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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
二章
31/51

31 ゴミ掃除



 森の中を散策する影。


 魔物もいない森だ。辺りを警戒する様子もなく、他愛のない談笑をしているらしく、時折軽い笑い声が聞こえる。少年らしい軽やかな声が二人分。


 暫くすると二人は別れた。一人が先の方を指で示し、もう一人はそれに軽く頷き、そっちとは違う方へ歩き出す。


 少年たちはそれぞれの場所で薬草を採取する。この森は魔物の出現がなく、薬草が豊富。それゆえ冒険者登録したての、初心者向けとも言われる場所だ。何故か他の場所より薬草の発育が良く、一株残しておけば、そこを中心に、僅か一週間程度で元通りに生えそろう。ある意味取り放題。子供二人、別々に行動したところでなんの危険もなく、採取作業が遅れることもない。


 だからこそ、気を付けなければならない。力のない子供。それを狙った犯罪がないとは限らないのだから。


 にたり、と笑い、レオギルンは後方を見た。後ろに控えるは、自慢の護衛達。金が全て。金さえ積めばどんな犯罪でもこなしてしまう。そんな裏社会の悪人どもの中でも、腕っぷしの強い者を、彼からすればはした金、一般には高い金を払って雇ったのだ。彼らもレオギルンの配下にいれば、安定していい金額が手に入り、半分趣味に近い悪事をこなせる。しかも罪に問われてもレオギルンが貴族に口利きし、無罪放免になるのだから。彼らとレオギルンは良い主従関係と言えた。


 レオギルンからの視線を受け、男たちは頷くと動き出し、森の中に散っていった。レオギルンも視線を元に戻す。視線の先には白に近い灰色の髪を、後ろになでつけただけの少年。なんの警戒もなく歩いている。


 舌なめずりした。


 アイテムボックス持ちの クレリック


 稀有なスキル持ちの稀有な職業の少年。それがもうすぐ自分のものになる。零れ落ちそうな笑い声を堪えるのに苦心した。それほど魅力的なステータス。この世界では宝石よりも価値がある。


 見失わないように追いかける。手を出すにはまだ早い。もう片方の少年は7属性使いの魔法使い。その強さは十二分に理解している。しかし、あのクレリックの少年さえ手に入れば、こちらも安全に手に入れられる。だから、まだ、手は出さない。


 レオギルンは商人だ。その商品は人間だが。れっきとした商人。商人なら損得考え、より儲かる方法を考えるもの。


 見失わないように、気づかれないように。ゆっくりと追いかける。目の前の少年は森の奥へとどんどん入っていく。まるで警戒心もなく。それはレオギルンにとって好都合。より人に見られる可能性が低くなるのだから。見られても金を積めばどうとでもなるが、余計な出費はないに限る。


 知ってか知らないでか、都合よく少年は奥へ奥へ。


 ふいに、レオギルンは首を傾げた。


 この森は、こんなに深かっただろうか?


 確かにそこそこの深さのある森だ。それでも昼間ならば木漏れ日が差し込み、薄暗いなどという事はないと聞いていた。だが今はどうだろうか。奥に進むにつれ、木々が生い茂り、日の光が遮られる。そこには薄暗い闇があった。


 まぁ、所詮は話を聞いた程度。多少の違いがあっても仕方ないだろうと思いなおし、まばたく。追いかけていた少年の姿がない。いつの間に離れたのだろうかと慌てる。できるだけ音をたてないように、しかし、急いで草木をかき分け走る。突然の事に慌てた彼は気づかない。明らかに、今までの森とは様相が違う事に。


 鬱蒼と生い茂る草木。視界を遮り、来るものを拒むように道などない。追いかけていたはずなのに、何かに追いかけられるように走っていた。後ろを何度も確認する。姿は見えずとも、周りにいたはずの護衛達の存在も感じることができない。


 恐怖を振り払うように走った。


 ふと、目の前に少年。白に近い灰色の髪を後ろになでつけ、高価そうなローブに身を包んだ。


 その姿を目にし、ほっと一息つく。


 狙っていた少年。ここはあの森で、なんの問題もない。そして、魔法使いの少年もいないのだから、今こそが狙っていたチャンス。


 背を向けたままの少年に近づき、ゆっくりと手を伸ばした。


 その手が触れるか触れないか。


 ぎくり、と動きを止めた。


 少年がいない。代わりに、壁があった。なにか、ふかふかの黄色っぽい毛皮のような。


 なんだこれは、と目を見張る。


 突然目の前に現れた謎の壁。警戒するなと言う方が無理な話。だが、もう遅い。頭の上からグルル、と響く声に、ゆっくりと顔を上げ、凍り付く。驚きすぎて声がでない。そんなことを初めて経験したかもしれない。


 喘ぐような吐息が漏れる。それは感動ではない。恐怖で、だ。


 毛皮の壁。それは巨大なグリフォン。あってはならない魔獣の姿がそこにはあった。ここは火の国。女神に祝福された人族の領域。魔族や魔物が存在を許された場所ではない。それなのにそこに存在していた。悠々と。まるで当然の権利のように。


 息が切れる。


 恐怖のあまり、全身が震え、気が付いた時には尻餅ついていた。


 何故、という疑問だけが頭の中でぐるぐると回り続けている。どうしたら良いのかわからず、その場で震えるだけ。護衛の存在は既に忘れていた。


 グリフォンが実に緩慢な動きで振り返った。


 ひぃ、と声が漏れる。それは悲鳴だったのか、息をのんだ音だったのか。発した本人であるレオギルンでさえわからない。ただ、股間が湿った感覚だけは理解できたが、それを恥ずかしいとは思わなかった。


 グリフォンの口元は赤く汚れている。


 消えた少年。現れたグリフォン。そこから導き出された答え。




 喰った。

 このグリフォンは、あの、宝石よりも、もしかしたら一国並みの価値がある少年を、喰った!




 しかし、そんなこと、既にどうでもよい。問題は、今、自分が同じ目に合おうとしている事。


 レオギルンは商人だ。商人だが、商人だからこそ、商品よりも自分の命が大切だ。


 ずりずりと、何とか後ろに下がるが、それがいかに無駄な行為なのか理解できている。目の前の巨大な化け物から見れば、自分が全力で走って逃げたとしても、たった一歩で追いつかれてしまうかもしれない。


 何故、何故、と考える。


 何故ここに、伝説級の魔獣がいるのか。魔獣と呼ばれる伝説の存在がこんなところにいて良いはずがない。激化した戦場には現れる。そう聞いたことがあるが、つまり、戦場になりえない、戦場から遠い位置にある火の国にいてはならない。伝説は伝説でなければならないはずだった。


 ハッとする。


 もしかして、たぐい稀な、稀有な少年。クレリックとは、強大な力を呼び寄せてしまうのではないのだろうか。だから、稀有なのでは。巫女や王といった特殊も特殊な職業ではない。クレリックは本来ただの職業。それなのに異様に稀有。それはつまり、職業が発現する前、もしくは、発現したのち、伝説級の者達の糧となり、淘汰されてきたのではないのだろうか。それならば稀有と言われる理由も納得できる。


 自分はなんて恐ろしいものに欲をかいたのだろうか、と慄いた。


 がさり、と音がし、思わずそちらへ視線を向けた。最早、グリフォンと言う化け物から視線を外す恐怖はない。取るに足らない人間の自分が何をしたって、目の前の化け物には、歯牙にもかける必要がないはずだから。


 木陰から現れたのは大男。精悍すぎる強面。筋骨隆々の体躯。


 暗澹たる魔境の中で、一筋の光を見た。


 Sランク冒険者の戦士。


 勝てなくとも、彼ならばある程度は戦い、時間を稼げるに違いない。少なくとも、自分程度の小物が、脇目も振らずに逃げ出す時間ならば。そして、それならば逃げおおせる、そう思った。だが、それは間違いだった。


 ギルの手には何かが握られている。その「何か」は人だった。


 見慣れた顔。


 人相の悪い男。それは、レオギルンの護衛を務めていた男。


「これで最後だ」


 ぽいっとグリフォンに向かって護衛である男が投げ渡された。


 大の男を、片手で引きずるらなまだ納得する。護衛だった男も、過去、何度か見せたから。しかし、軽々と放り投げるのはありえない。それは、人間の腕力ではない。いかに鍛え上げられた戦士でも、肉体強化しても、せめて両手で反動をつけねば難しいはずだ。その場で木の枝でも放るようにはできないはずだ。


 おぞましい悲鳴が上がる。


 放り投げられた男は生きていた。そして、生きたまま半身をグリフォンに食われた。響き渡る悲鳴は、絶対的地位で、安全に生きていたレオギルンには聞いたことがない。自分が痛めつけてきた奴隷たちだって、そんな声、発したことがない。


 再び何故、と言う疑問が湧き上がる。


 何故、グリフォンは襲い掛かってこないのか。何故、ギルはグリフォンに、まるで餌でも与えるかのように軽い調子で男を投げ与えたのか。そもそも何故、ここにギルがいるのか。何故、ギルは男を捕らえてきたのか。


 尽きない疑問は、やがて一つの結論に至る。




 ギルは、グリフォンを飼っている。




 そのことに思い至った瞬間、レオギルンは何をおいても逃げ出した。形振りなど構っていられない。口からは意味のなさない言葉があふれ出る。叫んでいるのか、喚いているのか、呪いを紡いでいるのか。自分でもわからないまま。しかし、それも長くは続かない。


 ぎくり、と足が止まる。目の前にはグリフォンとギル。慌てて反対に足を向け、走り出す。それでもしばらく走れば、再び目の前にグリフォンとギル。彼らは一歩も動いていない。レオギルンだけが同じ場所をぐるぐると回っている。


 何が何だかわからない。パニックになったレオギルンに解るのは、自分は、逃げられない。ただそれだけ。


 再び尻餅つき、絶望に震える。


 ギルが振り返り、ゆっくりと近づいてくる。それに逃げ出したくとも、体は震え、上手く動かない。僅かに後ろに下がった程度。


 大きな手が、レオギルンの首を掴み、持ち上げた。


 息が詰まり、ぐぅ、とうめき声が漏れる。


「ど、う、して……」

「さぁ、グよ。最後の餌だ。久しぶりの生きた餌の味はどうだ?」


 疑問には答えず、グリフォンに向かって投げ渡される。


 空中で手足をばたつかせるレオギルンを、見事嘴でキャッチしたグリフォン。


 近くで見たその眼。悪戯を成功させた子供のような光が見えた。その眼を、レオギルンは知っている。つい最近まで、近くで見ていた。


「ま、まさ、まさかぁああ!!!」


 記憶が結び付き、絶叫を上げる。だが、己の考えを言う前に、体をかみ砕かれ、言葉にならない叫び声をあげた。


 苦痛だけがレオギルンを支配する。


 生きたまま、丁寧に咀嚼された。


 べきり、ごきり、と音をたて、すりつぶされていったそれをごくりと飲み込むと、グリフォンの姿はするするとしぼんでいく。やがて、小さな少年がその場にいた。


「いやぁ、異世界の料理もいいんすけど、やぁっぱたまにはこうして野性的な食事もいいもんすねぇ」


 軽い声が明るく告げる。


 今し方、とんでもなく悲惨な事があったとは思えない雰囲気。


「……宿に戻る前に口許は綺麗にしておけ」


 静かな声が忠告し、少年はそうっすねーと軽い調子で答えた。魔法で出した水で顔を洗い、口元をゆすぐ。赤く汚れた水が地面に落ち、染みて消えた。


「森にかけた幻術も解くのを忘れるな」

「わかってるっすよ~。ほいっ」


 気の抜けるような掛け声。ざぁ、と音をたて、景色が変わった。木漏れ日の差し込む明るい森。人が入るからか、生い茂るような草はなく、ちらほらと薬草が生えているのが見える。


「これで一先ずは安心っすね~」

「早く戻るぞ。あまり長く一人にするのは不安だ」

「わかってるっす。この前みたいに巫女が現れたら困るっすからね」

「ああ」


 何事もなかったかのように歩き去る二つの影。あとには普段と変わらぬ森があるばかり。


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