24 悪巧み2
日下蒼という人物は非常に残念な性格をしている。他人と関わりあうのが嫌いで、なかなか誰かを内側に受け入れることはない。今のところ大切なのは家族だけ。家族は父母兄二人だけだったが、最近2人追加された。
ギル――本名はギ・ウ――魔族の青年。ぱっと見40歳くらいに見えるので、よく中年男性に間違われるが、人間でいえば多分20歳くらいだ(あくまでも本人談。大事な事だから二度言うが、本人談)。精悍を通り越した凶悪な顔をしているが、思慮深く、真面目。モラル値の高さは(アオから見て)折り紙付きだろう。頼れるお父さん的な人物だ。
グズ――本名はグ――魔獣の少年。本来の姿はグリフォンだが、蒼と共にいる為、人間の姿をしている。年はギルより随分上なのだが、グリフォンは長寿で、グズはかなり若い方になるらしい。人間に換算すると12~14歳なので、普段は少年の姿に化けている。口は少々悪いが、明るく、基本脳が食欲に直結しているらしく、蒼とは話も合い、しょっちゅう二人そろってギルにあきれられている。
家族ではないが、大切な存在としてシズカ、という日本人女性もいる。本名は新井静香。蒼と一緒に日本から強制転移――蒼曰く、誘拐――された被害者だ。料理が上手く、蒼の胃袋を完全に掴んだ女性である。年は蒼の三つ上なのだが、お母さんポジションを確立しつつある。
自分と、自分の家族を害するものはけして許さない。家族が幸せであるならそれで幸せ。
仇には全力の仇を。恩には同等の恩を。
名を変えたから、姿を変えたから、世界を違えたから、と言って変わることはない。変えることはない。
グロムスの用意した馬車でギルドから門前までの短い距離を移動し、門前で馬車を降りた。おかげで我儘な子供に煩わされることもなく外に出られた。馬車の前に飛び出して馬車を止めたらどうしようかと考えていたが、どうやら自分が大けがするのはお断りらしい。聞いた話だとちょっとした怪我――血が出ない程度のもの――ならば喜んでするのだが、それ以上は嫌らしい。我儘なくせに何とも根性がない。
馬車に乗っている間に、メルルについて幾らか話を聞いた。その中で最も重要な事は、彼女は職業が巫女だが、現状は巫女見習い扱いらしい。現在、メルルにもできるのだが、神をその身に降ろすことのできる巫女が他にもいるからだ。その巫女が40歳と高齢になりつつあるので、後継として育てられている最中。もう10年程すれば正式な巫女となるかもしれない。巫女見習いだからと言って地位が下がることはない。だから厄介なのだとか。平民はけして逆らえず、直接口を利くこともできない。兵士達も命令されれば従わなくてはならない。現巫女がきちんと育成できれば良いが、彼女は大変忙しく、中央の都市にいる。一応中央から派遣された神官たちがいるが、立場上彼らではメルルに強く出られない。ほぼ野放し状態が1年以上に渡った結果、我儘娘の完成ということらしい。そして、この一年間、毎日のように冒険者に突っかかっているため、何もできない平民たちは、自分達がとばっちりを受けないように目をそらし、耳をふさいでいる。
ギルドマスターであるグロムスは、冒険者達が嫌な思いをしないように、できるだけ他の都市へ行くよう促した。必要とあらば紹介状をつけたり、余分な旅の費用分が補填できるように、自らの金で依頼を無理矢理作り、受けさせたりもした。他所の冒険者が訪れ、面倒事に巻き込まれないように全ギルドに通達し、この都市には来ないように周知もしていた。そういった冒険者の事を考え、全力を尽くすグロムスへ敬意を示したBランクの3チームと、Aランクの2チームが、現在ウェスタを拠点にしている冒険者達だ。基本的にはこの都市にある依頼は、担当ランク外のものも彼らがこなしている。
アオ達がこの都市の事を知らなかったのは、アーパスのギルドマスターが、ギルドを訪れた時に、今後旅に出るなら気を付けてほしいと話す予定だったのだが、ギル達が立ち寄らなかったからだ。つまり、因果応報である。
だがそれはそれ、これはこれ。
アオは大変怒り狂っていた。例えどんな理由があろうとも、深く考えていなかったとしても、本意でなかったとしても、メルルはアオを、ギルとグズを、悪しざまに罵った。大きな声で。子供のしたこと、と許すつもりは微塵もない。
そして置いていかれた後、一度どこかに行き、ギルドに戻ってきたとき、一緒に複数の気配がついてきた。おそらく兵士か何かで、ギルドから出てきたら捕らえる予定だったのだろう。だがアオ達はグロムスに案内され、裏口から出た後、そのまま馬車に乗り込んだ。結果、ギルドに入った姿を見た者がいても、ギルドから出たのを見た者はいない。門を出る時も、メルルの気配はギルド前にあった。今は出し抜かれたと怒り狂っているかもしれないが、知ったことではない。
口だけで害がなければ放っておこうかとも思ったが、下手に権力を有していて、アオ達に害を為せるのなら、捨て置けない。絶対に、だ。
メルルはアオに敵だと認識された。
敵ならば容赦しない。
それだけがアオが今回この依頼を受けた理由。
王に断罪される可能性がある。それも素晴らしく魅力的だ。だが、それよりも魅力的なのは、Sランク。自ら断罪できる可能性。
A以下ではダメなのだ。Sになって初めて、国が無視できないほどの権力を得られる。権力、という語弊があるが、それに近いものを得られる。王でさえ言を無視できない存在になる。だからこそ、現在Sランクの冒険者は世界中を探しても3チームしかいない。SSチームはここ30年間0だ。因みに30年前のSSチームのチームリーダーが現在、冒険者ギルドのギルドマスター達全員を取りまとめる地位についている。つまり、冒険者ギルドで最も偉い人物である。
できる事ならSSランクが欲しいが贅沢は言わない。グロムスはSランクを確約した。しかもゲオルギウスを倒したその瞬間から、Sランクであると保証してくれることになっている。つまり、次ウェスタに戻ってきたときは既にSランク冒険者なのだ。都市に入ったと同時にメルルと対峙できる。その時を想像すると、自然と口元に凶悪な笑みが浮かぶ。
にたにたと凶悪な笑みを張り付け、ゲオルギウスがいるという山を歩く。装備は山についてすぐ、130階で手に入れた物に変更していた。人族の中では伝説級の装備で固め、スキップしそうな足取りで移動する。
「アオ。そろそろ説明しろ」
「ん?」
「何故受けた? 目立つのは嫌だったんじゃないのか? Sランクなんて今後目立つだけだぞ」
「そうだねぇ」
くひっくひっと歪な笑いを零し、肩を揺らす姿に、あまりいい予感はしない。三白眼が笑みに歪むその顔は、ギルが言うのもなんだが、凶悪な面だ。隣でグズがドン引きしているので、感覚としてはまともなはずだ。仲間としてはどうかと思うが。
「あのガキは危険だから退場してもらう。しかも無様に、ね」
「その為にSランクが必要なのか?」
「一番イイのはSSランクだけどね」
「なんでっすか?」
「権力すごいから」
簡潔な答えに首を傾げる。純粋な力ならわかるが、目に見えない力にはとんと疎い二人。魔族は魔王を頂点として、後は全員同格としている。貴族だなんだと垣根はない。皆平等を地で行っているのだ。ただ、魔族は基本力で上下関係が決まる。と言っても上の者が下の者に偉ぶったり、下の者が卑屈になることはない。力ある者が己より弱い者を守るのは当然なのだから。
人間社会では理想でしかない。だからこそ、権力がモノを言う。
アオは現状を簡単に説明する。
メルルは巫女見習い。この火の国においては王と同列の存在と言える。王が頭を下げることがあるのは、あくまでもその先にいる神に対してのもの。メルルはそれを自分へ対してと勘違いしている。
アオ達は冒険者。幻想王国の民。火の国の権威は本来ならば及ばないが、それは高位ランクの話。一応Aランクのアオ達は高位ランクではあるが、その権威は貴族程度。王族には足りない。
だからこそのSランク。
Sランクならば国王達と同等になれるのだ。SSランクならそれ以上。
さて、ここで更に面白い情報がある。もたらしたのはグロムス。
巫女見習いは現在、メルルを含め、3名いるのだ。メルルは知らないが。というか、この情報は本来誰も知らない。巫女見習いは神官達に囲まれ、巫女となるその日までそれぞれ別々の神殿の奥でその身を軟禁される。その身を守る為に――ただ、メルルはそういった諸々を理解せず、我儘を押し通し、権力で周囲を押さえつけ、身勝手に街へ飛び出していたのだが――。そして、教養を積み、巫女として相応しい人格を身につける。最後は現巫女に憑依した神が、次代の巫女を選ぶのだ。最も相応しい者を、神が選び、初めて巫女としてお披露目される。巫女に選ばれなかった者は神官長として神官達を取りまとめ、いついかなる時も巫女の側に控え、かしずくのだ。
これはメルルを蹴落としたいグロムスが、過去に共にSランク冒険者として冒険をした仲間に頼み、秘密裏に調べた驚きの内容。意外と経歴がすごかったグロムス。メルルは敵に回してはいけない人物を、アオ以外にも敵に回していた。
グロムスからこの内容を聞いたアオは心中、腹を抱えて笑った。
メルルは自分で自分の首を絞めている。その上、権力者に喧嘩を売るのだ。この喧嘩は完全に難易度F。つまり、超簡単。ということ。アオはトカゲを一匹狩るだけで今は手を出せない邪魔者を楽にぼっこぼこにできる。
馬車で口早にあれこれ説明してくれたグロムスには感謝である。
「お前はどういう結末をもたらす予定なんだ?」
「それは秘密。グロムスがどれくらい使える奴かによっても結果が変わる」
急にアオの顔から笑みが引く。最後が他人任せになるのがSランクの辛いところ。
「まぁ、任せるとしよう」
「ん」
「さて、ならまずはアイツっすね」
グズの示す先。そこには竜がいた。赤い鱗に全身を覆われた、ゲームとかでよく見るような。だが、ギルもグズもあれをトカゲだという。ではこの世界のドラゴンはどんな姿をしているんだ、と問いたいが、今は目の前の敵に集中する。次に言われる言葉が解っているから。
「じゃ、アオ、頑張るっすよ! アイツは防御力が高いっす。普通の剣だと大変っすよ」
「あと、毒のブレスを吐く。このブレスを受けたところは溶けてしまう。一撃も当たらないように頑張れよ」
がんばれ、といい笑顔で送りだす二人。つまりアオ一人で死なないように戦える相手だということ。
溜息をつき、ストレージからアオ用の魔剣を取り出した。




