22 さようなら、水の国
アーパスを出て15日。遺跡の近くの町に到着したアオ達だが、足止めされていた。理由は単純明快。遺跡が封鎖されているのだ。王国の騎士を名乗る者達が遺跡を取り囲み、一切を遮断している。理由は語られていない。だが、噂によると、魔王の手先が現れる可能性があるので警戒している、とのこと。
成程、と納得する。アオが巫女と王――あの後魔王に確認し、水の神が支配するアープという国の現王だったと判明した――を斬り殺し、水の神を殺す方法を知りたい、と魔王の下に行ったのだから。当然、水の女神も自分が住む神界への行き方を知っている。アオが来られないように先手を打ったのだ。
ちぃっ、ときつい舌打ち。当然、アオから。遺跡の現状について、を語った宿屋の主人は、その舌打ちが遺跡に潜れないのを残念がる冒険者のものだと判断した。主人はため息を零す。
「本当に困るよな。魔王が遺跡になんて興味もつわけないだろうに。もし本当に来るんだとしたらそれはそれで困るけどな。全く。中央のお偉いさんなんて、俺ら辺境の事なんかどうでもいいんだろうな。商売あがったりだよ。あの遺跡があるから皆こんななんもない町に来てくれるんだからよぉ」
主人の愚痴は正直どうでもいい。
さてどうするか、とギルを見上げれば、一度外に出よう、と手で合図され、外に出る。
アーパスとは比べものにならないほど小さな町。道も舗装されておらず、最初に立ち寄ったカメーネの町よりも小さい。町というより、村が町のように見える、と言った方が良いのかもしれない。実際そうだった。ここセベクはもともと村で、住民の数も所詮村程度。それでも町と呼べるほど発展したのは、近くに遺跡があったから。そのおかげで宿場町として発展してきた。
住民の殆どは店をかまえている。宿屋。道具屋。食事処。武器屋はなく、道具屋が申し訳程度に揃えている。年中遺跡に挑む者たちのおかげで潤う町だった。荒くれ者の冒険者達も、最も近く、唯一の宿場町なので揉め事を起こすことなく、それなりに賑わっていた。しかし、アオ達が魔王についていってすぐに遺跡が封鎖され、今では閑散としている。時折知らずに訪れる冒険者がいるくらい。
遺跡が封鎖されている噂くらい広まっていてもよさそうだが、そういったこともない。何故かはわからないが、緘口令が敷かれたのだ。おそらく、知らずにやってきたアオ達を捕らえる為だろう。事実、遺跡を訪れたアオ達は兵士に囲まれた。しかし、Aランクの冒険者カードを見せたところ、あっさりと兵士達は引いたのだ。Aランクという事に驚愕し、尊敬を込めた視線を向けながら突然態度を180度返る姿は、これが掌返しか、とアオを感動させる程。
懇切丁寧に現在は訳あって遺跡が封鎖中。国からの命令なので理由も語れない。遺跡が封鎖されていることは他の場所では話してならない、と説明され、大人しく町に戻ってきた。そして、宿屋の主人から噂話程度に情報を引き出した。
「めんどくせぇー」
「まぁそういうな。そう簡単に物事が進むとは思ってなかったさ。どうせこの分だと他の遺跡も封鎖されているだろうな」
苛立ちを隠さず、ぶつぶつと文句を零すアオに苦笑し、随分下にある頭を撫でた。
完全な子ども扱いだが、それを気にすることなく、再び舌打ちするガラの悪い姿にますます苦笑がこぼれる。
女神たちは7人揃わなくては魔王と力が拮抗しない。魔王が健在である状態で誰かが欠けることを望まない。そのくせ足の引っ張り合いに余念はないのだ。つくづく業の深い者たちである。
今回の勇者召還の一件で、水の女神は他の女神達から大きく後退した形となる。彼女は大人しく、堅実な守りに徹するだろう。他の6女神が失脚するのを待ちながら。しかし、他の女神達からしてみたら魔王と敵対するという協力関係は維持しつつも、一人確実に蹴落とした形となっている。飼い殺し状態になったと判断しているだろう。となれば、次は誰かが勝手に、同じ状態になることを期待し、自分の守りに徹する。こうなると遺跡の封鎖解除は暫く難しいはずだ。
しかし、とアオは思考を巡らせる。女神。つまり相手は女だ。女とは確かに強かで執念深い。だが、男より気が短い事の方が多い。おしゃべりに花を咲かせていればいくらでも待てるくせに、一人でただただじっと待つのは苦手だ、イライラする、という者の方が圧倒的に多い。これは世界共通なのではないかと思っている。という事はこの我慢比べ大会を制したものが利を得るはず。
そこまで考え、アオは魔王と話をしたい旨を伝えた。首を傾げるが、ギルもグズも了承する。セベクの町を出て、街道を離れた森の奥でまやかしの結界を張る。周囲を確認し、気配が何もないのを確認し終えてようやく、通信魔法を使った。
いつも通り120㎝程の鏡の中に魔王の姿が浮かぶ。
「珍しいな、どうした」
「聞きたいことがある。遺跡の奥にある装置は作動させたら女神にバレるか?」
「? ああ。そうだな。自分の遺跡のものならすぐにわかる」
挨拶もせずの問いかけ。
何故そのような質問がきたのかわからず、首を傾げながらも答える。するとアオは難しそうに眉間にしわを寄せ、考え込んだ。会話がぶっつりと途切れ、ギルに視線を送る。すぐにセベクで知った情報を伝えれば、成程、と魔王は頷いた。おおよそアオが考えた事と同じ結論に至ったのだ。少し考えるように掌で口元を覆い隠し、それから手を打つ。
「スライムを使え、アオ」
唐突な一言に思わずガラ悪く、ああ? と低く零す。しかし魔王は気にせず続けた。
「スライムは一固体から多数に分裂する。一人連れて、我慢比べに勝った女神の遺跡に潜るのだ。そして、装置の部屋にスライムを置いて帰ればいい。後は繰り返せばいい」
スライムは一体が分裂して増えていく。増えるといっても別な固体という訳ではない。自分の分身を増やしているのだ。そしてその分身が得た養分は本体のものとなる。離れていても一つの個体として、本体と意思疎通が可能。イメージすると、脳の側から離れて動ける手足、といったところだ。なので、遺跡に潜り、装置を見つけた後、そこでスライムを分裂させる。スライムは魔族で意思疎通ができるから、必要な時にお願いをすれば、手足を同時に操ってくれるだろう、ということだ。だが、その案は全力で断りたいのはアオ。
スライムがどういった存在か聞いているからこそ、尊敬もするし、感謝もしている。だからこそ、一緒にいたくもない。
汚物を取り込み、分解、自然に還元しているのがスライム。そのおかげで世界には自然があふれ、ダンジョンの中は綺麗に保たれている。掃除を一手に引き受けてくれているが、触れるのはためらわれる。カバンの中に常に居られても嫌だ。
全力で拒否するアオにあきれ、軽く手を振る。
「わかったわかった。それなら、まったく新しいスライムを我の神力で産み落とす。それならどうだ? 正真正銘、親やその前の世代もないから、一切汚物を取り込んでいないぞ」
確かに魔王が自らの力で生み出したものならば問題は解決だ。即座に了承する。呆れたような視線を向ける魔王もなんのその、早くよこせと言わんばかりに手を差し出した。それに深々とため息を零しつつ、生命創造がいかに大変な事かをこんこんと説明し、二、三日かかる旨を伝えると通信をきる。
さて、とアオは腕を組んだ。スライムが送られてきたとして、遺跡に行けなければ意味はない。では、どこが一番早くしびれを切らすか。暫く考え、結論を出す。魔王領から最も遠い国、と。おそらくそこが一番戦争の被害がなく、魔王との争いを傍観しながら漁夫の利だけを狙う女神の国。そして、戦争から遠のいているという事は、どこか他人事、自分には関係ないと思っている可能性が高いはず。
ギルのマッピングを見せてもらったところ、二つ候補があった。
火の女神が治める国と木の女神が治める国。
水、火、木、と女神が自然を一つずつ司るのに対し、魔王は自然全てを司っていたなぁ、等と関係のない感想を持ちつつ、自分の考えを説明する。ギルは感心したようにうなずき、アオの考えを支持した。そうなると後はどちらがしびれを切らすか、という問題のみ。
「多分すけど、火の女神のほうが、性質上短気のはずっすよ」
「その心は?」
「火を司っているからっす。本来火は戦いを暗示するっす。魔法だって火は全て攻撃に関するものっすから」
成程、と頷く。そういえば、大体の神話で火の神は争いごとを担当し、気が短い設定が多い。ここはそれが、世界を変えても有効な設定と信じ、火の国側で待機することにした。一度魔王領に戻ろうかとも思ったが、Aランクの冒険者が消えたり現れたりするのは不自然だろう。大人しく冒険者のふりを続けるのが上策と判断する。
「火の国は水の国と隣接している。移動を考えても悪くはない」
水の国の左隣にある国を指さし、火の国はここだと、説明する。隣ゆえに警戒心が高いかもしれない。そういう考えが一瞬よぎるが、直ぐに振り払う。木の国は最短でも間に一国、土の国がある。水の国→土の国→木の国と移動し、戻って土の国、と遺跡を渡るより、水の国→火の国と進んだ方が、反時計回りに綺麗に回っていける。その方が旅をしているといっても不自然ではない。
次の行き先が決まったアオ達は、一度出たセベクには立ち寄らず、火の国を目指し、西へと移動を開始した。




