34 そうだ、コイバナをしよう
かび臭い香り。生臭い香り。鼻をつく嫌な香りに顔をしかめ、遺跡の中を探索する。
火の国の遺跡は、入り口から先は山の中にめり込むような形をしている。むしろ、山の中に造られた。そう言える形をしていた。
ライトの魔法で生み出された光の玉が辺りを照らす。夥しい数の魔物達が蠢いていた。一歩進むごとに魔物を斬り殺す。
「これはすごいな」
「当然の結果だろう。遺跡には魔物が住み着いている。狩る者がいなければ蔓延る。そして、蔓延った結果が自然発生するモンスタートレイン。こうなっては手が付けられん。こういったことが起きないように管理するのも又、国の責任だ」
ギルの説明に成程、と頷く。
斬り殺した魔物の死骸を踏むのは危険なため、全員グズの魔法で宙に浮いた状態で移動していた。
「そういや、遺跡は神の数だけあるはずだよな?」
「ああ」
「ジンギルフの遺跡はどこにあるんだ?」
「魔王様のは木の国の北側にある。本来、魔王様が治める領地が中央にあり、其処を中心に7ヶ国ある予定だったのだろう」
なるほどなるほど、と頷く。やはり、最初にこちらに来た頃、魔王の話に自分が抱いた感想は正しそうだ、と納得した。
「アオ」
「ん?」
「もう外からも見えない。ここからは一人で戦い、先に進め」
「わかった」
突然の指示。後ろに下がったギルとグズ。
アオはあっさりと了承すると、前へ出た。手には抜身の剣。迷いなく、襲ってくる魔物に振り下ろす。確実性を狙い、眉間の辺りをできるだけ正確に貫き、む、と眉根を寄せた。
当然だが、頭には頭蓋骨とよばれる、骨の中で最も硬い骨がある。頭を貫こうとすれば、相応の力がいるのだ。貫いたとしても、引き抜くにも力がいる。力型でないアオには向かない攻撃。
確実性をとりたいが、危険は排除すべき。己のうちにあるスキルを考え、ああ、と頷いた。素早く自身に能力向上Lv1(攻撃力UP)とLv3(速度UP)をかけた。
足を肩幅に開き、剣を構える。
スキル、風の刃。
剣風が刃となり、敵を斬り殺す。その範囲は広く、剣を振りぬくその刃が滑った横幅分の刃が、抵抗がなければ10m程の距離を抜ける。威力は剣速と力に依存する為、能力向上を使った。
良い判断だ、とギルは満足げに頷く。
遺跡の通路という狭い場所に溢れた魔物。数で押しつぶされかねない。それらを一気に殲滅しなくてはならないが、下手な技では無理だ。防御力である程度は防がれるとはいえ、前方に範囲の広い技。それを、依存する能力を正確に認識し、底上げする事で、通常よりも多い人数を真っ二つにした。
突然の事に怯む魔物達に気にすることなく、次々剣を振るう。
今、目の前にいるような魔物程度ではこの技を防ぐことはできない。そう確信できる強さだった。
「いいかんじっすね」
「ああ。このくらいの雑魚、倒せるようになってくれて助かる」
「女神って強さどれくらいっすかね?」
「普通に考えれば魔王様の7分の1……ということになるだろうが……得意属性により、少しずつ上下するはずだ」
「成程。アオの戦う相手は……水の女神っすね?」
「うむ。おそらく、魔法系の攻撃がメインになるのでは?」
「そうっすね~……ただ、厄介っすよ。水系の魔法なら、近距離遠距離あって、範囲も広いっす。女神が回復手段を持っていたらなお厄介っすね」
自分の知る魔法を思い浮かべ、顔をしかめるグズ。ギルも難しい顔でそうか、と頷いた。
「ただ、水系の魔法に防御魔法はないっす。そこが突破口になるかもしれないっすよ」
「そうなのか?」
「そっすね。水は液体なんで、薄い状態で高速回転させて刃にしたり、水の物量で押し切る魔法が多いんす。防御には向かないんすよ」
成程、と頷く。
流石に魔法に関してはグズの知識は素晴らしい。魔法が使えないなりに、魔法書を読み、魔法の種類を知っているが、本職でもあり、本職の中でも才能の塊のようなグズには敵わない。
グズの使用できる魔法は7属性ではない。ほぼ全属性なのだ。最早大賢者レベル。だが、制限があるらしく、得意属性以外で上級以上は使用できない。しかし上級が使えないからと侮るなかれ。柔軟な考えで上級以上の力を出す。魔族、魔獣の中でも天才魔法使いと言えばグズを指す。そう言われる程なのだ。
グズがそうだ、と言えば魔法に関してはそうだ、とギルは理解している。
「アオは魔法戦の相性はどうだ?」
「あまり良くはないっすね。アオって意外と脳筋な戦い方が多いっす」
「う、む……」
確かに、と思う。
アオは基本的に短絡的な考えをする。腹に関してだけでなく、戦いに関しても。最初の頭を狙ったのもその延長だ。間違ってはいないが、褒められるわけではない。生物だから頭をつぶす。それは正しいが、頭には頭蓋骨がある。魔物は小さくても人間よりも硬い骨を持つのだから、力が必要だ。魔物の解体をしてきたのに、そこに思い至らないところがダメなのだ。
しかし、とギルは頭を振った。アオはアオでよく考え、自分で戦略を組み立てることができる。無理な攻撃は続けない。その証拠に、頭をつぶす方法は即座に諦め、直ぐにスキルを使用した殲滅に変更した。それも、一番効果的なスキルを選び、自分の能力を正確に向上させて。
脳筋というには考えることができるが、智将と言うには単純。ギルはアオに普通、という評価を下した。
圧倒的な速さで地下へ降りる階段を見つけると、下へと降りた。とくに探索はしていない。何となく程度の探索で、見つけた階段をさっさと降りる。多少魔物が残っていようが気にしない。多は困るが、少なら今までどおりに戻るだけ。といっても、多でもこの後来る冒険者が狩るだろうから、さほど問題はないだろう。通路を覆いつくす程いなければそれでいい。
「アオは攻撃が得意ではないのに、何故ああも攻撃的な性格をしているんだろうな?」
「そんなの人それぞれっすよ。ダンナだって本来は殺すの嫌いじゃないっすか」
「う、む……確かに」
見た目と、アサシンという職業柄勘違いされそうだが、本来ギルは殺生が好きではない。必要なら致し方なし、という考え方をしているから、仕事としてこなしているが、必要がなければしない。襲ってこなければ魔物さえ殺さない。寧ろ、グズの方が危ない。
グズは非常に好戦的で、わざと自分から喧嘩を吹っ掛ける事さえある。ギルを尊敬しているからか、仕事に支障が来るような事はけしてないが、魔物は進んで狩る方だ。今はアオの経験を作るために譲っているが、本来ならダンジョンも、遺跡も、自分が一番先陣をきって歩きたい。圧倒的な力で捻じ伏せたり、敢えてチャンスを与え、絶望を与えるのも好きだ。人が言うところの悪魔的な性格というやつなのだろう。
「俺はアオの攻撃的な性格は好きっすよ。好戦的ならなおいいんすけどねぇ」
「別にお前達がそれで良いなら良いんだがな」
「ダンナはほんと、保護者的っすよねぇ。そこがまたいいんすけど……だからもてないんすけどね」
「そこ、関係あるのか?」
「いやいやあるっすよ! ほら、パパ感強すぎて異性として認識されにくいんすよ!」
ぐ、と言葉に詰まる。反論しようにも、実際にそう突っ込まれたことがあるので、言い返せない。むぐぅ、と口ごもり、は、としたようにグズを見る。
「俺の事はさておき、お前はどうなんだ?」
子供に何を聞いているのか。そして、子供から当然の答えを聞いて、どうしようというのか。そんな自分の小ささに辟易しながらも問う。しかし、グズはけろりと言い放った。
「あ、さーせん。おれ、嫁と子供いるっす。嫁が3匹と、子供が15匹っすね」
「?!」
突然のカミングアウトに驚愕する。と、同時に、何故か裏切られた気持ちになる。自分の友人が知らないうちに結婚して子供を作っていたような……。
「あ、ダンナと出会う前にはいて、子供は殆ど成人して巣立ってるっす。あと2匹なんすよねぇ。聞かれなかったから言わなかったっすけど」
「おま……ではなぜその恰好を……?」
グズは成人前後の少年の姿をしている。スキル、メタモルゼによる偽の姿とは言え、必ずこの姿だ。
「そりゃぁ……俺、78歳っすけど、グリフォンの中じゃ若造で……人間換算したら12~14歳だからっすよ」
「そんな若さで嫁3、子供15!?」
「グリフォンはそれが普通っすよ~!」
ひゃっひゃ、と軽く笑われ、打ちのめされる。
ギルはオーガ。その中でも青年――見た目はどう見ても中年だし、人間換算すれば30~40だが、オーガという種族的にはまだギリギリ青年に入る、らしい(ギル申告の為真偽は不明)――。そんな自分が恋人もいないというのに。
メンタル値がごりごりに削られていく。しかし、唯一の救いが目の前にいた。アオだ。一応恋人候補っぽいのはいたが、本人にその気がない。復讐に全力投球中だ。アオの思考回路なら春は相当遠いところにあるはず、と自分を慰める。大丈夫、自分は一人じゃない、と偽りの精神安定を手に入れ、浮かんでもいない額の汗をぬぐった。




