第30話「とうとう勇者が来てしまいました」
フューレはデュークから出されたテストを受けた。
結果はどうなったのか。
――なんと、理科も国語も100点満点だったのだ!
そしてそんなフューレの一言コメントは、このようなものだった。
「テストはクッソ簡単。執事教え方は下手くそ。二度と先生やるな」
……俺、執事やめようかな。
激しい風の音が、轟々と響き渡る。
「……待たせたな、囚われの執事よ」
剣を片手に、本物の勇者――エルス・レオンハートは、魔王城の前までたどり着いていた。
「今まで俺は、魔王に戦いを挑んだことがなかった。俺はきっと、心のどこかで魔王を恐れていた。未熟者だ……」
エルスは胸に手を当て、歯を食いしばる。
勇者に課せられた使命は、魔王討伐なのに。代々の先祖たちも、魔王討伐に成功していない。
その事実が、己の現実逃避を誘惑していた。国に頼まれたから何だ。特別な血筋だから何だというのか。人が生まれながらにして平等なら、魔王を倒す義務なんて、背負わされていないはずだ。
民の期待を受けている今――自分は何者で在るべきなのか、わからなくなっていた。わからなくて、中途半端に魔王の部下を狩り続けていた。それが称賛されてきただけ。
勇者として、表に出すことのできない葛藤を抱いていた。
「だが俺は、守るべきものができた」
エルスは人が好きだ。
人の笑顔とか、幸福を見ることが何より嬉しいことなのだ。
己はかつて、剣技を得るための苦しい試練を乗り越えて生きてきた。そんな自分の分までも、誰かに幸せになってほしい。人が理不尽に傷つけられることは、許せないことだった。
そして、魔王にしてやられた。
何も関係のない一般人が、魔王の手違いで囚われた。もし勇者だと未だに勘違いされているのなら、残酷な目に遭わされていることだろう。
執事という名の、奴隷のような扱いかもしれない。魔王の支配は恐ろしい。
「執事を救うのだ。俺がそう決めた」
勇者を捕らえた気になって、慢心している魔王を倒してやる。
エルスは覚悟を決め、城へと走り出した。
「ハァッ、ハァッ……」
俺は今、二度目の窮地に陥っている。
前にかくれんぼをやったとき、罰ゲームが存在していたことをフューレが思い出してしまったのだ。
制限時間以内に全員を見つけ出せなかった俺には罰ゲームがあった。フューレが忘れているかなと思って黙っていたのだが、結局はバレてしまった。
「見つかったら、溺死させられちまう。外に逃げ出すか……」
城の外で少しだけ隠れよう。フューレが諦めるのを待つしかない。
俺は魔王城の正面から外に出て、近くにあった茂みの中に身を潜めた。
そして、数分が経過する。
いつ頃城の中に戻ろうか。タイミングを間違えたら終わるからな。
すると、少し離れたところから、城に向かって誰かが歩いてくるのが見えた。
「……ん? 誰だあれ」
見たことがない人物だ。おそらく、女だろう。
淡い桃色の髪を束ねている。眼鏡をかけ、大人しそうな印象の少女だ。
頭には小さな茶色の角。黒いふわっとしたメイド服を身に着けていた。
――だが、酷く顔色が悪い。
顔が真っ赤で、苦しそうに喘ぎながら城に向かって歩いてきている。
ちょ……え? 大丈夫そ?
さすがに無視するわけにもいかず、俺は茂みから飛び出してしまった。
――が、俺は今、人生最大の危機に直面する。
(俺、自分から女の子に声かけたことねぇ……)
俺はもとの世界でド陰キャなのだっ!
子どものころから、強気な女子には苦手意識を持っていた。そして俺は女性と縁がなさすぎるまま、成人式を通り越してしまった。
急にあんな可愛い少女に話しかけるとか無理だろ! いやいや、俺の好みの子ではないけれどさ。
フローリアさんと会った時は、あっちから話しかけてくれたけれど……えっ? 俺は初対面で何を言い出せばいい?
「ゲホゲホッ」
やばい、少女が咳をしてる。
……もうこうなったら、当たって砕けやがれええええ!!
俺は全力で少女の前に立ち塞がり、高い声を出してしまった。
「あ、あのっ、大丈夫ですか!?」
「……?」
少女は虚ろな瞳で俺を見上げてきた。
「体調、キツそうですよ……」
「……あなたは、城の方でしょうか」
「そ、そうです。ごめんなさい、ちょっとおでこを……って、あつぅっ!」
一応許可を取ってから、少女の額に触れた俺。
火傷しそうな熱が感じ取れた。
この子、高熱を出してる! 今すぐ休ませないと、たぶん命にかかわるぞ!
「ちょ、歩くのやめた方が……。死んじゃいます……よ?」
「……死なないですわ。私は何としてでも、フューレ様のもとに……」
「城に関係のない人は、許可を貰わないと入れないんです」
「私は許可を貰っております! ……本当は昨日、フューレ様に、かtえい教し、としてぇ……来るはじゅで……」
「あの、本当に休んだ方がいいです」
駄目だ。体調が悪すぎてろれつがおかしくなっているらしい。
なぜ城に来たのかはわからないが、どうにかして助けるしかないな。そうだ、体調不良者を城に連れて行けば、フューレも罰ゲームのことなんて忘れて、看護を手伝ってくれるのでは……?
「俺は城で働いている執事です。俺の肩でいいんで、掴んでください」
「あぁ……ありがとぅございます……」
とにかく助けることに集中。異性ということは忘れ、俺は彼女をそっと支えてやった。
「失礼ですが……あなたの名前、聞いてもよろしいですか?」
「……私の名前は……」
少女がかすれる声で名乗ろうとした瞬間――
「執事!!」
突然、俺を呼ぶ声がした。
だがおかしい。
その声は、俺たちの背後――城の入り口とは逆側から聞こえてきたのだ。
「……誰?」
俺が振り返ったそこには――
青いマント。片手に剣を掴んだ、眉目秀麗の青年。
――本物の勇者、エルス・レオンハートが立っていた。




