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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
一章
10/51

10 先輩



 ダンジョン。それは瘴気だまりが変異したモノ。ある日突然生まれる。街中にできる時は、大地が裂けて地下迷宮となるか、大地が盛り上がり、塔ができる二パターン。山なら洞窟、海の中にも海底洞窟。森や砂漠だと街とおなじで地下か塔。


 瘴気が溜まり、澱み、膨らみ、核となって生み出される。瘴気の量でダンジョンの深さが決まるが、当然年数を重ねれば瘴気は増え、ダンジョンはより深くなる。遺跡のような人工物と違い、ダンジョンそのものが生きているのだ。


 ダンジョンの中は魔物が徘徊し、退治しても少しすれば復活する。10階に一度ボスモンスターが居り、ボスモンスターを倒すと、地上へ一瞬で戻れる魔法陣と、下階へ降りる階段、そして宝箱が出現する。このボスモンスターの落とす宝箱に、かなりの低確率ではあるが、装備が入っているのだ。ギルの狙いは最下層ボスモンスターの落とす装備品。


 深くなれば深くなるほど魔物の強さは上がる。瘴気だまりにより近くなるからだ。ダンジョンの核となる瘴気だまりは、ダンジョンの命であり、魔物の母体。それがある限りダンジョンも、ダンジョンを徘徊する魔物も不滅である。だが、深くなればなるほど、地表付近部分の階層での瘴気濃度が低くなり、弱い魔物しか生まれない。といっても、Dランク冒険者程度の経験しかないものは、一階層でさえ、命を落とすことがある。


 回復薬が尽きたり、食料が尽きたり、装備が壊れたり、様々な理由で最奥まで到達する者は少ない。しかし、それでも最奥へと到達し、ボスモンスターを倒した冒険者が持ち帰る財宝や、装備品が、人々に夢を見せ、欲を刺激する。その結果、人々はこぞってダンジョンにやってくるのだ。


 人がやってくればそこには金が回り、潤う。活気が出る。しかし、その反面、どうしても荒くれ者が集い、治安が悪くなる。治安維持にかかる費用も馬鹿にはならない。領主としては嬉しくもあり、頭の痛いもの。


 ここアーパスでは、1000年ほど前にダンジョンができたと言われている。ダンジョンの中でも古い方に数えられ、その階層も地下100階と非常に深い。最新の踏破記録は200年前。当時最高峰と言われたSSランクの冒険者チームが踏破した。その時の階層が100階。それ以降、100階より先に行ったものがいないので、最下層が100階と言われている。



 さて、ダンジョン攻略にはルールがある。一階層からやたらと強い魔物が出現しない限り、基本的にダンジョンへの挑戦に制限はない。一般人だろうが、騎士だろうが、冒険者だろうが挑戦可能。ただし、犯罪者は不可能。


 ダンジョン入り口は、冒険者組合からは引退した上位冒険者と、領主から派遣された騎士が、扉の前を固め、身分証の提示を義務付けられている。身分証は冒険者ギルド、商人ギルド、衛兵所にて発行可能。その際にステータスを確認され、犯罪歴のある者ははじかれる。ただし、冒険者は冒険者カードが身分証となるので、冒険者カードの提示さえあれば問題ない。また、主人の証明ができ、主人と共に挑戦する奴隷は、ダンジョンに挑戦する権利を有する。


 ダンジョン内での出来事は自己責任。


 他チームが戦っている魔物を、応援要請もなく攻撃してはならない。獲物の横取りは揉め事の原因となるので禁止。


 ボスモンスターは一度倒すと、次の出現は一時間後。順番を守る事。


 ボスモンスター前後にある部屋は、通称セーフルーム。魔物の沸かない、また、魔物の追って来ない唯一の部屋である。使用の際は周囲に気を使い、汚したり、無駄に広々使用したりしない事。


 セーフルーム使用時は、無暗に他チームに近寄らないこと。盗賊に間違われた場合、犯罪履歴がつくこともある。そうなった場合、次回からダンジョン参加はできない。


 ダンジョンは一年に一度変動があり、地図は毎年更新されている。地図の購入を希望する場合は、ダンジョン入り口の受付にその旨を伝える事。1~10階分で銀貨2枚。それ以降は1階分ごとに銀貨1枚。現在は25階分までしかない。


 ダンジョン内で主人を失った奴隷を発見した場合は、発見者に所有権利が発生する。ただし、ダンジョン内で奴隷の主人を殺害した場合は、相手が襲ってきた等の特殊な場合を除き、殺人犯罪となり奴隷落ちとなる。


 モンスタートレインを起こしたものは、金貨10枚の罰金。支払えないものは一級犯罪奴隷落ちとなり、一生鉱山での肉体労働を強制される。モンスタートレインとは、魔物から逃げる際に、他の魔物の側を通ることで、連鎖反応を起こし、次から次にモンスターを引き連れた状態で逃げる事である。数の暴力に他チームも巻き込むことが多く、またこのパターンのみ、モンスターはダンジョンから出てきたり、セーフルームにも入ってくるので、絶対に引き起こしてはならない。


 一通りの説明を受けたギル達は、ダンジョン挑戦者の列に並ぶ。


「いやぁ、ダンジョン楽しみっすね~」

「このダンジョンは特色とかあるのか?」

「昨日酒場で聞いてきたっすよ! 確か……肉が多い!」


 笑顔でのたまうグズに、うん? と思わず首を傾げる。しかし、すぐに理解した。


「ああ、コカトリスとか、肉が食える魔物が多いんだな」

「そっす!」

「……そろそろ魚食べたい……」


 呑気に話す三人に、周囲の人間は異様なものを見るような視線を向ける。それもそうだろう。一応、このアーパスのダンジョンは難関ダンジョンの一つ。生半可な気持ちで挑戦すれば、一階で死亡する。しかし、毎年何十人もの人間が軽い気持ちで挑戦し、命を落としていた。


 そもそも余裕があるにせよ、真剣に参加している者の前でとる態度としては不適切だろう。ギル達三人組は傍から見れば、大人一人、子供二人、というパーティ。初めてのダンジョンに子供がはしゃいでいるようにも見える。


「おいおい、ガキ連れで遠足気分かよ」

「ありゃ一階でトレイン起こして奴隷落ちだぜ」

「いや、死ぬのが先じゃね?」

「お? 賭けるか?」

「俺は三階までで死亡に銀貨1枚」

「俺は一階でトレインだな」


 げらげらと響く笑い声。グズがむっとしたように眉根を寄せ、一発ぶち込もうとするが、それをギルが止める。アオに至っては気にすることもなく、列に並んでいた。


 賭けは白熱するが、その殆どが三階までの死亡。若しくはモンスタートレインによる奴隷落ちだった。


「じゃぁ僕は彼らが20階攻略に金貨100枚を賭けよう」


 歌うような声が、突然割って入った。


 言われた内容、驚きに振り替える誰もが目を見開く。挑戦者の列に並んだのは金髪の青年。さらさらの金髪は、肩口で綺麗に切りそろえられ、日の光を浴びてきらきらと輝いている。金の長いまつ毛に囲まれた翡翠色の目は、中に星でもあるのかと問いたくなるほど煌めいていた。苦労を知らないような、きめ細かで真っ白な肌。凡そ先頭には向かないひらひらとした衣装は、見ただけで高級とわかる生地で作られていた。手にはリュート。


 彼の名はエドワード・クライム。クライム侯爵家三男にして、このアーパスでAランク冒険者パーティ「金糸雀カナリア」のチームリーダー。吟遊詩人バードというやや珍しい職業。声に魔力をのせることができ、歌っているだけで自分達を強化しつつ、魔物を弱体化させる。その他にも麻痺や一瞬の硬直といった状態異常を起こすことができたり、特殊武器、もしくは、浄化系の魔法でないと撃退できない不死者アンデットも浄化することができるのだ。


 アーパスのAランク冒険者は5パーティいるが、実質No1は「金糸雀」だと言われている。限りなくSランクに近い、と。他4パーティ全てがSランクへ推薦している。後は、ギルドに認められる偉業のみ。その偉業として、ダンジョン攻略を目指している。尚、現在唯一50階まで到達したパーティである。そんなエドワードが、ギル達を「20階攻略」と評価した。周りの挑戦者達は瞠目してギル達を見た。


 大人一人、子供二人。しかも子供二人はどう見ても後衛。そんなパーティがどうやって20階まで到達するというのか。しかし、エドワードは気にせず、列の後ろ、ギル達の後ろに並んだ。


「やぁ、初めまして。僕はエドワード・クライム。この都市でAランク冒険者チーム『金糸雀』のリーダーをしている。君達が噂のカメーネから突然流星のごとく現れた冒険者達だね。ようこそ、アパースへ」


 友好的に差し出される手。それに不審そうに向けられる6つ3対の目。差し出された手は握られることはない。その警戒心の高さに、当然だ、とエドワードは出していた手を引っ込めた。ダンジョン内ではある程度のルールがあるが、ここはまだダンジョン外。ダンジョンに入ろうとする者への妨害行為は、認められてはいないが特に法律で縛られてもいない。警戒もせずに握手をして、怪我をしたとしても自己責任だ。


「君達、ギルドで有名だよ」

「有名? 何故だ?」


 相変わらず警戒を解かないギル達に、肩をすくめ、微笑む。


 ギル達が有名な理由なんてありすぎて説明するのも正直面倒だが、自分達の事に無頓着なのか、自分達の幸運全てが実力だとでも言いたいのか、理解していない様子に腹の底にどろりと汚い感情が落ちる。しかし、それらを全て隠して、自分の一番魅力的だと信じて疑わない笑みを浮かべた。


「リーダーの剣士はLv20、魔法使いの少年は7属性の魔法を使える。その上、極めつけはクレリックの少年だ。しかもその少年はアイテムボックス持ち。それだけでも有名なのに、登録して僅か10日でCランクへランクアップ……。有名にならない方が可笑しな話だよ」


 エドワードの言葉に周囲がざわめく。目の前のパーティはある意味奇跡のパーティだった。対してギル達は更に眉根を寄せる。自分達の情報が殆ど正確に出回っている事態に。偽装しておいて正解だった、とつくづく思わずにはいられない。


 自分達の名が売れているという情報にも喜ぶことなく、ただ淡々としているギル達に、再びエドワードは胃がむかむかとしてくる。冒険者とは栄光を求めてなるものだというのに。自分達だって随分と努力し、何度も苦労を重ね、漸く今の地位を手に入れた。だというのに、目の前の三人は、まったく頓着していない。必死になっていた自分が小さく見え、忌々しくさえ思う。


「それで? わざわざその話をする為だけに声をかけたのか?」

「ん? いやいや。僕たちもこれからダンジョンに潜るんだよ。その前に同業者として、これから同ランクになるだろう冒険者と顔見知りになっておこうかと思ってね」

「ああ、成程・・・」


 わざわざ上位ランクの方から挨拶に来てやったというのに、挨拶を返すこともなければ、感謝を示すこともない。まるっきりエドワードに興味がない様子。この都市No1のAランク冒険者だというのに。エドワード自身、貴族の出身で、きらきらした王子様系の見た目。当然のようにファンクラブがあるのも密かな自慢だ。そんな自分が、わざわざ挨拶にきているのに。自尊心を粉々に砕く三人への好感度はガンガンに下がっていく。こいつ等がSランクを目指すとき、自分は絶対に推薦しないぞ、と心に誓った。


「そ、そういえば、君たち、チーム名はなんていうんだい? ギルドで聞いたけど、それだけは情報としてなかったんだけど」

「特にないから当たり前だ」

「ない?! チーム名だよ?!」

「別にそんなのないっすよね~」

「いやいやいや! チーム名はつけとかなくちゃ!」


 慌てるエドワードに、しかし三人は理解している様子はない。何故、と言わんばかりの表情で首を傾げていた。


「いや、君たち、チーム名ないとダメだよ! 自分達の事を周りに認識してもらうためにも必要だけど、色々なことでチーム名がないと! 周りの為にも!」

「……? そういうものなのか?」

「え? 先輩が言ってるからそうなんじゃない?」

「結構色々知らないルールがあるんすね……ギルドのお兄さん教えてくれなかったすよ……」


 必死なエドワードに、思わず三人は顔を寄せ、えー? と言わんばかりの態度でこそこそ話し合う。しかし、突然チーム名を、などと言われても、三人は思いつかない。そもそも自分達の名前でさえ、かなり微妙な付け方をしているのに、さっとチーム名をつけられるわけがない。


 ここにきて、初めて態度が変わった三人に、やはり三人がルーキーであるのだと安堵した。特に冒険者という職業に興味はないが、くいっぱぐれないように。とか、旅をしていて、魔物素材を手に入れたが、売るには商人ギルドか、冒険者ギルドに登録していないと不可能。などと言った理由で、とりあえず登録したりする者もいる。実に珍しいが、いるにはいる。過去に1人見たことがあったエドワードは、漸くそういった者もいるのだ、と心穏やかになった。そして、生まれた余裕に、先輩としての矜持を思い出し、後輩に指導してやるべきだ、と大きく頷く。


「腕試しでもダンジョンに挑むなら、チーム名はあった方がいいよ。思いつかないなら僕が案をだそうか?」

「あ、お願いします。俺らそういうの苦手なんすよ~! ね!」

「うむ……」

「……」


 そっと視線を逸らすギルとアオ。素直な様子に、ふは、と空気の抜けるような笑いを零し、そうだね、とエドワードは腕を組む。頼られれば悪い気はしない。


 目の前の三人は登録から僅か半月のルーキー。登録からたった七日でCランクまで上がってきた。まるで彗星のような存在。しかし、彗星のように消えてしまうようには見えない。ならば煌々と輝く星だろう。


「明けの明星……てのは? 君たち期待の新人なんだし」

「もっと短いのは無理っすか?」

「短いの? じゃ、じゃぁ、そうだねぇ……暁ってのは?」

「アカツキ?」

「明け方、とか、希望という意味を持つ言葉だよ」


 なかなかいい名前だ、と自分でも満足いき、エドワードはにっこりと微笑んだ。対するギル達も、意味も悪くないし言いやすい、と頷いている。グズに至っては、気に入ったのか、「アカツキ、アカツキ」と繰り返し口の中で転がし、何度も大きく頷いていた。ただ一人、アオだけは常に無表情を貫いているが、ギルにどうだと問われれば、短くいい、とたった一言返していた。


 どうやら無口なだけのようで、気に入ってるようだ、と満足する。


「感謝する。今後チーム名を暁、と名乗ることとする」

「それは良かった。折角僕が名付けたんだ。早く同じランクに上がってきてくれよ」

「……あぁ、まぁ、そうだな」


 早く同じランクで仕事をしてみたい、と思うが、ギル達は歯切れ悪く苦笑する。そういえば、冒険者家業がしたいわけではなかったのだ、と思い出したエドワード。特に突っ込んだりもせず、曖昧に笑って話を切った。


 いつの間にか列は随分と進み、次はギル達の番。エドワードの仲間たちも既に入り口の方で待機している。ここから先はギル達とエドワードは違う道を進む。互いの目的の方だけをむくことにした。


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