザになり、任侠世界で孤児の娘と会話をしたり、同じヤクザと遊び歩くゲームも好きだ。彼らの見た目は格好いいと信じている。


 筋肉と強面。両方を兼ね備えた女性も好きだ。中国殷時代の伝説を題材とした漫画に出てくる、ぶっ飛んだ兄を持つ自称美女三姉妹の長女で、美の女神ヴィーナスを名乗るお嬢さんの存在はリスペクトしまくりだ。


 ちらり、とギルを見た。そして顔を両手でおおう。


 どうしても受け入れがたい。


「大丈夫か、アオ?」

「大丈夫だ。すまない。本当にすまない。私には二人が見える。見えるんだ。見えるんだが……」


 言ってよいものか、ひたすら思考を回転させるが、答えは浮かばない。


「すまない! 二人が女性になって、バニー服とメイド服を着ているように見える!!」


 思いきって大声で宣言した。むしろ、それほど勢いづけなければ言えなかった。


 しかし、二人は顔を見合わせ、首を傾げる。


「メイドは解るが……」

「バニーって、なんすか?」

「ぐふぅ……言葉にさせないでくれ……」


 悪気なく問われ、それを口にするのは躊躇われた。というか、口にしたら折角見ないようにしているのに、脳裏に浮かび、ダメージを負ってしまう。


「あー……まぁいい。アオ。とりあえず。これだけは確認させてくれ。お前は、俺達に女になって欲しいと思っているのか? それとも、女になったら嫌だと思っているのか?」


 ひとりでに燃え尽きそうなアオに、何か気の毒そうな視線を向けて問う。ギルにとってはこちらのほうが問題だった。


 アオがこちらにきて、既に半年以上の月日が過ぎている。その間アオの側にいたのはギルとグズ。これは魔王がアオの道中の安全を考えた結果の抜擢だった。そのことはアオも理解しているし、戦争中にもかかわらず、個人戦力がずば抜けて高いギル達をつけてくれたことに、感謝している。だが、ずっと男二人と旅をしているのだ。寝食を共にし続けている。


 アオが女性的な理由で体調不良をおこしても、何もできない男二人。会話内容も戦い方や、魔物について、魔法について、といった内容ばかり。色々とストレスがあったのかもしれない、と不安になったのだ。しかし、それは杞憂だったと知る。


「私は二人の性別がどちらでもかまわない。ただ、ちょっと……そうだな、二人が、私が女だと知った時のような衝撃を受けているんだと思ってほしい」

「なるほど~。確かにあの時はすごい衝撃だったっすからね!」


 それなら仕方ない、と頷くグズ。ギルも納得し、頷いた。


 アオもアオで、己の中で何かがすとんと腑に落ちた。自分が信じていた事が違ったという驚きは、こうも人を混乱に落としえるのかと知り、その程度も受け止めきれない自分の精神の幼さに狼狽する。この世界に来たときさえ、さほど狼狽えなかったのが僅かな自慢だったのだ。


 恐ろしい試練をつくりやがって、と半ば八当たり気味に溜息零した。


くぅ……。

終わらない……。

目が疲れたので、今日の更新は終わります。

また明日更新頑張ります。

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