第6話「お嬢様、あなたは私が育てます」
ちなみにまだ、俺が執事になって1日も経っていないのである。
朝から魔王城に連れられ、いきなりフューレの執事にされた俺。昼ごはんにドラゴンの殻を取りに行き、卵焼きを作ってヤミーに食われ、今は夕方。
たった数時間、この城にいるだけで、俺は理解したことがある。
「……フューレ様、その本は何ですか?」
「前の魔王が書いた漫画。『勇者を従わす魔王』っていうやつ」
「……」
「今の執事みたいな漫画」
……そう、俺は勇者扱い。
本当は違う。だって本当の俺は、ただの異世界転移者。
「フューレ様、ではこちらの謎めいた装置は……?」
「パパにもらった。電流を流す椅子だって」
「……」
フューレは立ち上がり、俺を指さしてぴょこぴょこと跳ねる。
「聞け、執事。前にも言ったけど、私が魔王になったら、人間はみんなおもちゃ。人間が気になるから、いろいろ試す。世界を炎で燃やし尽くす」
彼女はこういう言葉を、ごく普通な将来の夢のように語るのだ。
俺が数時間で知った事実。
――フューレが魔王になった瞬間、この世は終わる。
そしてこのままでは、それ以前に俺が死ぬということだ。
(俺は死にたくないんだっ……!)
そう、俺はハイエナ。
自分で狩るより腐肉を漁る。
肉以外の硬い骨だって、他人が残せば俺のものだ。
――俺はこの世で一番、生存本能が強い人間だ。
(俺は執事……。フューレの傍にいる……)
俺はチラリと、フューレの方を見つめた。
望んでなったわけじゃない。
でもこれは、ある種のチャンスだ。
俺は勇者みたいに強くはないから、きっとフューレは倒せない。でも俺は、フューレの執事として、城にいるのだ。
(俺が変えないと……。フューレを優しき魔王に……!)
危機感は満載だ。いつ殺されてもおかしくない。
でも、今なら間に合うかもしれない。
人という生き物を知らず、無垢な思考で残酷なことを言う少女。
今までの教育方法がなんだったかは知らないが、今度は俺だ!
俺は自分が死なないために――フューレの執事として、育てなおさなくては……!
とはいえ。
「執事、夕飯作れ。ヤミーいないから」
「は、はぁ。何をです? もう外に出るのは嫌なのですが」
「……」
「……フューレ様? なんで俺を見つめてるんです?」
「人間って、何味?」
「ギャー!!」
執事の俺は、お嬢様のロリっ子魔王には逆らえない。
道徳の授業とか始めたって、どうせまともな授業にならん。
教育って、難易度高すぎるだろ……幼稚園の先生、大尊敬だぜ。
そして、後日……
俺が廊下を歩いていると、背後からものすごい声が聞こえた。
「ちょっと君いぃぃぃぃぃぃぃ!! 待ってくれええ!!」
あ、この声が誰か知ってるぞ、俺。
あんのふざけた料理長だろ!!
案の定、振り返れば、荒い呼吸を繰り返すヤミーが立っていた。
「前はなんか、調教室みてーのに入れられてたけど、大丈夫だったのかよ……」
「そんなことはどうでもいいさ! それより君に謝りたいことがあるんだ」
「謝りたいこと?」
「そう。昨日は勝手に君の卵焼きを食べてしまってごめんよ。もとは試食の予定だったんだけどね」
いや……
謝るタイミングおかしいだろ。普通は昨日、俺がやってきたときだぞ!
あと、試食も勝手にしてんじゃねぇ。
「……もうやるなよな?」
「や、やるわけないさ! もう! ……たぶん、きっと、おそらく……」
「で、用はそれだけですかね」
「待ってくれ。昨日の卵焼き、甘さの秘訣を教えてくれ!」
はぁー!? ふざけんな!
勝手に食べた奴に誰が教えるんだよ! 自分で一生考えてろ!
「嫌だよ! 別に教えることにデメリットはねぇけど……なんかムカつくから!」
俺が去ろうとすると、プライドを放棄した料理長は足に縋り付いてきた。
「ギャアアア、放せ! お前何歳だ!」
「待ってくれよ、君! そこまで嫌なら交換条件を出すさ。君がしたいことは何なんだい?」
待てよ、交換条件……?
しかもこの感じだと、俺が指定できるのか。
うーん、だとすれば話が別だ。
「……フューレ様の弱みを教えてくれたらいいぜ」
「え、フューちゃんの?」
そう、俺はフューレを再教育したいのだから、彼女の弱みの1つや2つは握っておきたいのだ。
料理長のこいつなら、少なくとも俺よりは長くフューレといるのだから、何か知ってるんじゃないか?
「確かに、弱みと言えるものなのかはわからないけれど、あるね……」
「本当か!? それを教えてくれたら、卵焼きの真実をお前に伝えるよ」
「そうかい! なら喜んで! えーとね、フューちゃんは、動物が好きなんだよ」
「動物?」
あぁ確かに!
前にフューレが炎を出していた時、なんかオオカミみたいな形になってたもんな。
「でもフューちゃん、実際にペットを飼ったことはないんだよ。すごく飼いたがってたけど、魔王城の周辺には強くて厳つい魔物しかいないからねぇ……。可愛い動物をあげたら、喜ぶんじゃないかな?」
……その、情報、
「ナイスだぜ料理長おおおおおおおお!」
「えっ!?」
「可愛い動物をあげたら喜ぶ可能性があるんだってな!?」
かなり有益な情報を得た。
可愛いペットを飼わせてやるって言えば、俺の言うことを聞いてくれるようになるんじゃないか!? だとすれば、ちょっと可愛い動物を外から連れてくるなんて、ドラゴンの卵の採取よりは1000倍簡単だ!
「ありがとな、ヤミー!」
「待て、君。せっかくだから、彼女が可愛いって言ってた動物の具体例を紹介してあげよう」
「マジかよ!? 気が利くぜ!」
ヤミーは資料を持ってくると言って、いったんその場を離れてしまう。
うっひょー、実際に教えてくれるとか、ありがたいぜ料理長。
やがて戻ってきたヤミーは、俺に魔物辞典を渡してくる。
「この魔物、前にフューレが飼いたがってたのを覚えてるよ。でも魔王様が、ペットは世話が大変だからダメって言ってたね」
どれどれ、フューレが欲しいっていう動物は……
……ライオンのような、猛獣の顔と前脚。
タカのような、巨大な茶色の翼と下半身。
2つ首の長いヘビが、尻尾としてうねっている。
表記に、体長3メートルって書いてあるんですけど。
「……これって……キメラってやつ……?」
「そう。フューちゃんはこういうのが可愛いって思ってるみたいでさ」
…………
勝手に可愛さ=小動物だと勘違いして、申し訳ございませんでした。
俺はフューレのペットを用意するには、このキメラとかいう化け物を手懐けなきゃいけないらしい。
想像しているよりも、ロリっ子魔王の教育はハードなものになるのだった……




