19 伝説の?
おお! またブクマ!!
どなたか存じませんが、本当にありがとうございます!
頑張ります!!
鬱蒼としたジャングルから、やたらとファンタジックな森へとシフトチェンジした71階以降から下り続け、現在アオ達がいるのは94階。
自ら光を放つ美しい花。まるで幻のような蝶。どこぞの兎を追いかけるお嬢さんの話に出てきそうな、色鮮やかなキノコ類。うっかり吸い込まれそうな景色に、グズから注意が飛ぶ。
花の光に心奪われ、近寄れば、毒の花粉を浴び、死亡してしまう。蝶の美しさに惑わされれば幻覚を見せられ、意識を奪われ、その間に卵の苗床にされてしまう。色鮮やかなキノコも全て毒キノコ。間違っても口にしてはならない。流石のアオも、キノコに手を出そうとは思わないので、この注意は必要なかったかもしれない。
出てくる魔物はこの景色とはかけ離れた、凶悪な顔立ちの、やたらムキムキの兎。よだれを垂らした熊。どう考えても気がふれているとしか思えない馬。
ああがっかり、とアオが落胆するのも仕方がない。
兎はキラーラビット。非常に好戦的で、格闘のスペシャリスト。Lv15。素早い移動で敵をかく乱し、死角から強烈な蹴りでの一撃を放つ。また、自分の何倍もあるようなギルでさえ、容易く投げ飛ばせる程の腕力を誇る。人族には高難度の魔物だが、現在ダンジョンでしか発見されたことはない。その為ダンジョン固有種と言われている。耳、手足は幸運のお守りとして人気がある。肉は一匹からとれる量も少なく、希少価値が跳ね上がる。味も良い。
熊はグリズリー。常に腹を空かせており、直ぐに襲い掛かってくる。Lv20。腕力にものを言わせた攻撃が得意。岩は自分の半分以上あろうとも軽々持ち上げ、木は平然となぎ倒して投げつけてくる。パワー型にありがちな鈍さはなく、意外に俊敏。こちらは魔境と呼ばれる様な森や山に稀に出没する。Sランクの冒険者に依頼が出されたり、正騎士による大規模な討伐隊が組まれ、迅速な対応を要求される危険種。毛皮は非常に高価で、肉も高いが、どちらもキラーラビットの素材や肉には及ばない。
馬の名はケルビー。本来は水棲の魔物。生き物を見つけると水の中に引きずり込み、装備ごと食べる力強い顎を持つ。Lv18と高難度だが、住処である水場の側を離れないので、積極的に討伐隊が組まれることはない。森の中をうろついているのは、近くに泉なり川なりがあるのだろうと聞き、アオは喜ぶ。
日々、グズの生活魔法で汚れを落としてはいるが、ダンジョンに潜り、そろそろ半月が経過した。湯舟大好き日本人、なアオは最低でも水浴びがしたくてたまらない。湖でも池でも何でもいいから、入れそうな水場を求めていたのだ。先代勇者のもたらした文化を知っているギル達も同じく。アオからの水浴びの提案に否を唱える事はない。
植物の危険を避けつつ、森の中を歩く。難易度が上がるせいか、魔物との遭遇率は極端に減った。
「レベルはどうだ?」
「まだ18」
二、三度戦っては問うギルに、特に呆れたりもせず、淡々と答えるアオ。
敵の難易度が高いので、基本はギル達が戦い、四肢の自由を奪ったのち、とどめだけアオが担当していた。早く一人で討伐できるようになりたいが、Lv15を過ぎてから突然レベルが上がらなくなった。今までがさくさく上がっている印象な分、もどかしくもある。
「ダンナ! あったっすよ!」
不意にグズが声を上げた。その内容がなんなのか分かったアオがパッと顔を上げる。期待を込めた視線を送れば、大きく頷くグズ。駆けだそうとしたアオの襟首を、ギルが掴んで止めた。首が締まり、ぐぇ、とアオが呻く。
「グズ、そのまま身をかがめろ」
茂みに身を隠しながらの指示。アオもグズも言う通り身を隠す。
グズが見つけたのはそこそこの広さの湖。それ自体は問題ではない。問題なのは、奥の茂みから現れたモノ。
純白の馬。
あまりに美しい白馬の背には、同じく純白の翼。額には一本の角。
有名すぎる伝説の生き物の登場に、思わずおぅ、と小さく呻く。しかし、アオの予想とは違う名前が呟かれた。
「なんでここにユニコーンがいるんすか」
唇を尖らせ、不平を述べるグズ。アオは瞬き、グズを見た。
「ユニコーン? ペガサスじゃなくて?」
「ぺが……? なんすか、それ。あれはユニコーンっす」
「ユニコーンっていうと、清らかな乙女だけを背に乗せる?」
「はぁ? いや、確かにあいつ等は生娘を好んで食べるっすけど、別に生娘を背に乗せたりしないっすよ」
変な事言う、と小さく笑うグズ。アオは首を傾げた。
アオの知るユニコーンと言えば、一般的には清らかな乙女だけを背に乗せる伝説の聖獣。もしくは、物書きとしてかつて調べた伝承を思い起こしても、暴れ馬。獰猛な性格。人になつかない。捕らえても自殺する。清らかな乙女が大好きで、簡単に魅了される。角には聖なる力が宿り、汚染された水を浄化し、あらゆる病に効く。そんな伝説のある獣、程度のものだ。美しい見た目もあり、魔物と言われては違和感を覚える。
「美しい? んーまぁ、確かに綺麗っちゃ綺麗っすけど……」
「あいつらは結構な悪食でな。好んで人族を食うんだが、その時の姿が本性で、醜い化け物だぞ」
その姿を見たことがあるのか、ギルもグズも顔をしかめた。それに少なからず驚きながら、視線をユニコーンに戻す。憂い顔の美しい馬面。あれが醜く歪むなど、想像もつかない。しかし、そんなアオをお構いなしに、ギルとグズは話し合う。
ユニコーンのレベルは50。実は大変危険な魔物だった。複数の魔法を操り、いななき一つで簡単に精神を崩壊させる。また、一番の問題はその飛行能力。飛ばれてしまうと厄介だ。普通の人間ではまず太刀打ちできない。ギルでも簡単には倒せなくなる。グズにマス・フライをかけてもらい、宙に浮くか、本来の姿に戻ってもらい、その背に乗るかしないとならなく、ギルとしてもできれば戦いたくない相手だ。しかし、ここで放置し、後ろから襲われても困る。
仕方ない、と溜息一つ。ギルは影渡りのスキルで影に潜り、ユニコーンの影まで移動した。そして、隠形を発動しながら影から姿を現し、愛用のアサシンダガーを抜き放つ。
湖に鮮血があふれる。ぼとりと落ちたユニコーンの頭が水に沈み、飛沫を上げた。次いで。胴が崩れ落ち、先程よりも派手に水飛沫を上げる。悲鳴を上げたのはアオ。折角水浴びをしようとしていた湖を血まみれにされ、怒り心頭のようだ。茂みから姿を現し、ずかずかと近寄ってくる。しかし、到着する前にユニコーンの死骸も、血も消え、代わりに肉がふよふよと浮いた。
ダンジョンだった、と思い出したアオがすぐに肉を回収する。馬肉となったそれに、微妙な気持ちを抱きつつ、あれは馬、と自分を納得させた。
「他に魔物の気配もない。今日は結界を張り、ここでキャンプしてもいいだろう」
「いいのか? 少し早くないか?」
腹時計から言って、まだ夕方になる前。
ギル達がいるおかげで、基本、3食食べつつしっかり睡眠をとるというリズムを崩していない。大体の時間の感覚はある。
首を傾げて問えば問題ない、という回答。というより、異様に難易度の高いユニコーンが居たので、ギルが警戒したのだ。グズに強力な結界を張ってもらい、アオが水浴びしている間に94階全体を見てきたい、とのこと。突然変異で一体ならば構わないが、そうでないなら問題だ。グズよりもレベルの高い魔物が徘徊するダンジョンなど危険すぎる。看過できないが、アオを連れて行くこともできない。早々に切り上げて帰還を目指すこととなる。
ギルの説明に頷き、アオはストレージを開けた。キャンプ用のテントを取り出す。
「キャンプの準備をする。ギルは気を付けて」
「ああ。グズ、アオの事を頼んだぞ。隠形と影渡りで回ってくる。多少戦闘があったとしても夕飯前には戻れる」
「うっす。ダンナ、気を付けて!」
ああ、と頷くとギルの姿が消えた。ものすごい速さで離れていくのを気配探知で確認しつつ、テントを組み立てる。
「アオ。一応気配探知よろしくっす」
「大丈夫。ダンジョン入ってから一度もきってない」
「まじっすか……すげー……」
気配探知は殆ど魔力の要らないスキルといえばそうなのだが、それでも延々と使えるスキルではない。連続使用は微量でも常に魔力を消費しているのと同じ。更に戦闘中に意識を切らせばすぐに消える。だというのに、この半月きらしていないという規格外の行動――実際は、召還されたすぐ後から一度も切らしていないのだが、グズは知らない。アオも言うつもりはない――。兎に角、そんなありえないことをさらっとやれるような魔力量でないことは、アオに魔力の使い方を教えたグズが知らないわけがない。どういうことだと思うが、実は意外に単純な理由だった。
アオ達異世界人の人種的な問題。不思議な事だが、日本人は何故か自動回復というものを持っていた。これは、一定量の体力・魔力を常時回復する、というもの。ステータス欄にもどこにも記載がなく、常時発動型のため、スキルというより、恩恵か、特殊能力と言ったところだろう。アオが自身にそういった能力がある、と気づいたのはリッチ戦だった。
蘇生魔法の連続使用で減っていく魔力がちまちま回復する感覚。ステータス画面を確認しながら繰り出せば、魔力は減る。しかし、少しすると微々たる量を回復している。そこで初めて自分が常時回復していることに気づいた。リッチ戦の時は1分間に1程度の回復だったが、今は10秒に1回復している。魔力を現しているバーが時折減ったり増えたりしているので、気配探知に使用している魔力よりも回復の速度が速いことが解る。
「勇者まじパないっす~」
羨ましそうに唇を尖らせるグズに曖昧に頷き、キャンプの準備を終える。
ローブを脱ぎ、ブーツを脱いだ。シャツとズボンになると湖に飛び込み、久しぶりの水浴びを楽しもうとするが、あまりの冷たさに思わず這い上がる。肩を抱き、ぶるぶると震えるアオに苦笑し、グズがファイヤーボールを調節し、湖の水を温める。適温になったところで再びアオが飛び込んだ。
ぬぁーと気の抜けた声を上げ、湯を堪能する。必要はないのだが、手でがしがしと頭を洗ったり、肌をこすって体を洗う。一時間程堪能し、上がると、グズの生活魔法があっという間に余分な水分を飛ばした。後にはほかほかに温まったアオがいるのみ。グズも湯を堪能し、特にやることがなくなるとシズカが分けてくれた菓子を頬張る。
送った牛乳で作ったくれたアイスクリーム。安易に生クリームだけを予想していたアオは驚きと共に、シズカを尊敬した。アイスって作れるんだ、と感動したともいう。
食べ終えたカップとスプーンを洗い、ストレージに戻したところでギルが帰ってきた。意外と早い帰り。問題があったか無かったかのどちらか。ギルの表情で後者だと解る。そしてそれは、ギルからの報告で肯定された。
ユニコーンの姿は他になし。
おそらく突然変異。軽く95階も確認したが、見当たらなかったとのこと。今後もダンジョン探索は続けるとのことに一安心する。予定が変わればずれが生じる。あまり歓迎できない。このダンジョンが終わったら遺跡を巡り、1秒でも早く女神を殴りたいアオとしては、まったく歓迎ができない。足止めされなかったことに一安心しつつ、夕飯までの時間、ギルに剣を習った。