第4話 リンゴを巡って
やっと自己紹介。長かった。
焚火跡を囲むようにして座る4人。先ほどの果実を朝食用に3個ずつ渡されていた。
「で、兄ちゃん。単刀直入に聞くけどアンタ一体何者だい? 昨晩森の中で倒れてたから介抱してたけど、その格好からして冒険者ではないんだろ?」
「何者って俺が聞きたいところだよ。まぁいいや、よく状況が自分でも飲み込めてないけど俺が君たちに助けられたのは確からしいな。とりあえずありがとうと礼を言っておくよ。それから俺の名前は――――あれ?」
何でだ。名前を思い出せない。俺は日本人で、ただの営業マンで、それで……
名前が出てこない。ファンタジーな世界に飛ばされたショックで記憶喪失になったとでも言うのか? 何か名前のわかる物を持ってなかったっけ?
「どうしたんだい?」
「まさか、そこまで……」
そう思って取り出したのは先ほどの黒革の二つ折り財布。免許書がきちんと入ってることに安堵してため息をついた。イケメンとは言えない自分の写真を見て落ち着くなんてどうかしている。年下の子の前で取り乱すなんて情けないところをこれ以上見せたくないと、気持ちを切り替える。
「ごめんごめん、ボーっとしてた。俺の名前はユウイチ・アマギだ。歳は24で営業マンって言ってもわかんないか、商人をしてた。正直色々迷惑をかけることになると思うけどよろしく頼む。君らより年上だと思うけど気軽にユウって呼んでくれ」
日本人だとか、ここはどこだとか、色々言いたいことや、聞きたいことはあった。約1名を除いて、目の前の少女たちはおそらく良い子だろう。それに勘でしかないが馬鹿でもない気がする。自分が異端である可能性を鑑みて、様子を見ながら対応しようと決めた。何しろ森の中でスーツ姿なのだ。現代日本でも随分おかしい。異世界なら尚更だ。
「ユウ、よろしくな」
「ウチらより8つも上だったんね。同じ位と思っとったばい」
「料理とか家事全般は得意だから任せてくれよ」
胸を張って答えるが、実際は胸を張れたものではない。学生時代から6年間1人暮らしを続けたために生活力を上げざるを得なかったのだ。
「ミイフェリア・モルト、ミイでよかよ。狩人ばってん戦いより木の実探しとかの方が得意だけん、食糧探しが主な仕事ばい。色々教えるけん手伝ってね、ユウさん」
次に隣に座っている猫耳少女が話しかける。日本語で通じていること自体驚きだが、ありがちな通訳魔法かなんかのおかげか、日本語が公用語化しているのかが気になった。
それにしてもこの少女の訛りに親近感を感じる。そして実際に2人の距離は近い。同じ丸太に腰掛けているが、肩と肩との距離は手のひら1枚分しかない。異性への、いやそれ以前に未知の存在に対しての警戒心はないのだろうか。実際暴漢から助けてくれた恩もあるし、果実を取ってきてくれたのも彼女。3人の美少女がいるが、現時点では彼女への高感度がダントツだ。この胸の高鳴りは決して猫耳フェチだからではない。
「お、おう」
少し上ずってしまった。「緊張せんでよかよ」とミイはユウの膝を叩きながら笑うが、向かい側の金髪の少女は冷めた目をして鼻で笑っていた。そんなに恨まれるようなことをしたのだろうか。
「フォンタイル連合アンザイネス出身のアンナ・ソルティーだ。今年で16だからずっと年下だけど気軽にアンナって呼んでくれよ。ギルド登録では一応、竜騎士ってことになってる」
「エリス。登録上は格闘家よ。2人とは同じアカデミーの同級生で卒業後そのまま同じパーティを組んでるわ。担当は私たちを狙う愚かな野党や魔獣どもを殲滅することね」
「あたしと一緒に前衛さ」
赤い髪の角の生えた少女、アンナは竜騎士というからには竜の一族か何かのようだった。その隣の金髪のエリスという少女は見たところ普通の人間と変わらなそうであったが、若干耳が長いことからエルフに相当する種族のようだと見当を付ける。関節技でさえあの威力、魔法か何かを使えばもっと強いのかもしれないと考えると背筋に悪寒が走った。それにあの猛毒から回復して、普通に動けているようにしか思えない。彼女の機嫌だけは損ねないようにしようと誓うユウ。おそらくアンナに向ける熱の籠った視線からして彼女がエリスにとっての地雷のような気がする。
「竜騎士に格闘家か。カッコいい響きだな。やっぱりいろんなクエストこなしながら旅しているってとこなのか?」
「いや、あたし達はクエストは金に困ったときとか偶々ってときしか受けてない。結構不真面目な冒険者かもな」
「なら普段どうやって生計立ててるんだ?」
「一応、って言っただろ? 本職は旅の料理人、世界中の美味い素材を探して、それで美味いレシピを作って出版するのがあたし達の仕事だよ」
「すげえな。グルメハンターってところか?」
一度は料理人を志していたユウにとっては、自分のやりたいことをやれている彼女たちを少し羨んだ。アンナの補足をするようにエリスは続ける。
「似たようなものだけど少し違うわ。自分の舌を満たすための彼らと違って、私たちは他人に提供するのが仕事。まだ旅を初めて1年くらいだけど、普通の料理に飽きた大富豪や美食家たちがレシピ集を買ってくれているわ。スポンサーとしての援助してくれる人もいるから冒険者としては生活水準高いと思うわよ」
「へぇーそれは凄いな」
自慢げな様子で腕を組むエリスだったが、これがゲームの中のような世界観ならスポンサー付きの旅なんてできるパーティは随分と恵まれた存在だろう。余程の凄腕でない限りその日暮らしのイメージがユウの中にはあった。そして実際そのようで、
「ギルドではイロモノパーティ扱いばってんね」
「ひたすらリンゴを探しているだけだもんな」
頭を掻きながら恥ずかしそうに照れる2人と「別にいいじゃない。私たちは私たちで」と突っ込むエリス。そのやり取りにユウは顔をしかめる。
「えっ、リンゴってそんなに珍しいのか?」
「知ってるのかよ!? リンゴって果物のことだぞ」
「知ってるも何も、俺のいた所では日常的に口する果物だぞ。こんな形な」
適当な足元の枝を拾い地面にリンゴの落書きを書く。
「この位の大きさで、赤い梨みたいな果物だけどアンナが考えてるのと同じか?」
「うん。“死ぬほど甘くて美味い、赤い梨みたいな果物”って聞いてる」
「まぁリンゴは甘くて美味いよな」
「リンゴって実在していたの!?」
意外にも喰いついてきたのは冷静なキャラだったと思っていたエリスだった。まずい。もしかしたらリンゴは未開の大陸やら秘境に存在しているのか、またはこの世界にはリンゴがないのかもしれない。どこから彼女たちがリンゴのことを知ったのかはさておき――――
「あぁ。腐るほどたくさんあるぞ」
3人の眼の色が変わる。それほどにここではリンゴは貴重な存在らしい。
「それじゃあ今後の方針は決まりね。ユウ、アンタのいた国へ向かうわよ。どうしても今のあたしにはリンゴが必要なの」
今までの強気な口調の裏側にどこか悲痛ともとれる感情が見え隠れする。その気持ちを利用するようで悪いが背に腹は代えられない。今の自分には身を守る術や生計を立てる術は愚か、この世界で生きていくのに必要な最低限の知識さえない。ならば
「ただ俺のいた国に戻る術がなぁ、ないんだよ。どうも俺最近の記憶がなくって何でここにいるのかも分かんないんだ」
ゴメンと心の中で呟きながら言ってみる。やましい意図はあるが、この世界のことすら知らない今、帰還する術がないことと、いくつかの記憶の欠落は決して嘘ではない。
「大丈夫だって。あたし達がユウを国まで送り届けてやるからさ。野党も魔獣だってへっちゃらさ」
「それでユウさんの出身はどこね?」
「ゴメン。それも忘れちまった」
このときユウは異世界の日本だという事実をとりあえず誤魔化したつもりであったが、昨晩の悲劇を知る3人の少女たちにとってその言葉の持つ意味は重かった。
自分たちの【暗黒料理】でリンゴを得るための最重要なヒントを失ってしまったことと勘違いしたからだ。
ここでの美食家とは、もちろん悪食家の間違いです。
前話での朝食が果実だったのは耐性のないユウに対しての配慮でした。
年下の美少女3人に囲まれる旅は一見幸せなハーレムっぽいですが、全然違うのでそっち方面の期待しないでくださいね。あくまで【悪運】に恵まれた主人公です。