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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
一章
21/51

21 人生には失敗がつきものだ



 木製のコップの中身を見つめる。並々と注がれた黄金色の液体。鼻を近づけ、スンスンと香りを確かめる。そしてもう一度液体を見つめた。


 まるで警戒する動物のように確認しているそれは、67階で約束した酒。酒樽を6つほど購入し、約束の酒盛りをしているのだ。


 ダンジョン踏破者の噂が広がっているせいか、酒を買うだけで一苦労だった。冒険者も、冒険者でないものも、次々に寄ってきては知り合いになろうとする。低ランクの冒険者は憧れと、その力にあやかろうと話しかけ、一言でももらえれば、大興奮。商人は金のにおいを感じるのか、やたらと物を売りたがったり、ダンジョンのドロップ品を売ってくれと頼みにきたり。そんな相手だけでも鬱陶しいというのに、ギルの帯刀している魔剣を奪おうと、わざとらしく喧嘩を吹っ掛けてくる者。アオが寝込んでいるという情報をどこで聞いたのか、稀有なクレリックの少年を手中に収めんと、宿に襲撃してくる者。どちらもギルとグズに軽くひねられていた。


 そんな中、ギルドマスターを名乗る男が訪れた。年の頃50前半といった、少し頭に白髪が混ざり始めた厳つい顔の男。彼は金色に輝くカードを三枚手に、やってきた。


 礼儀正しく突然の訪問を詫び、自らの名を名乗り、カードを三人に手渡す。そして言ったのだ。


「貴方達は本日をもってAランク冒険者となりました」


 曰く。ダンジョンの踏破者をCランクにはとどめておけない。この都市で最強のAランク「金糸雀」さえ達成していない偉業の達成だったので、Sランクに、と思ったが、流石に新人すぎた、とのこと。


 別段これ以上のランクアップを希望していなかったアオ達としては、面倒な話。だからと言って断るわけにもいかない。断れば理由を問われる。最悪、冒険者としてやる気がないと判断され、資格の剥奪の可能性もあった。ありがたくはないが、仕方なしにAランク冒険者カードを受け取り、今までのCランク冒険者カードを返した。


 名前と職業と冒険者ランクのみが記されたカード。これと商人ギルドで発行されるカードが、この世界の身分証。貴族だと家紋のついた何か、が身分証になるらしいが、アオ達には関係ない。


 その後、ダンジョンの事、ドロップ品の事、ギルの帯刀している魔剣の事、と聞きたがっていたが、アオの体調を理由に追い出す。ギルドマスターも流石に臥せっている者がいるときに無理を通す気もなく、アオが良くなったら一度ギルドに顔を出してほしいとだけ告げ、出て行った。だが結局、その後彼らがギルドに顔を出すことはなかった。グズをアオの護衛につけ、ギルが買い出しに行き、着実に出発の準備を進める。アオの体調が戻り、最後に酒樽を6つ買って、誰かに何かを言うわけでもなく、アーパスを出たのだった。その三日後に60階をクリアした「金糸雀」が戻った。「暁」がダンジョンを踏破し、Aランクに上がったのだと知り、一悶着あったのだが、アオ達は知らないし、興味もない。


 遺跡はアーパスから西に一つ、南に国境を越えて一つ。どちらに行くかと話し合い、もう一度この国に戻るのも面倒、という理由で西にある遺跡へと向かうことになった。


 現在、森の中でのキャンプ中。そして、約束の酒盛り。


 アオがストレージから酒樽やつまみ代わりの食料を取り出す。その間にギル達がキャンプの準備。そして酒盛りが始まった。


 樽からどうやって酒を飲むのだと問えば、ギルもグズも蓋を開け、軽々と酒樽を持ち上げて見せる。そんなこと、普通の人間でしかないアオにできるはずもない。おい、と思わず声を出せば、思い出したようにコップに注がれる泡立つ黄金色の液体。


 木製のコップに並々と注がれた黄金色の液体。鼻を近づけ、スンスンと香りを確かめる。そしてもう一度液体を見つめた。


「……あ、ビールか」


 ようやくその液体の名を思い出し、口にすれば、否の答え。この飲み物はここではエールと呼ばれているのだとか。一文字違いだし、結局は同じものだろう、という言葉を飲み込む。


 アオに酒の知識はないが、エールとはビールの事で間違いない。ビールの一種。複雑な香りと深いコク。フルーティな味が人気の、庶民向けの酒。値段も手ごろで、おそらく大概の人間が酒といったらこれを指すだろう。だが残念かな。ここにいるのは人族ではなく魔族。基本的に強い酒を好む彼らにとって、これは酒ではなく水という認識だった。しかし、安価で樽買いができたのはこれだけだったので、仕方なくエールにしたのだ。


 これでは酔えない、とぶちぶち文句を言いつつも、久しぶりの酒。嬉しそうに飲むグズ。見た目14歳。細身の少年が、酒樽を軽々と抱え、飲み干す姿は圧巻というより、なんだかな、という気持ちが強くなる。しかし、残念なその顔立ちをくしゃくしゃに歪めて笑みを浮かべているのだから、悪い事ではないのだろう、とアオは頷いた。


 ギルは飲んでいない。アオを待っている。アオは父と兄達がやっていた、酒を飲む前の乾杯、という謎の掛け声を待っていたのだが、どうやらないらしい。ちらりとギルを見てから、コップに口をつけた。途端、顔をしかめる。


 苦い。


 それが人生初めての酒の感想。


 アオは20とはいえ、酒に興味はなかった。家族の誰も無理に勧めたりはしなかった。だから酒の味は知らない。正真正銘、これが人生初の酒。


 そっとコップを置く。不味いものは不味いのだから致し方ない。そんなアオに、なんとなくそうだろうと思っていたギルが、コップを受け取った。代わりに、二本の瓶を出す。


「果実酒だ。飲んでみろ」


 15㎝程の細い瓶。透明な液体と、赤い液体が入っている。


 先程のエールの件があり、疑り深くギルを見るアオに肩をすくめ、甘いぞ、と促せば、おずおずと手を出した。何度も瓶を手の中で回し、臭いを確かめるように鼻を寄せ、首を傾げる。コルクで栓をされ、あまり臭いが解らない。指でつまみ、引っ張れば、多少の力は必要だったが、思ったより簡単に抜けた。


 ふわりと広がる香り。その独特な香りに、目を丸くする。まさかこの世界にあるとは思わなかった。否、リンゴやレモンがあったのだから、別段あってもおかしくない。アーパスではアオは寝込んでいたので、街中を歩いていないからしらないだけで、市場にはかなりの果物が並んでいる。


「ライチ。うま」


 ちびりと味を確かめ、その甘さと、独特の香りと味に口元が緩む。コルクの栓を戻し、もう一つの赤い液体の入った方を開けた。香りですぐにイチゴと解る。そうなれば、味も甘さも想像がつくが、一口舐めたアオは目を丸くした。想像以上に甘かったのだ。


 すっきりとした甘さのライチの果実酒。そしてこってりパンチのある甘さのイチゴの果実酒。どちらも甲乙つけがたく、一口飲んではもう片方を一口飲む。嬉しそうに口をつける様子に、やはり子供にはこういったものからか、とギルは頷き、アオのコップに殆ど手つかずで残されたエールを自分の酒樽に戻し、飲む。


 この時誰も気づいていなかった。


 果実酒は気を付けないと意外と度数が高いものがある。そして、ギルが買ったものは果実酒の中でも度数の高いもの。意図したわけではない。陳列された果実酒の中で、安さと果物の甘さから選んだらそうなった。そして、ギル達は魔族。強い度数の酒を好んで飲む。当然、果実酒も水。だから失念していた。アオが人族で、これが初酒。つまり、どの程度自分が飲めるのか。自分はどれくらいのペースで酒を飲むのが良いのか。自分の容量を理解していない状態だという事を。


 瓶の小ささからか、ちびりちびりと飲んではいるが、意外と早いペースで二本とも空にすると、すぐにギルがまた二本、どこに隠し持っていたのか、取り出す。実は美味い食事の礼にシズカにでも送ろうか、と購入していたのだが、思いのほか嬉しそうにアオが飲むので、シズカには別にまた買おうと思ってしまったのだ。


 新しく出された二本をご機嫌で飲み干した辺りで、アオの意識は途切れた。翌朝目覚め、ひどい頭痛にめまい。吐き気に襲われたアオ。失敗した、という表情を隠しもせずに遠くを見るギルとグズ。


 二度と酒は飲まない、と固く誓った。


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