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第32話「勇者は思い込みがはげしいそうで」


「大丈夫ですか? 無理に運んできてしまいましたが……」

「……私の身なら、心配しなくて構いません。それより……」



 レルシを抱え、保健室にやってきた俺。

 先生や看護師のような人はいなかったが、ベッドは空いていた。苦しそうなレルシを寝かせて、俺は近くの椅子に座る。


 見れば見るほど、メイド服が似合う可憐な少女だ。

 何度想像しても、フューレと共にあの物騒な授業を繰り返している様子は思い描けない。


 そんなレルシが、布団から俺に話しかけてきた。


「私はあなたのことが知りたいですわ。なぜ、正体を偽ってここで執事をしているのですか?」

「……いや、いろいろあったんですけど。俺の噂、聞いてないですか?」

「……そういえば最近、魔王城で勇者を執事にしたというニュースは聞きました。急だなぁと驚いてはいたんですが……」

「いいですか、絶対魔王様には秘密にしてくださいよ。俺、勇者と間違えられてここに連れられた、ただの一般人です」


 ……言っちまった。これで俺の正体を知っている人、ドラゴンに次いで2人目だ。

 レルシが瞳を丸くしている。そりゃ驚くだろうな。世間に広まっている内容と違うのだから。


「……なるほど、そういうことだったのですね。納得はしました」

「マジで内緒だからね……?」

「私は口に出しません。ですが……気を付けた方がいいと思います。今はみんな、あなたを勇者だと信じているかもしれませんが……」


 レルシは窓の外を見つめながら、そっとつぶやく。


「いずれ、あなたを勇者ではないと見抜く人も出てくるかもしれないので」






 玉座に繋がる城の廊下。

 俺と幼女は、互いに鋭く睨み合っていた。


(俺にはわかる。こいつ、只者ではない……)


 単なる幼児とは大違いだ。

 立ち振る舞いや威厳。この俺でも、脅威すら覚えるほどだ。


「お前、不審者?」

「……君から見たら、そうなのかもな」


 指さしてくる幼女に、俺は静かに言い放つ。


「そういう君は誰なんだ。魔族の子か?」

「……フューレ。魔王の娘」

「……なるほどな」


 短い言葉だが、彼女が何者なのかが一発でわかった。

 魔王の娘。魔王は男に限らず、女王の場合もあると、遥か先祖の日記に記録されていた。

 つまり他に兄弟がいない限り、こいつは次期魔王になるわけだ。


「他に兄弟はいるのか?」

「いない」

「そうか」


 やはりそうだ。こいつはいずれ魔王になって、人間と敵対する。

 つまり、今はまだ弱いうちに倒しておけば……俺は実質「魔王を倒した」ということになる。


 こいつはいい……。

 フューレを倒して執事を救う。巻き込まれた一般人を救うことができるし、俺は勇者として、魔王を倒した実績を得る。まさに一石二鳥だ。

 称賛を得たいという打算はない。そんなものはどうでもいいのだ。俺はただ、人々を救い、人々の笑顔を見て、その幸せを守り抜く。

 魔王はいずれ、人々の平和を脅かす!


「突然で悪いが、俺は執事を助けに来た。そして邪魔をするならば、お前を倒さなければならない」

「……? 執事を助ける? 不審者が?」

「不審者じゃない。俺は勇者だ。執事が勇者というのは誤解なんだ」


 そうだ。確か魔王は、執事を勇者だと思って拉致ったんだったな。

 だとすればこいつも勘違いしているはずだ。まずは誤解を解かないとだ。



 しかし、フューレから返ってきた言葉は――あまりに辛辣なものだった。


「勇者は執事。嘘つくなボケ」

「なっ――」


 突然、フューレが両手を胸の前に構え、炎の魔力を込めている。もう魔法を扱える年齢なのか!?


「……くそっ。倒すしかないのかっ!」


 無駄に戦うのは嫌いだ。執事の奪還に関しては、なるべく争わずに解決したかったのだが――頭の固い娘には、何を言っても効果がないようだ。


「不審者は排除」

「……やむを得ない。君を倒させてもらう!」


 子どもといえど、魔族なのだ。容赦はしない!

 俺は剣を抜き、まっすぐに構えた。

 フューレは魔力を溜めたまま、放ってくる気配がない。あの技はなんだ? 火球か? それとも火炎放射か?


「どうぶつさん、あいつをやって」


 次の瞬間、フューレが両手を広げた。

 ――炎の塊が巨大なクマの形状になり、まるで生命が宿ったかのように、俺の姿を睨んできた。


「グギャオオオオオ!」

「……なんだ、これは?」


 知らない魔法だ。先祖の日記にも載っていなかった。

 ……だが焦ることはない。俺は勇者だ。かつで、正面から燃え盛るドラゴンブレスを一刀両断したこともあるのだぞ。


「実体のない炎でも、風の力で斬ってみせるさ」


 俺はあえて直進する。クマが両手を広げて襲い掛かってきたところを、床を蹴って素早く左へ躱した。

 そのまま剣を垂直に振り下ろし、クマの右腕を斬りつけることに成功した。


「ギャアアッ」


 剣を振った時、俺はその力で風を起こす。風圧で炎が裂け、クマが悲鳴を上げた。


「こんなものか? 魔王譲の力は」

「……」


 フューレが無言でこちらを見つめてきている。

 やはり幼児だな。この動物を生み出す魔法もおそらく、フューレ自身が作った名称のない幼稚なものだろう。

 このまま本体にも斬って掛かってやる。剣を強く握り、俺はフューレの体目掛けて突っ込んだ。



「ハアアアアッ!!」

「ん? フューたん、何してるの?」


 突如、頭上から声が聞こえ、俺は動きを止める。


「……何者だ?」


 そう思い、見上げてみると――白い翼を生やした男が、首を傾げながら俺のことを見つめていた。


「君、だれ? フューたんのお友達?」

「いや、違う。こいつただの不審者」

「えー、そうなの!? 不審者なら追い払わないとだよ!」


 ……俺はただ、目の前で起きている事実を信じられなかった。


「……なぜ、天使が魔王城に……」

「ん?」

「どうして魔王側と共にいるのだっ! 神々の使いがっ!!」


 本来、天使は出会えるだけで、人生のすべての運を使い果たしたような幸運だ。俺もこの目で見たのは、かつて加護を貰った時以来だろう。

 天界の神族は、人間に力を与える。汚わらしい魔族には手を貸さない存在のはずだった。

 だとすれば、目の前で起きている事態は異常だ。天使が、それも立派な翼を持つ天使様が、魔族と親密にしている。


「んー。本当のボクは堕天使なんだけどね。力を失って、天使になっちゃったの」

「……?」

「堕天使の魔の力、卵の中にいたらさっぱり消えちゃった」


 何を言っているのかさっぱりだ。

 普通、天使が力を失って堕天使になるのではないのか?


 ……そしてまさか俺は、天使相手に戦えというのか?


「不審者は入っちゃーめっ! だよ!」

「……まずいな」


 天使の件は、王国に報告した方がよさそうだ。

 だがしかし、ここで命を落としてはそれすら叶わない。

 俺は天使に加護を得ることで、戦闘能力を向上しているのだ。そんな格上の存在である彼らに挑むなど、たとえ勇者でもどうかしている。


(しかし、俺は執事を助けに来たのに……!)


 まさか天使がいるだなんて思っていなかった。

 このままそそくさと去るだなんて、勇者の名折れだ。名誉損害に等しい。


 だが――と、俺は思い返してみた。

 執事の体に、酷い傷があるようには見えなかった。奴隷のような扱いは受けていないのだろう。それに彼はきっと洗脳されているのだ。助け出すまでは、精神的な負担を感じていないかもしれない。

 ……今すぐに救出しなくては、死んでしまうというわけではなさそうだ。



 屈辱ではあるが、ここは一度引くのが賢明な判断だろう。


「君はフューレといったな」

「……」

「必ず俺はもう一度ここへ来る。今度は、君も天使も、俺一人で倒せるほど強くなってだ。そして絶対に、執事を助け出す」


 男に二言はない。必ずやり遂げる。


「それまでせいぜい、魔王城での生活を楽しむことだ」


 今はこれでいい。

 執事よ、すまない。もう少しだけ、俺に時間をくれ――。






 勇者エルスが走り去っていく様子を見て、元堕天使の天使――ルパは首を傾げた。


「……? あの人、勝手に帰っちゃった」

「また来るって言ってた。今度は私たち倒すって」

「えぇー! そうなのか。今日襲ってこなくてよかったよ。だってボク、堕天使の状態じゃないとうまく戦えないからさぁー」


 フューレがルパを見上げてつぶやく。


「……そうなの?」

「うん。本当は天使の方が、加護もつけられたりして強いんだけどね。でもボク、堕天使歴1000年以上だから! 堕天使での力の方が、使いやすいんだっ」

「今は戦えないの?」

「わかること聞かないでよぉ。ボク、前に簡単に攫われてただろぉ」



 ――つまりエルスは、戦えれば勝てる相手に戦慄し、一時撤退したのであった。

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