18 残念な人
おお!
またもブクマが……!
どなたか存じませんが、ありがとうございます!
頑張ります!
65~69階で果物を大量に収穫したアオは、ほくほく顔で70階のセーフルームに入った。ボス部屋の扉は開いており、ボスモンスターは沸いているが、誰とも戦っていないことがわかる。といっても、そもそも61階以降が誰も踏み込んだ事のない領域だと聞いていたし、並んでいる冒険者にも、ダンジョン内で見かけた冒険者達の中にも、「金糸雀」以上の実力者がいないのは、アナライズで確認済み。「金糸雀」さえ追い抜けば、冒険者がいないのは当然だった。
それにしても、とアオは首を傾げる。
ダンジョンとは一体何なのか、という疑問が今更わいてきたのだ。そして、それをギルに問えば、あっさりと返る答え。
ダンジョンは一つの生き物。巨大な魔物のようなものらしい。瘴気だまりが変異し、核を持っているという話はギルドで聞いた。しかし、実際は、瘴気だまり自体が大きな核となり、生まれた魔物、のほうが認識としては正しい。
生き物を養分とし、成長する。そして、人族や魔族が最も適しているらしい――ここにきてようやく、アオは魔族と魔物の違いを教えられ、自分が今まで魔物と魔族は同じものと考え、ギル達に失礼な事をしていたと知り、謝罪した――。大きさも、栄養素も、そして、瘴気の素となる悪意も十分に持っているので、小さくとも高カロリー食的な存在だとか――つまりダンジョンにとって自分達はカロリー○イトか、と理解した――。そんな人族や魔族を呼び込むために、ダンジョンは宝石や魔石、マジックアイテム、人々が欲しがるものを産み出す。餌につられてやってきた者を魔物が襲い、死体ができればめでたく養分のゲットだ。後は取り込むだけ。
ただ訪れるだけでも問題ない。欲望は悪意の一つ。ダンジョンにとっては十分立派な餌になるらしい。
栄養が溜まれば核は成長し、より巨大なダンジョンへと成長する。成長すれば、ドロップ品や、宝箱の中身の質があがり、更に欲を抱いたものが訪れる。こうして一つの循環式が成立する。
そのため、ダンジョンは体内に生み出す魔物を調整し、管理する。ダンジョンから魔物が殆どあふれ出ないのも、特定の部屋に魔物がわいてこないのも、一定以上の強さの魔物が出ないのも、そういった理由らしい。当然、帰還用の転移魔法陣もその為にあるらしい。ダンジョンに潜ったら最後、出てこられない。では後続が続かないからだ。
無機物そうな存在の癖によく考えている、と思わず感心した。
理性も知性も持ち合わせていそうな存在に、魔物ではなく、魔族ではないのか、と思うが、瘴気だまりから生まれるものは全て魔物。理性や知性ではなく、ただただ捕食するための手段の一つでしかないうえ、核とは対話も不可能。そのため、やはり理性も知性もない、と判断される。
ちなみに、核を見つけ出し、破壊すればダンジョン自体の崩落につながる。破壊しなくとも、少し削れば小さくなる。このダンジョンも深さ次第では少し削る予定らしい。ダンジョンがあまり深くなると誰も挑戦しなくなり、そうすると餌を求めたダンジョンが、付近のモノを全て飲み込み始めるのだとか。こういった行動から、ダンジョンはゼリー系の魔物の一種ではないかと考えられている。
ギルは、戦場では一人の戦闘員。普段なら魔王の影に潜み、守る護衛だが、時折魔王領にできたダンジョンを視察して回り、管理することもあるらしい。人間領でも、人が管理していない、森や山等のダンジョンは時折見て回ることもあるとのこと。だからギルの地図には世界中がほぼ記されており、アオの護衛に抜擢されたのだ。マッピングは自分が訪れたことのある地域の一定範囲しか記されない。グズもギルと組んでからはそういった仕事をこなしているらしい。二人のレベルが異様に高いのはそういった理由だ、と聞き「成程」と納得した。
大賢者というチートは仲間にならなかったが、十分チートな仲間だったと知り、心中で魔王に感謝する。
疑問も解消し、先に進むべくボス部屋を覗く。そこには巨大な食人植物。うねうねと蠢く蔦。果物狩りをした食人植物とは違う形だが、どう見ても同じ系統。
「……残念」
「ん?」
突然の呟きに思わずアオを見る。アオはギルとグズを見、それからふぅ、と一つため息零した。
「残念」
「何がっすか?」
再び呟かれた言葉に、グズが首を傾げアオは緩く首を振る。何が言いたいのかわからず、グズとギルは顔を見合わせた。そして、ボス部屋にいる食人植物を見る。
巨大ウツボカズラ。ギルよりも遥かに大きい。もしも取り込まれたら這い上がることはできないだろう。根は最早木の幹と言った方が正しい。そして、床にはびっしりと蠢く蔦。これを掻い潜って根元に到達するのは、到底不可能だと解る。今まで蔦を避け、根元を斬るという手法をとっていたが、それができずに気を落としているのだと思ったその時だった。
「折角のムフフ系なのに……いやんあはんが期待できないメンバー……」
顔の造形が残念な三人。さらに言えば、頭の出来が残念なお子様二人に筋骨隆々過ぎて特殊系すぎる一人。これは残念、と呟くアオに、ギルの鉄拳が落ちる。グズは苦笑を浮かべ、常識人ギルの説教が終わるのを待つ。
ボス戦前に何とも呑気な風景。しかし誰も気にしていない。
「まったくお前という奴は……まぁ、敵を前にして気負わないのも重要な事か……」
どこか諦めたように呟くギル。それにひと段落ついた、と判断したグズがまぁまぁ、と割って入った。
「そろそろ進むっすよ。アオ、あれの倒し方はわかるっすか?」
「うーん……どうだろう……蔦、邪魔だな」
床一面の蔦。掻い潜るのは至難。蔦に触れれば襲い掛かってくる。気づかれずに、というのは無理かもしれない。だからと言って、正面から当たるのも愚策だろう。この蔦を見るかぎり。部屋の外から燃やすべきか、しかしそれで自分達と戦ったことになるのか。というか、放った火一撃で倒せるのかどうかも疑問だ。もしも倒せなかった場合、閉まった扉は開くのか。
「ちゃんと考えていて偉いっすよ~。でも、こういう時はよく見るっす」
示される蔦。ボス部屋の入り口付近。次いで、少し先に入った場所にある蔦。あれ、と瞬いた。ほんのわずかだが、色が違う。思わずグズを見た。
「わかったっすか? あの少し青い方が本物。少し枯れてるように見えるこっちは、別な、普通の植物の蔦っす」
「だが気をつけろ。普通の蔦の下に紛れていることもある。必ず足を置く前に剣やナイフで蔦の下を確認するんだ。それと、流石にあれはそのナイフでは斬れない。これを使え」
差し出される剣。それはギルが普段使っている鉄の剣。彼の本来の武器は別にあり、鉄の剣は剣士としてのカモフラージュで使っているだけなので、なくても困らない。
「折れたらどうする?」
「その時は俺が代わろう。だが、折らないように攻撃するんだ。それもまた、訓練だ」
わかった、と頷き、ボス部屋へと足を踏み込む。ゆっくりと、慎重に。ギル達は入ってすぐのところで待機する。
ギルの指示通り、一歩ごとに先を確かめ、じりじりと本体へと近づいた。近づけば、その大きさにくらりとする。
見上げるほど巨大。両手を回そうとしても届かないだろう。
あともう少しで根元、というところで戸惑う。何度ルートを変えても剣が届くほど近い場所に到達できない。
ウロウロと根元周りを彷徨うアオに、そういえば、クレリックとしてしか戦わせていなかったことを思い出す。
「アオ、お前の本来の職業は勇者だ。攻撃系も持っているだろう。その中に中・遠距離はなかったか?」
ギルからの言葉におお、と手を打つ。すっかり忘れていたが勇者であることを思い出した。そもそもそれがこの世界に連れてこられた理由。たった一月程度の日々で忘れる程、アオにとってはどうでもいい理由。しかし、思い出したからには自分の中にある力に意識を向ける。
忘れていたスキル。
足場を確認し、肩幅程度足を開く。ギルから借りた剣を構え、ゆっくりとふるった。
重い。
聖剣と違い、普通の剣はそのままの重さがかかる。振りぬくだけでもバランスが崩れる。しっかりと腰を落とし、足を踏ん張り、耐えた。
スキル風の刃。
剣専用のこの技は、ナイフを使っていたころには使えなかった。そのため、剣自体に慣れていないアオの振るった剣は遅い。それでも剣先から剣風がうまれ、幹に到達した。すぐに能力向上Lv1(攻撃力アップ)を自身にかける。攻撃力を底上げし、何度も剣を振るった。
なかなか切り倒せず、全身が汗だくになる。額から流れる汗が、足元の蔦の色を変えるほど伝い落ちた。途中、剣を落としそうになり、久しぶりに柄を握る自分の手を、布でぐるぐる巻きにする。
アオの筋力を考えればナイフが妥当だが、これから先を考え、剣を持たせるべきだな、と考える。
聖剣は持ち主なら重さを感じず、斬りたいもの全てを斬ることができる。しかし、普段は使えない。持つことすらできない。それほど有名な剣。何より、聖剣をアオに渡したのが女神である以上、無闇に取り出せない。もしかしたら特殊な呪いをかけられ、居場所が特定されるかもしれない。したがって、魔法や呪いの効果が出ないストレージの中で肥やしになっている。その危険性をアオには説明済みで、納得し、了承を得たうえで、今後も使わない事を決定している。だからこそ、ダンジョンだ。ダンジョンなら、深さによっては魔剣が出ることもある。
もしもこのダンジョンが噂通り100階まであったら、超低確率ではあるが、魔剣が出る。それは過去、手に入れたことがあるから、ギルは確信していた。だからこそ、難関と噂のこのダンジョン都市を選んだのだから。人族には難関かもしれないが、自分とグズなら200階クラスのダンジョンも制した事がある。問題ない。
魔剣は軽く、切れ味が鋭い。アオでも扱えるはず。
100階以降のボス部屋で延々ボス狩りをする予定だ。ボス部屋は常に一方通行。だが、先のセーフルームにさえ入らなければ、一時間おきに延々ボス狩りができる。そこで装備が揃うまで狩る。それがギルの計画。装備にかかる金も節約でき、何より、人族の街で買える装備よりも遥かに優れた装備が手に入るのだ。アオのレベルも上がるし、文句などでようはずがない。後はこのダンジョンが噂通り100階か、それ以上あることを祈るばかり。
いずれ、一人で神界へ赴き、女神と対峙するアオに、自分はどれほどの事ができるのか考える。難易度の高い仕事に、それだけ自分を信頼してくれている魔王を思い浮かべ、感謝した。絶対にその信頼に報いる、と決意を新たにしたところで、ようやくアオが根元を斬り倒す。
現れた宝箱は大きく、金色に輝いていた。明らかに50階や60階とは違う。
「お……」
宝箱を開けたアオが小さく声を上げた。そして、宝箱の中に左手を入れる。持ち上がらないのか、妙に装飾の良い棒上の何かを左右に振る。
「斧出た斧」
「何?!」
100階に到達していないのに武器が出たことに驚き、近寄る。
宝箱の中身は、底にぎっしりと金銀財宝が敷き詰められ、その上にアオが言うとおり、斧が鎮座していた。魔斧と言うには物足りないが、人族の武器屋では見られないだろう。ドワーフ作レベルだ。だが残念かな。誰も斧を使えない。ギルならば振るえるだろうが、生憎斧を使ったことがないのでパスされた。とりあえずギルが持ち上げ、アオがストレージを開いて受け取る。そして、アオの手にぐるぐる巻きにされた布を取り、剣を返してもらった。ギルが剣を鞘に戻す間に、アオが財宝も回収する。金貨千枚と宝石が数十点。宝石がちりばめられた装飾品が十数点。ポーション(中)三本。ポーション以外は今夜全部魔王に送ろうと考え、ギルから待ったがかかった。
「斧はとっておいてくれ。もしかしたら使うかもしれん。魔剣が出るほど深いダンジョンではなかった場合、踏破の証として一緒に提出することがあるかもしれない」
「ああ、わかった。そういえば、踏破すると変なアイテム貰えるんだったな」
「支配者の証っすね」
ダンジョンを踏破すると、最後のボスが必ずドロップするアイテム。それが支配者の証。本来それは核を見つけ出すために使う。しかし、人族はそれを知らない。ただ、その証が出た先に階段はなく、地上へ戻る転移魔法陣しかないので、それをダンジョン踏破の証としているのだ。
自分達が装備を荒稼ぎした後は、核を破壊はしないが、斬り、70階くらいまでのサイズにしようとしていたので丁度良い。最も、魔剣が出たら斧は魔王へ献上するかもしれないが。一応、今夜魔王と連絡する際に、仔細伝えようと考え、先へ進んだ。