29 友達、できました
右を見ても毛玉。左を見ても毛玉。スライムと毛玉だらけの家。それがデグリスの家。二階建て、6部屋と一人暮らしにはかなり広い家だが、大変狭く感じる。それほどの動物とスライムがいた。そして、その毛皮に、もふもふ、と謎の掛け声と共に埋まっているのが一人。
アオだ。
日本では飼っていなかった。時折ネット上の画像を見ては癒され、触ってみたらどんな感じなのかを妄想するくらい。それが現実となった。触ったことがなかったのでわからなかったが、アレルギーもないらしく、こうして潜っている。
デグリス家の動物たちは、どうやら人に対して友好的らしい。初めて見るアオに、なんの警戒もなくもふられていた。
「おーおー仲良くやってんなぁ」
「デグリス。ここは楽園だ」
「そうかそうか。可愛がってやってくれ」
真顔で告げるアオに、豪快に笑う。毛玉達を撫でるアオを撫でる。
犬猫鳥スライム。兎もいる。今はアオより大きな犬に抱き着くようにしながら撫でていた。
隣の部屋でギルとグズと共に酒盛りしていたが、腹と脳が直結してそうなアオが来なかったので、様子を見に来たら現状となっていた。飯より毛玉だった。意外性に笑う。
「大丈夫か、デグリス。アオが何か迷惑かけてないか?」
「大丈夫だ。アオはいいこだぞ」
「そうだぞ。私はいいこだ」
ふん、と鼻息荒く胸を張る。それに少し考え、まぁ確かに、と頷いた。少々口は悪いし、足癖も悪い。ついでに短気だが、基本的にギルやグズの言う事はよく聞く。鍛錬にも真面目に取り組み、微々たる歩みでも、投げ出すこともなく取り組んでいた。それをいいこと言わずになんというのか。
よく考えればウチの子供達――子供なのは見た目と頭の中身だけで、実際年齢は成人だが――は、どちらも素直ないい子達だ。
「いやぁ、アオみたいないい子が嫁だったらいいんだけどなぁ」
「嫁。いいぞ。なるぞ」
「こらこらこらこら。お前はわかって言ってるのか? というかデグリス。俺が言うのもなんだが、これのどこがいいんだ?」
「うん? アオは可愛いじゃないか」
聞き間違いかと思い、デグリスを見る。自分の耳がおかしくなったのか、と本気で心配した。だが、違った。再び、謎の言葉がギルの耳に滑り込む。
「アオは可愛いぞ」
「……デグリス、医者に行った方がいい。お前は仕事の受けすぎで疲れてるんだ」
痛ましものを見る視線に苦笑を浮かべる。
確かにチーム内で男女が揃い、恋愛感情に発展すると厄介ごとになりかねない。上手くいっているときはいいが、こじれたらそこからチームが崩壊することもざらにある。そういったことにならないように、自分で自分に強い自己暗示をかける者もいる。だが、世間一般的にはギルの態度が普通だ。デグリスのようにアオを可愛いと言う者は見たことがない。そもそも、言われなくとも女だと気づいたのはデグリスが初めてだ。
稀有な感性の男をまじまじと見つめる。
「アオのどこがいいんだ?」
「素直で可愛いところもいいけど、撫でると気持ちよさそうに目を細めるのも可愛いし、膝上に乗せやすそうなのもいいな。あ、脇に手を入れてひょいっと持ち上げられる姿も可愛いな。そうそう、今日やってたマフラーも可愛かったぞ」
「うん、アオは猫じゃないからな?」
「なんか折角アオにも春が来た! って思ったんすけど……儚い夢だったっすね……」
がっくりと肩を落とす二人。
せめて人間扱いする者と付き合ってほしい、と願うのはけして悪い事ではない、はず。というか、この男にとって『動物>越えられない壁>人間』なのか、と呆れた。
アオはアオで、何を思っているのかわからない無表情で、ひたすら犬を撫でている。おそらく会話を聞いてはいまい。アオ曰くのもふもふに浸っているだけだろう。こいつに春は暫く来ないだろうな、とがっかりする。そして首を振った。最近どうも父とその子供のような感覚に慣れつつある。自分はまだ若い、と必死に言い聞かせた。そして、思い出す。そもそもそんな話をするために来たわけではない。いつの間にかデグリスがアオを膝上に乗せつつ酒盛りしていたが、とりあえずさらっと流しつつ、この家の状況について尋ねる。いくら何でもスライムが多い。トイレの名目以上にいる家は見たことがない。動物が沢山いるから、というのだとしてもまだ多い。まるで、自分で集めているかのように。
「やっぱ気づかれるか」
「と、いうと?」
「このスライムは俺が集めているんだ。スライム可愛いからなぁ。それに、意外と強いんだよ」
「まぁ、スライムは可能性を秘めた存在だが……よく、気づいたな」
最弱種。そういって過言でないのがスライム。どうやって生まれるかは謎だが、小さなスライムの殆どが他の動物や魔物の餌として食われ、大きくなることはない。雑食性のせいか、同族同士でさえ、あまりに小さなスライムだと、食べてしまう。だから人族に狩られないにもかかわらず、数が溢れることがない。長く生きる固体が少なく、スライムの強さは不明となっている。
「うーん。まぁ、昔こいつらに助けられたからなぁ」
デグリスは駆け出しだったころ、Cランクの魔物に出会い、死にかけたことがある。もうだめだ、そう覚悟したとき、偶々現れたスライム。スライムは魔物をあっという間に倒し、そして捕食した。その強さに驚き、思わず話しかけた。
スライムは魔族。つまり、理性も知性も持っている。会話をするなど容易い。とはいえ、デグリスが出会ったスライムは言葉をしゃべるわけではない。地面に文字を書いて返事をした。
誠心誠意感謝をしたデグリス。スライムとはそれ以来の付き合い。チームを組んでいるあのスライムだ。肝心の攻撃方法を教えてはくれなかったが。それは当然と言えば当然なので、ギル達も気にしない。
とにかく、その時以来、野生のスライムは保護し、強くなるか研究している。
「やはり変だろうか?」
「何故だ?」
「いや、ほら、流石にスライムだし……周りによく言われるんだよな」
「気にする必要はない。人は人。自分は自分。自分がいいと思えばそれが正解だ。少なくとも自分にとっては」
膝の上でガツガツと飯に食らいつきながら、意外とまともに話を聞いていたらしいアオが感想を述べる。それにギル達は頷いた。
「そうっすよ~! 大体スライムが強いというのを発見したなんて、すごい事っすよ!」
「うむ。人の成し得なかったことを成すということは素晴らしいことだ」
「そういってもらえると助かるよ。ほんと、もうアンタ達が行ってしまうのが残念だな」
「すまない。俺達は旅の途中だからな」
実に残念そうにため息零す姿に、謝罪する。デグリスとしては謝罪してほしいわけではなかったので慌てて手を振った。
「すまん! せっかく友人になれそうだと思ってな!」
「む? 私達はもう友人だろう?」
「そっすよ!」
無邪気な子供の言葉にがっはっは、と笑いながら酒をあおる。裏がなく、全力の好意。疑う余地などない。照れくさくて、大きな声で笑いながら酒をあおらねば転げまわりそうだった。
「我々は旅人で、知り合いは居ても親しい者はいない。デグリスは友人一号だな」
「そうかそうか。ありがとよ。なんかあったらいつでも声かけてくれ。ま、Sランクのあんたらが、Aランクの俺に、何か頼むなんて事考えられんがな」
こつりと合わさるグラス同士。
友情の盃。
飲めない、というか、飲もうとしないアオだけがジュースで交わした。
友情をはぐくむ祝いのような席。ついつい飲みすぎた自覚はギル達にもある。デグリスがこれぞ男の! と言わんばかりの料理だが、意外にも料理上手だったことも原因だったかもしれない。
一応人族のようにコップを使って飲んでいるものの、魔族と魔獣の二人のペースに、ただの人族であるデグリスがついてこられるわけがなかったのを失念していた。二人のペースに騙され、気づかずに飲みすぎたデグリス。ギルとグズは困ったように視線を交わしあう。デグリスの膝上に座るアオは固まっていた。
「あ~~アオは可愛いなぁ可愛い可愛い」
顔を真っ赤にしたデグリスが、しっかりと腰をホールドし、頭を撫でくり回している。時折頬を摺り寄せるその行動は、どう見てもペットを溺愛する飼い主状態。
まるで、ぬいぐるみの振りして、大型犬に保護されたどこぞの魔女の黒猫のように、ぴっと固まり、全身に冷や汗かくアオ。そんなこと、まったく気づかず、撫でまわし、時折キスを落とすデグリスは、可愛い、の合間に愛を囁く。
じたじたと暴れても、レベルがあがれども、力の値は剣士の半分しか上がらないアオ。生粋の戦士ステータスのデグリスを跳ねのけることも、その腕から抜け出すこともできない。
「ぐぉおお……たーすーけーろーーー」
「あ、いや、お前、デグリスを好きなんじゃないのか?」
「そういう意味じゃねぇええ」
「え、でも嫁になってもいい、とか言ってたっすよね……」
「冗談だろぉおがぁああ」
助けを求めてもなお、困惑する二人。呪いを吐くように唸りながら、再度助けを求め、ようやく救出してもらう。
ぜぇぜぇと肩で息をする様子に苦笑する。
「うぐぅ……まさか本気だったとは……」
「嫌なのか?」
「……悪くはないが……そうだな……デグリスなら悪くはないんだが、今は興味がない。アイツを殺す事以外に興味がもてん」
「アオ……それは流石に女としてどうなんすか?」
恋愛よりも復讐を。真顔で言い切る残念な20歳女性。
やはりアオの春はまだまだ遠いな、とギルとグズは溜息を零した。




