13 肉々しく肉祭り
20階ボスモンスター、ボアファミリー。ボアロード1体。ボアキング1体。ボアジェネラル5体。そしてボアが10体。ただひたすら大きさの違う、装備が違うイノシシ狩りである。狩り終えた後、落ちた銅の宝箱。その中には低位ポーションが三つと金貨が10枚。悪くない戦果を回収し、ついでに、「金糸雀」の気配がないことを確認してから魔王と通信する。
グズの通信魔法は任意の相手を魔法で作った鏡に映し、会話するというもの。そして、その鏡の中にものを放り込めば、相手に届く。ただし、相手が受けてくれないと通信はできない。
宙に浮かぶ、120㎝程の鏡に映る魔王。ギルは深々と一礼し、暫くぶりの通信を詫びた。それから現状について軽く説明する。
現在、ダンジョンに挑戦中である、と。そしてたった今20階をクリアし、これから21階層へと踏み込む旨を伝え、19階層で手に入れた猪肉を託す。いい加減料理の一つくらい覚えようとしたらどうだ、という苦言も馬耳東風と聞き流すアオとグズ。ギルだけが大真面目に平伏していた。
グズは忘れそうになるが、獣なので料理ができなくても仕方がないが、アオは人族。しかも本人申告によると、成人しているとのこと。まぁ、成人――こちらでは15歳――くらいだろうとは思っていたが、普段からの言動のせいで一瞬はい? と首を傾げたくもなる。だが、シズカやコウスケも20を過ぎているといっていた。随分と若い顔立ちなので、大変驚いたが、ニホンジンという種族はそういうものだろうと納得した。成人している大人が子供のような、と頭を押さえる魔王。預かっている身であるギルは、己の教育の質を問われるアオの態度に、真っ青になって頭を下げる。当然、ギルの責任ではないのだが、ギルはアオを15歳くらいだと思っているので、教育も任務に含まれていると思っていた。
目上の者に対する態度としては不適切な態度をとるアオのせいで、ギルの神経がすり減りそうな通信となった。しかし、最後に魔王からのアオは20歳、という爆弾発言にギルもグズも顎が外れそうな程ぱかんと口を開けて終了した。このガキが20!? 大人ってなんだっけ? という思いに哀愁が漂いさえする。
ずきずきと痛む頭を押さえながら、ギルは二人を連れて21階層に降りる。
通路は薄暗く、松明はない。グズがライトの魔法を中空に浮かべる。本来、このスキルはないことになっているが、別に冒険者カードにスキルが記載されているわけではない。魔法使いならばこの魔法使えます、と言ってしまえばいいだけだ。少々せこいし、もしアナライズ持ちに出会ったら嘘がバレてしまうが、アナライズは巫女と勇者だけの固有スキル。ダンジョン内ならば問題ないだろう。一応ダンジョンを抜けた後に、全員のステータスの書き換えを行うが。
ライトの魔法は、宙に光の玉を生み出し、数m先までを照らせる。そして、特に意識しなくても、術者と一緒に勝手に移動してくれるので、ダンジョン等では重宝される。
急襲等の不意打ちに備えつつ、下へ降りる階段を探す。この階での主な魔物は、50㎝程の高さで、二足歩行の羊。シープマンと呼ばれる、パッと見、丸々として可愛らしい魔物。ただし、多彩な魔法の使い手で、5~6体で襲ってくる。個体別に特異な魔法が異なり、油断しているとあっさり全滅の恐れがある。そしてもう一種類。シュトライテンゴート。通称戦う山羊。110㎝程の二足歩行山羊。生意気にも鎧を着、盾を構え、武器を構える。武器は剣、槍。1体での出現だが、非常に素早く、小回りが利き、侮れない。どちらもLv10の魔物だが、その強さから、Bランク以上の冒険者、5人はいないと敗北は確実。
この21階からは急に難易度があがるのだ。勿論、ギルやグズにとってはただの雑魚。しかし、アオには脅威。だが、アオはレベル上げではなく、またしても肉を求めてこの階での戦闘を希望した。それを却下したのはギル。ごねるアオを、腰にぶら下げていた縄でぐるぐる巻きにし、担ぎ上げた。グズの魔法でサクサク倒しながら進む。当然アオが倒していないので、ドロップアイテムは殆ど肉。それを見たアオは大人しく回収だけをすることを約束し、縄をほどいてもらった。
ギルはアオに危険が迫る戦闘を良しとしない。例え過保護と言われようとも、魔王からアオの護衛を命じられた以上、アオを守ることが第一優先事項。アオの育成指導は二の次なのだ。それが解っているアオも無理に逆らったりはしない。今回は羊と山羊の肉が欲しくて我儘を言っただけ。少々食に貪欲すぎた、と反省する。次に生かす気はさらさらないのが困りものだが。
大人しくドロップアイテムの回収だけをしながら降りた26階。アオの顔が輝いた。目の前には牛にそっくりな魔物。四つ足で、筋肉質な立派な体躯の黒毛牛。カローヴァ。非常に獰猛な性格で、動くものを視認したその瞬間には突撃してくる。ただし、攻撃は真っすぐ直進する突撃のみ。Lv14と高いが、ボアジェネラルと同じ雑魚、という判断でアオに好きなだけ狩る許可が出た。これに狂喜乱舞したアオが、一日中この階に居座り、延々狩りを始めた。
百体以上もの牛をただひたすら狩る。猪の時に比べて軽やかに、嬉々として。しかし、矢張り悲しいかな。幸運値の高いアオのドロップ品は、殆どがレア素材。特に、高級な水牛の角がボロボロ落ちる。次いで革。そして、ドロップ率0.03%といわれる、最もレアな牛乳まで10回近く落ちた。その際に、乳牛じゃない牛から牛乳?! と、アオがアイテム回収後30分もの間愕然としていたのだが、このドロップが当然なギル達は、アオが何に驚いているのか理解できなかった。
肉も落ちはしたが、足りない、とアオがまだ狩ろうとしたので、流石のギルが止めた。もうそろそろ下の階へ進もう、と。納得のいかないアオだが、結局ギル達が倒した方が良く肉が落ちたので、大人しく言うことを聞く。
後ろをついていきながらステータスを確認すれば、いつの間にかLv15になっていた。覚えたスキルは一つだけ。
全力斬り(通常の2倍の攻撃力での攻撃)
クレリックには必要のないスキルにがっかりする。しかし、スキルは本来人生で5個も手に入ればいい方。今まで毎レベルアップごとに手に入っていたことの方が異常なのだと説明を受け、気を持ち直す。今あるスキルで打ち止めでも問題ないように、自らのスキルを確認し、戦い方を考えながら戦闘に参加した。
自分のもつスキルの効果的な使用法を、最も戦いなれているギルに確認しつつ、また、この世界の色々な魔物について話を聞く。知識を増やすことは、戦術を組み立てるうえでとても重要な事。貪欲なアオに、ギルは大真面目に自分の知識を、技術を、惜しげ無く伝えた。
大分一人の戦闘に慣れてきたところで30階に到達する。ボスモンスターはカローヴァキング。ギルよりも遥かに巨大な体。炎を自在に操り、突進の他にジグザグ走行も可能。Lv17の魔物。
「アオ。そろそろチーム戦をしようか」
「チーム戦?」
「そう。俺達を支援しつつ、お前は戦況を確認し、指示を出すんだ。俺達は、お前の言うとおりにだけ動く」
セーフルームからカローヴァキングの様子を確認しつつ、アオは考える。ギルから聞いた特徴を考慮し、作戦を組み立てた。
「入る順はギル、グズ、私。入る前に私が支援をかける。入ったらグズはすぐにウォーターポッドの魔法をかけ、ついでライトニング。多分それで一瞬動きが止まるから、そしたらギルが突貫。多分それで終わる」
「グズの風魔法を使わない理由は?」
「炎に対し風は悪手。炎の勢いが増すだけ」
「正解っす! アオは意外と頭いいっすね!」
拍手され、ほっと息をつく。ちらりとギルを伺えば、及第点は貰えたのだろう。一つ頷いてくれた。
ギル達に支援魔法をかける。支援魔法の時間はおよそ1分。その間に決着がつかなければ、再びかけなおしとなる。だが二人の力ならそのようなことはないと確信があった。
室内に飛び込むや否や、グズがウォーターポッドを放つ。巨大な水球がカローヴァキングの上に浮かび、その中から大量の水が落ちる。
この魔法は本来、小さな水球を生み出し、鍋に入れる、飲み水確保の魔法である。それをまさか戦闘で使うことがあるとは思わなかった。しかし、グズは何か考えるより先に、次の魔法を放つ。依頼どおりライトニングを。グズが指さした指の先から真っすぐに、雷の槍が飛んでいく。Lv1の雷の呪文。本来ならばカローヴァキングの革に弾かれる様な低位の魔法だったのに、カローヴァキングは悲鳴を上げ、硬直した。水でぬれていたため、感電しやすかったのだ。しかし、それはグズ達には理解のできない知識。クリティカルでもでたのかな? 程度の認識だった。
カローヴァキングが硬直している隙に、ギルが駆け、剣をふるった。その剣はまっすぐに眉間に吸い込まれる。
カローヴァキングは苦悶の声を上げ、のたうちながら絶命した。
光が集約した先には銀の宝箱。中身は宝石が詰まった手のひら大の麻袋。アオはそれを、ストレージに回収し、三人は階下へと続く階段を下りた。
次回更新予定日は2018/08/16(木)です。