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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
プロローグ
3/51

03 魔王登場



 ぐにゃぐにゃと渦を巻くように歪んだ空間から、禍々しいオーラを身に纏ったものが現れた。


 赤い髪。頭部に生えた、前へせり出す西洋の悪魔に見られるような角。浅黒い肌にやたらと整った顔立ちの男。蒼が捕らえた王よりも上等な服を身に纏っているが、そこに王のような悪趣味な金持ち嗜好は見えなかった。真っ白なシャツの袖口についたボタンは確かに宝石だが、嫌味のないさりげないもの。タイにつけられた宝石も身分的に申し分のないもの。それ以外にベストにも、ベルトにも、マントにも、宝石はない。しかし、服はとんでもなく上等な生地で作られているのだろう、と想像に容易いほど美しかった。


「魔王の趣味は覗きか?」


 冷たくとげとげしい声で問う。それは蒼なりの自己防衛。そうでもしなければ、意識を引き込まれそうな男だった。実際一瞬目を奪われ、息をのんだ己を叱咤する意味もあった。しかし、問われた男は歯牙にもかけない。喉奥でクク、と低く笑う。


「そうだな。勇者召還ともなれば気にもなるからな」


 蒼の魔王という言葉に男は否定の言葉を紡がない。そして、蒼も目の前の男が魔王であるという確信を持っていた。


 佇まい、溢れる威圧感は尋常ではない。何を言われるわけでもなく、跪きたくなる。王を取り押さえる手にじっとりと汗をかいていた。そんな相手が魔王でなく、ただの一兵卒だなどと言われては、心折れるだろう。


 絶対的な力の差なのか、相手に此方への攻撃の意思がないのを確認しつつ、ゆっくりと口を開いた。ここからが問題だ。人間側は信用ならない。そのうえ、蒼の考えを満たすには組むに値しない。魔王側が蒼にとって有益かどうか。


「取引可能か?」


 静かな問いかけ。緊張はない。


 冷静に、けれども足元を見られまいと無理に気負うこともなく、真っすぐに見つめる蒼に、魔王は笑みを引っ込めた。対等なものにするように、蒼の目を見つめ返す。


「内容にもよる。悪いが、我もお前達の帰還方法は知らん。異世界と此方の間に空く穴は一方通行。我々に彼の地へ行く方法はない」


 軽く肩をすくめながら明言され、蒼と一緒に来た男女二人がそんな、と息をのんだが蒼は首を左右に振った。


「違う」

「違う?」

「私が望むのは、そいつを殺す方法だ」


 くい、と顎をしゃくった先には、頭と別れを告げ、血の海に沈んだ巫女の胴体。ほう、と感嘆の声を上げ、魔王は目を細めた。口を開きかけ、しかし、零れたため息。


「魔王! 覚悟!!」


 蒼達には手を出してよいのかわからず、一応剣を抜いて構えてはいるものの、困惑して硬直していた騎士の一人が、怒号を上げながら宙に浮く魔王へと剣をふるったのだ。


 蒼は一切動かない。ただ正視していた。次の瞬間、騎士の頭が吹き飛んだ。パンと音を立てて、まるで花火のように。頭部をなくした身体は不自然な速度で地に真っ逆さまに落ち、ぐしゃりと、まるで重たい何かに押しつぶされたようにひしゃげ、つぶれる。


「無作法者が。今は我と勇者が話している。雑音をたてるな」


 ぱちり、と魔王が指を鳴らした瞬間、何人もの騎士や魔法使いがうめき声をあげてつぶれえた。まるでつぶれされたカエルのような声、とは今のような声だろうな、と淡々と脳内に書き留めつつ、蒼はやはり動かない。ただ魔王を見ていた。


「ふむ。これで、この場で我らに害をなそうとしたものはいなくなったか。さて、勇者よ。勇者が神を殺したいと望むのか?」

「神? それが?」


 鼻で笑う。それに騎士だけでなく、魔王までもが眉根を寄せた。


 殺したいと言った相手が神だと伝えても、ひるむ様子はない。それどころか、嘲りさえ含んだ笑みを浮かべたのだから。しかし、魔王だけは実に楽しそうに、面白いものを見るように蒼を見ている。


「それを疑うか?」

「違う。認めないだけだ」


 簡潔な答えに興味をもち、ほぅ、と声を上げ、続きを促す。


「神のクセに自分の世界の事を関係な世界の人間に丸投げ? そんな役立たずが神? 有り得ないだろう。神ではない。ああ、いや、邪神もある意味神、か?」

「それを邪神というか! 実に面白い!」

「邪神でなければなんだ。ただの神ぶったヤバい奴だろう」

「これは面白い。それがその女に隠れていると気づき、更に、その正体を危ないと断じるか!」


 実に愉快そうに笑う魔王から視線を外し、巫女の胴体へと目を向けた。


 蒼の目の前に浮かぶステータス画面。



 リスティエーナ・ブルドフ

 職業:水の巫女

 Lv:24

 状態:死亡(憑依)

 技能:鑑定 水の加護 祈り 説法 神託 話術 水鏡



 蒼は《技能スキル》を解いてなどいなかった。ずっと《鑑定アナライズ》を使い、全員のステータスを確かめていたのだ。それゆえにリスティエーナの状態に気づき、嘘をついていたのだと判断した。自分たちに都合の良い嘘を。どうせ帰れないのならば、身勝手な嘘つき野郎を絶対ぶっ殺す、と心に決めたのだ。しかし、残念ながら彼女が授けてくれた聖剣では斬れなかった。鑑定結果は聖剣となっていたのに。聖剣で斬れないなら、答えは限られてくる。聖剣の届かぬ存在。神、神に準ずるもの。可能性として一応魔王も視野に入れていた。それらである可能性は極めて高い。そして、もう一つ発動していた《技能スキル》気配探知。これにより、覗き見している存在には気づいていた。故に、その正体さえわかれば、最早決まったも同然。


 水の巫女は己が信じる神をその身に降ろしていた。その神は水の巫女が死んだが、憑依状態から解除されていない。にも拘わらず死んだふりをしている。


 一連の流れから、自称神側を悪と断定した蒼は、交渉する相手を選んだ。魔王、と。


 蒼の説明を聞き、魔王は笑う。


「正解だ。随分と頭のキレる勇者を呼んだな。イルマ。お前の目論見は、お前自身で潰えたぞ」


 ゆっくりと魔王が蒼から視線を外した。魔王の視線の先には血の海に沈む、巫女の死体。


「わたくしの目論見?魔王を倒し、人々に平穏を、という願いの事ですか?」


 水の巫女の体から光が抜け、ゆらゆらと宙に浮く。


 蒼は王の首をかききると、光に向かって剣を振りかぶった。光はよけない。そして、当然ながら聖剣はなんの手応えもないまま、ただ振り下ろされた。


「無駄だ。それを斬りたくば我と来い、勇者。それを斬る方法を教えてやる」

「魔に染まりし者をわたくしが逃がすとお思いですか?」


 静かな声が響き、水が蒼を襲った。


 円系の状態で高速回転した水は、さながら草刈り機の刃の部分のようだ、と蒼は思う。咄嗟に聖剣をかまえたが、水の刃はするりと聖剣を抜けた。そして、蒼の両手を胴体事斬った。


 胴が真っ二つになっても人は多少の時間生きている。それを、身をもって知ることとなった蒼。


 恐ろしい事に痛みは感じない。ただ、くそ野郎に一矢も報いることができずにこのまま終わってしまうことが悔しかった。


 日下蒼という人間はけして大人しくない。子供のころ、ちょっかいをかける他の子どもや、蒼だけを悪者扱いした教師を無視してきたのは、そこが日本で、日本という国で苛烈な報復はしてはならないことだったからだ。だからと言って、ばれないように思考を巡らせ、何かしら報復しようと思っても難しかった。本当にバレないレベルだと、蒼的には物足りない報復で、余計に鬱憤がたまるだけだと理解していたから。だからこそのあの処女作だったのかもしれない。あそこで惨殺された被害者達は、蒼の怒りをぶつけたかった相手だったのかもしれない。しかし、此処は異世界だ。しかも異世界の人間を攫って殺しを推奨している、というか殺しを押し付ける異世界。だったら自分がやってもいいだろう? という極端な思考のもと、思うままに行動した。



 それなのに!



 この鬱憤を自由に晴らせると思っていたのに、その相手に手も足も出せずに終わるのが許せない。


「やれやれ。呼出した勇者が死なない限り次が呼べないからと、強引なことだな。だが、それを許す我ではない」


 魔王の周りに纏わりついてた黒いオーラの一部が蒼を包み込む。そして自分のそばへと引き寄せた。させまいと襲い掛かる水の刃など容易くはじき、どこ吹く風だ。


 己の腕に抱いた蒼をしげしげと眺める。二つに分かれた胴体も、噴き出した血も、全て拾い上げ、その身に返した。返したというより、攻撃を食らう前の状態へと巻き戻した。腕の中に抱いた存在は、わが身に起こったことに驚いたように己の身体を見下ろしている。そして、確認するように腕に、胸下に触れ、傷がないことを確認すると、魔王を見上げた。


「感謝する」

「うむ」


 短い礼に鷹揚に頷き、不意に視線を別へと向けた。視線の先には二人の異世界人。硬い表情で成り行きを見守っていたが、今は焦燥を浮かべている。


「お前達はどうする?」

「私も連れて行ってほしい!」

「わ、私も!」


 成り行きを見守っていた残り二人の異世界人へと声を上げれば、自分達の立場の危うさを感じていた二人は慌てて声を上げる。それに魔王は頷き、蒼と同じように、二人も黒いオーラで引き寄せた。


 蒼達三人を手中に収め、魔王は揺れる光を見た。魔王の目には憐憫の色が浮かぶ。それに蒼はすぐ気づく。そして、二人の間に何かしら関係があるのだろう、と察した。つまり、痴情のもつれとか、相続争いとか、そういったごたごたに巻き込まれたのだ、と若干イラつく。


 蒼達を逃してなるものか、と襲い来る水の刃は全て黒いオーラに飲み込まれ、ただの一度も魔王の下へと到達していない。


「己こそが頂点と愚かにも信じていたお前達も、年貢の納め時かもな。精々、あがけよ」


 魔王は魔王らしく、くつり、と邪悪な笑いを零し、歪む空間の中へ、悠々と消えた。


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