17 失って得たモノ
奇声を上げて襲い掛かるトレントに似た魔物。アルボルという名前で呼ばれている。見た目はトレント同様木だが、違うのは、トレントは春夏秋冬で装いが変わる。春は花が咲き、秋には実がなり、といった具合に。だがアルボルは年中枯れ木。そして、苦悶の表情のような模様が浮かぶ樹皮。3~5m程の高さ。
木なので火に弱い。だがここはジャングル地帯。簡単に火事になりそうで、普通なら火を使うのを戸惑うだろう。普通なら。今目の前には、炎のサイズと、燃え盛る場所を完璧に管理された火の玉に襲われ、為す術なく木炭に姿を変えていくアルボル。アルボルは状態異常の範囲攻撃や、魔法攻撃があるので、グズが魔法でさくさく倒しているのだ。
「こういう奴がいる場所って、一緒にドリアードとか、トレントとかいるんだと思った。そんで、木の実が食えるんだと思った」
木炭をアイテムボックスに回収し、今度シズカに炭火焼きでBBQとか、焼き鳥とか作ってもらおう、などと考えつつ、ぼんやり口にする。
「ドリアードは人族、トレントは魔族だな」
「あいつ等の木の実はちょっと特殊で希少価値っすから、手に入れるのは難しいっすよ。木の実なら、食人植物なんかのがあるっすよ。あそこに群生してるっぽいすから、ちょっと行ってみるっすか?」
「いく。果物食べたい」
思考の基本が食事に直結しているアオ。即答だった。
少々女性としてどうかと思い、一応何度か注意をしたのだが、同じような思考回路のグズ――彼の場合は本性が獣だから仕方がない――が共に居り、また、元の世界に比べ、娯楽がないのだから、と言われては、何も言えない。ギルだってアオがこちらへ来た事情を知っている。そして、そのことに関して憐れにも思う。
アオの居た世界は平和で、娯楽に溢れていたらしい。色々聞いたが、ギルには理解のできない遊具で、勇者になったり、狩人になったりして遊ぶらしい。説明を聞いてもよくわからなかったが、とりあえず、アオがそれを楽しんでいたのだ、というのは理解した。
自分が楽しんでいた娯楽はなく、故郷の味を模した料理も、調味料が違うので、微妙に違う。それはとても悲しい事なのだろうと思う。
家族の話もちらっと聞いたことがあった。大好きな家族だと伝わってくる、そんな語り口だった。そんな家族とも離れ、娯楽もなく、食事も違う。どれほどの負担だろうかと考えたが、自分が例えばアオの世界に行ったらどうだろうと考え、身震いした。とてもではないが、耐えられない。アオを含め、異世界から来た三人は恐ろしいほどの精神力。そういう評価を下すしかない。
小さな子、という印象が強いアオが、自分達の言葉によく耳を傾け、この世界で生きながら、望みを叶えようとする姿に近頃妙に目頭が熱くなる。心の中で何度もエールを送った。本人に言えば、無言で睨まれるので言わない。アオは同情が欲しいわけではないのだから。
そんなことを考え、見守るアオの目の前には食人植物。ヤーブロニャとリマオン。ヤーブロニャに生るのはリンゴ。リマオンに生るのはレモン。
食人植物に生る実は、その収穫の難易度から超高級食材だったので、市場で見ることはなく、魔王城で働くギル達でさえ、あまり見かけない。というか、わざわざ食べない。
蔦を使う食人植物達の倒し方をグズに習い、実践するアオ。といっても、蔦を松明で焼くと暴れるので、植物に気づかれないように、地に張る根を踏まずに根元まで潜り込み、斬る。ただそれだけだが。15㎝のナイフしか持っていないアオには一苦労らしく、大粒の汗を額に浮かべながら根元を殴るようにして斬っていた。
食人植物には目や耳はない。精々蔦を踏んだら巻き付く、蔦を焼いたら蔦が手あたり次第暴れ、叩き、絡まり、締め上げる程度。つまり蔦にさえ触れなければ根元で何しようが問題はない。後は当人の力量次第。
ガツッガツッとナイフではなかなか聞けない音を響かせるアオに、心の中でエールを送る。最早気分は、子供の成長を見守る親に近いかもしれない。
何とか数体の根元を切り倒し、その近くの幹に生った果物に手を伸ばす。しかし、残念かな。アオの身長では殆ど届かない。その場で跳ねたりしていたが、熟れた実は遥か高い頂から悠然とアオを見下ろしていた。煌々と輝く赤い実。黄色い実。幹に手をつき、届かぬ宝石に必死に手を伸ばすようなアオ。何だか小さい生き物が頑張っている、とほっこりしていたが、グズに袖をひかれ、現実へと意識を戻す。そこには絶対に堅気ではないといえるほど目つきの悪い少年――アオは女性だが、どう贔屓目で見ても少年に見える――が、苛立ち、八当たり気味に幹に蹴りを入れるガラの悪い姿があった。
「アオ、俺がとる。受け取ってくれ」
先程の小さい子云々は幻想だったか、と溜息零し、近寄ると次々果実をもぐ。受け取り、ストレージにしまうアオ。微妙にふてくされているのは気のせいだと思うことにした。
果実全てはとらず、いくらか残すのは自然の生体を乱さないため。ダンジョンなら気にする必要はないのだろうが、これは普段の癖のようなものだ。植物も動物も、何もかも、己の欲望で狩りつくしては次の世代に伝えられない。10年20年、否、100年、200年先にも世界の恵みは伝えるべき、というのが基本的な魔族の考え。自然と共に、自然に感謝して生きる。
特に語ったことはないが、ギルのすることに疑問も、反対もなく、アオもストレージを閉じた。
「67階にきてようやく肉以外をゲット……よし! 牛乳と卵をセットで送って、ケーキかタルトつくってもらおう!」
「なんすか、それ」
「お菓子だよお菓子。甘くて美味いんだ。きっとシズカなら作ってくれる!」
「金糸雀」のディグルも料理上手だったが、彼よりも、というか、彼なんか足元にも及ばないほどの料理上手のシズカ。先日の通信で、料理人というスキルを手に入れていると聞いた。それは美味いはずだ、と思う。
因みにコウスケは帰る方法を探しつつ、調味料の研究をシズカと共にしているらしい。研究者というスキルを手に入れ、新しい調味料を次々開発しているとか。ほぼ完ぺきに近い、味噌と醤油という調味料を開発した、と聞いた時のアオのテンションは、見慣れているギルでも引くレベルだった。まさかの号泣だったのだ。あの凶悪な顔をくしゃくしゃに歪め、自分よりも不細工な顔だったと断言できる。最も、それでも少し違ったらしいのだが、今までと比べ、劇的に近くなったのだとか。何が違うのかわからないギルには慰めの言葉も思いつかない。シズカが改良を重ねているらしく、それが上手くいくことを祈るばかりだ。
いつか魔王が言っていた。
日本人とは、食に貪欲な人種。怒らせたければ連続して不味いモノを出せ、そういわれている程だ、とか。
だからこそ彼らはあれほど食べるものにこだわっているのだろう。
「そういえばアオ。お前、酒は飲まんのか?」
「飲んだことがない」
ふと疑問に思い、問えば、簡潔な声。そうか、と頷き、このダンジョンを出たら飲ませてみるのもありかもしれない、などと考える。
小さく、子供のように見えるアオだが、20歳。酒が飲める年である。人族の酒は魔族のギルからすれば薄い、子供の飲み物のようなもの。安易に考える。
「ダンジョンを出たら飲んでみないか? 俺もグズも飲めるし、シズカの作った料理は酒に合うはずだ」
「いいっすね! 俺の見た目じゃ酒場では無理っすから、樽の持ち帰りになるっすけど、アオが居れば荷物にもならないっすよ」
久しぶりに酒が飲めそうな話題。意外と酒好きだったグズが手を叩いて喜ぶ。それに、ふむ、とアオは頷いた。飲んだこともなければ、興味もない。それでもギル達が飲みたいのなら付き合うのもいいだろう。
あまり人付き合いは好きではない。二人ともなれ合うつもりもなかったが、この一月少々の日々、考えを改めた。自分の為にあれこれ心砕き、わざわざ戦争中の人族の領地を共に歩く二人。それはもとの世界で、惜しみない愛情を注いでくれた家族たちと同じ。既に二人はアオにとってこちらの世界での家族のような立ち位置を確立しつつあった。付き合ってみるのも面白いだろう。もし、帰れなかったとしたときの心の拠り所にするかもしれない。そんな甘ったるい考えをもち、同意した。
大きな手が頭を撫でる。がしがしと力強く。自分よりも小さな体が喜びの余り抱き着く。思いのほか強い力で。アオはそれが妙に嬉しかった。
次回更新予定日は2018/08/30(木)です。