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ありきたり異世界遊戯  作者: 猫田 トド
プロローグ
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01 ありきたりな異世界召還



 深夜2時。文明が進めど、相変わらず昼間が主な活動時間である人間がほとんどの現代。明日は平日。大概の一般ご家庭に所属している人間は眠っている時間。


 カタカタと微かに響くタイプ音。音の原因は、6畳ほどの部屋の主、日下くさか そう。真っ暗な部屋。パソコンのディスプレイの光だけが光源となり、ぼんやりと照らされている。


 フローリングの部屋は整然としていて、綺麗だ。たとえ、壁一面に本棚があり、その本棚にびっしりと本やゲームソフトが並んでいても、物で溢れかえっているという印象は受けない。あまりに整頓されすぎて、この部屋の主がいかに神経質なのかを物語っているようだ。


 唯一の光源であるディスプレイの前に座る蒼。長くざんばらな前髪。鋭い三白眼。その下には、一体どれだけ徹夜したらつくのか、思わず問いただしたくなるほどくっきりと濃い隈。不摂生を物語るかのように唇は乾燥し、割れている。


 少し骨ばった指が、せわしなくキーボードをたたいている。そのたび、画面には次々文字が打ち込まれている。


 蒼はいわゆる引きこもりだ。だがニートではない。多分。


 小学生の時には自分が人付き合いが苦手、というより嫌いな人間であることを理解していた。友達も作らず、教室の隅でひっそりとして過ごした義務教育期間。義務教育とかくそくらえだ、と何度も吠えたくなるのを我慢し、全てを遮断してきた。話しかけられても無視。むきになった子供たちが手を出してきても無視。初めはそれなりにちょっかいをかけていた子供たちも、あまりの無反応に、だんだん蒼という人物はいないものとして扱うようになった。


 困ったのは教師だ。班を作ろうにも、作れず、やっかいな子供、と認識した。


 通信簿で、電話で、自宅訪問で、幾度となく蒼の態度を改めるようよびかけた。しかし、これに激高したのが蒼の両親。余計なちょっかいをかける、周りの子供を諫めることはしないくせに、少人数側である方を責めるとは何事か、と。電話で、訪問で、両親に蒼の事を、家庭の教育についてを、口出ししてきた教師に、両親は笑顔でのたまった。「子育てには問題ない。同じように接した二人の兄のコミュニケーション能力に問題はなく、蒼も自分達とは会話をする。先生は蒼の声を聞いたことがないとおっしゃいますが、蒼に信頼されていないだけでは?」と。


 プライドを傷つけられた教師達は蒼の事を放置した。親共々頭がおかしい、と。そんな教師たちを尻目に両親は蒼を愛してくれたし、二人の兄も蒼を可愛がった。だから、蒼はひきこもりではあるが、家の中で引きこもることはない。


 義務教育終了後、何となく書いた小説を某有名小説板に投降したところ大ヒット。書籍化、アニメ化、実写化と大ブームを起こした。次に書いた小説も当たり、「先生」とよばれ、名実ともに引きこもりライフを手に入れたのだ。



 今、蒼が書いているのは次の次に投稿予定の小説だ。現在は高校生のドタバタギャグコメディーを投稿中。次回は少しシリアスな和風物の怪ファンタジー。今書いているのは剣と魔法のファンタジー。最初に書いたのが、推理小説系だったので、随分と流れは変わっている。


 蒼はどれだけ望まれても、一度完結した作品を2,3、と続編を出さない。出さないような終わり方をさせている。にも拘わらず、最初の推理小説をシリーズ化させましょう、と言われたとき、自分の作品をきちんと読まない、金に目のくらんだくそ野郎が、と思った。当然断固拒否した。


 そもそも面倒くさいのだ。毎回毎回謎を作って謎解きするのが。


 蒼の処女作は何となくで書いて、自身を煩わす作品。失敗したな、と今でも思っている。


 担当を名乗る男――名前は田中――は家に上がり込むたびにシリーズ化の話を持ち出して、蒼が折れるのを待っている。実にしつこい。そのしつこさは驚嘆に値する。なので、現在執筆している作品にも、そのしつこさはすばらしい、とキャラクター化し、名前もタナーカとして出してみた。なかなかいいしょっぱいやられキャラになったと満足している。


 最後まで書き終え、ため息とともに原稿を保存する。ぐっと背伸びをすれば、体中が痛んだ。そこでようやく、随分と長い時間、原稿を書いていたのだと気づいた。


 一度あふれ出たそれは、そのタイミングで書けるだけ書き続けなくては、どうにも収まりが悪い。書かない間は気になって気もそぞろになるというのに、いざ書き出そうとすると、急に何も浮かばなくなるのだ。こうなるともう、その作品はゴミとして捨てることになる。だから話が浮かんだときは、そのまま頭の中の声に従い、ただひたすらに指を動かすことにしていた。結果、自分でもいつ寝て、起きて、食事をしているのかよくわからない日々を過ごしている。


 家族は蒼を理解し、好きにさせてくれている。邪魔をしないようにそっと片手間に食べられる食事を運んだり、うるさく突撃してくるファンや自称担当等を追い払い、蒼が気持ちよく働ける環境を作ってくれていた。


 大切な、大好きな家族。毎回現実に返ってくるたび、感謝の気持ちを小さなメッセージカードに書いて、そっとそれぞれの部屋の前へ置く。それが、蒼ができるささやかな恩返しだ、と蒼本人は思っている。勿論、本人たちが起きている時間なら、口に出して伝える。が、現在は真夜中。起きているわけがない。引き出しからいつものメッセージカードを取り出し、一言ずつ手書きでしたため、物音を立てないようにそっといつものように置いた。


 不意に尿意を思い出し、トイレに立ち寄り、その後、一階のキッチンでインスタントコーヒーをいれて戻った蒼は、再びパソコンの前に座った。これから殴り書いた小説を読み直し、添削していくのだ。いつもとなんら変わらない。


 熱いコーヒーの入ったコップを横に置き、マウスに手を置いたときだった。カッとディスプレイが光を放つ。


 それは、通常ではありえない量の光。


 工場を照らすような電気や、フラッシュライトだってこんなにまぶしくはない。そう断言できる程の光。何事か、と慌てる間もなく、思わず目元をかばうように腕を上げ、目を閉じた。だから蒼は見ていなかった。自分が座った椅子の下に煌々と浮かび上がる魔法陣を。


 魔法陣から白い腕が伸び、蒼をつかんだ。そして、瞬く間に引きずり込む。


 魔法陣が蒼を飲み込むと、光はあっという間に消え、後にはいつもどおり、万年つけっぱなしのパソコンと、青白い光を発するディスプレイがあるだけだった。


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