第5話「魔王城に常識人はいませんね」
「フューレ様、どこにいるんですかー!」
俺は魔王城の玉座で、声を張り上げる。
完成した卵焼きを早いこと食べさせて、おっかないロリっ子魔王を上機嫌にさせないと。
すると、廊下からフューレが歩いてきた。
「お昼、できた?」
「はい! 本気の自信作です!」
そう、あのドラゴンの卵の殻を使った、天才的な発見を利用した卵焼き。さすがにまずいって言うことはないだろう。
するとフューレはジトっとした目をする。
「……なんか、甘い匂い。砂糖ぶちまけた?」
「違いますよ。あの卵の殻、水に溶かしたら甘くって!」
「へー、じゃあ食べる。案内しろ、執事」
「わかりましたー」
ハッ。あまりの完成度の高さに驚くといい!
俺はロリっ子魔王様を連れて、再び調理室へと戻った。
「……で、どこにあるの? 執事」
「……」
「匂いだけする。何もない」
「…………」
おかしい。
テーブルの上にあるのは、何も盛り付けていない白い皿。
ちゃんとここに置いておいたぞ! どういうことだよっ!
「フューレ様、勝手に食べました?」
「んなわけない。殺すぞ」
「ままま、待ってください! ほら、甘い匂いがするとおり、さっきまではここにあったんですよ! 私が作った卵焼きがっ!」
んもおおお、面倒なことになったー!!
なんでなくなるんだよ!? もしかして、誰かが勝手に盗んでったとか!?
すると、フューレが顔を上げた。
「……ヤミー」
「え?」
「つまみ食いする奴なんて、ヤミーしかいない。ここの料理長」
もしかして、あのレシピブックの著者の方ですかね……?
料理長がつまみ食いとか、大丈夫か? 魔王城。
でもそれが本当だとすれば……
許せねぇ! ヤミーって奴! 吐き出してでも返せ、俺の卵焼き!
「執事、ヤミーを捜して」
「えぇっ。そんなこと言われても、私はヤミーさんの顔すら知らないですよ……」
「ヤミーは青い一本角の魔族。第二調理室にいることが多い。いたら呼んで。私が殺す」
「……えっ、殺すん……?」
「それか私のお昼作らせる。腹が減ってイライラしてきた」
フューレはそう言うと、呑気に去って行ってしまった。
うーわ、面倒。なんで俺が捜さなきゃいけないんだよ、その料理長……
……でも、確かに俺もイライラしてきたな。勝手に人の料理を食べ尽くすとか、どういう神経しているんだ?
俺は調理室を出て、廊下を歩く。
第二調理室って言ってたけど、どこにあるんだ?
俺、今のところ知ってる部屋、玉座の間と、調理室と、地獄のプールくらいなんだけど。
するとどうやら、この城の廊下のすべてが、玉座の間に繋がっている構造であるらしい。
それぞれの廊下の入り口に表記がある。お、第二調理室って書いてあるぞ。
その廊下をまっすぐに進むと、やがて大きな声が聞こえてきた。
「なんだ……。さっきの味は何だったんだ! 覚えているうちに解明しなくてはっ……! 僕もあの味を料理に取り入れたいっ! 卵焼きに含まれた最高の甘さ!」
なんか、すげぇハイテンションな声。この扉の中から聞こえてきてるのか……
ん? 待てよ?
今、卵焼きって言ったか……?
俺は扉を勢いよく開ける。
そこには、調理器具がずらりと並べられていた。何かのメモのような紙が床中に散乱している。
そのメモ用紙に埋もれたまま――俺に背を向け、慌てた様子で本を漁っている男がいた。
癖毛の緑髪からはみ出ているのは、青色の長い角。白と黒のコックコート。
あわあわと落ち着きのない動き方の男だ。
「……」
俺は察した。
微かに部屋の中へ広がる、甘い匂い。
確かに、その男から発せられているものだった。
「すみません」
「……あぁっ!?」
男はビクリと体を震わせ、こちらを振り返った。
「なんだい、君は! 今僕は、天才の発明品を解析しようと――!」
「卵焼きのことですかね? それ、私が作ったんですけど」
その瞬間、男の動きが止まる。
次第に、その瞳の中に希望の光が宿り始めた。
「……えっ? 君が――嘘だろ? おい、教えてくれえっ!」
突然、男はメモ用紙を押しのけ、入り口で立ち尽くしていた俺に飛び掛かってきた。
俺の肩を激しく揺らし、男は早口で言う。
「君は天才だっ……! に、人間なのか!? それでもいい、僕は料理で繋がれる者は皆家族だと思ってる! 僕に教えてくれ、あれはどういう――」
――俺は、男の言葉が終わらないうちに、腹を蹴り飛ばしていた。
急に足で攻撃を入れられた男。受け身も取れず、普通に床へ崩れ落ちる。
「ぐふぉへぇっ!!」
「料理で繋がれる者とか言うなら――勝手に人の作ったもんを食ってんじゃねえええええ!!」
「あ、あれは悪かったよ! 僕の悪い癖で!」
「誰が許すかああ!」
俺は怒りが絶頂まで達していた。
ドラゴンにまで会いに行った俺の努力。俺の発見。
こいつの胃袋で消化されちまうだけじゃねえかああああああああ!!!
ハイエナ人生、こんなキレたこと初めてだ!!
「ふざけんな待てゴラァ!!」
「やっ、やめてっ!」
男は慌てて起き上がり、廊下を全速力で走り出した。当然、俺は後ろから追いかける。
あいつがヤミーだな!? 人の食事を無断で食っておいて、料理長名乗るな! 俺に土下座しろやぁ!
情けない声で喘ぎながら逃げるヤミー。でもあいつ、案外足が速い。普通に追いつけず、距離が離れていく。俺は自分の体力の無さを呪った。
「君には悪いけど、僕は最高の経験ができたよっ!」
「黙れええ! 味がすべてなのかお前はっ!」
「そうさっ。魔王様に最高の食事を出して、褒められるのが僕の生きがいっ!」
駄目だこいつ! 味の探求にすべてを捧げている男だ。
くそっ。俺じゃ捕まえられねぇ――
しかし次の瞬間。
突然、ヤミーが逃げていた先の廊下の扉が開いた。
その中から出てきた手が、ヤミーの左手を掴む。そのまま、あまりに強い力で、ヤミーの体を部屋に引きずり込んだ。
「うわあっ!!」
「!?」
扉が勢いよく閉められる。中から、ヤミーが必死に叫ぶような声が聞こえたが、次第に静かになった。
あまりに唐突な出来事に、俺は困惑してしまう。
「……え、今、なにが?」
俺が思わず謎の扉を開けようとすると――背後から声をかけられた。
「開けるの、やめとけ」
「えっ……フューレ、様?」
後ろを振り返るとそこには、腕を組んでため息をついたフューレが立っていた。
「ちょ、フューレ様。今のは何ですか? 何が起こったんですか?」
「ここ、調教室」
「ちょ……は?」
「いつもコロコロと部屋の場所変わる。強い調教師がいるから、近づくと危険」
「……うわっ!」
俺は思わず扉から離れた。
やべぇだろ! 何だよ調教室って! 罰を受ける的な? 俺は絶対にかかわりたくないんですけど!?
扉の場所が変わるって……ランダムで廊下に現れるってことでしょうか。そりゃ怖いわ!
「悪いことしてると、中の調教師に引きずり込まれる。ヤミーはここの常連。永遠に懲りない奴」
「……はぁ……」
「フューレの代わりに半殺しにしてくれるから楽」
するとフューレは淡々とした足取りで去っていった。
俺は静かに、調教室と呼ばれた扉を見つめる。
――中に誰がいるのか、何があるのか、ものすごく気になったが……
扉を開けるのは、やめておいた。
魔王城、俺が思っているより闇が深い……のかもしれない。




