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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
一章
20/51

20 そういやそうだったね



 ゴォンと大きな音を立てて開く扉。扉の向こう側には、明らかに蹴りの態勢の目つきの悪いアオ。普段と違い後ろになでつけず、ざんばらな前髪の奥の目は、剣呑な光を湛え、あからさまに不機嫌を現していた。アオの後ろには苦笑を浮かべたグズと、困ったような表情のギル。


「アオ、いい加減機嫌直すっすよ」

「別に怒ってない」


 言葉にかぶせるように返す短い答え。それが怒っていないのならなんなのだという話。二人は顔を見合わせ、肩をすくめた。とりあえず放置するか、と互いに視線で語り合う。何故アオが怒っているのか皆目見当もつかないのだから仕方ない。


 130階ボス部屋にアオ達がこもって早十日が過ぎた。既にアオのストレージには、金銀財宝と装備の山。「金糸雀」の気配が来ないのをいいことに、だだっ広いボス部屋の片隅。ボスに気づかれないような場所に、キャンプ地をつくり、ボス部屋の占領をした。


 時間短縮のために食事は一日一回。睡眠時間も4時間と短めにし、毎日毎日狩り続けた結果、全員の武器防具をきっちり揃えてなお、ストレージ内にも沢山の装備品がある状態だ。これは勇者パラメーターで、幸運値の高いアオが止めを担当していた故なのだが、最近にして、ようやくギルがその事実に気づいた。実験しようかと思ったが、時間が惜しいので、多分そう、くらいの感覚でしかないのが残念だが。


 異変が起きたのは今朝。突然時間よりも早くアオが跳ね起きた。驚いたギルが声をかけるが、問答無用で殴られ、以来殆ど会話は成立していない。ギルの頬にアオの拳がめり込んだところでグズは目を覚ました。何があったのかを聞くが、アオが答えないので何もわからない。


 宥めようにも何がなんだかわからない。食べ物でどうにかしようにも、こんな朝早くに魔王に連絡をとるわけにもいかない。魔王が眠るところを見たことはないが、それでも普通に考えれば、連絡をしてよい時間というものは存在する。アオ本人から話を聞こうにも本人がむっつりと黙り込んではどうしようもない。八方塞がり状態に、どうしたものかと頭を悩ましていた。


「まだ狩る必要あるか?」


 不意に低い声。


 アオだ。


 普段から凶悪な目つきが、更に鋭くなっている。凶相に、ギルやグズでさえ、一瞬ひぃ、と息をのみ、互いの手を取ってしまった。残念な顔立ちの男が二人、手を取り合い、身を竦める姿など、残念すぎてしょうがない。しかし、死線を越えてきた二人にさえ、その視線だけで殺される! と思わせるだけの凶相だったのだ。


「い、いや、もう十分だと思う、ぞ!」

「帰りたい」


 慌てて答えるギルに、簡潔に伝えられた言葉。え? と目を丸くする。まさかアオの口からそんな言葉が飛び出すとは思わなかったのだ。黙々と支援魔法をかけ、ギルの指示に合わせてスキルを使って止めを刺す。


 130階のボスはLv28のケロベロスだった。日々何体も倒すがレベルは23から一向に上がらない。それでも文句一つ口にせず、淡々と作業をしていた。夜のキャンプの際にも確認はとっていたが、不平不満はなく、寧ろ意外とポロポロ落ちる装備品に、ご機嫌なくらいだったはずだ。それが今朝になって突然この有様。驚くのも無理はないだろう。


 何度尋ねても答えは返らない。むっつりと黙り込み、小さく足を抱えてしまった。困り果てたギル達は帰ることを選択する。


 最後のとどめも刺さず、何度も見た、先に進む扉の前に立つアオ。仕方なくギルがケロベロスを倒す。ドロップ品に見向きもせず、ロックの外れた扉をアオは蹴り開けた。眉間にしわを寄せ、眼光鋭く先を睨む。


 狭い部屋に転移用の魔法陣が輝いている。


「アオ。少しだけ待ってくれ。このダンジョンを縮小させる。5分もかからない」


 言葉はないが、小さく頷く頭。それに安堵し、支配者の証を二つもらう。一つはギルドに提出用だ。


 小指くらいの小さな黄色い宝石。中に赤い宝石がある。この赤いルビーのような宝石を、トパーズのような宝石が覆っているのが、支配者の証と呼ばれるアイテム。使用方法は単純で、よく見なければわからないが、最後のセーフルーム、地上へ戻る部屋の壁に、同じサイズのくぼみがある。ただし、誤魔化すようにあちこちに同じようなくぼみがあるので、普通の冒険者は気づかない。それくらい巧妙に隠されているくぼみも、ダンジョン慣れしているギルにかかれば丸裸も同然。迷いなくはめ込む。


 ぐにゃりと壁が凹むように消え、ぽっかり空いた空洞に、黒いゴミのような塊が蠢く、水晶玉のような見た目の珠が現れた。


 後ろからアオが覗き込む。


「これがダンジョンの核だ。硬そうな見た目だが実際は割と柔らかい」


 触ってみろ、と言われ、場所を開けられる。相変わらずの凶相だが、いそいそとアオは手を伸ばした。


 ぶにゅ、という表現が正しいだろうか。指先の沈む感覚に、思わず手を引き、汚れたと言わんばかりにギルの服で手をこすった。人の服で何しやがる、とは思うが、表情を崩すことなく、説明を続ける。


「これを削った量でダンジョンの深さが変わる。人族の場所にあるダンジョンなら、70階が限界だろうが……さっき思い出したがここは過去踏破され、100階まであるという話だったな……」


 さっくりとナイフで核の三割ほどを削り取り、床に投げ捨てた。投げ捨てられた分は黒い、まるでタールのように変質し、床に広がる。汚い、と離れるアオ。気にせずギルはナイフをしまった。核を元の場所に収める。ダンジョンの崩壊が始まった。


 後は戻るだけ。


 消滅までは時間がある。焦ることなくアオから魔剣を一つ貰い、それを手に転移魔法陣に乗る。魔剣と支配者の証があれば、ダンジョン踏破の証としては十二分。寧ろ魔剣はいらないのだが、財宝を手に入れていた場合、売ってくれ、とギルドから言われていた。財宝は魔王への献上品なので人族に渡す気はない。なので魔剣だ。魔剣なら剣士であるギルが手放さなくとも文句は言えない。


 最奥にこもっていたことがバレないように、他の装備はアオのストレージに全て収納済み。街を出てから装備を変える予定だ。


 魔法陣が光り、ゆるゆると景色が変わる。目まぐるしく変わる景色が落ち着くと、そこはダンジョンの入り口。本来は転移魔法陣から戻ってくるものは、入り口横の部屋に現れるはず。突然現れた三人。そのうちの一人は一目でわかる、力を秘めた剣を帯刀している。


 慌てたように入り口を守っていたギルドの職員が近寄ってくる。


「一月前に参加された、『暁』の皆さま、ですね?」


 緊張したように声をかける。


 当然だ。職員がこの場所を守るようになって数年。冒険者時代を合わせても、ダンジョンからの帰還が、このような形になったことはない。もしや、と期待に目を輝かせ、ギルを見ていた。


「ダンジョンを踏破した。これを」


 差し出される小指サイズの宝石。支配者の証。


 規格外サイズのギルの手の上だと、それは普段より遥かに小さく見える。恭しく受け取り、紛れもなく本物であることを確認すると、ギルに返却した。ちらちらと視線が帯刀された剣に行く。普通の人間ならば自慢げに語るところだろうが、生憎名声に興味はない。魔剣がドロップ品だと短く告げ、背を向けた。慌てて職員が押しとどめる。まだ質問事項が残っているのだ。


 最奥が何階だったのか。ボスモンスターは何だったのか。地図を作製しているのなら売ってほしい。しかし、ギルが答えたのは最奥が100階という事のみ。これ以上の会話は面倒だと言わんばかりに会話を打ち切り、早々にその場を立ち去った。


 一瞬見たアオの顔色が真っ青だったのだ。人を射殺しそうな鋭い目つきに視線が行きがちでわかりにくいが、既に二月以上共にいる二人は気づき、最初にこの都市に来た時に泊まった門前宿に急いだ。


「アオ、体調が悪いなら言ってくれ。熱か?」


 部屋に入るなり、額に手を当てるが、特に熱があるように感じない。


 ぺいっと払いのけられ、手を引っ込める。ふらふらと歩き、ベッドに倒れこんだ。硬いベッドが音を立てて受け止める。


「気にするな。ただの生理だ」


 ぼそり、と呟かれる言葉に、はっと二人は口に手を当てる。うっかりすっかり忘れていたが、アオは20歳の女だった。会話していても、水浴びしている姿を見ても、女っぽさがないせいか、すっかり忘れていた。一月前にこの都市に入り、同じ理由で寝込んでいたというのに。それもこれも頭の中身が残念で、凹凸の一切ない体型なのが悪い。と、自分達が忘れていたことを棚に上げる。


「すまない、グズ。起き上がれないんだが、シズカに連絡を取りたい」

「わ、わかったっす」


 急いで通信魔法で魔王につなぐ。すぐに応答してくれた魔王。久しぶりの通信に、心なしか嬉しそうだが、挨拶もそこそこにシズカとの通信を希望する。暫くするとシズカが顔をのぞかせた。


「呼ばれたって聞いたけど……どうかしたの? グズちゃん」


 子供のような見た目でしか顔を合わせていないせいか、シズカはグズを子供と思って接する。それに嫌な気持ちもしないので、特に訂正はしない。とりあえず、今はアオ。ベッドの近くに移動し、アオに声をかける。


 起き上がれないアオが、ゆらりと右手を挙げた。静止できないのか、ゆらゆらとその手は揺れる。


「呼んだのは私だ」

「あら、蒼ちゃん、どうしたの?」

「生理の貧血で動けない。今度から、時折で構わないんだが、鉄分の多い食事を頼めないか?」


 まぁああ! という絶叫が響き渡る。普段は大人しいシズカが魔王を押しのけ、鏡にアップで映り込んだ。


「大丈夫なの?!」

「動けないだけだ。2,3日で治る」


 再び絶叫。


 同じ女だから話しが早い。アオの体調を気遣い、矢次の質問が飛ぶ。上げていた手をぱたりと落とし、淡々と答える。そのやり取りさえ、ギル達には理解できない。


 暫くして、シズカは落ち着いたのか、咳払いをし、一歩引いた。いつも通りお嬢様然とした余裕のある笑みを口元に浮かべる。


「この前お城の騎士さんがレバーを手に入れてくれたの。色々調理して送るわ。その他にも赤身のお魚も数種類手に入ったの。コウスケさんが調べた結果、種類的にはカツオとかマグロ系だったのよ。お刺身の盛り合わせにして送るわね。できるだけこまめに摂取してね」

「すまん」


 短い謝罪に、いいのよ、とシズカは笑う。何せ普段、山のような肉や果物を送ってもらっているのはシズカの方だ。その中でアオ達の食料として送り返すのは五分の一にも満たない量。残りは全て魔王城で消費していた。その侘びとして焼き菓子を作っては、少し渡していたのだから。


 ようやくお礼ができる、と微笑むシズカにアオは、今度は短い感謝の言葉を伝えた。


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