第二話
自信作でした。
ジャムもケーキも。
私が、日本でいつも作っていたものですから、分量もわかっていました。
前も言いましたが、暗記は得意なんです。…まあそれは、好きな物に対して発揮するんですけどね。勉強に対しては、いまいちでしたから。
で、アルバーさんとシルビィアさんに、ジャムを試食してもらったところ…。
「っ!まあ、なんて美味しいの!この“ジャム”も美味しいけど、このふわふわの“ケーキ”も凄く美味しいわ!!」
「うん。そうだな。物凄く美味い。初めて食べるよ」
無事、好感触です!やったね!!
「ねえ、アル!これ、イケるんじゃない?」
「うん。そうだな。これなら、大丈夫だ」
ん?何の話?
「ねぇ、サクラちゃん。これ、店で売ってみない?でも、いきなり売るのはなんだから、先ずは、店で出してからにして…」
「へっ!?」
シルビィアさんのその言葉に、思わず目が点になってしまいました。
あっ、シルビィアさんの“サクラちゃん”と言うのは、私の呼び名です。どうも、こちらの人達は、私の名前“和花”を発音できないらしいのです。
そこで、考えたのが日本の“桜”です。私の名前の漢字と生まれた季節を繋げた結果。私の名前は“サクラ”になりました。
おっと、そんな事より、先程のシルビィアさんの発言です!
私の作った物を売るなんて!!
「いやいや!売るほどのものじゃありませんから!」
無理です!無理ですからね!
「いや、でもなぁ…。うちらだけで食べるのも勿体ないと思う。考えてみてくれないか?」
アルバーさん…もったいないって…。そこまで言いますか?
なら、皆さんにお裾分けして………と、言い掛けましたが、原料は、シルビィアさんの店の商品です。
お裾分けしてたら、赤字になる可能性もあるんじゃないかなって…。
村と言っても、町ぐらいに大きな村なんですから。お裾分けしてたら、赤字ですよね?
物々交換とか?いや、それは、売るのと大差ないような気もするし…。
下を向いて考えてた私はチラリと、二人を見上げました。二人は、穏やかに微笑んでます。
それは、無理強いはしないと伝えてくれている。嫌なら、断れば良いと、私の意見を聞いてくれると言う眼差しです。
私は、何が一番か考えました。いいえ、考えなくても、これを作った理由が答えです。
二人に、喜んでもらいたい。お世話になった、お礼をしたい。
そのために作ったんですから。
心は、決まりました。
「はい。お二人がお勧めしてくれるなら、お願いします」
そう、笑顔で二人に告げると、二人も笑顔で「ありがとう」と言ってくれました。
本来、お礼を言うのは私なのに、本当に二人は優しい人達です。
見ず知らずの人間を拾って、世話してくれて。感謝しきれません。
そこで、ふと気がついた事があります。
「あの、それ…出すのは良いんですが…。私が作った事は言わないでほしいんですが…」
そう言うと、シルビィアさんは目を開いて驚きの声を上げました。
「え?何故?サクラちゃんが作ったんだから、遠慮する事はないのよ?」
「そうそう。気にするな」
アルバーさんも驚いていますが、これには理由があるのですよ。
「いえ、私が違う世界から来た人間だと知られたら困るかと…。一応、私、記憶喪失となってるわけですから…」
そうなんです。私、表向きは“記憶喪失”になっています。
アルバーさんやシルビィアさん。後、二人の信頼できる人達は、私が違う世界から来た人間だと知っています。
他の村人達は、知りません。シルビィアさんの親戚の娘と言っていますから。
それ、すぐにバレない?…そう思うのですが、バレてません。
何故なら、理由は二つあります。
一つは、村の人達のおおらかさ。
いや、本当。おおらか過ぎると思います。人を疑う事をせず、受け入れる。
“この村、大丈夫か?”と心配になるぐらいのおおらかさです。
悪人だったらどうするんですか?いや、私はしませんけどね!やるとしても、子供の悪戯程度しかできません。
で、二つ目は、アルバーさんとシルビィアさんの子供達です。
え?いたの?
そう思ってる人がいるかも知れませんが、いたんですよ。
アルバーさんとシルビィアさんは、私の倍の数生きていますから。
この世界の成人は、16歳になった年の翌年に大人と認められる。日本で言うと“成人式”みたいな感じでしょうか?
“今年、16歳。で、年が明け、成人の許可を得て大人になりました”と、こんな感じだと聞きました。
つまり、私も、年が明ければ成人するんですよ!
成人したら、結婚できます。
シルビィアさん達も、成人した時に結婚。
“早くない?”とか思ったんですが…二人は幼馴染み、二人にしたら“やっと結婚できる”と喜んだそうです。
そんな二人に、子供がいないはずがありません。
当然、います。
可愛らしい子供が三人。
一番上から、名は、サリキス。男の子14歳。次は女の子、10歳。名は、ヒィリファ。末は、男の子。5歳で、名は、イルビス。
この三人がいるから、私がシルビィアさんの親戚でもおかしくはないのです。
顔とかは、似てないのは当たり前なのですが、年が近いからです。
年が近いから、一緒にいれば気も休まるかもしれないから預かっている。
そんな理由です。いまいち、説得力がないと思うのですが、そこには私の知らないドラマがありました。
ドラマの始まりは、私が孤児になった時。
いや、この世界に来た時点で天涯孤独になりましたけどね?
なんか、私の両親は、病気で早死に。私、あまりのショックで、記憶喪失。
そこで、親戚のシルビィアさんが登場。シルビィアさん、私を保護。私、助かる。
うん。最初と最後はあってるから、良いですよね?
そんな私ですので、記憶がない人がこんな物を作って良いのか?
そう考えるのですが…。
「ん?平気だよ?料理は、発想力が大事だから。それに、ルビィの店の物を使って作ったんだから」
え?良いの?
「じゃあ、良いわね!それで商品の名前は“ジャム”と“ケーキ”で良いのかしら?」
え?え?
「名前か、どうする?」
えっと、まだ、頭が追い付かないんですけど!
いや、でも、名前?
「えっと、ですね。ケーキは、向こうでは“スポンジケーキ”と言うんです。それから、ジャムは、果物を加工した状態の事を“ジャム”と言います。なので、ケーキ名は“スポンジケーキ”で、ジャムは、果物の名前に後ろに“ジャム”とつけてください」
ダメかな?
気持ち的には、この名前でいきたい。
この世界の名前がつけられないって言うのもあるけど、やっぱり元の世界の事も忘れられない。
だから、これに名をつけるなら、この呼び名で。
「うん。それが良いなら、それで。じゃあ、このジャムは“リージニアジャム”になるって事だね?」
「はい。そうなります」
因みに、リージニアは、元の世界でのオレンジ。
この世界は、農薬とかを使わずに作る。それを知っていたから、安心してリージニアの皮を使ってジャムを作った。
皮だけをいると言った時の二人の顔は、凄かった。
捨てる物を使うんだから仕方ないけど、何度も言い間違え、聞き間違いと思われて困ったのは確か。
そんなこんなで作った物が喜ばれて、商品になる。
そして、思う。
日本と同じ果物でもないし、そっくりな味でもないけれど。
元の世界の食べ物。
それを見て、懐かしいと思うと同時に、少し寂しく思う。
“懐かしい”と感じる事が。
帰りたい気持ちはある。だけど、帰れないし、帰る場所もない。
私は……。
「じゃあ、サクラちゃん。明日からよろしくね」
にっこりとシルビィアさんに微笑まれ。
「はい。お願いします!」
私は、考えるのを止め、笑顔で返事をした。
こうして、私の居場所は作られる。
優しい人達によって。