雨
ある夏の日のお話。
先ほどまで晴天を覆っていた白雲を侵略せんばかりに南西の方から黒雲が駆けてきていた。
緩い丘の上にある霊園の一角、80にさしかかるような男が目の前の墓石を前にせまりくる雨雲をみてため息をついた。
今朝はすこぶる体調も良く、7年前妻が亡くなってから同居してくれていた息子夫婦に無理を言って妻の墓参りにきたのだが長話をする時間もないらしい。
折角綺麗に拭ってやったばかりだというのに、乾く時間もなさそうだとは。
雨を恨めしく思いながら最後に持ってきていた向日葵を花活けに供え、丘を登ってくる途中にあった屋根つきの休憩所に向けその場をあとにした。
妻は昔から向日葵が好きだった。
そういえば彼女が向日葵は常に陽の方向を向いているからそのような名前になったのだと言っていた。
思えば彼女自身向日葵みたいな人だった。
すでに降り始めていた雨は休憩所に着いたころには激しい音を立てて地面に打ち付けるまでになっていた。
土が到底飲み干せきれぬほどの雨は自分の代わりに泣いてくれているようだった。
木製の長椅子に腰を下ろし切れた息を整える。
落ち着いてくると自然、眼の焦点も思考も目の前を滝のように流れる雨ではなくその彼方、記憶の中の彼女へと向けられていた。
どれほどの時間が経っただろうか。
いつの間にか雨はぬかるんだ地面といくつもの水たまりを残しあがっていた。
ふと、道の脇の木々の切れ間からひょっこり黄色い顔がのぞいているのに気づく。
足元に気を付けつつ近づいてみるとそれは立派な向日葵であった。
激しい雨の影響を微塵も感じさせぬその咲き姿はどこか重なるものがある。
雫が黄色い花弁に残っている様は笑い泣きしているようだった。
指先でそっと雫を拭ってやっている自分の顔に寂寥感がでていることに気付き苦笑いを浮かべる。
すると空から陽が射し込んできた。
顔をあげしばしそれを見とめ向日葵を一度だけ振り向いてから陽の照っている家の方へ歩き出す。
なんだか胸のしこりがとれたようだった。
7年ぶりに前を向けた気がした。
生きている限り太陽であり続けようか。
向日葵は常に太陽の方をむいているのだから。
向日葵を見かけたら思い出してくれると嬉しいです。