15 金糸雀
感想ありがとうございます!
これからも頑張ります!
まさか感想がつくなんて予想外過ぎて……気づくの遅れて申し訳ないです!(平伏)
そしてまたブクマが……!
めっちゃ嬉しいです!
どなたか存じませんが、ありがとうございます!
47階から48階へ下る階段の前。張り付いている女。美しい緑の髪は、驚くほど艶やかな光を放っている。高く結い上げて邪魔にならないようにしているが、彼女が呼吸をするたび、さらりさらりと流れ、前に、後ろに姿を見せていた。
不意に女が顔をしかめた。すぐに気づき、エドワードは近寄る。
「どうかしたのかい、ノア?」
「エド……『暁』全員の気配が消えた」
言われた言葉にエドワードも眉根を寄せる。
「暁」エドワードが名付けた冒険者チーム。カメーネの街から突然現れたルーキー。初期から高レベル、高性能の塊で、登録から僅か10日でCランクに名を連ねた。それだけでも嫉妬の対象だというのに、聞こえてくる彼らの噂は伝説級。Dランクでありながら、討伐依頼ついでにキラーサーペントを退治してきた。ヌエを退治してきた。キマイラを退治してきた。そんな噂があるのだ。いずれもBランク以上の冒険者が、5人以上でぎりぎり勝てるかどうかだというのに。それをまさかの「ついで」で、Cランクに上がるまでの10日間で、狩ってくる。普通に考えてありえない。エドワード達でさえ、それなりに準備をしてかかる相手を雑魚扱い。
カメーネは冒険者にとって夢のある都市ではない。したがって、高ランクの冒険者がいない。誇張した噂を流しているだけかもしれない。そう言い聞かせて自分を落ち着かせてきた。実際に会ってみたが、そこまですごいチームには思えなかった。ダンジョン内でキャンプ地が一緒になった時も、子供二人は実に子供だった。だが、その前に、その子供がたった一人でボアジェネラルを狩り続けているのを見たエドワードは、彼らを子供とみなさない。
翌日、ボスモンスターを倒した後のポップまでの1時間。自分が見た事、感じたことをメンバー全員に伝え、41階からのアンデッドゾーンで彼らを利用することを提案した。彼らのうち、目つきの悪い少年はクレリック。アンデッドには非常に有利な職業。けして悪い案ではない。アイテムの節約等をかね、メンバーも快諾した。
チームメンバーのノア――ノアフォードがスキル気配探知を使い、常に「暁」からつかず離れずの位置をキープし、魔物との戦闘は全て「暁」のいる場所まで敵を誘導した。戦いながら、無駄な魔物達の巻き込みをしないよう気を付けて連れて行けば、モンスタートレインではない。相手も文句は言えないのだ。
面倒の押し付けついでに手の内を探れたら僥倖。
しかし、戦ったのはクレリックの少年のみ。何度押し付けても、断ることはないが、手の内をみせることもない。
「アオ、お前がやれ」
「アオ、あの魔物は■■っす。弱点は○○っすよ!」
こんな感じで残り二人は一切手を出さない。クレリックの少年が見せたのも治癒Lv1と、ナイフでヴァンパイアバットを器用に切り落とすというだけ。Lv20の戦士のスキル、7属性を操る魔法使いの使用可能属性も分からなかった。クレリックの少年の手の内より、残り二人の手の内の方が、エドワードにとって知りたい内容だったのに。
エドワードの考えを見抜いていたのだろうか、とも考えたが、けして断らないのだからそれも違うのだろうと思っていた。だから完全に油断していた。まさかノアフォードの気配探知から逃れてしまうなんて。
気配探知の範囲は個人差がある。その中でノアフォードの気配探知の広さは、エドワードが見てきた中でもずば抜けていた。これを超える人間はいないだろう。そう確信できる程に。そのノアフォードの気配探知から消えたのだ。慌てて下階に降りれば晴れかけの薄緑色の霧。
「……これは……ステルスポーション……」
「成程、これで気配を消したのか……」
すぐにノアフォードが霧の正体に気づく。
ステルスポーション。使用者とその周囲2m内の気配を消す霧を発生させる。これを使われると気配探知の効果が切れてしまう。しかし、効果の持続時間は僅か1分。そんな時間でノアフォードの気配探知外に逃れるはずがない。
「いるか?」
「……いない。変だ。私の範囲はこの階全てを覆った……なのにいない」
「もう下に降りたっていうのか?」
「ありえないだろ、エド。この階は戦わなかったとしても、地図がなければ、抜けるのに最速でも半日はかかるんだぞ」
騎士のディグルが肩をすくめ、エドワードの言ったことが如何にありえない事なのかを指摘する。それに、エドワードも自分が言ったことが如何に馬鹿げたことだったのか気づき、苦笑した。おそらくステルスポーションを複数回使いながら進んでいるのだろう、と結論付けた。実際にはエドワードが言った内容が正しかったのだが。そんな事知る由もないエドワード達は、仕方なく作戦を変更する。
ノアフォードの職業は忍者。特殊職業の一つ。隠密偵察に優れた職業。彼女のスキルを使い、偵察をしてもらい、安全なルートを選びながら先へと進む。
一度も戦闘をすることなく、階段前に辿り着いた。所要時間は10時間。自分達で地図を作成済みの彼らにしては、多少時間はかかったが、戦闘を一度もしないという幸運に、ノアフォードを褒め称える。
「流石ノア」
「ノアがいてくれてよかったよ」
口々に相手を褒めるのは「金糸雀」の流儀ともいえる。チームメンバーの仲を良好に保つ重要なことだと、エドワードは思っている。互いを認め、足りないところを補い合う。それが性別も、人種も違う「金糸雀」が5年もの間、トラブル一つなく、Aランク冒険者を続けている理由。
さて、とエドワードはノアフォードを見た。
「ノア、『暁』の気配は?」
「ない」
「まいったね。流石にアイテムボックス持ちがいると、装備品の内容が読めないな。まさかこんな大量にステルスポーションを持ってきてるなんて」
「どうする? リーダー」
問われ、そうだね、と考える。時計を取り出し、確認する。今はまだ、昼の2時。次の階を踏破できれば、確実に安全なセーフルームがある。勿論、そこでも見張りをたてながらのキャンプとなるが、現在この階を探索しているのは「金糸雀」と「暁」のみ。そこまで気合の入った見張りをたてなくても問題ない。
ちらりとノアフォードへと視線を向けた。連続して複数のスキルを使用している彼女は、おそらく疲労が最も溜まっているはず。魔力の消費も激しいだろう。気配探知はあまり魔力を使わないスキルとはいえ、その他にも複数のスキルを同時使用しているのだ。
「ノア、すまない。49階踏破までお願いできるかな? セーフルームで休んだ方が安全だし、そこで『暁』を待とうと思うんだ。51階からは未知。咬ませ犬は居た方がいいと思うし」
「ああ。大丈夫。行こう」
頷くノアに感謝しつつ49階を進んだ。流石にセーフルーム直前でノアが魔力切れを起こし、数回戦闘があったものの、目立ったアイテムの消費もなく、セーフルームに入り込んだ。
時計で時間を確認する。夜の8時。
「よし、キャンプの準備だ。ディグルとゼンシはいつも通り料理を頼むよ。ノアは僕とテント設営。マリアは泥棒除けの結界をお願い」
なれたように全員が動き出す。エドワードの担当はテントの設置。貴族出身の彼だが、冒険者になって10年以上。もはや手馴れ、ノアフォードと共に、物の数分で5人全員の入れるテントを設置した。その後は自分の武器を磨く。バードの彼だが、一応細剣を持っている。短剣でも良かったが、持ち易かったので細剣にした。とはいえ、ここ数年、一度も振るった記憶がない。いつだって傷一つないそれを磨き、リュートの調律を確かめる。
音がなければ歌えないわけではない。ただ話すだけで言葉に魔力が乗る。けれどもそれでは人との会話もままらない。
職業が発現した少年時代のエドワードは悩んだ。誰かと会話するだけで力ある言葉が他者を傷つける。段々と口数が減っていったエドワードを救ったのは、友人のディグルだった。
当時すでに騎士の職業を発現し、騎士見習いとして王宮勤めだった彼は、エドワードの職業を城の図書館から探し出し、リュートをもってきたのだ。騎士見習いの給料なんてたかが知れている。それなのにその給料で、嗜好品として高級なリュートを買ってくれた。三男とはいえ、貴族のエドワードから見れば安いリュートだが、この世で最も高価なリュートだと思っている。そしてディグルは、歌う時だけ魔力が乗るようにする訓練に毎日付き合ってくれた。
訓練の甲斐あって、普段の会話に魔力が乗ることはなくなった。その時からずっと使い続けている大切なリュート。もう20年近い付き合い。ディグルとの友情の証だと思っている。実際は騎士道精神による「困っている人を見たら手を差し伸べる」という行為の果てなのだが、エドワードは知らない。因みにディグルは、エドワードがリュートの事を「友情の証」と称するたびに微妙に居心地が悪い思いをしているが、現在は親友だと思っているので、とりあえず黙っている。
大切なリュートを武器や防具よりはるかに丁寧にメンテナンスしたエドワードは、ようやく満足げに顔を上げた。と、こちらにやってくる可愛らしい顔立ちの女性。ピンクの髪は綿毛のようにふわふわと揺れ、赤ピンクの目はくりくりと大きい。愛らしい子供のような顔をしているが、実際はエドワードより年上の女性。ピクシー族のマリア。可愛らしい童顔はピクシー族の特徴の一つ。彼らは12歳くらいまでは普通に成長し、そこからぴたりと成長が止まる。死ぬまで子供のような見た目をしているのだ。背中に透明な羽をもつが、飛行能力はない。エルフ同様魔力の基本量が多く、スキルを多数使用できる。
「エド。ごはん出来たわよ」
「ああ、ありがとう。今いくよ」
呼びに来たからと言って彼女が食事を作ったわけではない。残念なことに、エドワードのチームにいる女性二人は、共に料理ができない。美食家で大食らいのエルフ、ノアフォードと、小食なマリア。どちらも美しい女性に違いないが、彼女たちに食事を作らせることはけしてない。そして、それについてエドワードが語ることもない。けして。
リュートを専用のケースに入れ、腰にぶら下げる。
冒険者たるもの、いつ、いかなる時も、己の武器を手放すことはない。第二武器ならまだしも、専用武器、愛用の武器はけして手放さないのだ。料理中でもディグルが剣を置くことはない。食事中にマリアが杖を置くことも、ノアフォードが小刀を置くことはない。結界を張っても油断はしない。こうした事が自然とこなせるほど長い間冒険者家業を続け、Aランクという高位ランクに所属する「金糸雀」
「エド、遅い」
「すまん、エド。ノアを止められなかった」
「大丈夫だよ、ゼンシ。食事前のノアを止めるなんて、魔王でもきっと無理だよ」
既に食べ始めているノアフォード。エドワードが来るのを待っていた武闘家のゼンシが肩を落とすが、エドワードは笑う。そしてその言葉にディグルとマリアが大きく頷いた。
ダンジョン50階だというのに緊張感がない。当然だ。彼らは一度ボスモンスターを撃破している。既に備えも万端だ。既に彼らにとって、正体も対処法も分かっている、50階のボスモンスターなんて問題ではない。普段通り食事を始めた。
「それで、どうする、エド」
「暁は絶対にまだここに来てないはずだ。待つのか?」
質問に、そうだね、と食事をする手を止め、考える。
チーム「暁」。構成も、メンバーも異質なチーム。それでも自分達より上だとは思はない。となると最速で来た自分達と違い、彼らは前の階で足止めされているはず。寝ずに夜通し歩いたからと言って、簡単に今エドワード達がいる場所にはたどり着けないだろう。となると、最速でこの場所に辿り着くのは明日の昼。普通に考えれば明日の夜辿り着き、翌日ボスモンスターと戦うことになるだろう。ものすごく遅く見積もって明後日の昼だが、あのチームはおそらくそんなに遅くはない。それくらいの実力はある。
ボスモンスターを倒した先のセーフルームでは、偶然、という事は難しい。1時間以上もの間何をしていた、となる。
51階からは未知の領域。できれば安全策として、斥候に「暁」を使いたい。彼らを先に進め、できるだけ安全な位置で出てくる魔物や、魔物の特徴、弱点を確認してから進みたい。何かあったときは「暁」を使いたい。例えば、戦闘の手伝いとして。例えば、回復薬の代わりとして。彼らが断ってきたら、自分の声に魔力をのせ、従わせてもいい。
「……明日の昼まではここで「暁」を待とう。彼らは使える。けれども、それ以上は僕たちの荷物の関係上待てない。先に進もう」
アイテムボックス持ちがいない以上、持てるアイテムに制限がある。食料、回復薬。下階でのドロップアイテム。色々と考えて、何日もこの場で待つのは難しい。普通に考えれば、エドワードの下した決断は正しいはずだった。しかし、残念なことに、「暁」には普通は通用しないのだ。
エドワードは知らない。彼らがいかに規格外なのかを。この時点で既に10階下の60階に到達していたなど、想像もつかなった。そして、その判断ミスにより、半日を無駄にしたエドワード達。後に、来るはずもなかった「暁」を、思っていたより使えない、等と酷評しながら、彼らがひと月ほどかけ、10階下に降りたころに、「暁」がダンジョン踏破していたなど、想像もしていなかった。
次回更新予定日は2018/08/24(木)です。