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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
二章
32/51

32 封鎖解除



 人間とは慣れる生き物である。


 そう言ったのは誰だったろうか。迫る剣を前に、そんな事を考える。次の瞬間、左腕が宙を飛んだ。その痛みに悲鳴は上がらない。ぐぅ、と軽く呻くが、動きを止めることなく、素早く宙で腕をキャッチし、大きく離れた。


 治癒Lv2で傷口を合わせながら、魔法を使おうとする少年の近くまで駆け、剣を振るう。素早く飛びのいた少年が、魔法を発したときには既にその場にはいない。振った途中で剣を引き、自分の腕を斬り落とした大男へと向かっていた。


 両手で剣を振るう。


 鋭い音が響いた。


 大男が片手で構えた剣で、受け止めた音。


 すぐに合わさった剣を支えに、股間に向かって足をけり上げる。大男がそれを容易く空いた左手で掴み、持ち上げ、投げ捨てた。それを追いかけるように魔法が飛んでくる。しかし焦りはない。


 服の下に装備したペンダントへと意識を集中すれば、ふわり、と体が浮く。軽やかに宙を飛び、魔法を避けた。


 見事、と言うには少々荒いが、それでも目を見張るには十分な攻防。


 宙を蹴り、大男に向かいながら己に能力向上Lv1~Lv3をかける。急に早くなった動きに、大男は惑わされない。正確に目で追い、振るわれる剣を受けた。


「10分経過っす~!」


 明るい声が響く。


 びたり、と動きが止まった。


「うむ。合格だ」

「ぃよっしゃぁああああ!!」


 剣を引き、地に降り立ち、拳を突き上げる。こみあげる達成感に、咆哮があがった。滅多に出さない大声に、喉が痛むが気にしない。


「よく頑張ったな、アオ」

「すごいっすよ、アオ~!」


 大きな手が頭を撫でる。


「四肢を斬られても動きが全く止まらなくなったのは良いことだ。それに、無駄な魔力の消費もなくなったな」

「でも、動きが単調で、読みやすいのは減点っすよ~。次はちゃんとしたフェイントを覚えるっす~」

「うっす」


 良い点と悪い点を言われるのはいつもの事。それはアオを思い、言われる忠言。だからこそ、アオは真摯に耳を傾け、努力する。 怒るだけでなく、責めるだけでなく、認め、褒めることもするから、素直に聞く耳を持てるのも重要なポイントだ。


「人間は慣れる生き物……」

「なんすか、それ」

「昔、小説家のドストエフスキーという男が言った、人間の定義だ」


 有名な小説家で、多くの名言を持つ。


 人間とは、どんなことにも、すぐ慣れる動物である。


 その言葉は正しい、と最近アオは思う。何しろ、異世界での日々にも慣れ、四肢を斬り落とされる痛みには、本当の意味で慣れる事はないが、それでもその痛みに耐えられるようになったという事は、慣れたのだろう。その他、生きているモノの命を奪う事には、もともとあまり抵抗はなかったが、解体する事には慣れた。剣を振るう事。その時手に残る肉を断つ感覚。溢れる血の臭い。ぬるりと広がる気持ち悪さにも、眉一つ動かなくなった。


 ふむ、とギルは頷く。


「お前がそういうのなら、そうなのだろうな。だが、慣れるのは別に人間だけではない。我々魔族も変わらないと思うぞ」

「む。そうかもしれない。だが、私達の世界にはいないからな、魔族」

「いないのか、いたが絶滅したか、どっちなんすかねぇ」

「それは知らない」


 大して必要とは思えない議論をしながら、歩き出す。


 本日の訓練は終了した。それも合格点をもらって。この訓練を初めて半年。予想よりも随分と早かった。一年はかかると思われていた訓練が、半年で終わったのだから。


「いやぁ、それにしても、遺跡に潜る前にここまでアオが戦えるようになって良かったっすよ!」

「む?」


 不思議そうなアオを前に、グズはにんまりと笑った。


「実は、近々遺跡の封鎖がとけるらしいっす。ギルマスが言ってたっす」

「それは僥倖。遺跡近くの街は隣町。早めに移動し、ギルドで依頼でも受けて待つか」

「それがいいっす! ギルマスも、封鎖が解けたら遺跡調査をしてほしいって言ってたっすから」


 即座に反応するギルに、グズは大きく頷き、何故その情報が手に入ったのかを暴露する。それにアオが感心したように溜息を零した。


「Sランクてのは、情報が優先で入っていいな」


 本来なら機密事項でも、こっそりと回ってくる。


 アオ達がSランクになった後、驚くほどの情報が入るようになった。


 戦争の状況。隠されたダンジョンの情報。他国で幅を利かせている裏組織の情報。人間同士の戦争が起こりそうな気配の情報。封鎖された山に住み着く魔獣の情報。国に捕らえられた魔族の情報。大昔の盗賊王が隠した財宝の情報。


 実に様々な情報が入ってきた。勿論、眉唾な話から、一考の余地のある話まで、様々に。それらを吟味し、より確実な情報を得てくるのがグズの役目。そのグズがわざわざ口にしたのだから、近々遺跡の封鎖が解けるのは間違いないだろう。


 そもそも遺跡は封鎖しない方が正しい。遺跡には魔物が巣食い、闊歩している。その魔物を定期的に狩るのが、本来の冒険者達の役目。遺跡荒らしはそのついで、のはずなのだが、最近ではそちらがメインの冒険者が増えた。浅い階層は殆ど探索されつくされたが、遺跡のトラップは限りがない。『探索し尽くされた』そう思ってもある日突然、新しい財宝や、歴史的なものが発見される。歴史的なものは、その重要度に応じて国から報奨金がでるので、一獲千金を求めた者達が、尽きることなく挑戦し続ける。ダンジョンとは違った魅力があるのだ。


 グズがギルドマスターから聞いた話は、おそらく、遺跡の魔物があふれたのだろう、という事だった。その為、緊急で封鎖が解除され、それなりに実績があり、信頼のある冒険者に、各ギルドに配置されたギルドマスターから、こっそりと封鎖解除の話が持ち込まれるのだとか。


 そこまで調べてきたグズを、二人は称賛する。


「さすがグズ」

「うむ。情報収集は右に出るものがいないだろうな」

「いやいや、そんなそんなっす~」


 照れたように頭をかき、によによと笑う。素直な様子に、思わず笑ってしまう。


 小さな背を軽くたたき、称賛を再度口にし、三人は歩き出した。グズが持ってきた情報に従い、遺跡近くの街へと。


 火の国の遺跡は水の国とは違い、王都近くにある。だが、一番近いのはアペフチ。王都は中央北側の火山に近い。アペフチは火の国の中央付近にある。そのすぐ東側にあるのが遺跡。ほぼほぼ都市の一部と言っても良い距離にある。実際、アペフチの領主は城壁を遺跡まで広げていた。そんなところから魔物が溢れたらどうなるか。考えるまでもない。


 一応遺跡周辺は多額の税金を投入し、ぐるりと厚い壁で囲い、巨人でさえ簡単には叩き壊せないような鉄製の門を設けてある。なかなかの事業だったが、それだけの工事をすれば、人々には職が回り、賃金が入る。税金を取られても、工事事業がなくなっても、遺跡が人を呼び、商売で取り戻せる。自分達の身を守る為の壁。自分達を潤す遺跡を領地としてとりこむ。領民で反対するものはなく、頓挫することもなく、壁は建設された。


 今のところ、溢れた魔物達は壁を越えられず、本当の意味では溢れていない。それでも、遺跡から次々出てくる魔物達は、最初に出た魔物達を踏み台に、どんどん壁の高さに迫ってきていた。


 時間の問題。


 その言葉に、領主はすぐさま国王に現状を伝え、許可をもらった。酷いモンスタートレイン状態。並の冒険者では手を出せない。国の警備である騎士は、失うと痛手となるので絶対に出せない。結論として、国から秘密裏にギルドへと魔物の駆除依頼が出された。だが、ギルドとしても難関依頼に簡単には頷けない。国の勝手で遺跡を封鎖し、その結果があふれ出た魔物達。その尻拭いを、何故、自由を約束された夢幻王国の民であるギルドがせねばならないのか。ただ受けてはただの都合の良い存在。それは納得できない。そこでギルドは遺跡の封鎖解除を迫った。冒険者達の為に。そして、今後二度と封鎖しないという約束まで取り付けた。


 女神からの指示で封鎖していたが、続ければ国が亡びる。苦渋の決断。それでも国王は決断した。国が亡びるよりは、と。


 まさかの我慢比べは女神達とではなく、王国とだったことに、少々の驚きはあったものの、概ね計画に変わりはない。


 アオ達は実績のあるSランクの旅人冒険者として、今回の依頼を受けた。堂々と遺跡へ向かい、魔物を倒しながら最深部を目指すだけ。


 依頼内容はあふれ出た魔物の殲滅と、遺跡内の魔物を減らすこと。殲滅するのは地上部分だけでよいのだから、中に入ってからは自由に探索できる。内部の軽い掃除ついでに、遺跡を探索し、財宝等があったら持ち帰ってよいと言われているので、無駄に最深部を目指しても誰からも後ろ指をさされない。


 アペフチのギルドで今回の依頼の裏話を聞いたアオ達は、意気揚々と遺跡へ向かった。


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