33 Sランク冒険者現る
眼下には蠢く魔物達。王の命令で封鎖した遺跡から溢れてきたのだ。
だから嫌だったんだ、とオレノグは悪態をついた。
ある日突然王命で遺跡が封鎖された。理由は詳しく語られることはなく、王命を携えてやってきた騎士たちは、実に偉そうな態度で、たかが一領主に使える兵士に過ぎないオレノグ達を、あからさまに見下した態度。理由を尋ねても軽くあしらわれ、会話するのも煩わしいといった風に追い払われた。
遺跡は街に富をもたらす。冒険者や、一獲千金を狙った者達はこぞってこの街を訪れ、この街で宿をとり、武器を買い、道具を買い、食料を買っていく。一人一人は各店で大した金額は落とさなくとも、それが100人200人ともなれば、とんでもない金額になるのは想像に容易い。封鎖すればいつ解除されるかわからず、彼らが離れていく。その分の補填は何もなかった。それだけでも大問題だというのに、騎士たちは本当の問題に気づいていなかった。
遺跡に巣食う魔物。定期的に狩られる事で遺跡の外に出てこなくとも、遺跡内での食物連鎖が成り立っていたというのに、狩る者がいなくなれば数は増え、数が増えれば餌不足が深刻化する。そうなったらどうなるか? 想像に容易い。餌を求め、遺跡から出てくる。
子供だって考えつくようなことだ。
遺跡が封鎖されると決定したとき、領主は迷わず領民を逃がした。己の領地内にあり、遺跡から離れた場所にある巨大な、小さな町一つ分ほどありそうな別荘に移動させたのだ。わざわざ騎獣や馬車をだしてまで。
もともとその別荘は遺跡から魔物が溢れた時、アペフチの街に住む者を逃がすために作られた場所。今回のようなパターンは異例だが、例えば、冒険者達の腕が見合わず、より深層から溢れた魔物を倒せなかった。そしてそれが地上まで出てきた時、と言ったような場合を想定して造られたのだ。その為、集合住宅のような家屋と、畑が無駄に沢山ある。勿論広大な土地を遊ばせることなく、普段は飢饉に備え、畑を耕す小作人がいるのだが。現在はアペフチの民に無償で貸し出されている。
アペフチに残っているのは、遺跡から溢れた魔物が、城壁を越える前に危険を伝える役を任された兵士達。そして、兵士達の家族の中で、自らの意思で残った者達。危険を承知で、兵士と、兵士の家族の為に店を開ける、幾人かの店主。
彼らは領主に命じられたわけではない。普段から領民の為にあれこれ心砕いてくれる領主の恩に報いるために、自ら志願して残っているのだ。王に対する忠誠はないが、領主の為なら命を投げ出しても惜しくはない。そう豪語する者達。
ふと、オレノグは先日の領主との会話を思い出す。
最早城壁の決壊は目に見えている。にもかかわらず、領主はアペフチの領主の館から立ち去らない。魔物が城壁を越えれば、一瞬で街は飲み込まれるだろう。優秀な領主である彼には死んでほしくない。逃げてほしいと懇願した。しかし、領主からの返事はNOだった。兵士達をこんな危険な場所に残している自分が、逃げるわけにはいかない、と。それは上に立つものとしては間違った考え。それでも、オレノグは感動したのだ。自分の使える力全てを使い、民を逃がし、残った兵士達と最後を共にする覚悟を持った領主。
一領地のことなど考えもしない、危険性について理解もできない王よりも、ずっと、遥かに、尊敬すべき人物。そうオレノグは思った。そんな領主だからこそ、最後まで残ると決めたのだから。
一応、騎士達には遺跡から溢れる魔物の危険性について説明した。しかし、騎士たちは聞き入れなかった。それどころか、オレノグ達を王命に逆らうものだと非難したのだ。そして、遺跡の入り口前に陣取った。
魔物が溢れた時、慌てふためき逃げてきたが、街中に魔物を入れるわけにはいかない。危険については説明したし、規則についても説明はした。それならば、それは彼らが選んだ未来だ、と切って捨て、彼らの為に城門を開けることはなかった。城壁の上から、追い詰められた彼らが呪いの言葉を吐き、悲鳴を上げながら食われるのを見ていた。
同じ人間が魔物に食われる姿に、なんの感情もわかなかった。
一度領主に溢れた事を伝えに行った。その時、領主は残った者全員に避難するよう命令した。僅かに残った者は、領主が出した最後の騎獣や馬車に乗り、安全を確保されたうえで逃げた。それでもオレノグ以下数名の兵士が残っている。全員自己責任の下、だ。
もうすぐアペフチは終わる。
そう確信した。
眼下に蠢く魔物達は、後2,3日もすれば、城壁を越えてあふれ出すだろう。そうなれば、全てを飲み込んでしまう。一応、その為に、もう一重城壁がある。このアペフチが飲み込まれるのは避けられなかったが、まだ、世界に溢れるのは防げる。それまでに力ある冒険者が現れ、派遣されてくれればあるいは、と願う。
だからこそ苛立ちが募った。
領主は再三王都へと出向いてくれた。この遺跡を封鎖する危険性を訴えるために。それでも国王は女神の神託、と聞き入れなかった。あふれ出し、騎士達が死んでようやく、その危険性を理解し、ギルドに依頼したという。
遅すぎる。
危険性が理解できず、全ては後手に回った後。そんな者が国王だとは聞いて呆れてしまう。武王だ、歴代最高の王だと言われているらしいが、オレノグから言わせてもらえば愚王。先日も次代の巫女を奴隷落ちさせたうえ、逆らわれ、自殺されたという話。そんな者が、オレノグが仕える領主より素晴らしいとは思えないのだ。
こうやって二重の城壁で、少しでもあふれ出すのを遅れさせたとしても、領主も、オレノグ達も、誰にも評価されないだろう。後からやってきた冒険者。そしてそれを派遣させた王だけが功績を得るのだ。それを歯がゆく思う。この事態を招いておきながら! と。
畜生、と城壁に拳を落とした。それで何がどうなるわけでもない。精々ガンレットに覆われた手が痛むだけ。それでもせずにはいられなかった。
「荒れてるっすね~。アンタがオレノグ隊長っすか~?」
「誰だ?! こ、ども……?」
軽い調子でかかった声に振りかえれば、少年が二人と大男。場違いな三人。
驚きに怒りは霧散する。困惑が勝り、眉尻がおちた。
「私がオレノグだが……君たちは? 何故こんなところにいる? ここは危険だ。早く避難しなさい」
「我々はギルドから派遣された冒険者だ」
大男が冒険者カードを差し出す。それを受け取り、見たオレノグは驚きに目を見開いた。何度も冒険者カードを見直す。
Sランク。
英雄になれる、もしかしたらどこかで英雄と呼ばれているかもしれない冒険者チーム。そのメンバーに二人も子供がいる。もしかしたら他に数名いるかもしれない、そう考えつき、それでも子供二人だなんて非常識だと戦慄く。
「い、依頼を受けていただき感謝する。他のメンバーはどこにいるのだろうか?」
「ん? 私達は三人しかいないぞ?」
「何ィ?!」
「とりあえず、安心して話せるように、下の片づけていっすか?」
驚くオレノグなど気に留めもせずに下を覗き込む少年。もう少しで魔物の爪が届きそうだ。
「な、なにを……?」
「グズは魔法使いだ。攻撃が届かない場所からの魔法なら、独壇場だ。許可をくれ」
「そ、そんな……しかし、魔力が……」
「問題ない。あれはあの年で7属性も使える魔法使いだぞ」
が、と口が開いたままになる。
どう見ても成人前後そうな少年が7属性の使い手。Sランクというのは伊達ではないらしい、とようやく理解した。
「か、可能ならば、わずかでも減らしていただきたい……」
「りょーかいっす! 荒ぶる風よ、全て飲み込め! テンペスト!!!」
縁に飛び乗ったグズが両手を掲げたその瞬間、暴風が吹き荒れた。
暴風は溢れ出した全ての魔物を飲み込み、渦巻き、天高く持ち上げた。見上げても影さえ確認できないほど高く持ち上げ、風は止む。持ち上げた風が止めば、結果は一つ。重力により落下速度を上げながら落ちてくる。
風は城壁の内側だけ吹き荒れ、台風の目のように遺跡の入り口は避けたため、入り口を除いた城壁に囲われた場所全てに落ちた。
次から次へと落ちて、グシャ、グシャ、と音をたてながら体中のモノを巻き散らす。
凄惨な光景。
オレノグは、開いた口がふさがらなかった。この光景をもたらしたのが、成人前後の少年と言う事実に。少年が使った魔法が、魔法は使えないオレノグにも、上位魔法だと理解できる。滅茶苦茶な魔法だと。
最早どうすることもできない。そう諦めていたはずだった。しかし、魔物達は一瞬で殲滅されたのだ。
「これが……Sランク……」
「遺跡の封鎖は解禁された。遺跡に潜ってもかまわないな?」
「現場指揮官から許可が下りたら遺跡に潜っていいと言われた。許可をくれ」
こんな光景、当然。気にする必要もない。そんな態度で許可を求める二人に、オレノグは笑った。笑って許可を出した。
「許可をする。いや、Sランク冒険者殿に願う! 魔物達を倒し、アペフチの街をすくってくれ!」
深々と頭を下げる。最早アペフチは大丈夫だ。そう確信もって願った。
承知した。そう聞こえた。そう思って顔を上げた時には三人の姿はなかった。
かなりの高さのある城壁から飛び降りる三人。少年の魔法だろう。ふわりと宙に浮くようにして着地すると、遺跡入り口からまだまだ溢れようとする魔物達に怯むことなく、駆け出していた。
魔法使いの少年が魔法を放ち、大男が剣を片手に突っ込んでいく。そして、あっと言う間に溢れ出そうとした魔物達を捻じ伏せ、遺跡の中へと消えていった。
残ったオレノグにできることは、街中からスライムを集め、遺跡外の死骸を片付ける事だけ。心軽やかに城壁を降りた。




