第21話
決行時刻、19時00分。
冴子さんから「駅到着」の無線。この作戦に関わる全ての人間の緊張を高め集中力を高めるスイッチのような役目をする言葉だ。ちなみに冴子さんは、敵の監視役を警戒し佐々岡のマンションからこの駅まで向かってきた。
これから冴子さんが発する言葉、聞くものはリアルタイムで無線を通じて全て我々の耳に届くようになっている。まだビル屋上にいる俺たちからは姿は見えないが駅の中の様子が音声から伝わってくる。
「只今ロッカー前到着。荷物を入れる。発信器確認願う」
「こちら本部、発信器確認」
「これから北口ロータリーに向かう」
「こちら本部。全捜査員に告ぐ。不審者探索開始。見付け次第報告。狙撃班、探索及び狙撃準備」
「了解」
冴子さんがロータリー広場に現れ俺たちから見えるようになった。冴子さんは出口付近でキョロキョロと見回し右手方向へ歩きベンチに腰掛けた。その時、俺は何か違和感を感じた。その違和感の正体を探るべく集中力を高め周りを見回した。すると10時の方向にある5階建てマンションの5階と屋上の間の踊り場に男を見つけた。男はカジュアルな服装にキャップを被り双眼鏡で駅方向を見ていた。そのことを片桐さんに報告し片桐さんが本部に報告した。本部の判断は、監視継続、であった。俺は直ちに接触、黒であれば排除する気であったが、本部は何を考えているのか。片桐さんは俺の顔を見て不満を感じ取ったらしく、苦笑いしながら
「本部の決定が不満の様だな。気持ちは判るが今はまだ動くべきじゃない。あの男が敵の監視役と決まったわけじゃない。動くのは証拠を掴んだときだ。その小さな証拠を見つけるのが桜くん、君の仕事だ。他に怪しいヤツはいないか探すんだ。そしてあの男の監視も怠るなよ?」
そう諭され俺は気持ちを整理し落ち着かせ周りを警戒する任務についた。
何も異常はなく、また鍵を受け取る女も現れずに30分が経った。冴子さんはまだベンチに腰掛けたままである。約束の時間は19時、見張っているのがバレたのか、と皆が考え出したその時、冴子さんから無線。
「女が1人、まっすぐこちらに向かってきます」
その言葉通りショートカットの女が西側から近付いていく。俺からは背中側なので顔は見えない。女は冴子さんに近付くと軽く会釈をして話し出した。
「佐々岡さんの使いの方…ですか?」
「えぇ。あなたに渡したらいいのかしら?」
「 はい。預かります。…いつもの人ではないんですね?」
「そうなの?佐々岡さんに頼まれたから初めてなんだけど、こんなことよくしてるんだ」
「そうだったんですか」
「はい、これ鍵。確かに渡したわよ。後で貰ってないとか無しよ。じゃあ私はこれで」
と手を振りながら回れ右をして歩き出す冴子さん。そんな冴子さんを鍵を受け取った女が呼び止めた。
「あのっ…、一ついいですか?」
無線を聞いている全員が息を飲み次に紡がれるであろう言葉に注意を払う。冴子さんは、歩みを止め半身を翻し小首を傾げる形で女を見た。女は冴子さんに近付き耳元で
「……助けて」
とそれだけ言った。無線を聞いている全員が聞いた救命の懇願。特に警察官の職業柄、自分達を突き動かす原動力ともなる言葉、冴子さんを含む警官全員に動揺が走ったのが無線越しでもわかった。しかし俺は意外と冷静だった。何故かはわからなかったが、自然と冴子さんの周りやロータリーを見回して警戒していた。とその時、俺、いや正確には狙撃体制に入りスコープを覗き込んでいた片桐さんに対して向けられた殺意を感じた。俺が殺意を感じた方向を見ると、マンションの5階と屋上の間の踊り場にいた男がライフルをこちらに向けていた。慌てて
「片桐さん!」
と叫び頭を押さえ付ける。次の瞬間発砲音と共に片桐さんの頭があった場所を銃弾が抜けていった。
「本部!狙撃A班、狙撃されました!敵は10時方向のマンション5階屋上間踊り場」
「こちら探索・追跡D班、狙撃者確認。追跡しますか?」
「こちら本部。D班追跡せよ。A班は援護。B班は野崎の援護継続。その他は任務継続。以上」
無線からの指示が終わるや否や、片桐さんが逃げ出していた敵に向かって1発発砲した。足元に着弾し火花が散る。敵も警戒しながらになり逃げるスピードが落ちる結果になりD班が囲いこむ時間が出来る。
「A班からD班。敵は3階におり下降中。武器は対人狙撃ライフル。近接用に拳銃携帯の可能性あり。注意されたし」
「D班了解」
「桜くん、D班の援護は俺がするから周りの警戒と野崎くんを見張っていてくれ」
女が「助けて」と言ってから時間にして2分かそこらしか経っていなかった。しかし片桐さんに言われ駅前に目を向けると、冴子さんは女の手を引き駅前交番に向かって歩いていた。 そこに至るまでの会話を無線を通して聞いていたはずだが狙撃云々があって耳に届いてなかった。だからなぜ交番に向かうかは知らない。
ただ交番前のゴミ箱の件を思い出し本部に問い掛けてみた。
「A班桜から本部。駅前交番前のゴミ箱は確認しましたか?」
「こちら本部。指摘されたゴミ箱は確認中」
「冴子さんに警告は?」
「まだです」
本部は何をやってたんだ!?
「桜から冴子さん。交番前のゴミ箱爆弾の可能性。直ちに避難されたし」
その時、無線から本部の 女性通信士ではなく男の声が聞こえた。しかも名指しで キツく。
「桜!勝手に指示出すな!お前は言われたことをしてればいいんだ!この日本に爆弾なんか仕掛けられるか!黙って敵索してろ!」
この声は、会議で主導権を握るためにごちゃごちゃ言ってたオッサンだな。結局この作戦のリーダーに収まったが、…なんて緊急感の無い……。
「冴子さん、ゴミ箱が爆弾なら最初はロータリー入口のが爆破されます。次が交番前か駅入口です。あとタクシー乗り場付近です。爆弾の規模がわからないので早目に遠くへ避難してください。以上」
「こら桜!勝手な発言するな!今すぐ任務を解く……」
最後まで言うことは無かった。何故なら…
ロータリー入口で爆発が起きたからだ。
本部責任者のオッサンも黙ってしまい、指示を乞う無線と悲鳴が錯綜する。
一方その時、D班は狙撃手を1階で囲み確保していた。片桐さんの両足への狙撃により簡単に。そんな時に爆発音を聞いた。
想像よりも爆発の規模が大きく、ロータリー入口の歩道・車道が直径10m程の穴が開いていた。周りには手や足が千切れた人、身体中血だらけで動かない人、中には下半身と上半身が分かれている人もいる。まさにそこは地獄。俺たちならまだしも何も知らない一般人を巻き込んだのだ。それ相応の結末を見せなければ気が収まらない。俺は叫ぶように冴子さんに
「早く交番から出て!」
と怒鳴った。冴子さんも状況がわかったらしく女の手を引いて出て来て、俺達のいるビルに向かって走り出した。すると交番前のゴミ箱が爆発し交番が吹き飛んだ。間一髪……。
交番が吹き飛んだ時点で、本部のバカ責任者はパニックで指示すら出せず、無線からは自己保身と責任転嫁の言い訳がボソボソと聞こえてくるだけになっていた。なので本部は無視することにして、それ以外の冷静な捜査員達と協力して対処することになんとなくなっていた。
俺は無我夢中で今いるビルの階段を駆け降りながら無線に向かって叫んでいた。
「A班桜より、冴子さんと女を保護に向かいます。A班片桐さん援護お願いします。狙撃B班追跡者探索及び狙撃お願いします。C班銃器及び弾薬回収お願いします。D班は確保した男の移送、終わり次第E班の応援に。E班は負傷者の手当てとパニック鎮火。本部!救急と消防に連絡!これくらいしてください!」
一番下っ端でありながらもそんなことは頭からすっかり抜け落ち指示を出していた。そんな俺の指示に従ってくれた諸先輩方の器に感謝。
1階に着き駅方向を見ると冴子さんと女が走って来るのが見えた。その他にも逃げ惑う人が大勢いるがお互いがお互いを見つけると駆け寄りとりあえず物陰に隠れた。息を整えるのに時間を要するのでビルと店舗の間にかくれることにした。
冴子さんと女が息を整えているときにしなければならないことがあるので2人から離れ表を見ている振りをした。
俺は無線を通して冴子さんに語りかける。当然無線を所持している全員が聞いている。
「冴子さん、何もリアクション取らずに聞いてください。女が敵の可能性があるので我々が警察というのは伏せておくのが得策です。1つの理由は、爆発のタイミングです。2人が無傷であの爆発を免れるのは不自然です。他にもあるけどまた後で。なのでとりあえず、兄弟ってことにしときましょ。冴子さんがこの時間に駅前に来ていることは知っていて俺も学校帰りに立ち寄ったということで。よろしくです」
「姉ちゃん怪我はないの?」
「はぁ…はぁ…、無いわ。あー疲れた…。あんた何でこんな時間にここにいるのよ?」
「学校の帰りだよ。そんなことより後ろの綺麗なお姉さんは?」
「え?あ、あぁ、この人が昨日言ってた人。名前は……」
「あ、すいません。小阪優希です」
「…だそうよ」
「お二人はご兄弟ですか?」
「えぇ」
「そうです」
「仲が良さそうでいいですね。ところでこれからはどうするんですか?」
という言葉と共に優希さんと俺は冴子さんを見る。冴子さんは肩を竦めて苦笑いをこぼしていた。