異世界には出口がないようです。
ふらっと思いつき投稿。
私の名前は、葦原結衣。ごくごく普通の中学二年生だった。
そう、一週間前までは。
一週間前、私の身にあり得ないことが起きた。
学校に行きたくないな、と憂鬱な気持ちの月曜日の早朝。私は日が登る前に目を覚ました。目覚ましが鳴る二時間も前。まだ一眠りできるじゃないか冗談ではないと、再び目を閉じた時、強烈な光を浴びた。
それは一瞬だったけれど、目に受けたダメージは大きく、暫くは目の前がチカチカした。
ようやく目が慣れた時には、すでに私は自分のベッドの上ではないところにいた。
日本でもなければ、アメリカでもイギリスでもない。と言うか、私が知っている世界ではなかった。
目の前には恐ろしいほど美しい女性がいて、彼女は私に言った。
『あら?失敗しちゃった。』と。
まさかの異世界召喚!しかも事故。
救世主よ、どうか我らを救い給え位、誰か言ってくれ。
トントンッ
扉がノックする音。
『ユイ。起きていらっしゃいますか?』
入ってきたのは艶やかなピンクブロンドの見目麗しき姫君、レオノール。
私を誤って、異世界『エピタータ』に召喚した悪の根元!私の鬼門!
このエピタータは魔法というものが現存する、ファンタジーな世界だった。
レオノールはエピタータ屈指の魔法王国、アデレートのお姫様。とっても強大な魔力を持つ血筋の中でも抜きに出る魔力の持ち主、らしい。
らしい、とついてしまうのは私の事を元に返すことはできないと言われたからだ。きっと何処かにもっと凄いのがいて、なんとかしてくれる人が居るに違いない。そうに決まっている、多分。
因みに、初めから私はこの現実を飲み込めたわけではない。
家に返せと、初めの三日間は泣いて叫んで喚いてみた。食事も拒み引きこもった挙句に四日目に衰弱し意識を失った。昨日、目を覚まし見慣れない天井に『やっぱり夢じゃなかったか』と落胆した。仕方がないのでとりあえず、とりあえず今の現状を理解しようと自分に言い聞かせてみた。
『お加減はいかがかしら?』
ふかふかのベッドから身を起こした私に、レオノールは控え目に問いかける。
『まぁ、なんとか』
色々あって頭は一杯だし、人生初の衰弱に身体もなんだが怠い気がする。元凶は貴方ですがね。
『そうですの。良かったわ。今日も気付けに飲んでくださいましね。』
レオノールが笑顔で差し出したのは、青汁のような深い緑色の液体の入ったグラス。昨日、目覚めと共に飲め飲めと口の中に突っ込まれた気付け薬。良薬口に苦しとは言うけれど、再び気を失いかけた恐ろしい液体。多分きっと、センブリ茶なんて目じゃない位まずい!飲んだ事ないけど。
『いっ…要らない。なんの罰ゲームよ。』
『あら?これとっても効果が高いんですのよ。本調子でないなら飲まなくてはダメですわ。さぁさぁ』
嫌がる私など気にもせず、レオノールはぐいぐいとグラスを口に押し付けてくる。強引に押し返したいけど、グラスの中身をひっくり返してしまいそうで躊躇してしまう。何故なら、レオノールがそれはそれは綺麗なドレスをお召しになっているから。姫だもんね、きっと高いよね。私が着てるパジャマ?もツルツル素材でとっても肌触りがいいもの。汚せないよ〜(涙)。
私の要らぬ気遣いなんてちっともわかってないレオノールとの攻防が押されつつある時、救いの神が現れた。
『姫様、嫌がっているじゃありませんか。』
部屋に入ってきたのは金髪で長身の白衣の男の人。これまた眉目秀麗でキラキラな感じ。眩しい…。
『ラウル。止めないで頂戴。これはユイのためですわ。とっても良く効きますの。』
『では、私が代わりましょう。先程アレットが姫様を捜しておりましたよ。何か用があったのでは?』
『アレットが?忘れてたわ。ラウル、後はよろしくお願いしますわ。』
レオノールは、さっぱりと私の事など忘れたようで部屋出て行く。
彼女は目の前に出されたことに一点集中してしまう主義らしい。一国の姫というものはもっと思慮深さがあってもいいんじゃないだろうか?まっいいけど。
『ユイさん、気付け薬飲まれますか?』
『出来れば遠慮したいです。』
『えぇ、それが賢明ですね。』
レオノールに命じられているのにラウルさんはグラスを私から遠ざけてくれた。いいのかな、後で叱られないといいけど。
『ちょっと見ててください。』
ラウルさんは、そう言って私の寝台に程近い花瓶にグラスの中身を注いだ。するとみるみるうちにみずみずしく咲いていた大振りの百合っぽい花が枯れて萎んで行く。
『なっ何?まさか毒!?』
『いえいえ、姫様お手製の気付け薬ですよ。昨日飲まれたものと一緒ですよ。』
いたずらっぽく笑うラウルさん。なんて物を飲ますんだあの女は。やっぱり殺す気に違いない。昨日死ななかったのがすごいぞ、私!
『姫様は余り薬学に秀でてはいませんから、効果のあるものをなんでも取り込めば良いものが出来ると思っておいでです。』
『正しい処方ではないんですね?』
『私としては、自分の患者の容態が更に悪化しては困りますので、このようにお助けに来たのですよ。ああ、申し遅れました。私、王宮医師のラウル・ロジェです。』
姫様お手製気付け薬、別名毒薬をひっそり肯定し、ラウルさんは爽やかに自己紹介してくれた。
金髪なら私の常識の範疇でギリギリ受け入れられる気がする。でも瞳は紫色。外人さんを間近で見たことのなんてないから、瞳の色もこんなもんだって思ったらいいのかな。
最近流行りの若手映画スターにちょっと似てるかも。王宮の採用条件ってやっぱり見た目もあるのかな。
『ユイさん?どうかしましたか?』
『あっすみません。ラウルさんに見惚れてました。』
『大丈夫です。慣れてますから。』
ん?謙遜って言葉は聞いたこと無い文化圏?聞き流そう今のは。
『あっ私、葦原結衣です。地球って惑星の日本人です。』
『エピタータの人間で無いことは誰から見ても明らかですよ。ユイさんの、その日本人、と言うのは皆黒髪黒目なんですか?』
私の妙な自己紹介に苦笑しながら、ラウルさんは物珍しそうに私の長い黒髪の一房に触れる。私からすれば、レオノールのピンク頭の方が珍しいですけどね。
『日本人と言うか黄色人種は基本黒髪黒目かな。』
エピタータの人はみんな白人なのかな。
『黄色人種?』
聞きなれない言葉にラウルさんは興味深そうに問いかけてくる。どうしよう。細かく聞かれたら実際よくわかんないからね。
『私のいた世界では、ラウルさんみたいに肌が白くて金髪な人は白人って言うの。で私みたいなもうちょっと肌色が濃いのが黄色人種で肌がもっと茶色いのが黒人。黒髪黒目っていうなら黒人も一緒っぽいかも…だいぶ見た目は違うけど。』
『肌の色で分けられるのですか。黒人…ここで言うならダークエルフのようなものですかね。』
『…そう来たか。』
駄目だ。人の枠を超えてくるとは。ファンタジーすぎる。まだ心の準備が出来てないなそう言う話は。
『そっそんな事より、私はこれからどうなるんでしょうか?』
『もっと聞きたいのに残念です。ユイさんの処遇に関してはもう暫くすれば王からお話しがあるかと思いますが…。』
『え?王様!?…私、殺されちゃうとかないですよね?』
あっラウルさん、目を逸らした。やっぱり不都合なものは握り潰すとか、権力ってそう言うもの!?寝て待っても果報は来ない感じ?逃げよう、今すぐ。
慌ててベットから抜け出し、窓辺に駆け寄る。む?ちょっとここ何階よ。飛び降りたら死にそうですけど。
『ユイさん、ここは王城ですよ。逃げ出すには難しいと思いますが。』
『ラウルさん!笑い事じゃないです。私、死にたくないですから。14年の短い人生とか、しかもこんなところで!ない!絶対ない!』
どうしよう。考えろ!ない頭で!
『へぇー。ユイさん14才なんですか。』
ラウルさんがどうでもいいことに感心してる。あれか、外人さんには日本人は幼く見られるっていう奴か。異世界でもそれは健全なのね。
『ユイさんはここから出てどうするつもりなんですか?』
『はっ?知りませんよ。とりあえず何処かで仕事しつつ、私を元の世界に返してくれる凄い魔法使いさがしてみるとか?』
ノープランですが何か?元気があればなんでも出来るっていいますしね。
『ユイさん、貴方の生きてた世界とここは違いますよ。魔力も持たない人間が単身出て行っても身が守れません。それに目立つその黒髪黒目で可愛らしい女の子は人攫いにあって売られてしまうのが落ちです。』
『人身売買!?治安悪過ぎ。時代錯誤過ぎる!』
やだなスケベ親父に売られるの。現代日本、なんて素晴らしいとこだったんだ。学校行きたくないなんて思ってごめんなさい。
『そうですよ。恐ろしいところなんですよ。だから、もし王の許しが貰えたら私の所に嫁いできませんか?』
『ラウルさん?今、なんて…。』
いつの間にか距離を詰めていたラウルさん。近いです。恋愛経験値の低い私にどうしろっていうんですか。ややや、窓際に追い込まれてますけど大丈夫ですか私。
『この世界で貴方を庇護するものはない。どうかその役目を私に頂けませんか。大事にしますよ。』
宝石みたいな綺麗な紫色の瞳が熱を孕んで私を見つめてくる。
まさか、これはプロポーズって奴ですか!?どこにそんな要素があったわけ?実は一目惚れです!なんていい歳して言わないよね。
心臓がバクバク鳴っちゃうのは、仕方ない。だってこんなイケメンに壁ドン状態で迫られたら誰でも舞い上がっちゃうと思う。
でもそれは長い時間は続かなかった。
『異世界人なんて物珍しいものを殺すなんて勿体無い。囲って洗いざらい調べてやる。と言ってるんだ。そんな男に騙されるんじゃない。』
低いけれどよく通る声が、私とラウルさんの間に割って入る。
扉の方を見ると、燃えるような真っ赤な髪の男の人が立っていた。鳶色の目が猛禽類のように鋭くてちょっと怖いけど、やっぱりこの人も見ごたえのある綺麗な顔。
『人のプロポーズに無粋な真似しないでくれる?存在がレアなのは間違いじゃないが、私は大事にするよ。それとも君も立候補したいわけ?王太子の君には権利はないよ。』
ついさっきまで甘々な笑顔を浮かべていたラウルさんの口調が不穏なものに変わる。ピリリと空気が張り詰めたのが肌でわかる。
『貴様と一緒にするな。』
『そう?皆一緒だと思うよ。この子がどんな世界を生きてきたか、興味がない?魔力を一切持たないこの体に興味ない?魔力がなくても成り立つ世界なんて僕らには考えられない。この子が宿す子供はどうなるかな?考えただけでワクワクするよ。』
ラウルさんの言葉に、私と王太子さんは言葉を失った。それぞれに違う意味で。
なんだかな、私の胸のときめき、返して貰えないだろうか。勿論、純粋な気持ちでのプロポーズだなんて…これっぽっちも思ってなかったんだからね!!甘いマスクのマッドサイエンティストだったんだね、ラウルさん。うっかり口車に乗ってしまいそうだったよ。医者だもんね。人体の実験、解剖から成り立った文化だもんね。何事も探究心が大事だよね。突然舞い降りた異世界サンプルか、私は。私はこの世界でこれからずっとそう思われるって事か。うん、いいお勉強になったよラウルさん!
『ね?だからユイは私のものだよ。』
おや?本音ぶっちゃけたら随分砕けた口調になりましたね、ラウルさん。
『いや、丁重にお断りさせて頂くたく思います。』
私はごめんなさいと頭を下げる。
『ユイ、どうして断るの?言っておくけど私はかなりの優良物件だよ。』
さぁ、胸に飛び込んでおいで的なニュアンスで腕を広げるラウルさん。そうやってきっと数多の女性を虜にしてきたに違いないが、そうは行くか。
『動機が不純で怖すぎます。』
『じゃあ、雇用契約でも構わないよ。ここを出て働き口を捜すって言ってたじゃないか。結婚は追い追いね、成り行きっていうか弾みで?』
『こら、二人とも勝手に話を決めるんじゃない。いいか貴様、小娘は我が国家アデレートの元、庇護されることに決まった。そもそも、王は小娘を殺すなどという野蛮な判断はしていない。』
パンパンと王太子さんは私とラウルさんの話を打ち切るように手を叩いた。
鳶色の瞳でがっちり睨まれた。確かに、そこは私の早合点だったと思うけど。ってか王太子さん、結構前から立ち聞きしてたんだね。サッサと出て来て教えてくれたら良かったのに。
『庇護されるっていうのはどういうことですか?帰る方法は探して貰えるんですよね?』
話に流されるのは良くない。大事なことだもの、確認しなくては。
ここは退かないぞとばかりに王太子さんを睨んでみるけど、ふいっと鳶色の瞳は逸らされる。
『今言えるのは、努力はしようっと言うことだけだ。』
おい、こら。私の人生を。平穏な生活を。そんなさらりと頼りない言葉で済ますんじゃない。
『じゃ、ユイ。無駄な努力はあっちに任せて私達は仲良く愛を育みましょう。』
ラウルさんはキラッキラなイケメンスマイルで私に手を差し出す。
『嫌ー!!今すぐ私を元の世界に返してー!!』
私の絶叫は虚しく王城に響き渡る。
お父さん、お母さん。結衣は只今、エピタータと言うファンタジー世界に誘拐されております。
一刻も早く警察に届け出て下さい。既に貞操の危機です。
捜査が打ち切られて、死亡宣告なんてことになる前にどうにか帰りたいと思います。
再びお会いできるその日まで、どうぞお元気で。
ラウルさんはとってもハイスペックなんだぞw