第20話
次の日。
俺は学校を休んで朝から警察署でこれからの打ち合わせに参加していた。そこに自衛隊の3人の隊員もおり場の雰囲気は張り詰めたものとなっている。子供で素人の俺が発言出来るわけでもなくただ冴子さんの隣で大人達の主導権の握り合いを黙って見ていた。ここで決まったのは次のこと。
・運び役は冴子さん
・弾丸に細工をし発信器を付ける
・自衛隊の3人と俺とで2組2ペアを作り狙撃班とする
・敵監視役の探索と追跡をする
・その他、指令班・追跡班を設置する
などである。あとは班ごとに細かい話し合いをしなければならない。
俺は自衛隊の3人に近付き挨拶をした。
「桜浩志です。よろしくお願いします」
「片桐直樹2等陸尉です」
「佐伯純也2等陸曹です」
「立花雅紀3等陸曹です」
この場では1番上位の片桐さんが話を始める。
「きみが桜くんか。噂を聞いていたのでどんなゴツい人かと思えば、どちらかというと華奢な方だね。よろしく」
と手を出し握手を求めてきた。俺も手を差し出し握手する。
「よろしくお願いします。俺は何をすればいいんですか?」
「佐伯と立花がペア、私と桜くんがペアになる。桜くんは私が狙撃態勢に入ったら周りの警戒をお願いしたい。どうしても狙撃手は周りの警戒が出来なくなるのでね」
「具体的にどうすればいいですか?」
「現場に行かないと何とも言えないが、周りのビルやマンションから狙撃されないように警戒することが主になると思う。敵の手に軍用ライフルが渡っているならそのライフルの射程距離、対人狙撃銃が渡っているとも考えられるのでその射程距離も考慮に入れなければならない。なので恐らく800m、長くて1200m範囲を警戒すると思ってください」
「わかりました。現場で狙撃可能箇所等お尋ねします」
「じゃあ早速現場に行こうか。明るいうちに確認しないといけないし」
こうして狙撃班の打ち合わせは現場で、となり移動となった。
神野駅北口周辺は、はっきり言って田舎である。高い建物なんてデパートが1店舗、ビルが5~6棟程である。高層マンションはない。せいぜい5階建て。こちらを狙撃するポイントは知れている。ただ敵の監視役と場所が重なるかもしれないが…。
駅北口に着き片桐さんと佐伯さんと立花さんが話し合いながら周りを見渡し指差してメモを取っていく。視線がぐるりと一周したところで俺に向き合ってくれた。
「ほったらかしてすまないね。今狙撃可能箇所の確認を3人でしていたんだ。ここは見通しがいいからかなりの範囲を警戒しないといけない。この場所を狙えて周りも警戒出来て逃げやすい場所となると絞られるが、それでも3箇所はある」
「とりあえずその3箇所を教えてもらえますか?」
と言うと、移動してその場で確認しよう、ということになり移動した。
全てを見終わったのは夕方7時になろうかと言う時間になっていた。あれから見て回ったわけだが、移動先から駅北口を見るとまだ幾つかグッドポジションがあるらしく、結局8箇所も回った。明日はそのうちの2箇所を俺達が使いその他の6箇所を含め周りを警戒することになった。俺と片桐さんは駅北口の北西約350mの8階建てテナントビル屋上、佐伯さんと立花さんは駅北口の北東約200mの10階建てビルの屋上から警戒する。そこで一先ず本部に戻ることになったが、俺は戻ってもすることがないのでここに残ることにした。片桐さん達は本部に報告と打ち合わせに戻る。俺は、人の流れや雰囲気を明日の本番と同じ時間同じ場所で感じたかった。《普段》を知っていれば《違い》を察知しやすいからだ。今から数時間人の流れや周りの雰囲気を感じ記憶していく。
一方本部でも詳細な打ち合わせが行われ、想定外が無いような状態へとなっていった。
そして次の日。
俺は朝方まで留まり10時に集合だったのでそれに合わせて署に向かった。到着は30分前だったが俺が最後のようで着席と同時に最終確認と各班からの連絡事項が始まった。
2時間程で終了し各班機材や道具、無線等チェックして万全を期す。俺は、少々緊張気味の冴子さんに近付いて声を掛けた。
「冴子さん緊張してますね?」
「あ、うん。流石にね。上から、日本のこれからの治安を左右する事案だ!と言われてるからね」
「変なプレッシャーの掛け方ですね…」
「ところで、私が鍵を渡す女について考えた?」
「まぁ、一応…。中井先生と同じで弱味を握られて身動き取れないようにしてるんだとおもいます。そうでなければ仲間」
「そうね。仮に先生と同じなら助けたい?」
「う~ん…、その人の名前や顔はもちろん生い立ちや性格なんかも知らないんで救いたいっていうのはないですかね。救えたらいいなぁぐらいです」
「ふぅ~ん」
「何ですか、その反応は?」
「別に」
と悪戯っぽい笑顔で俺を見てくる。年上の綺麗なお姉さんにいいようにからかわれている様だ。なので話題を変えることにした。
「冴子さんってやり手なんですか?」
「何?いきなり。まぁ警察官として30歳にしては頑張ってる方かな。けど公安としてはまだまだね。実は今回も、桜くんの教育係として簡単な任務として任されたの。でもご覧の通りよ。こんなに大きな事件なんて初めてよ」
「そうだったんですか。じゃあ初めて同士頑張りますか」
「そうね。よろしく」
冴子さんも緊張していたようだが俺も緊張していた。たかが中学生が、人殺しの技術が秀でてるからってその道のプロ集団に付いていかなければならないのだから。自衛隊の3人はもちろん公安を含め大勢の警察官も日々の訓練や幾多の修羅場を越えて今に至っているのだ。付いていけるわけない、とその時は思っていた。しかしこの任務を経て、自分を過小評価していたことを知る。ただもう一度言っておく。日本の自衛隊や警察は世界最高水準である。
決行6時間前、13時00分。
俺は1人駅前を彷徨きハンバーガー片手に道行く人を眺めていた。この街は都会にアクセスしやすく人口は多い。駅前はまだまだ田舎だが、将来的に高層マンションやデパートの建設、駅ビルの改築を行う計画らしい。ただ、22時を過ぎると駅前でもパタリと人通りが無くなる。しかし18時00分~20時30分ぐらいまでが人通りが多い。そう、敵が指定した時間だ。昨日見た感じでは、注意していないとぶつかってしまうぐらいだった。その中から敵の監視役を見つけ出し、冴子さんが鍵を渡す女を追わなければならない。難しい仕事だがやるしかない。やらなければならない。
決行1時間前、18時00分。
全員持ち場に付き無線も確認し後は作戦決行するのみとなった。俺は片桐さんの隣で暗視双眼鏡を覗きながら駅前や周りのビルを警戒していた。現在まで特に異常はなく不審者も見当たらなかった。
決行30分前、18時30分。
俺が駅前を見ていると何か違和感を感じた。
「あれ?」
「何かあったか?」
「いや、何かあったわけではないんですが、昨日あそこにゴミ箱あったかなぁ、と…」
「そうか。本部、こちら狙撃A班、駅前に昨日は無かったゴミ箱あり。確認願う」
「こちら本部。只今確認中」
「桜、他に無いか?」
「駅前交番の前と駅前ロータリー入口付近と駅ビル入口付近にも昨日は無かったゴミ箱があります。あ、あとタクシー乗り場のところにも1つあります」
「本部、聞こえたか?確認願う」
「本部了解」
その時佐伯・立花ペアから無線が入ってきた。
「片桐さん、ゴミ箱の件どう思いますか?」
「あの位置関係だと爆弾の可能性があるな。逃げ道を残しつつ警官の応援を断ち混乱を起こせる配置になってる。爆破する順番さえ間違わなけりゃ完璧だな」
「そうなると女も仲間の可能性があるのでは?」
「その可能性は高いな。清掃業者装って回収しないとえらいことになるな」
本部に、ゴミ箱が爆弾の可能性があること、爆弾の配置を考えると戦略的意図が感じられること、鍵を受け取る女が仲間の可能性があることを伝えた。
決行時刻、19時00分。