第7話「お嬢様、この商人は危険です!」
ロリっ子魔王フューレを再教育するため、奮闘することにした執事の俺。
夜、そんな俺に新たな命令が下った。
俺がキメラについて魔物辞典で調べていた時。
「おい、執事」
「……なんですか? フューレ様」
「闇石が足りなくなった。リップから買ってこい」
「リップ……?」
なんだよ、「あんせき」って。闇の石?
「闇の石は、パパが儀式に使ってるから必要」
「へぇ……よくわからないですけど、なんか大事なんですね」
「リップ・オフは商人。東の、『沈没の森』に住んでる」
「えっと……私はそこへ行って、石を買えばいいんですね。でも、なんでわざわざ私がやるんですか」
「リップは今後、たくさん会う人。一度は執事が顔を合わせとけ」
なんだよ、沈没の森って……。そのリップさんって人、やべぇ場所に住んでるじゃねぇか。
……まぁいい。ともかく俺は、リップさんから闇石とやらを購入すればいいわけだ。所詮はただの買い物だろう。
フューレを教育するには、まず俺が生きていることが大前提だからな。命令に逆らって死なないように、そこは注意をしなくては。
俺は用意されたお金を持って、魔王城を出る。青白い月が浮かぶ、深い夜が始まっていた。
「パパっと済ませて、キメラについて調べなきゃ……」
執事が出て行った後――
フューレは、食堂でヤミーが調理した食事を食べていた。
それは、きれいな形に整った卵焼き。ほのかな甘い香りが、全身を癒した。
「フューちゃん、それ食べてみてくださいよ!」
「ちゃん付けすんなって何度も言ってる。キモキモおっさん」
「えぇー! 僕はまだ30代なんですけどー!」
ヤミーの抗議を無視し、フューレは目の前に置かれた卵焼きを見つめた。
「……なにこれ。前にも嗅いだ、甘い匂い」
「それ、ドラゴンの卵の殻を溶かしてみたんです。そうしたら、甘いエキスが完成して!」
興奮気味に語るヤミー。
フューレは試しに一口食べてみた。すると、表情は変わらないが、何か考え込むようなしぐさを取る。
「……けっこううまい。ドラゴンの卵、甘くなるって知らなかった。ヤミーが発見したのか?」
「あ……」
ヤミーは何かを言いかけたが、やがて、目を閉じて首を振った。
「……いえ。僕の発見ではなく、あの執事君のものです。この味を褒めるのだったら、彼に声をかけてやってください」
「……」
「僕は他人の発見を真似しても、自分のものにはしない主義ですよ。執事君は自らの努力でこの事実を探求した天才だ。尊敬しています」
ヤミーは清々しい笑顔を浮かべる。……執事が、本当にたまたま、ドラゴンの卵の殻が水に溶けることを発見したとは、知りもせずに。
フューレは何も言わず、残りの卵焼きを食べきるのだった。
「ここが沈没の森……?」
名前のまんまだった。深い崖の下で、霧が濃い森が広がっているのだ。
「めちゃくちゃ危ない場所じゃん……ていうかどうやって降りるんだこれ」
崖の上からの高低差は30メートル以上。落ちたら即死だ。
でも、どこか森へ降りれそうな場所も見当たらなかった。
すると――
『おやおや、今日の客は魔王様じゃないのかい』
「だ、誰だっ!?」
突然、脳裏にしわがれた声が響いた。
でも、辺りには誰もいない。誰だよ今の!
次の瞬間、森の木々の中から、白いシルエットが飛び出してきた。
その影は、俊敏な動きで俺の前に立つ。
「うわっ」
それは――白い毛並みを持った、尾の長いキツネだった。
人が乗れるほどの巨体だ。細い瞳で、俺のことを見つめていている。
「えっ、キツネ……?」
『そいつぁワシの使い魔だよ。ほら、その子に乗って、早く森へおいで』
再びかすれた声。もしかして、誰かが森の中へ俺を誘っているのか……?
俺は恐る恐る、白いキツネの背中にまたがる。
するとキツネは――突然、崖から飛び降りたのだ。
「え? はっ……ぎゃああああああ!!」
やめて! 高低差ヤバいって! 死ぬ!
俺は悲鳴を上げながら、必死にキツネにしがみついた。
キツネは華奢な足で優雅に着地をする。
森の中は霧が立ち込めていて、ホタルのような光がチカチカとしていた。
その中を、俺を乗せたキツネが風のように疾走していく。
(かっけぇー、俺がゲームしてた時代に憧れてたやつだ……!)
森に落ちる緊張感が失せた今、俺は魔物に乗って夜の森を移動するというシチュエーションを堪能していた。
するとキツネは、少し開けた場所で立ち止まる。
――そこにあったのは、大量のガラクタに埋もれた、ぼろいテントだった。
魔物の角や牙だったり、見たこともない雑草だったり。そういう品々に囲まれているのは、フードを深く被った、小柄な人だった。
「あ……」
テントの近くには看板が立っており、「リップ・オフ・ショップ」と書いてある。
……もしかしてだけど、この人が、リップさん?
フードの一部が尖ってるから、たぶん角が生えてるんだと思う。
「あの……あなたがリップさんですか?」
「そうだよ、よく来たね坊や。ヒヒヒッ」
肩を震わせて笑うリップさん。なんか、すごく胡散臭い空気なんですけど……
声からするに、たぶん……女性だと思う。
「坊やから魔王の匂いがするよ。一緒にいたのかい?」
「えっと、私はフューレ様の執事で……」
「そうかい! 人間の坊やがねぇ、あのちびっこの執事かい。ヒヒヒッ」
うーわ、なんか腹立つ口調のばあさんだ。
さっさと買って帰ろうかな。森の雰囲気も、綺麗だけどずっといたい場所でもないし。
「あの、俺、闇石ってやつを5個くらい、買いに来たんですけど……」
「闇石だね。だったら金貨を100枚よこしな」
「はい……は?」
待て。今この人、なんつった?
金貨100枚? 俺、金貨2枚あれば、闇石1個は買えるって聞いたけど?
――だから俺、金貨10枚しか渡されていないんだが。
「え、無理です。そんな大金持ってません」
「だろうね! だってワシは、相手によって値段を変えるんだからさぁ」
「はあああ??」
ちょっと意味がわからなかった。
相手によって値段を変える? 魔王様相手だと金貨2枚で、俺が相手だと金貨100枚なの?
「ぼったくりですよ! ふざけないで、ちゃんと商売してください!」
「金貨100枚払えないなら、帰りゃいいだろ。ワシは別に構わないよ。今すぐ売りたい品物じゃないし。ヒヒヒッ」
「……でも、手ぶらで帰ったら、たぶんフューレ様が……」
買えと命令されたのだから、何が何でも持って帰らなきゃいけないのに……
するとリップさんは、ケラケラと癇に障る笑い方をしてきた。
「仕方ないねぇ。金がないなら別の支払い方をするかい?」
「……別の支払い方?」
俺はゆっくりと顔を上げた。
何か、金以外の方法があるのだろうか?
労働とか、そういう大変なやつじゃなければいいのだが。
「なんですか、別の方法って」
「簡単な話だよ……。ちょーっとばっかし、坊やの体を食べさせてくれ」
「……はっ」
フードの隙間から、鋭い八重歯と、張り付いたような笑みが見えた。
……商人が俺を、食べるだって?
「……え、今何て」
「だから、坊やを食べさせておくれよ。それでいいね?」
「……駄目です。だったら今からお金をちゃんと取ってきます」
いいわけねぇだろ!!
やべぇ商人じゃねーか!! ぼったくりな上に……化け物!?
こんなやつと付き合ってられるか! 今は闇石を諦めて、城に帰るわ!!
フューレ! お前の商人、本性が狂ってる奴だぞ!
「では、さような――」
「フォクス、あの坊やを押さえな!」
「えっ、わああああああっ!!」
突然、あの巨大なキツネが俺に襲い掛かってきた。受け身も取れず、俺は地面に押さえつけられる。
うぐっ、なんて力だ! 抜け出せねぇ……
「ヒヒヒッ、うまそうな坊やだね」
「……リップさん! まさかお前、最初から俺の肉が目的で――」
「そうさ! ヒャヒャッ。大丈夫、ちょっと食べたらちゃんと闇石をあげるよ」
フードから、がりがりの両腕を伸ばしてくるリップさん。
まずい。殺される。死にたくない。この商人、話が通じねぇ……!!




