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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
二章
28/51

28 猛獣使い現る



 振り下ろされた剣。逃げ道を塞ぐように跳んでくる魔法。どちらか一つしか避けられない。そして、ひじから先の左手が宙を舞った。


 痛みに悲鳴が上がるが、そればかりではいられない。素早く落ちた腕を拾い、距離をとりながら傷口に合わせ、治癒Lv3を使う。自分の中の魔力がごっそりと持っていかれる感覚。いかに自動回復があるとはいえ、Lv3にもなると、現状の自分の魔力総量の3分の1をも消費する。直前まで魔法の修行をしていたアオの魔力残量は少ない。その状態で3分の1も持っていかれれば、ほぼほぼ空になる。


 くらりと歪む視界。膝が崩れそうな感覚に、たまらず足がもつれ、転んだ。首元に突き立てられた剣。見下ろすギル。


「魔力切れか」

「うぐぅ……」


 冷たく見下ろされ、呻く。


「いやぁ、今日も10分持たなかったっすねぇ」

「ぬぐぅ……」


 10分。それは二人から出された課題。通常通り、剣術と魔法の鍛錬後、ギルとグズ相手に10分戦う事。一月少々前から毎晩こなしているが、一度も成功していない。それどころか、5分も持たないのだ。


 ギルとグズが強すぎるというのもある。だが二人は相当手加減してくれているのだ。つまり、圧倒的にアオの戦い方が悪いという事実。ギルの攻撃を避けられない視野の狭さ。己の魔力の残量に気を使えない考えの足りなさ。咄嗟に行動できない戦闘経験値のなさ。しかし、そんなもの、現代日本人であるアオに備わっているわけがない。例え既に何か月もの間異世界に居ようとも、20年も生きてきた世界がある以上、そう簡単に培われるものではない。アオが幼い子供だったのなら、また話は違ったのだろうが。


 大体、日常的に腕や足が斬り落とされ、それが一瞬でくっつく。そんな事を受け止めているだけでも褒めてほしい話だ。どこぞのバイオテロのゲームでだって、主人公は失踪した恋人を探してやってきた、立派な成人男性だった。そんな男でさえ、腕をチェーンソーで斬り落とされ、無様に声を上げ、尻餅ついていた。その後、ホッチキスで止めるという雑な治療でくっついた手を、信じられない様子で何度も確認していたじゃないか。ゲームのキャラクターだからその程度の混乱で済むだろうけど、普通の人間には無理だ。それを、ただの性格の悪い引き籠りであるアオが受け入れているのに。


 そんな現実逃避をしつつ、ふぅ、と溜息零す。


「すまん。明日はもっと頑張る」

「大丈夫っすよ! 毎日1秒ぐらいずつっすけど、戦える時間は伸びてきてるっすよ! アオはやればできるっす!」

「おっふ……」

「グズ、とどめを刺すな」


 まさかの口撃での撃沈。あれだけ辛い訓練をしているのに、日に1秒程度しか伸びていない事実。悪気なくつきつけられ、目の前が暗くなる。


 起き上がろうと腕に込めた力が抜け、べっちょりと倒れ伏した。剣を鞘にしまったギルが苦笑を浮かべながらアオを肩に担ぐ。


「アオ。欠損でなく、傷口を合わせるなら治癒Lv2で十分だ。お前の力ならLv1でもおそらく可能のはず。無理に魔力の消費が激しい魔法を使うな」

「ん」

「剣と魔法、逃げるんだったらよく見るっす。今回は魔法が正解っすよ。俺の魔法には目くらまし程度の魔力しか込められてなかったっす。対してダンナの剣は殺すつもりで振り下ろされていたっすよ。アオが突っ込んできたから、急遽軌道を変えたっす。どれが致命傷の攻撃か、咄嗟に判断つかせられないと、戦闘は厳しいっすよ」


 それができたら苦労しない、という言葉は飲み込み、それができなければ生き残れない、と自分に言い聞かせる。いずれ神界にて、独りで戦うその日の為に。


 こくこくと頷きながら、ギルの肩の上で揺れる。そのまま現在の滞在地トヒルの町の城門をくぐる。ギルドで依頼の終了を報告し、パーツを提出する時もアオは担がれたまま。基本的にいつもそうなので誰も気にしない。寧ろ自分で立って歩いている姿を見られた時の方が問題になる。何故か、常に担がれているアオは大変病弱とかいうデマが出回っているのだ。そんな奴がLv23でSランクなわけないだろう、と思うが、積極的にどうにかしようとは思わない。


 そろそろこの町も滞在して二週間ほど。次の町に行こうかという話になる。


「魚。魚が食べたい」

「魚?」

「魚でしたら北の港町ペクレンクがお勧めですよ。この時期でしたらゼーメンシュが脂がのってて美味しいですよ」


 困惑するギルに、【換金】カウンターで受付をしている男性が割って入る。


 聞きなれない名前に、ゼーメンシュ、と繰り返すアオ。なにそれ、と言わんばかりの声。


 ギルの背の服を掴み、もぞもそと上半身を起こすとカウンターの男を見た。


「白身の魚で、煮つけで食べるんです。美味しいですよ」

「ほ、ほぉ」


 高速で頷くアオ。もぎゅりとギルの頭に抱き着き、体全体を使って揺らす。


「そこにしよう、ギル。そこがいい。むしろそこしかない」

「やめんか、アホ」


 右手一本で簡単に引きはがされ、首根っこを摑まえられた猫のようにぶらりと宙にゆれる。だらんと垂れた手足がまたさらに猫を彷彿させた。そこかしこからクスクスと小さな笑い声が聞こえてくる。人を射殺しそうな目つきの少年も、こうなっては可愛いものである。ただの目つきの悪い猫のようなものなのだから。


「俺も魚食いたいっすよ~! 肉ばっかりじゃ、前途ある若人の俺やアオは成長できないっす!」


 今度はグズがギルに纏わりつく。左手でグズの頭をわしづかみ、動きを止める。代わりに右手のアオは肩に担ぎなおされた。今度は俵のようではなく。四つ足の獲物のように、首の後ろを通して両肩に。


「落ち着け。準備ができたら明日にはペクレンクに行く。それでいいだろう?」


 わーいと二人の子供が声を上げる。それに、ギルが深い溜息を零す。子供二人に振り回される可哀そうな大人。


「おいおいグズ。あんまりギルさんに面倒かけたらダメだろう?」

「あーデグリスさん! 酷いっすよ! 俺がいつダンナに面倒かけたっすかー!」


 苦笑しながら話しかけてきたのは戦士のデグリス。Aランク冒険者で、スライムをパーティーに入れている変わり者である。この町で唯一アオ達と会話する事を許されている。それも気さくに。他の冒険者は話しかけようにも、視線だけで拒絶されたりもするのに。


「今まさにかけてるだろうが」


 呆れたような声。それにえぇーっと唇を尖らせてみせるグズ。このコミュニケーション能力の高さは本当に尊敬できる。


 愛嬌のある笑顔で相手の懐に入り込み、いつの間にか信頼され、情報を引き出す。その為のコミュニケーション能力。影に潜み、盗み聞くだけのギルと比べ、質問等で細かな情報も手に入れられ、質が良くなる。


 アオは常にギルに張り付き、自ら誰かに話しかけもしないので論外。肩に担がれているか、そうでないときは殆どギルの背中に張り付き、前に出てこない。動いている人間の背中に自分の手の力だけで張り付いているのだから、アオの力強さには驚くしかない。何故そんな相手に病弱という噂が付いたのか尋ねたいが。


 そんなコミュニケーション能力の低いギルとアオでも会話ができるデグリス。そういった意味でも彼は変わり者なのかもしれない。


「いつもグズがすまんな」

「おう。いいってことよ。子供は素直で元気な方がいい。そら、食え」


 棒付きの飴が渡され、グズが喜ぶ。砂糖を溶かして固めただけの、所謂べっ甲飴。この世界ではかなり高級なものだが、平然とあげられるような人物。


「ほれ、アオも食うか?」

「食う。礼を言う」


 四つ足の獲物のように両肩に担がれながら受け取り、口に含むアオの頭を撫でる。ギルとグズ以外には触れる事さえ許さないアオが、大人しく撫でられたことに、けれどギルドの誰もが気にすることはない。初日は流石にざわついたのだが、何故か、デグリスのよしよしは、初見から許されていた。因みに、デグリスが許されたので、他にもアオを撫でてみようとしたものはいるが、全員噛みつかれたり、引っかかれたりと痛い目にあっている。


 一度理由を尋ねたが、アオは何となく、と言い、デグリスは家で沢山の犬猫を保護しているせいかも、と豪快に笑っていた。


 そう。彼は怪我をしたり、病気で自分では餌を狩れなくなった獣を拾っては、自宅で保護をしている。その餌代を稼ぐためだけにAランク冒険者まで上り詰めた。パーティメンバーもスライムだけ。遍歴も餌代を稼ぐという、冒険者の中でも実に変わった、異質の存在。


 実質ソロ冒険者扱いなので、ソロでAランクになる人間は希少。ほぼまずいない。それ故に、ここトヒルでは一目置かれていた。その上、アオをなつかせたため、陰で猛獣使い、と更に尊敬されている。


「しかし残念だな。もういっちまうのか?」

「ああ。アオが魚が食いたいっていうんでな」

「そうか。今度一緒に飲もうかと思ったんだがな」

「……デグリスが言うなら。一日くらい伸ばしてもいいぞ」

「お、本当か? アオ。たまにはギルさん貸してくれるか?」

「それはダメだ」

「ダメかー。ギルさんの事大好きだなー」

「デグリスも好きだぞ」

「そうかそうか。ありがとよ」


 かか、と笑いながら両手でわしわしと頭を撫でられ、後ろになでつけていた髪がぐしゃぐしゃになる。それでもアオが文句を言う事はない。


「こらアオ。お前、女なんだから、そういうことを軽々しく口に出すな」

「ダメか?」

「ダメだ」

「そうだぞ、アオー。ギルさんが変な嫉妬しちまうだろー?」

「おい……」


 聞いていた全員の心が一つになる。どこから突っ込めばいいのか!? と。


 アオが女だというのは聞き間違えか。女であるアオをいつもあんな荷物のような扱いなのか。何でもないように流していたが、デグリスは知っていたのか。とりあえず最低でもその三つは確認したい。


「あっはっは。んじゃ、今日は俺達のお別れ会ってことで、一緒に飯食いに行くっすよ! 勿論、デグリスの奢りっすよね?」

「お前、アホみたいに食うからなぁ。ウチで安い飯と酒ならいいぞ」

「いや、流石にそれは……」


 唯一の大人で、常識人が断ろうとするが、子供たちがまとめていってしまう。そして、迷惑をかけられているはずのデグリス本人が、楽しそうに受け入れてしまったため、流されるように本日はデグリス宅へとお邪魔する事になった。


 四人が立ち去ったギルド内は、静寂から一転。どっと阿鼻叫喚があがり、一時は警備兵が駆け付ける程の騒ぎだった。


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