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拒絶交際  作者: 海岳 悠
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毎日更新していく予定です。

誤字脱字等ありましたら言ってください。

 額に煌びやかな汗を滲ませ、僕はカメラを構える。

カメラのファインダーから覗く景色は、黄色一色だった。夏の生ぬるい風が僕の体全体を包み込むように左から右へと吹き抜ける。


 僕が就職してから早いもので、五年という月日が経った。最初の頃は頑張ろうと意気揚々に夢を語っていた。出世して偉くなってやると。


しかし、今はその出世コースから外れ、寄り添える人もいない。

一人ぼっちの人生だ。


道を間違ったのはいつからだろうか。ちゃんとやってきたはずだ。言われたことを正確にこなし、みんなが嫌がるようなことも不満なくこなしてきた。これ以上僕に何を求めるというのだ。


カメラを握る手が震える。


才能がないやつはいつまで経っても平凡なままだ。

僕はひまわりのように真っ直ぐ立つことができない。


唯一の趣味のカメラだって、何となくモテそうだからという不純な理由で始めた。いつもそうだ、何かとすることにこじつけて劣等感を感じ、そのもの自体を楽しむことができない。


それが僕だ。


 そんな僕が、初めて有給休暇というものを取った。それも、五日間という微妙な期間である。


上司からはもっと取っても構わないとか言われたが、プライドの高い僕はそのありがたいお言葉を丁重に断らせて頂いた。特にすることのない僕が、有給休暇を五日間以上取ったところで何か変わるわけではない。ただ、会社に行かなくていい日が増える。それだけのことだ。


 また、一眼レフのカメラに意識を向ける。


 黄色一色のひまわり畑は太陽に近づこうと成長を続ける。中には僕の身長を遥かに超えるものもあった。そんな景色を見ていると、この世界を案じているようにも感じた。出来るやつはどこまでも自分を伸ばし続けるが、出来ないやつはいつまで経っても地面ばかりを見つめている。


そうして気づけば、歴然とした実力差を目の当たりにする。

僕はいつの頃から地面を見てきたのだろうか。


 下に向けられたカメラをそっと持ち上げ、ファインダーを覗き込む。そして、また一枚、また一枚とシャッターボタンを押す。優越としたひまわりが僕にそれでいいのかと語りかけてくる。それに応えるように僕は何度もシャッターボタンを押す。


 太陽が自分の頭上に来て、そろそろ今日一番の暑さを迎えるだろうと手で太陽を隠す。視線が太陽から逸れ、ひまわりに再び向けられた時、僕は運命を迎えた。


 黄色一色だったはずのそこに、白いワンピースを夏のその風に靡かせた黒髪の彼女は静かに立っていた。ベートーヴェンが作曲した交響曲第五番運命が脳内で再生され、ジャジャジャンという耳に残る出だしが僕の脳内を刺激する。


 一目惚れだった。


僕はそっとカメラのレンズを彼女に向ける。

綺麗だった。


黄色と白が混ざり合い、互いの良さを引き立たせている。

夏の暑さを忘れた。

僕は彼女とひまわりに夢中だった。

鼓動が高鳴る。


子供の頃によくしていた虫取りのように、取りたい何かを逃がさないように近づく。そして、僕は黄色一色の中で異彩を放つ彼女に声をかける。


「あの……」

そして、彼女は僕の方を振り向く。


「はい……?」

やはり、僕には勿体無いほどの透き通る美しい白い肌と二重でしっかりとした目。その綺麗な目が僕を見つめる。


「僕と付き合ってくれませんか?」

自分の口から溢れ出た言葉に驚く。僕みたいな人間は、告白というものをせずに一生を終えると思っていた。だからこそ、自分自身でも驚くほどの行動力に生命の神秘を感じた。それはマサしく、絶滅してはならないという子孫繁栄の本能だ。


 もちろん、僕の言葉に彼女は驚いていた。それもそうだろう、いきなり声をかけてきた冴えない男に告白されたのだから。けれど、彼女の表情はすぐに和らぎ慣れた様子で僕を見つめる。


視線を逸らしてばかりいる僕に対して、彼女は優しく微笑みこう言った。

「私でよければ構いませんよ」

はっきりと自分の瞳孔が見開いたと感じた。こういう時に、人は飛んで騒いで、あるいは走り出すのかもしれない。

でも、至って僕は冷静で、走り出そうとも喜ぼうともしなかった。いや、あまりの驚きに僕の思考回路が停止していたのかもしれない。


 また、彼女が優しい微笑みを見せる。次は、どんな言葉が彼女の口から飛び出すのだろうか。僕は期待に胸を膨らませながら、じっと待つ。


 夏の風が彼女の長い髪を靡かせ、彼女の左目をそっと隠した。そして、その髪を耳にかけて、彼女は再び口を開く。


「では、まず私と拒絶交際をしましょう。私はあなたに嫌われる努力をする。あなたも私に嫌われる努力をする。期限は五日間でどうかしら」



「えっ……?」

聞き慣れない拒絶交際という言葉と嫌われる努力をするという意味不明な提案に戸惑いを隠せない。


少し僕は落胆した。

いや、これが普通なのかもしれない。僕みたいな人間が高望みしてはいけないのだ。まだ、見捨てられなかっただけましである。


返事を待っている彼女に僕は小さく頷いた。


同意した僕の様子を見て、彼女は微笑む。

そして、彼女はゆっくりと手を太陽に伸ばした。



「じゃあ、その……もし、その期間を超えても好きだったら……?」

太陽のせいで余計に眩しく見える彼女に問いかける。


「もちろん、互いに好きな場合はそのままずっと一緒にいるつもりよ」


「いいのかい? 僕みたいな人が君の隣にいても」

彼女は不思議そうに僕を見つめる。

今更なんでそんなことを訊くのかと言っているようだった。


「最初に行ったとおり、構わないわ……」

そう言うと、彼女はまた優しく微笑んだ。

しかし、さっきまでのような余韻を残す微笑みではなく、本当の表情を隠しているようなものだった。微笑みの裏側にはどこか悲しみなのだろうか、哀愁さが漂っている。


 やはり、僕との交際を受けたことに彼女は後悔しているのだろうか。実のところ僕も少し後悔している。彼女のような人と出会ってしまったこと、彼女に無理なことをさせてしまっていること。素直に喜べない僕がいること。


 そんな僕の気持ちを知らない彼女は優しい目でひまわりを見つめていた。

表情がコロコロと変わる。それは表面上の表情ではなく、心の表情といったらいいのだろうか。不思議な人だ。


彼女を見ていたら、僕の心が四方八方に弾む。


そっとカメラを構える。

彼女とひまわり、本当に美しい。

いつまでもカメラのファインダーから覗いていられる。


そういえば、彼女はなぜ五日間という期間を設けたのだろうか?

もっと長くても、もっと短くても良いはずだ。

僕の中で少し疑問だったけれども、彼女を見ているとそんなことどうでもよく感じてくる。


「じゃあ! 今から拒絶交際スタートね!」

ひまわりを見ていた彼女は突然、僕の方を見て高らかに宣言した。

そして、「はいこれ」と言って僕に自分の電話番号が書いてある紙を渡してきた。



僕の話す間も与えずに彼女は一人遠くへと歩いて行った。

僕はそれを見て追いかけようとは思わなかった。

やはり、不思議な人だ。

あれだけずっと近くにいたはずなのにもう手の届かない遠くの場所にいる。


夏の風が吹く。

まさに、青天の霹靂。

僕の有給休暇の五日間は楽しくなりそうな予感がした。

僕は彼女からもらった紙をポケットの中にしまい、カメラを空に向けた。


後、残り四日。




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