第31話「勇者が何か変な誤解をしている……?」
何の予告もなしに城へ現れた、最強の勇者エルス。
マントをたなびかせ、鋭い剣を構えた彼は、なぜか俺のことを強く睨んできていた。
……えっ、なに? 何が起きて?
まさか勇者様、今このタイミングで魔王を倒しに来たのっ!?
「……えっと、勇者、様?」
「そうだ。お前か? 魔王に捕らわれた執事というのは」
あぁ……俺のこと知ってるの?
捕らわれたっていう言い方だと、ちょっと極端だけど……まぁ、俺は半ば強制的にこの城の執事になっているからな。
「そ、そうですけど」
「やはりそうか……! 済まなかった、本当に」
「……えぇ?」
なんで俺、勇者に謝られてんの?
むしろ1ヶ月くらい前に、勇者を尾行した俺が本来謝るべきなのでは……
「安心しろ。今から俺が魔王を倒してやる」
「……えっ!?」
「お前の過酷な軟禁生活も、ここで終わりだ」
そしてなぜか突然、エルスは魔王を倒す話を持ち出した。
何を安心しろって? 何も安心できないから!
だって今の俺は――勇者と勘違いされているんだぞ?
もしもこの後、エルスが魔王デュークの前に現れたら……
『なっ……この者が本物の勇者だと? ならこっちの執事は何なのだ!』
『えっと……それはですね……』
『あの時お前は、自分を勇者だと言っていたよな? この俺を騙したというのか!』
『ええっと……!!』
『もういい! この不届き者の雑魚を、勇者と戦う前に潰してやる!』
『待ってください、魔王さ――ぎゃああああああああ!!』
――っていう未来しか見えねぇ。
だから今は、この勇者を魔王に対面させるわけにはいかないんだっ……!
「……失礼ですが……あなたと魔王に会わせるわけにはいきません」
「……なんだと?」
「今、あなたを魔王に会わせたら、俺はきっと殺されてしまうからです」
すると俺を見つめる勇者の眼光が、より鋭いものとなった。
……ヤバい、怒らせた? 俺は本当のことを言っただけなんだけど。
「……そうか」
「えっと……?」
「執事、お前が今抱えているその女は誰だ」
「はい……?」
突然現れた勇者に夢中で、少女を支えていることを忘れそうになっていた。
「ごめんなさい、君っ……」
「大丈夫ですわ。ゲホッ、ゲホッ!」
うわぁ、ヤバい! 何も大丈夫じゃない!
早く城の中へ運んであげないと!
俺が少女を支えながら城へ戻ろうとすると、勇者が目を丸くしてきた。
「……正気か? その女は魔族だろう。なぜ助けるのだ」
「なぜって……何言ってるんですか!」
魔族とか関係ないだろ! なんで体調不良者を見捨てるっていう選択肢があるんだよ!
「さては執事、魔王から脅されているのか。魔族の味方をしろと」
「脅されていませんよ!」
「なるほど……それならば執事、お前はおそらく魔王から洗脳でも受けているのだろう。魔族の味方だと錯覚している」
「は?」
「目を覚ませ!」
ちょちょちょ? 洗脳ってなんだ?
急に勇者の話のスケールが大きくなっている。
――もういい、話が通じなさそうな勇者は放っておいて、ひとまずこの子を何とかしなくては!
「君、城の中まで走れますか?」
「……えぇっ? ちょっとキツいかも……」
「だったらもおおおお!! 失礼します! ごめんなさい!」
「きゃっ!?」
幸い、少女の体は小柄で軽い。
俺は持てるすべての力を絞り出し、少女の体を抱き上げて走り出した。
「うらああああああああ!」
「執事、どこへ行く! 待て!」
背後から聞こえてくる声は無視だ!!
俺は全力で城の中へと逃げ込んでいった。
「とにかく、君を休ませられる場所をっ――」
「……執事さん、私のために無理をしないでください」
気遣ってくれるような言葉を言う少女。しかし、顔色は未だに優れない様子だ。
……ていうかさっき、この子には俺が勇者じゃないことバレたよね? たぶん。最悪なんだけど!
「ええと、どうしよう。ハァッ、ハァッ……頭がいろんなことでパニックになってきた……」
「執事、何してるの」
「……フューレ様っ!?」
俺が玉座の間を右往左往していると、2階からフューレが飛び降りてきた。
するとなぜかフューレは、俺が抱えている少女をガン見している。
「あ、フューレ様、この人の看病を手伝ってくれませんか?」
「……」
「フューレ様? 聞いてます?」
「……そいつ、レルシ」
「……えっ?」
俺は耳を疑った。そして、思わず桃色の髪の少女を見る。
――この子が、家庭教師のレルシ? フューレの教師??
「すみません、フューレ様。発熱で来れなくなってしまって……。それでも、実験がちゃんとできたのか気がかりで……この体ですが、確認させてもらいに来ました」
「あぁ、実験はちゃんと失敗した――じゃなくて、あんたがレルシ!?」
「はい……って、あっ……」
すると突然、レルシの力が急に抜け、床に倒れこみそうになった。
頭を地面にぶつける前に、俺が慌てて抱える。その動作をしながらも、俺の脳内では疑問がいくつも沸いていた。
この人がレルシ? 家庭教師? 前の危険すぎる実験を計画していた人……
フューレは目を細めながら俺を見つめてきた。
「……執事、外に誰がいるの」
「……えっ、気づいてたんですか?」
「だって音がする。人間の足音。誰?」
嘘だろ……。フューレが外の勇者に気づいていたらしい。
第二の関門だ。どうにかして誤魔化さないと、勇者ではないとバレてしまう!
「そっ……外に……」
「外に?」
「勇者を名乗る不審者がいます! 勇者は俺ですっ! 外にいる知らん剣士が、魔王を倒すって言いだしていますぅぅぅ!!」
俺は大叫びした。
勇者は、俺だ。世界一の大嘘である。
するとレルシは、目を丸くして俺を見てきた。
頼む、察してくれ。何も言わないで黙っててくれ。俺が勇者じゃないってバレたら終わりなんだ。
「……外にいる? その不審者」
「はい、います」
「じゃあ私がぶっ飛ばしてくる。嘘つくやつ、不愉快」
「あ、ちょ、フューレ様っ!?」
フューレは俺を堂々と無視して、城の外に走っていく。
あのロリっ子が一人で、勇者を倒しに行くの!? 無理じゃね!?
すると、レルシが俺を見つめて心配そうな表情をしてきた。
「……勇者は外にいるお方ですよね。あなたはなぜ、勇者のフリを……?」
「……そ、その件は後で話しましょう。とりあえず君を休ませられる場所へ……」
面倒な話は全部後回しにしよう。
俺はレルシを抱えて、ひとまずフューレの部屋に行くことにした。
「執事……」
わかってるさ、執事。何もかも。
俺は勇者エルスだ。執事、お前を助けに来たんだ。
『今、あなたを魔王に会わせたら、俺はきっと殺されてしまうからです』
さっきの言葉からも、執事がどれだけ魔王に強い脅迫を受けてきたかが伝わる。
魔族の女を助けようとしているのは、きっと執事が洗脳されているからだ。
魔族の味方になるように、魔王からの施しを……
許せない、極悪非道の魔王め。
魔族は敵だ。一体今まで、どれほどの人間を傷つけてきたことか。
今、俺はついに覚悟を決めた。勇者として、恐怖を乗り越えるんだ。
魔王を討伐しに行く。
執事は女を連れて、城の中へ逃げ込んだ。
きっと罠だな? 魔王がいる場所まで、俺をおびき寄せようとしているんだ。
……そんなもの、関係ない。俺は自ら魔王を倒しに向かうんだ。
城の中へ足を踏み入れると、思ったよりも静かだった。人が少ないのだろうか。
そして前に向き直ると、そこには、意外な人物がいた。
4、5歳くらいの幼女が、無表情で立ち尽くしていたのだ――




