第4話「お嬢様、甘いものはお好きですか?」
俺は魔王城に戻ってきた。
……すぅー、はぁー……
修羅場だ。殺し合いが始まるかもしれない。卵の殻を持って帰ってきた俺。1時間経つギリギリまで、城の入り口でうろうろしていた。
くそっ、どういう顔して入ればいいんだこれ。
まずはいったん、卵を見せずに帰るか。フューレの機嫌を窺うんだ。
俺は魔王城の入り口から中に入る。今のところ、出入りが許されている人間は、この世で俺だけじゃないか? まぁ、逃げたら殺されるけど。
なるべく音を立てず、コソコソと魔王城の中へ戻った俺。
するとフューレが歩いてきた。うわっ、何を言おう!?
「た、ただいまお戻りしました、フューレ様……」
「卵、持ってきた?」
「え? あぁ、その……」
もごもごと口ごもる俺。
フューレは腕を組むと、廊下を歩き回りながら話す。
「私、ドラゴンの卵が好き。世界中調べて、ドラゴンの場所を探してる。普段は自分で取りにいくけど、今日は執事にやらせた」
「そ、そうだったんですね……」
「あの火山のドラゴン、最近卵を産んだって聞いた。だけど、すぐには取らずにお楽しみにしてた。ちゃんと持ってきたね?」
このガキ、言うこととやってることが年齢に合ってねぇのよ……
くるりと振り向いて、俺を見つめるフューレ。
……もういい、当たって砕けろ!
俺はやれるだけのことはやった! 卵がなかったなんて、不可抗力だったんだ!
「もちろんです。見てください、この卵の殻!」
俺はありったけの笑顔を浮かべ、卵の殻を差し出した。
――その瞬間、時が止まったかのような空気感が生まれる。
「……」
やばい、フューレが黙り込んだ。
これダメなパターンだ! こいつが沈黙したとき、だいたい怒ってる。次にフューレが口を開いたら、俺は死ぬ!
「……執事」
「これはドラゴンの卵ですうううう!! 私は中身が絶対必要とは言われてませんっ! 殻も卵の一部! 私は断じて約束を破ったりなどしておりませんんんっ!!」
「この殻で――」
「いいですか!? あなたが火山のドラゴンに目星をつけた地点で卵を取りにいかないのが悪いんですっ! すでに卵からかえっちゃってました! なので私は何も悪くないー! せめて殻を持ってきただけ偉いと思ってくださいー!!!」
フューレが何か言い出す前に、決死の屁理屈を叫んだ俺。
……無理やりすぎるとは承知の上だった。でも、何とかこの言い訳が通ればっ……!
するとフューレは無表情でため息をついた。
「……さっきパパが、執事は勇者だって言ってた」
「は、はぁ」
そうだ、俺って勇者という設定で執事にされたんだったじゃん……
本当は貧乏な転移者ってバレたら、どうなるんだろう? 自分から事件の種はまきたくないから、勇者ってことにしとこう。
「執事、ザコ勇者。クソワロタ」
「辛辣っ!!」
「早くその殻で何か作れ。腹減った。殻の料理なんて期待してないけど、まずかったら燃やす」
……え、今なんて?
殻で何か作れと言った?
フューレはキョトンとしている俺を放置し、どこかへ去っていく。
てっきり、殻を見せた時点でぶっ殺されるのではないかと思ってた。
……まだ俺には、挽回の余地があるのか?
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
感謝します、神よ! 仏よ!
俺は半ば発狂しながら、調理室に駆け込んだ。
広いキッチンだったが、今は誰もいないらしい。この城、広すぎるせいか、今のところ魔王とフューレにしか会っていないんだけど?
卵の殻を乱暴に置いた俺。
何が何でも頬が落っこちる絶品を作って、死亡を回避しなくてはならない。
思い出せ。もとの世界での記憶を。俺が作ったことある料理で、美味しかったものはあるか? うぅ、学校でも仕事でも陰キャだったせいで、他人に料理を披露した記憶がない……!
「というか……この卵の殻、食材としてどうなんだ??」
もとの世界で、卵の殻を使った料理など聞いたことがない。
そういえばフューレも、期待してないって言ってたな。
じゃりじゃりした食感じゃ、いくらなんでも美味しいとは言えないんじゃ――
殻を試しに洗ってみようと、水につけた俺。
その瞬間、卵の殻が溶けるように消えた。
「……!? えっ、はっ!?」
消えた!? 水の中に溶けちまったのか!?
水が赤く染まる。なんだこれ。飲んで……いいのか?
恐る恐る、赤い水を口にしてみた俺。
――やべぇ、めっちゃ甘い。ジュースとか、甘味が比較にならない。
体の芯から元気が出るような味がしたのだ。
「すげぇ……これ、フューレは知ってるのかな。知らなかったとしたら、俺はめちゃくちゃすごい発見をしたぞ」
ドラゴンの卵の殻を水に入れると溶けて、甘い液体ができる。
何かに使えないかな?
俺が周囲をきょろきょろと見回すと、キッチンの上に一冊の本が置いてあるのを見つけた。
『魔王城 料理長ヤミー:著 レシピブック』
料理長……? このヤミーさんって人、魔王城のどこかにいるのかな。
俺は試しにレシピブックを開いてみる。すると、ここの調理室に保管してある食材で作れそうなメニューがたくさん載っていた。
「うわっ、ラッキー! これのまんま作ろうかな」
さすがの料理未経験者でも、メニューを見て丁寧に作ればいけるだろ。
ついでにこの赤い水。試しに使ってみようかな。
俺は棚の中にあった食材を漁りながら、急いで料理を作り始めた。
「できたぜ!」
俺が作ったのは、卵焼き。あ、ただの鳥の卵ね。
フューレも卵焼きが食べたいと言っていたし、少しでも機嫌が取れればと思っただけだ。
そして使ったのは卵だけでなく、赤い水。試食してみると、顔がとろけそうになるほど甘い味がする。
我ながら、なかなかの完成度のはずだ。
「よーし、フューレの奴を呼んでこよう!」
俺はお皿を調理室に放置したまま、部屋を出て行った。
料理だけが残された、誰もいない調理室。
執事が去った後、何者かがその部屋へと入り込んだ。
「……? 誰だろう? 僕の調理室を使用したのは。妙に甘い匂いがするけど」
彼は怪訝そうな表情をし、テーブルに置かれた料理を見下ろす。
「なにこれ……。卵焼き? ふーん、形が雑だな。僕ならもっと綺麗に仕上げられるのに」
鼻を鳴らし、見下した態度を取っていた彼。
だが、次第にその香ばしい匂いに惹かれ、ゴクリと唾をのんだ。
「……ひ、一口くらい、バレないよね……?」
どんな料理も食べたくなってしまうのが、彼の短所だった。
そっと、欠片をつまんで口に入れる。
その瞬間、彼は雷に打たれたような衝撃を受けた。
「……なっ、なんだこれは……!? 甘いっ。甘すぎる! ただの砂糖なんかじゃない。未知なる食材を使っているに違いない! 誰だ、これを作った天才は……!」
彼のつまみ食いは、いつの間にかブレーキが利かなくなり――皿の上は、まっさらになってしまう。
「あぁっ、なんてことだ! 僕としたことが、あんなにたくさんあったのに……!」
今更慌てても、食べたものが元通りになるわけがない。
彼は急いで調理室を出ると、そのまま廊下を走り去ってしまった。




